乙女ゲームのモブに転生したので縁結び相談室を作る

ねんねこ

04.リリカルの作戦

 まず、とリリカルは輝く笑顔をそのままに考えていた作戦とやらを語る。


「楽屋っていう、控え室みたいな部屋があるんだけれど、ここが正直一番何が起こっても可笑しくない場所なの! というのも、楽屋は関係者以外立ち入り禁止! 私以外のスタッフさん達は当然、戦闘に秀でている訳でも無いから相手の腕が立てば全く歯が立たないよ!」
「ふんふん。それで?」
「ここには私――に扮したアリシアを置くの!」
「へえ、私を」
「残りのメンバーで犯行グループを検挙! 以上!!」
「シンプルだな」


 異議あり、と声を荒げたのはルグレだった。かなり真剣というか、剣呑な雰囲気を醸し出している。


「アリシアが楽屋で待機するのならば、僕も残りましょう。第一、楽屋は襲われる事が前提ですよね? 何があるか分かりませんので」
「オッケー! じゃあ、ルグレさんも楽屋組で」
「分かって下さればよいのです」
「差し入れのお菓子置いておくね!」


 ルグレのアリシア大好きっぷりをリアルで目撃した事により、尊さがオーバーフローする。何て破壊力だ。やはり公式カップルが至高。反動で胸を抑えていると、シーラがドン引きした顔でこちらを見ていた。いけない、別の興奮に襲われてしまう。


 ――いや待って。
 上昇した体温が平熱に戻る段階で、幾分か冷静さを取り戻した私は気付いた。気付いてしまった。
 アリシアとルグレが楽屋で待機。つまり、リリカルの作戦だとそれ以外のメンバーは犯行グループを取り押さえるというバリバリ武闘派の動きをしなければならないという事だ。当然、何の通告もされていない私は実働部隊に配置されているのだろう。


 驚愕の事実に気付いてしまい、血の気が引いている私を置き去りにアリシアが今度は声を荒げる。主にルグレに向かってだ。


「おい、リリカルの作戦だと私は『リリカル自身』になるって事だぞ。ルグレ、お前がベタベタひっついてきたらスキャンダルになるわ」
「確かにスキャンダルになる可能性はあるね! だって楽屋って私の私室って事になるもの!」


 アリシアの鋭い指摘はまさにその通りだった。楽屋でルグレと2人きりになるのは外聞的にもマズい事なのは自明の理。それをどう看破するのだろうか。しかもこの申し出はリリカルからではなく、愛しのアリシアからだ。
 案の定、「余計な事に気付きやがって」という顔をしたルグレは一瞬後、紳士的な笑みを浮かべる。


「そこはそれ、リリカルさんの方から楽屋の皆さんにお話しておく、という事でどうでしょうか?」
「いっそ、ルグレはマネ扱いで良いんじゃないかな! 私に変装しているアリシアにプログラムの確認しに来ましたー、みたいな感じで!」
「ええ、何でも良いので適当にセッティングしておいて下さい」
「合点!」


 上手い具合に解決したようだ。何よりである。
 それじゃあ、とリリカルが手を打つ。


「作戦の決行は3日後。それまでに何かあれば、私から個別に声を掛けるね! 何か欲しい道具なんかがあれば、出来る限りこっちで用意するから要相談で! 勿論、私に何か相談したい事があれば話し掛けてくれて構わないからね」


 じゃあ解散、と酷く滑らかに解散を通告された。解散も何も、急に大海原に放り出されたような気分だ。これから3日間、どんな気持ちで過ごせと?


 ***


 やる事が無くなったので相談室へ戻ってきた私は盛大に頭を抱えた。さらっと犯行グループを排除するクエストを強制的に受ける事となってしまったが、大丈夫だろうか。前回、海でのクエストでも私は役に立たなかった。修行の成果が活かされていないのは火を見るよりも明らかだ。


「シキミ、入るよ!」


 ハッと顔を上げる。今のは間違いなくベティの声だ。
 予想通り、堂々と入室してきたのは我等がヒロイン様。いつも通り明るく元気で、健やかそうだ。
 そんな彼女は私の顔を見るなり首を傾げた。


「何か疲れてるね。どうかしたの?」
「いやさ、聞いてよ」


 折角だから友人にも事の顛末を話しておこう、と重要な部分は伏せて置かれている状況について説明した。話を聞き終えた彼女は神妙そうな顔をしている。


「シキミ、最近何だか面倒臭そうな事ばかり巻き込まれるね。といっても、マスターからの強制クエストなら私も手助け出来ないしなあ……」


 リリカルというお人形さんの身代わりをするクエスト――改めて現状を思い浮かべてみると、なかなかに皮肉が利いている。
 身代わりと言えば。結局私自身は誰の身代わり、どのモブ子なのだろうか。それもこれもギルド内でボールが頭にぶつかるという間抜け極まりない事件のせいで忘却の彼方なのだが、どうやって調べたものか。
 サツギルにおけるモブの死亡率は異常。それは本編が特に顕著で何の罪も犯していないモブがとにかく死亡する。イベントの進行具合と照らし合わせ、死ぬ必要の無いモブなのであればそのイベント時にはギルドにいたくないのだ。


 そういえばさ、とまるで考えを見透かしたかのようなタイミングでベティが訊ねる。


「シキミ、記憶の方はどうなった? 戻ったの? それとも、まだ何も思い出さない?」
「残念だけど、何も……。せめて名前だけでも分かれば」
「貸家に住んでるんだよね? 大家さんとかに、契約した時の資料とか見せて貰えば分かるんじゃないのか?」
「個人情報の取り扱いが厳しくて。そういう資料を見せて貰う為には設定した合言葉? みたいなのを言わなきゃいけないんだけど、それが思い出せ無い……」
「ええ? あ、じゃあ、ギルド! 加入した時に履歴書書いただろ?」
「それ見たけど、名前の所が白紙だった……」
「そんな馬鹿な」


 あり得ないとは思ったが、ギルドの情報はあまりアテに出来ない。何せ、あのギルドマスターだ。面白いとかいう理由で名前の欄を勝手に消したり、或いは書き漏らしを気にせず受領している可能性すらある。
 なので現状最も確実なのは、第一に私が私になる前の記憶を取り戻す事、もしくは貸家の大家に提出した資料を拝見させて貰う事の2択だ。



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