アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

03.メンバー編成の重要性

 ナターリアを含め、戦闘系の面子ばかりが集まっているせいか討伐作業は順調過ぎる程順調に進んでいた。今回のメンバーにナターリアのお眼鏡に適う男性がいなかったせいか、彼女は積極的に狩りに勤しんでいたし、他の面々も粛々或いは淡々と魔物を次から次に討伐していった。


 特にヘルフリートは刃物を使うので、彼が討伐した後の毒トカゲは毒の採集がしやすくて助かる。透明な液体を詰めた小瓶はもう8個目だ。これを全て錬金して薬に変えたとして、指示液分の費用を差し引いても黒字になる。


 が、ここでナターリアが不吉な一言を漏らした。


「何かぁ、何もなさ過ぎて逆に不気味だねっ!」
「ナターリア、と言うと? こう、公僕をやっていると順調に進むのが当然でね。俺は君みたいな危機察知能力が低いんだ」
「ヘルフリートさんって、物事が思うように進まないの嫌そうだもんねっ! だけど、ギルドでその安心感は命取りかもね……」


 言って薄く嗤ったナターリアだったが、次の瞬間には余所行きスマイルを顔面に貼り着ける。


「今回のクエストって、クエストが始まる前から解けてない謎が残っていたでしょう? どうして毒トカゲは爆殖したのか――勿論、誰も知らないよねっ?」
「そうだったナ。そういえば、何故いきなり増殖したのだろうカ……」
「あたし達には分からない『何か』事情があると思うのっ! で、湿地帯も大分奥まで来たけれど、あたし達って増殖の原因に、まだ出会ってないよねっ! 控え目に言って、嫌な予感しかしないよ!」


 天気のせいじゃないか、とヘルフリートが今にも降り出しそうな曇り空を仰ぐ。


「最近、天気が良くなかったから、だと俺は勝手に思っているんだが」
「どうかな。ちょっとした雨が続いたくらいでトカゲが殖えるのなら、梅雨時なんかは毒トカゲで町中が溢れ返っちゃうねっ!」
「……言われてみればそうだな。安直だったか。メヴィ、君はどう思う?」


 外野のつもりで話を聞いていたら、唐突に意見を求められた。ぎょっとして息を呑む。何故、ここでしがない錬金術師の意見を仰ごうと思ったのか。脈絡の無さに、実は自分が呼ばれたのではないかもしれない、とまで考えた。
 しかし、一同の視線は間違い無く自分を捉えている。何も考えていなかったにも関わらず、メイヴィスは口を開いた。完全に焦っていた。


「えっ、あ、ごめん……。私、完全に金儲けと素材集めの為に参加したから、深く考えてなかったよ」
「メヴィ、最近はアロイス殿達と連むようになって気が抜けているぞ。あの人がいなくなったらどうするんだ」
「ええっ? いなくなるんですか?」
「……さあ。だけど、ギルドには長居しそうにないだろ。あの人」


 言われてみれば確かにそうだ。ギルドメンバーとしての資質を備えているように思える彼だが、ギルドでどことなく浮いている理由。いつも上の空な感じが、いつか居なくなっても何らおかしくない雰囲気を醸し出している。


「――何か来るナ」
「ホントだっ!」


 耳を押さえる為のカチューシャを外したナターリア。獣の耳が音を拾うべく、右や左を向く。一方で滑舌は悪いが目と魔力感知能力に長けている魚人、エサイアスはどうやら獣人より先に何が来たのかを把握したらしい。
 僅かに目を見開いた彼と、あっ、と声を上げたナターリアの言葉が被った。


「上位魔物カ!」
「そろそろ雨が来るかもっ!」


 待て待て、と両者の言葉を完全に聞き逃したヘルフリートが困惑したように止めに入る。


「何だって? 同時に喋ったせいで、聞こえなかった」
「上位――ロード系、と言えばイイカ。そういった類の、重い魔力を持った気配ガ、近付いてきている」
「それは大事じゃないのか!?」


 ちなみにあたしは、とナターリアが口を挟んだ。


「雨が来てるって言いたかったんだよっ!」


 タイミングも良く、ぽつりと上を見上げたメイヴィスの頬に雨粒が当たった。最初は空いた間隔で降って来ていた雨粒が、次第に勢いと量を増す。


 しかし、ここで大きな問題が発生した。
 今回のメンバーに――保護者系統の人物はいたが、リーダーシップを取るタイプの人員がいない。ヘルフリートはアロイスに準じる事が多く、また、指示を出すのが苦手。エサイアスはそもそも道順を考えて指示を出す人物ではない。
 自分とナターリアなど以ての外だ。彼女は基本的にソロ向き、ガチムチ獣人であるしメイヴィス自身は戦闘のイロハが分からない技術職。


「取り敢えず、撤退した方が良いか!?」
「待て、反対方向へ逃げるト、湿地帯出口の逆へ走るコトになル!」
「雨降ってきたよっ、どこか雨風凌げる所に逃げようっ!」
「うわっ、ナタ足下、足下! トカゲちゃん踏ん付けたら、靴がダメになるよ!」
「浮き足立ってるな……」


 茫然とヘルフリートが呟いた。



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