猪娘の躍動人生

篠原皐月

6月 辣腕女王の策動

 色々な思惑が絡み合う社内選抜コンペを、数日後に控えたある日。
 企画推進部二課では会議室の一つを借り受け、定時を過ぎてから課内コンペを行う事になった。


「それでは、これからオプレフト国内独占販売権コンペティションに向けての、課内選抜選考を実施します。公平を期するために、村上さんと林さんと加山さんに、誰の発表内容が一番良いのか判断して貰います」
 清人が正面でそう告げると、発表する四人は真顔で頷く。
「分かりました」
「それで構いません」
「それでは年齢順に、蜂谷君から発表して貰おうか。その次に藤宮さん、高須君、渋谷さんの順で」
「はい。宜しくお願いします!」
 そしてやる気満々で蜂谷がノートパソコンにデータをセットし、発表準備を整えていくのを見ながら、美幸は闘志を燃やしていた。


(さあ、いよいよ本番。と言うか、これは単なる最初の一歩に過ぎないわ。絶対この仕事を、ものにしてやる!)
 そして微妙な緊張感が満ちる中、テンパり気味の蜂谷の発表が始まった。


 それから約四時間後。
「その……、美幸?」
「……何でしょうか?」
「今日、課内コンペだった筈だから、電話してみたんだが……」
 電話したものの、最初の挨拶の後は黙りこくっている相手に、城崎が控え目に声をかけてみると、美幸の消え入りそうな声が返ってきた。


「…………駄目でした」
「ええと……、それは残念だったが、また次の機会があると思うし……」
「…………」
 一応慰めの言葉をかけてみた城崎だったが、無反応だった為、不審に思ってある可能性を口にしてみる。


「まさか……、蜂谷に決まったわけじゃ無いよな?」
 しかしそう口にした途端、美幸が盛大に怒鳴り返してきた。
「何を馬鹿な事を言ってるんですか! 怒りますよ!?」
「すまん! だが、落ち込み方が普通じゃない気がしたものだから、もの凄い番狂わせで蜂谷が選ばれたのかと思って!」
「渋谷さんに決まりました」
 慌てて弁解するとボソッと言い返された城崎は、思わず真顔になって考え込んでしまった。


「それは……、蜂谷とは違う意味で、予想外だったな。美幸から見てどうだった?」
「……完璧でした」
「そんなにか?」
「はい。商品展開と購買層分析。流通経路と販売網の確保。販売コンセプトの確立。その他にも外す所無く、確実に全てを押さえた上で時間内に纏めて、有望な提案をしていました」
「そうか。美幸がそこまで言うのなら、本当に文句の付けようが無かったんだろうな」
 幾ら気に入らない人間でも、美幸がその人間の粗探しまでして貶すタイプでは無い事を理解していた城崎は、感心した様に呟いた。しかしそれに触発された様に、美幸が悔し気に声を荒げる。


「それで逆に悔しいんです! 何なんですか、あれは? これまで営業三課では、目立った実績は上げていなかったって言う話だったのに!」
「確かに、予想外だな……。そんなに青山課長の目が節穴だったとは。あの人はできる部下に仕事をさせて、実績を平気で横取りする人だぞ。彼女が仕事ができる人間と思っていたら、手放さない筈なのに」
 思わず本音を漏らした城崎だったが、それを聞いた美幸が嫌そうに問い返してきた。


「……なんかサラッと、ろくでもない事を聞かされた気がするんですが?」
「事実だからな。そうなると、彼女は企画推進部に来てから本領を発揮した事になるし、引き抜いた課長代理の手腕は流石だな」
「結局、そこに行き着きますよね……。うあぁぁっ、二重の意味で腹が立つ!!」
「吠えるな。ここは有望な戦力が加入したと、素直に喜ぶ所だぞ?」
「う……、はい」
 そこで美幸が素直に頷いた為、城崎は苦笑いしながら話を進めた。


「それで、渋谷さんの発表内容で進める事になったと思うが、誰かサポートやフォロー役の人が付く事になったんだよな? 彼女はコンペ経験は無かったと思うし」
「はい。慣れている林さんと加山さんが指導役に付いて、細かい点を修正したり練習したりする事になりました」
「それなら安心だな。美幸が完璧と認めた位の出来だ。二人にフォローして貰えれば、社内選抜どころか、本契約も楽に取れるんじゃないか?」
「……そうですね」
 まだ若干暗い声の美幸に、城崎は溜め息を吐いてから電話越しに言い聞かせた。


「気持ちは分かるが、良い経験をしたと思った方が良いぞ? それをこれからどう活かしていくかが大事なんだからな?」
「はい、そうですね。次は絶対、負けませんから!」
「ああ、その意気だ」
 最後はいつもの調子を取り戻した美幸に、城崎も笑いを誘われ、それからは楽しく幾つかの話をしてから通話を終わらせた。しかし再び静かになってから、城崎は言いようのない不安に襲われる。


(でも……、美幸の言葉じゃないが、なんとなく引っかかるな。あの性悪男、また何か企んでいるんじゃないのか?)
 しかしそれを確かめる術を持たないまま、城崎は事態の推移を見守るしかなかった。


 ※※※


 その後、課内で改めて発表の準備を進め、社内コンペ当日、由香は清人と加山に連れられて、コンペ会場になっている会議室へと出向いた。
 そして課に残っている者達が、なんとなくそわそわしながら彼らの帰りを待っていると、終了予定時間を少し過ぎて、三人が部屋に戻って来る。


「あ、課長代理、渋谷さん、お帰りなさい」
「社内コンペの結果はどうでしたか?」
 口々に結果を尋ねてくる部下に、清人は笑顔で報告した。


「彼女のプレゼンテーションが最も優れていると、満場一致で認められました。柏木産業からは二課うちがメインで、オプレフトのコンペに参加する事になります」
「やったな、渋谷さん!」
「でもうちがメインと言うのは、どういう意味ですか?」
 喜びの声と共に、瀬上が不思議そうに尋ねると、清人が穏やかな口調で付け加える。


「海外事業部第二課の発表もなかなかでしたから、それを適正に評価しつつ『こちらの渋谷は他部署から移動してきたばかりで、これまで殆ど実績を出しておりませんので、できればそちらの胸をお借りしたい』と持ちかけたんですよ。そうしたら先方にも喜んで頂けて、とんとん拍子に話が纏まりまして。両課共同プロジェクトになりました」
「そうですか……」
 相変わらず笑顔ではあったが、その話の裏にある物を悟って、瀬上は勿論、他の者達も微妙に顔を引き攣らせた。 


(『両課合同』って……、ハブられた営業三課は立場無いよな)
(しかも渋谷さんが営業三課からうちに異動した事は、社内に知れ渡っているし)
(営業三課では実績無かったけど、うちで抜擢されたって形になるよな)
(あの万年課長係長コンビ、これで完璧に詰んだんじゃないか?)
 しかし誰もそんな物騒な事は口にせず、それを誤魔化す様に笑顔で由香に声をかけた。


「おめでとう、渋谷さん」
「これから大変だと思うけど、頑張って」
「え、ええ。頑張ります」
 そしてどこか暗い表情で頷いてい由香を見て、美幸は少し意外に思った。


(なんか随分殊勝な態度じゃない? てっきり鼻高々で威張り散らすと思ってたのに)
 ちょっと拍子抜けだと思いながらも、それらしい理由を考えてみる。
(今回の社内コンペは社内でも結構話題になってたし、審査をするのは営業系の部長達や専務クラスだった筈だし、さすがに緊張したのかしら?)
 今夜は早速城崎に電話で結果を報告しようと、美幸はぼんやり考えた。それからすぐに終業時間になった為、帰り支度を始めた美幸だったが、ここで自分のスマホにメールが届いていたのを確認した。


(清香さんから? だけど、何だろう、これ……)
 確かに以前アドレス交換をしていた相手ではあり、何回か個人的に顔を会わせてもいるのだが、この時の送信されてきた依頼文に、美幸は首を傾げた。しかしその指示通りに、物を揃えて退社した。


「清香さん、お待たせ!」
 約束の時間を数分過ぎて、本社ビル近くのカフェに入った美幸は謝ったが、清香が慌てて立ち上がって頭を下げた。
「いえ、無理なお願いをしたのはこちらですから。お手数おかけして、申し訳ありません」
「大した手間じゃないのよ。各自の参考資料になるからって、課内コンペの時に他の三人のプレゼン資料データは貰ってたし」
 そしてすぐに注文を済ませた美幸は、改めて向かい側に座る清香に問いかけた。


「でもどうして、二課でコンペに参加した四人の資料を見たいなんて言ってきたの?」
「あの……、私の思い過ごしかもしれないので、まず見せて頂けないでしょうか?」
「構わないわよ? どうぞ。ええと、これが後輩の蜂谷ので、これが私、これが先輩の高須さんの分で、こっちが渋谷さんの分だけど」
「……ちょっとお借りします」
 一人分ずつクリアファイルに入れてきた資料を、テーブルに出した美幸だったが、何故か清香はその表紙を一巡して眺めてから、迷わず由香が作製した分に手を伸ばした。そして中身を取り出して、真剣な表情で目を通し始める。
 その強張った顔を見て、美幸が(何事?)と思っていると、一通り資料に目を通した清香が溜め息を吐いて元通りにクリアファイルに纏め、他の三人の分も合わせて美幸に返してきた。


「藤宮さん、ありがとうございました」
 あっさりそんな事を言われて、美幸は流石に面食らった。
「え? もう良いの? 他の三人の分は、見なくても良かったわけ?」
「はい。もう分かりましたので」
「分かったって、何が?」
「その渋谷さんの資料、全て真澄さんが作っている筈です」
「何ですって!?」
 予想外の事を聞かされて、美幸は声を荒げて勢い良く立ち上がった。しかし周りの人目を引いてしまった事に気付いて、慌てて座りなおしながら問い質す。


「ちょっと待って、清香さん。滅多な事を言わないで。大体、どういう事?」
 その問いかけに、清香はちょっと困った表情になりながら、事情を話し出した。


「一か月位前の事ですが、私、母方の祖父の家に行ったんです。兄が同居してますので、甥と姪の顔を見に」
「ああ、課長の所にね。それで?」
「良く真澄さんに本を貸して貰ってるんです。その時何か貸して貰おうと思って、部屋に入れて貰った時、姪がぐずり出しちゃって、真澄さんがあやしに行って暫く一人になったんですが、本棚の本を選んでいる時に、机のパソコンが起動しっぱなしなのに気が付きまして。真澄さんが、普段どんな物を見てるのかなと、つい出来心で……」
 俯き加減で物凄く言い難そうに口にした清香を、美幸は何とも言えない表情になりながら宥めた。


「うん……、まあ、プライバシーに関わる事だから、褒められた事じゃないのは確かだけど、そこら辺はスルーしておくし、課長には黙っている事にするわ。それで?」
「暗くなってたモニターを表示させてみたら、何かのチャートを作っている最中だったみたいで。その直前に、藤宮さんと社食で話した時に『オフレプト』の話を聞いてましたから、その資料を見てるのかな? 真澄さん、産休中なのに仕事熱心だなと、その時は思っていたんですが。それから何となく気になっていまして。そうしたら今日の社内コンペで、そちらの課が営業三課を踏みにじって足蹴にしてコンペ参加権を物にしたと、伝わってきまして……」
「『踏みにじって足蹴』って何……。社内コンペで何があって、どんな噂が広がってるのよ」
 思わず頭を抱えた美幸だったが、それに追い打ちをかける様な清香の推測が続いた。


「その担当者が異動したばかりの渋谷さんだとも聞いて、どう考えても裏があるとしか思えなくて。念の為に見せて貰いましたが、やっぱり渋谷さんの資料の殆どは、あの時見たのと同じものです。勿論、渋谷さんって方が、真澄さんの所から盗んだなんて思ってません! あんな無駄に広くて、いつでも複数人がいるセキュリティばっちりのお屋敷から、誰がどう盗むって言うんですか。絶対に真澄さんか兄が渡して、使わせたのに決まってます!」
 一気に言い切って、息を整えている清香を見ながら、美幸はひたすら茫然としていた。


「……うん。渋谷さんが課長のデータを盗めないのは分かったし、課長がやってることを課長代理が把握していないって事は、考えられないのも分かる。でもちょっと今の話、口外するのは止めておいてね? 内容がデリケート過ぎるわ」
「はい。すみません、どうしても気になってしまって、藤宮さんを巻き込んでしまって。でもこれですっきりしましたし、口外はしません。どう考えても兄と真澄さんが絡んでいる筈ですし」
「私も聞かなかった事にするわ」
 それから恐縮しきって何度も頭を下げてから清香は帰って行き、美幸も考え込みながら帰宅した。


「……ただいま」
「お帰りなさい、美幸。今、ご飯を準備するわね」
「今はちょっといい。少ししたら食べるから、部屋に行ってる」
「そう? じゃあ、後で下りてらっしゃい」
 心ここにあらずといった風情の妹を見て、美子は不思議そうな顔になったが、美幸はそれどころでは無かった。そして自室に入るなり、城崎に電話をかけ始める。


「もしもし? 城崎さん? 何かもう聞き捨てならない事、聞いちゃったんですけど!? もう意味分かりません!!」
「ちょっと待て、どうした。落ち着け。何があった?」
 いきなり電話口で喚きだした美幸に驚いたらしく、城崎は僅かに動揺しながらも宥めてきたが、美幸はそのままの勢いで、先程清香から聞いた内容を伝えた。


「どういう事だと思いますか?」
「どうもこうも……、課長と課長代理は最初から青山課長に引導を渡すつもりで、渋谷さんを引き取ったという事だ。今だから言うが、実は課長が産休に入った後、俺は青山課長から引き抜き話を受けてたんだ。『課長が考えなしに産休なんか取って空いた席に、君が昇進して着任すると思っていたのに残念だったね。あまりにも業績が上がらないから、近々うちの峰岸を外に出そうと思っているから、君さえ良ければ戻ってこないかい? 今は係長だが、すぐに私の後を継いで貰うから』とか世迷言をほざいてな」
 淡々と城崎が語った内容を聞いて、美幸はたちまち憤慨した。


「何ですか、それはっ!? 『考えなしに』とか『産休なんか』とか、ふざけてません? 第一、業績が上がらないのは自分のせいなのに、それを部下のせいにして叩き出した後釜に城崎さんを据えて、業績を上げようって腹じゃないですか!!」
「そんな思惑が透ける話、誰が頷くか。丁重にお断り申し上げて、課長代理に報告だけはしておいた。そうしたら青山の奴、上の誰かにその話を持ち掛けたらしくてな。『業績が低迷している営業三課のてこ入れの為』として、水面下で俺の異動話が一時期進んでいたらしい。それを課長代理が、俺の課長昇進とセットの異動話で、完全に無かった事にした。これは異動が決まった後に、課長代理から聞いたが」
「あの無茶無理無謀な異動話に、そんな裏があったなんて……」
 ひたすら唖然とするしかなかった美幸だったが、ここで城崎は声を低めて話を続けた。


「俺の異動話を持ち掛けた時点で、青山課長は確実に虎の尾を踏んだな。これまで有形無形の嫌がらせを受けていてもスルーしていた課長だが、直接自分の部下にちょっかいを出されて、黙っている筈が無い。大がかりなコンペの情報を聞きつけるや否や、利用できそうな彼女を営業三課から引き抜き、その利益に直結しそうな仕事を彼女に任せて、異動前の不遇な社員の本来の能力を抜擢したと周囲に思わせる。今度こそ青山に肩入れしてた上役とかも、愛想を尽かすだろうさ。秋になる前に、営業三課の課長と係長が入れ替えになっても、俺は驚かない」
「確かに、社内でも色々憶測が流れてますね」
「渋谷さんも気の毒に……、完全に貧乏くじを引かされたな」
 ここで妙にしみじみと城崎が口にした内容を聞いて、美幸は無意識に顔を顰めた。


「なんで渋谷さんに同情しなきゃいけないんですか? 彼女、移動してすぐに、大きな仕事を任されることになったんですよ?」 
「重役たちが居並ぶ席で絶賛された、課長が作製した資料と、プレゼンの内容でな」
「それは……」
 思わず口を噤んだ美幸に、城崎が彼女が漠然と考えた内容を言って聞かせた。


「彼女にしてみれば、ほんの出来心だったと思う。自分の作っている物より格段に良いと分かる物が目の前にあったら、つい手を伸ばしてしまうのは自然な事だ。だけどな、今後同レベルの事が出来なかったら、そのたびに言われるぞ? 『あの時と同じ様に作ってくれれば良いから』とか『あの時はあれだけできたのにどうした』とか」
「彼女にしてみれば『あれは実は課長が作りました』なんて、今更言えませんしね」
「図太くて恥知らずな人間なら、他人の物を自分の物にしても、平然と開き直って仕事をするだけだがな。課長代理は営業三課から引き抜く時に、十分考えて人選をした筈だ。今まで大した業績を出していなくて、大きな仕事があれば迷わず食いつく。しかし中途半端なプライドと根性しか持っていない、飼い殺しかいつでも捨てて惜しくない人材を」
 ここでさすがに、美幸は非難の声を上げた。


「城崎さん、その言い方酷すぎません!?」
「気に障ったのなら悪い。だが、課長の作った資料を彼女に渡すまでは想定していなかったからな。課内コンペを通った段階では、本当に課長代理は営業三課で燻ってた彼女を、抜擢しただけだと思ってたんだ。だが今回の話を聞いたら、裏工作で渋谷さんをできる社員と周囲に認識させたわけで、悪意しか感じない」
「…………」
 反論できずに黙り込んだ美幸だったが、城崎は溜め息を吐いてから話を続けた。


「一番良かったのは、渋谷さんが課長から渡されたであろう資料に手を付けずに、自力で課内コンペを通れば良かったんだが……。本当にやり口がえげつない。流石、柏木産業の氷姫」
「そんな事、しみじみと言わないで下さいよ!」
「まあ、それはともかく、異動して以降、渋谷さんは課長代理にネチネチ嫌がらせをされてただろう? 今後もそれは続くと思う。むしろオプレフトのコンペを勝ち抜いて本契約を結んだら、用無しとばかりに追い込みにかかる可能性もありそうだ」
 そんなろくでもない可能性を聞かされて、美幸は狼狽した。


「ちょっと待って下さい、そんな事、課長が許す筈無いじゃないですか!!」
「課長は公平な人だが、無能な人間を使う趣味は無い。課長が復帰するまでに、課長代理がすす払いをする筈だ」
 それを聞いた美幸は、思わず遠い目をしてしまった。
「……渋谷さんは塵かゴミですか」
「現時点の評価ならな。彼女が一皮剥けるか、劇的に状況が好転しない限りはそうなる。美幸、できるだけ彼女のフォローをしてくれないか?」
「私がですか!?」
 予想外の事を言われて、美幸は流石に動揺したが、城崎が真面目に言い聞かせてくる。


「筋違いなのは分かるが、今の時点で課内では美幸しか正確な状況を把握していないんだ。これから課長代理がどんなことをしでかすか分からないし、彼女はれっきとした美幸の同僚だぞ? 管理職になったら自分の業績を上げるだけじゃなくて、周囲の状況にもきちんと目を配る必要があるんだがな」
 最後は微妙に笑いを含んだ物言いに、美幸は思わず苦笑した。


「分かりました。城崎さんの指示に従います。管理職就任の予行演習として、二課の中を波風立たない様に、きっちり抑えてみせようじゃありませんか!」
「良く言った。さすが、俺の美幸」
「お、『俺の』って! 城崎さん!?」
「ちょっと悪い、電話が入った。何か心配な事があったら、相談に乗るから。それじゃあ、また」
 そこで慌ただしく城崎が通話を終わらせた為、美幸はがっくりとスマホ片手に項垂れた。


「いきなり言わないで欲しいし、あの陰険野郎からどうやって彼女を庇えと……。城崎さん、課長以上に無茶振り過ぎる……」
 しかし清人のこれまでの傍若無人ぶりを思い出して、見て見ぬふりもできないと諦めた美幸は、そう認識した途端に空腹を覚えて、夕食を食べる為に部屋を出て行った。



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