乙女ゲームのモブに転生したので縁結び相談室を作る

ねんねこ

04.ギルドのマスターと相談室

 ごほん、と一つ咳払いしたギルドのマスターはややあって投げやりに頷いた。


「いやうん、相談室ね。良いと思うよ。部屋は1個で良いかな? 君のあり得ない度胸に免じて、色々オプションを付けても良いけれど」
「部屋は1つで良いです。えーっと、それでですね。厚かましいお願いなんですけど、相談者と私、それぞれ顔を突き合わせずに済むよう匿名感を出して欲しいんです。ギルドにはプライドが高い人が多いじゃないですか」
「ああ、それもそうだねぇ。うんうん、何だか面白くなってきた。任せて! 全部うちのサブマスが揃えておくから!」
「サブマス……」


 サブマスター。まさか、彼に私の面倒事が押しつけられる事になるとは。申し訳なさで一杯だ。
 今この場にはいない苦労人に合掌していると、ギルマスが眼を細めて何だか不思議な笑みを浮かべた。明るい彼には似付かわしくない、無邪気な邪気を孕んだ笑み。酷い矛盾を感じながらも、正体不明の怖気が背筋に走る。


「俺は君の事、応援してるよ。面白い事は好きなんだ。それに、改まって相談室なんて要求して来なくても、ちゃーんと作ってあげるんだから不安そうな顔しないでよね~。君と僕の仲でしょ?」
「え、いや、全然そういう仲では無いと思いますけど。完全に雇用者と従業員ですけど……」
「ああうん、そうだね。そうだったね。じゃ、3日間くらいで作るから。よろしく~」
「え、ええ、はい。ありがとう、ございます」


 手を振るギルマスを尻目に、私は足早に執務室を後にした。
 思い返すのは私の青春そのものである、サツギルというゲームにおけるギルドマスターだ。今、私は本当にあの溌剌脳天気なギルマスと話をしていたのだろうか。
 何だか一瞬、誰か別人と話をしていたような気がする。


 ***


 斯くして、約束の3日後。
 ギルドマスターの宣言通り、3日で突貫工事は終了した。明らかに建設業の方々がギルドに入って行き、相談室の予定部屋で何か始めた時はとんでもないお願い事をしたかと思ったし、経費で落とせず後で請求が来る可能性も考えた。それらは全て杞憂に終わった訳だが。


 そして今。私は新しく設立された相談室の中心にて、置かれている家具などの配置を確認している。
 とはいえ、部屋の真ん中に部屋を寸断する壁があり、私と相談者が対峙する為の窓が付いている設計。相談室の内側へは鍵を持っている私しか入れない仕組みで、相手が殴り掛って来ても問題無い造りなのが逆に恐ろしい。悪質クレーマーみたいなのが怒鳴り込んで来るとでも言うのだろうか。
 そしてこの、相談窓口。何と薄手のカーテンが引かれており、任意で開け閉めが可能。つまり、最初は閉めておいて、顔を突き合わせて話したい相手の場合はカーテンを開けば良いのだ。


「ほわー……。よく出来てるな、これ……」


 営業は始まっているので、取り敢えず定位置に着く。一応、事務の仕事も全て辞めた訳ではないので、引き継ぎ用の書類なども随時作成中だ。幸い、事務員の人数は多すぎるくらいなので引き継ぎさえ上手く行けば後はどうとでもなる。
 そして、出来れば自由時間が出来たので無謀かもしれないが、クエストにも挑戦したい。私というモブはLv.1だが、レベルの表記があるという事は強くなれる可能性もある。


 今後の事を考えつつ、引き継ぎ書類を作っていたその時だった。ドアベルが不意になった。つまり、相談者が来たという事だ。
 書類を脇に押しやり、私は嬉々として業務体制に入った。


 結果的に言えば。
 相談室を開けて、僅か10分で大量の悩める人達が部屋に押し寄せて来た。その相談者の一人に聞いたが、ギルマスが大々的にこういうサービスを始めた事を公表したらしい。
 ギルドには個性的な人物が多いせいか、彼等の奇行に悩むメンバーも多い。恋愛ピンポイントの相談はあまり無かったが、交友関係だのどのクエストが合っているのかだの、それらしい悩みがオンパレードである。


「失礼しまーす」
「……!」


 色々ボンヤリ考えていると、聞き覚えのある声が耳朶を打った。ハッとして顔を上げる。とはいえ、目の前には優しい色をしたカーテンが引かれており、相手の顔は見えないのだが。
 が、間違いない。親の声よりよく聞いたこの声はヒロイン、ベティのものだ。
 彼女のシルエットが目前まで迫り、椅子に腰掛ける。


「初めてなんだけど、このカーテン開けてもいい? ちょっと喋りにくいし」
「ど、どうぞ~」


 願っても無い申し出に声が上擦ってしまった。それに気付かれる前に、私は顔隠し用のカーテンを開ける。


「あれ、この間ボールが頭に当たってた人だ。あの後、大丈夫だった?」
「ああうん、大丈夫……」
「そっか、ならいいや。あ、それでちょっと相談したい事があってさ」


 これは――ベティも攻略対象の誰かのルートに入っているという事か。
 自身のレベル問題の事などすっかり忘れ、心中で盛り上がる。ただし、私がプレイヤーであった時から地雷とされるシナリオが、このゲームには幾つかある。それに当たっていた場合どうすればいいのだろうか? 止めるべき? それとも、相談室の矜持を持ってアドバイスをするべきなのだろうか。



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品