乙女ゲームのモブに転生したので縁結び相談室を作る

ねんねこ

07.相談室の管理人

 相談室から去り、例の如くロビーを通る。ギルドは広いが、出入り口へ到達する為にはどういうルートを通ってもロビーを通る必要があるのだ。
 ――そして、そんなロビーは出会いの場でもある。


「ふわっ……!」


 それを見つけた瞬間、私は軽く胸を抑えた。慌てたようにドラホスがあわあわと謎の動きを繰り返し、ややあって声を掛けて来る。


「ど、どうした?」
「すいません、何でも無いんです。ちょっと持病の癪的なものが」
「結構重傷のように思えるのだが……」
「いやホント、下らない事なんですぐに忘れてください」


 心を落ち着かせ、横目でその卓を見た。
 そこには推しメン・オルヴァーとルグレが顔を突き合わせてお喋りをしている。オルヴァーは勿論の事、どこの戦闘民族かってくらい好戦的な彼の対人関係を見られる機会はそうそうない。
 もう他人と普通に喋っているシーンを目撃するだけで感涙ものである。
 が、それをドラホスに説明したところで病院を勧められるだけなので黙っておいた。人間、口にしない方が良いことなどたくさんあるものだ。


 ――と、不意にオルヴァーではなく、相対しているルグレの方と目が合った。全く予想外の出来事に、私はポカンとその整った顔を見返す。
 彼は紳士的且つ胡散臭い笑みを浮かべると軽い会釈をしてきた。思わず礼儀として会釈を返す。何だ今の。
 更に、そんなルグレを見たオルヴァーの視線もまた私に向けられる。その顔には「誰だコイツ」、とありありと書いてあったが、モブの顔など彼が覚えているはずもないので当然の態度である。


 気を取り直し、ドラホスの腕を押す。


「さ、行きましょう。ベティ達が待ってます」
「ああ。そうだな」


 ***


「誰だ、今のは」


 ギルドのロビーにて、ルグレと明日の打ち合わせをしていたオルヴァーは眉根を寄せ、そう訊ねた。と言うのも、自分と話をしていた目の前の彼が急に挨拶のような挙動を取ったからだ。しかも、相手の顔にはまるで見覚えが無い。個人的な知り合いならばそれで良いのだが。


 「個人的な友人です」、そんな答えを予想していたが、意外にもルグレから返って来たのは予想に反する応答だった。


「この間、タウロス討伐クエストを受けた時に出会った方ですよ」
「ああ。顔は全く覚えていないが、そんな雑魚がいたな」
「彼女は相談室の管理人でもあります。僕もいつか、相談室で何か相談に乗って貰うかもしれませんからね。挨拶は重要ですよ、オルヴァーさん」
「はっ! そんな気、欠片も無いくせによく言うぜ」


 そう言いながらも、先程の女の顔を思い出そうと思考を巡らせる。残念ながら、彼女の顔を見たのは一瞬。且つ、まるで興味が無かったので脳が要らないと判断したのか既に忘却の彼方だったが。


 今日、相談室へ行った時には顔を突き合わさないようにカーテンが引いてあった。つまり、相談室の管理人の顔を見ていなければ、向こうも自分の顔など見ていないだろう。


 というか、とルグレの言葉で我に返る。


「オルヴァーさん。今日、相談室へ行っていましたよね。どうかされたのですか?」


 ――分が悪い話になった。
 苦虫を噛み潰したような顔をしながら、嘘を吐くには今更過ぎたので素直に首を縦に振る。ここで変な嘘を吐く方が不審だ。


「ああ、行ったが?」
「何かお悩みでもあるのでしたら、彼女でなくとも僕達が相談に乗りますよ」
「煩い。……お前等の」
「はい?」
「お前等の、記念日だと聞いていたから、それについて相談に行ってたんだ。本人共に相談しても意味ないだろうが」


 実際はもっと根の深い問題を相談しに行ったが、咄嗟にそう言ってはぐらかした。それに、ルグレとアリシアが何らかの記念日でどうだと話し合っていたのは確かだ。それについて、自分も祝い事をしなければならないのか多少なりとも考えたのも嘘じゃない。だから、嘘なんて吐いていない。
 そんなオルヴァーの心中など知るよしも無く、ルグレは少しだけ目を見開き、へえ、と感心したような溜息を漏らした。


「貴方にもそういう感性があるのですねえ」
「やかましい! それより、明日のクエストだ、クエスト! 最近タウロスだの何だのと温いぞ!」
「え? クエスト? いや、オルヴァーさん。貴方、明日は僕等とはクエストには行けませんよ」
「は? 用事か?」
「いえいえ。用事があるのは貴方の方です。シャッフル・クエスト。明日は貴方が当番だと、マスターが仰っていましたけれど。僕とアリシアは既にパートナー契約をしているので、シャッフル企画が回って来る事はありません。残念ですが、明日は頑張ってトラブルを起こさないようにして下さい」


 思わず盛大に舌打ちする。この、依頼を受けてこなすだけの施設で何故、意図も意味も不明な謎の催し物があるのか。しかもギルドマスターの権限で開催されているので、余程の事情が無い限りは回避出来ない。
 決まってしまった事は仕方無いにしろ、気掛かりがある。


「おい、シーラはどうなってる」


 彼女は人見知りだ。同じようにシャッフル・クエストに当たっていた場合、そっちが気になって仕方が無くなってしまう。


「シーラさんはシャッフル・クエストに選ばれていませんよ。明日は僕達が一緒にいますので、安心してください」
「そうか、ならいい。……チッ、何にせよ面倒臭いな。手の掛からん奴と組まされてりゃ良いが」


 明日の事を思うと再び盛大な溜息が押し出された。あまりにも雑魚で足手纏いなら、その場に置いて帰ろう。シャッフル・クエストで知らないメンバーとクエストをこなせとは言われているが、組まされた相手の面倒を見ろとは言われていない。
 そう決意し、オルヴァーは明日の予定について考えるのを止めた。



「乙女ゲームのモブに転生したので縁結び相談室を作る」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く