乙女ゲームのモブに転生したので縁結び相談室を作る

ねんねこ

11.模擬戦再び

 ***


 レッスンが始まってから丸々1週間が経過した。フリースペースにて私は2人の先生達について思いを馳せる。


 ラヴァは見た目に反してかなり手荒な教え方をする教師だった。易々と限界を超えさせてくる彼女にはよく冷や汗を掻かされたものだ。
 対してオスカーは意外にも優しかった。ただし初心者へ教えるのが下手クソだったので結果的にはラヴァよりレッスンに苦労を要したが。


 しかし私は2人に多大な感謝をしている。それは私にだけ認識出来るレベルという数値に如実に成果が現われていた他、今まで怠惰な生活を送って来た自分からは想像も付かない引き締まった身体が作り上げられつつあるからである。
 人の身体はこんなにも軽やかに動かせるもので、やれば意外と何でも出来るものであったのか。人体の神秘である。


「つまり、結構強くなったって事? シキミ」
「うん、そうだね。1週間前よりは確実に成長しているって、自信を持って言えるよ」


 そっか、そう言って友人であるベティは微笑んだ。
 現在、フリースペースでは1週間前の様相を完璧に再現した景色が広がっていた。即ち、私と対峙するベティ。そしてそれを見守るデレク。


 何の事は無い、1週間の成果を見るという名目でベティと再び手合わせしているのだ。腕前を見せる――というか、特訓の成果を見せる時が今、来た。まるで授業参観のようだがそこには敢えて触れないでおこう。


 私の満ち足りた顔を見てか、ベティははにかんだ。


「うんうん、自信のありそうな顔だ! 今回は楽しみだね」
「ふっふっふ、前回までの私とは違うのだよ」
「言動にも自信が満ち溢れてるもん! 見てよデレク、うちのシキミがこんなにも成長してるぞ!」
「ははは、そうだな」


 どうなるか楽しみだ、と再度そう言ったベティが愛剣を構える。年季の入ったそれは、私の付け焼き刃の戦闘能力では太刀打ち出来ない事を物語っているが、それでも一緒にクエストへ行く為には私の涙ぐましい努力を示さなければならない。
 足を引っ張らないように、そして助け合える関係性へ変える為に。これは私に必要な、謂わば試験のようなものなのだ。


 右手に剣を、左手に魔道書を構えた私は自身の心境の変化に気付く。以前は模擬戦と聞いて既に怯んでおり、気持ちが負けていた。だが、今はどうだろう。模擬戦と聞いた程度では何も感じない強靱なメンタルを入手している。
 思い返せば1週間で色々とあり過ぎた。ラヴァは予告無しに炎魔法を撃ってくるし、オスカーは大きく振るった腕が私を宙へ放ってしまい紐無しバンジーの恐怖を味あわされた。なかなかにヘヴィな1週間だったので、ここでは割愛させていただくが。


「よし。集中! まだまだ私の方が強いってところ、見せてやんないとな!」


 そう言ったベティが動き始める。彼女は基本的に快活な性格をしているが、それが行動にも表れているようだ。前のめりに剣を持ち、一直線にこちらへ向かって来る。
 その動きのいなし方はしっかりとオスカーからレクチャー済みだ。


 私はほくそ笑みながら、右手の剣を腰の捻りを利用して真横に凪ぐ。ただし、突進してくるベティを真正面から受けるのではなく擦れ違うように右足を軸として半回転しながらだ。
 金属と金属のぶつかる甲高い音が鼓膜を打つ。勿論、1週間程度の特訓で私の腕力がベティのそれを上回る事は無い。これは物理的な問題で不可能だ。つまり、彼女の重い一撃を正面から受ける事は即ちただの自殺行為。


 受け止める、と見せ掛けてベティをそのまま受け流す。形で言えば、道端で擦れ違ったのと同じ事だ。やや体勢を崩したベティの流し目が、確かに私を捉えている。それにドギマギしながら、左手に持った魔道書に視線を落とした。
 即発型の魔法を瞬時に起動。ラヴァのせいで炎の魔法ばかりに精通してしまった私は、特訓通りにそれを行使した。燃え盛る炎が体勢を崩したベティへと迫る。


「おおっ! シキミ、本当に強くなったね!」
「わっ……!?」


 嬉しそうなベティの声。それと共に、発した魔法が真っ二つに両断された。流石はヒロイン、魔法への対抗手段を物理攻撃で持っているのか。確かに初期武器を物理武器にした場合は魔法破壊用のスキルを覚えた気がする。
 魔法を一撃で粉々にしたベティの爛と輝く双眸が、今度は私を捉える。立場が逆転した瞬間を見た。
 勝ちを悟ったベティが悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


「だけど、ちょっと詰めが甘いな!」
「それはそうだけれども!」


 瞬間、掬い上げるように振り上げられた剣の一振りで私の持っていた得物は弾き飛ばされる。それを思わず見送ると、切っ先が動く事を赦さないというように目の前で停止した。
 負けを悟り、私は両手を挙げて降参の意を示す。


「ふっふっふ、まだまだ私の方が先輩だからな!」


 誇らしげにそう言って胸を張ったベティに、デレクが残酷な現実を告げる。


「や、お前は確かシキミには負けてられないだの何だのって言って、最近散々鍛錬してただろ……」
「デレク! 折角カッコいい感じでまとめてるんだから、そういう事は言うなよ!!」
「え? いや俺はただ、ベティの努力を知ってもらおうと……」


 ――私が教えて貰ってる間に、ベティ達も色々やってたのか。
 後でダブレットを確認しておこう。我等がヒロイン様は負けず嫌いの性格だったのは間違いようもないので、デレクの言葉はきっと正しいのだろうが。


 ところでさ、と剣を収めたベティが訊ねる。


「1週間経って、どう? 結局の所、剣と魔法はどっちが強い事になりそうなんだ? 感想言わなきゃいけないんだろ」
「正直、どっちもどっちだよね。そんなの使い手次第で幾らでも変わるし、私如きがどっちが強いかなんて答えを口にするのもアレな感じ」
「じゃあ、どうするのさ」
「どっちもどっちって事を如何に上手くスピーチするかを考えてるよ」


 それが妥当だろうな、とデレクが頷く。


「俺は文を考えるのが得意だから、行き詰まったら一緒に考えるぞ。下手な事を言ったらオスカーさんとラヴァさんは大喧嘩に発展しかねない」
「だよねー。その時はよろしく」


 会話が一段落したのを見計らってか、大きく伸びをしたベティの空腹発言により、食事へ行く事となった。今日は比較的平和な1日だったと言えるだろう。
 残りの特訓は2ヶ月弱あるが、その頃にはもっとマシになっている事を願い、私達はフリースペースを後にした。



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