猪娘の躍動人生

篠原皐月

7月 七年前の真相

 自分の席で、業務の合間に美幸から提出されたレポートに目を通していた真澄は、少し眉を寄せて考え込んでから、顔を上げて美幸に声をかけた。
「藤宮さん、ちょっと良いかしら?」
「はいっ! 今行きますっ!」
 忽ち仕事の手を止めて、机の前に飛んできた美幸を見上げ、真澄が静かに用件を切り出す。


「今、昨日提出して貰った企画案に、目を通していたんだけど……」
「駄目でしょうか?」
「そうじゃなくて、『複合アミューズメントパーク等での自動コーディネート予約システム』って、どうして思い付いたの?」
 幾分心配そうに尋ねた美幸に、真澄が小さく首を振ってから不思議そうに尋ねると、美幸は表情を明るくして説明を始めた。


「この前の休日に出掛けた時、入場して早々に立ち往生していた高齢のご夫婦に、遭遇したのがきっかけです」
「立ち往生? どうして?」
「そのご夫婦は、これまで一度もその手の場所に出向いた事が無かったそうなんです。でも奥様が『この年で恥ずかしいけど、一度位行ってみたいわ』と言い出して、結婚記念日デートに繰り出したそうです」
「あら、良いわね。ご夫婦仲が良くて」
 思わず真澄が笑顔で感想を述べると、美幸もにっこり笑って続ける。


「はい、とても仲良さげで上品なご夫婦でした。ただ、ガイドブックとかは見て来たらしいんですが、あまりの広さに驚いてしまったそうで」
「初めてなら、そうでしょうね」
 さも有りなんと真澄が頷くと、美幸続けて指摘した。


「加えて人気アトラクションは、整理券を貰うのに並んだりしなくちゃいけないじゃないですか。お年寄りですから、広い敷地内を縦横無尽に何往復もしたりは無理ですし、どう回れば良いか全然分からなくて、途方に暮れていらしたんです」
「なるほどね。それで?」
 端的に説明した美幸に、真澄は先を促した。それに応じて美幸が真顔で経過を説明する。


「奥様がどれに乗りたいかは事前に決めていらしたので、なるべく最短時間で回れる順番、かつ時間が被ったり変に空かない様に時間を調節して整理券を取ってあげて、回るコースを教えてあげました」
「それは良かったわね。喜んで頂けたでしょう」
「はい。とても。どうせついでだからと、昼食もレストランのテーブルを予約して、後から合流してご一緒したら、是非にと言われてお昼をご馳走になってしまいました」
 幾分恐縮気味に美幸が告げると、真澄は苦笑気味に宥めた。


「きっとご夫婦にとっては、それ位のお礼はしたかったんでしょうから、ありがたくお受けして良かったわよ。それでこれなのね?」
「はい。これからは少子高齢化の時代です。こういう施設の集客層も、子供や若者だけを対象にしていたら、先細りなのは目に見えています。高齢者層を取り込むには、まずこの層が感じる敷居の高さや、システムの分かりにくさを取り払う必要があるかと思います」
 きっぱりと美幸が断言すると、真澄も顎に手を当てて真剣な口調で考えを述べた。


「確かに……、人気アトラクションに行列するだけでも、高齢者には苦痛よね。予約するにも個別にしなくてはいけないし」
「個別に予約を行うシステムは、現在既に存在していますが、条件を提示して自動でコーディネートするシステムはまだ無いと思ったもので。あれば便利かな、と」
「合理的ね。高齢者限定とすれば、不正が出来ないように、現場で年齢確認すれば良いだけの話だし」
「なるほど……、着眼点は面白いですね」
 その時、真澄の元に提出物を持って来て、二人のやり取りを聞くとも無しに聞いていた川北が、思わずと言った感じて口を挟んできた。その声で川北の存在に気付いた真澄は、ソフト関係に詳しい彼に意見を求めてみる。


「川北さん、こういう物って、既存の物が存在しているか、実際に作成可能かしら?」
 そう問われた川北は、難しい顔で考え込んだ。
「全て自動となると……。既存の物は、私が把握している範囲では無いと思います。作成の可否については、例えば乱数処理システムの高度数アレンジや粘菌ネットワークの高速解析ソフトとかに、条件構成を複数仕込んで回してみれば、ルート検索が可能なソフトができるかもしれません」
「そうね。既に車のナビゲーションは普及しているんだから、条件設定は違っても、意外に上手くいくかもしれないわ」
「こういうのをプログラミングを専門にしている所に、案を持ち込むのも良いかもしれませんね」
 いつの間にか課長席にやって来た加山まで参戦して、専門的な話でああだこうだと三人で盛り上がっていると、控え目に美幸が声をかけた。


「あの……、やっぱり企画案としては駄目でしょうか?」
 その声で我に返った三人は、慌てて美幸に笑顔を向けた。
「ああ、ごめんなさい。藤宮さんがどうしてこの案を出したのか良く分かったし、納得できたわ。これはなかなか良いわよ?」
「本当ですか? ありがとうございます!」
 瞬時に笑顔になって頭を下げた美幸に、真澄は穏やかに笑いながら続けた。


「ただ、対象となる商品に該当する物がないから、すぐに商談という流れにはならないけど。でもこの調子で、色々気になる物を見つけてみてね?」
「俺も時々売り込み出来るような、システムが無いかどうか、探してみるからな」
「何事も細かい積み重ねが大事だし。この調子で頑張れよ?」
「はい、ありがとうございます! これからも頑張ります!」
 三人から口々に優しい言葉をかけて貰った美幸は、幸せな気分で自分の席に戻った。


(やった! 初回から課長に誉められちゃった! 係長に連れて行って貰って良かったぁぁ~!)
 そして外回りの為に空席になっている城崎の机の方を、チラリと見ながら考えを巡らす。


(今度の日曜も一緒に視察に行く事にしてるし、お礼も兼ねて今度は私が奢ろうっと! 係長は親切で付き合ってくれているんだし、それ位当然だよね?)
 城崎が直に聞いたならその場にうずくまりたくなる事を真面目に考えながら、美幸は中断していた仕事に取りかかったのだった。


 ※※※


 真澄が美幸に月一以上の企画案提出を命じてから約一ヶ月。城崎と二人で残業していた真澄は、ふと思い出して城崎に声をかけた。
「城崎さん、ちょっと良いかしら?」
「はい、何でしょうか? 課長」
 すぐさま立ち上がり、歩み寄ってきた城崎に、真澄は何枚かの用紙を差し出す。


「これなんだけど……、藤宮さんに企画案を出す様に言ってから、毎週一枚か二枚提出しているのよ」
 それを聞いた城崎はピクリと僅かに顔を引き攣らせたが、いたって冷静に答えた。


「はい。課長に提出前に彼女が私に一度出していますので、内容は把握しています」
 それを受けて真澄は用紙を机の上に戻し、真顔で問い掛ける。
「それなら話は早いわ。これらをどう思う?」
 真澄が意見を求めると、城崎はすこぶる冷静に評価を下した。


「着眼点は悪く無いと思います。しかし少々発想が突飛過ぎて、すぐに商談に結び付く可能性は低いですが」
 城崎の言葉に、真澄は深く頷いた。


「私も同意見よ。だけど平均的な物の見方しか出来ない人間が、新規顧客を開拓出来るとも思えないわ」
「ごもっともです」
「だから城崎さんには、今後藤宮さんの自由な発想に下手に制限をかけないまま、現実路線に誘導できそうならそうして欲しいの。面倒な上、抽象的な物言いで申し訳無いんだけど」
 自分でもかなり無茶な事を言っている自覚があった真澄が、恐縮しながらそんな事を口にすると、城崎は苦笑いしつつ請け負った。


「いえ、課長の仰りたい事は理解できますので大丈夫です。今後、それなりに気を付けてみて、指導できる所は随時そうしていきますので」
「そう? じゃあよろしくね?」
「はい。それでは失礼します」
 そう言って笑顔で席に戻った城崎だったが、何となく目で追っていた真澄は、彼が席に座る瞬間深い溜め息を吐いたのを認めて、反射的に声をかけた。


「城崎さん、どうかしたの?」
「どう、とは、何ですか?」
 驚いた様に問い返した城崎に、真澄が幾分気遣わしげに尋ねる。
「その……、今、城崎さんがちょっと疲れている様な感じがしたから、大丈夫かと思って。それとも悩み事があるとかかしら?」
 それを聞いた城崎は、穏やかに笑い返した。


「心配要りません。丈夫なのが取り柄ですからですから、お気遣いなく」
「そう? それなら良いんだけど」
 そうして自分の仕事に集中しようとした真澄だったが、何となく先程の城崎の様子が気になった。


(そうは言われても、何か悩み事かしら? でも無理に聞き出すのも、どうかと思うし。それなら……)
 チラチラと城崎の姿を見やりながら、真澄は密かに今後の対応策を考え、その翌日、真澄は城崎が居ない場で部下の中では最年長の村上に話を通し、早速手を打って貰う事にした。


「城崎君、上がるならまだそんなに遅くないから、一緒に飲んで行かないか?」
「村上さん?」
 区切りの良い所で残業を切り上げ、(今日は久々に早く帰れるな)と一息ついた所で、常には無い誘いの言葉がかかった事に城崎が戸惑っていると、横から清瀬も面白そうに口を挟んできた。


「お、良いねえ。偶には俺も城崎君と、色々語り合いたい事があるんだが。高須君もどうだい?」
「あ、俺はフリーですから。いつでもOKです。でもまた彼女ができたら係長と飲む機会も少なくなるから、是非今日はご一緒したいですね。係長も四月に総務部の仲原さんと別れたって聞いてますから、シングル男二人で慰め合いましょう!」
「……分かりました。お付き合いします」
 嬉々として手を挙げた高須に城崎は、(ここで断っても後々面倒そうだ)と苦笑いし、大人しく付き合う事にした。
 そして四人で美幸の歓迎会を催した居酒屋に移動し、座敷席でビールで乾杯してから、城崎が冷静に問い掛けた。


「それで? 今日はどうしてこの面子で飲む事になったんですか?」
「おや? 私は純粋に君と飲みたいと思っただけなんだが?」
「そうですか?」
 営業スマイルを顔に貼り付けながらも、眼光鋭く見つめてくる城崎に、村上は早々に白旗を上げた。


「全く、一筋縄ではいかない男だな。課長に頼まれたんだよ」
「課長が何を?」
「『最近城崎さんが何か悩んでるみたいで。だけど尋ねても否定するし、女性で上司の私相手では言いにくい事かもしれないから、村上さんと清瀬さんでさり気なく聞き出して、同性の年長者の立場で相談に乗ってあげて貰えないかしら?』ってな」
 不思議そうに問い質した城崎だったが、理由を聞いて溜め息を吐きつつうなだれた。


「参ったな……。誤魔化したつもりだったのに、不審に思われてたか。さすが課長」
「で? 悩み事って何なんですか?課長に言いにくいって事は、まさか課長に惚れてるとかじゃあ!?」
「そんな期待に満ちた目で俺を見るな、高須。見当違いだ」
「そうですか……。二十代代表として相談に乗ろうかと思ってたので、残念です」
「全く」
 途端に目を輝かせてにじり寄って来た高須を一蹴して苦笑いすると、清瀬が穏やかに問い掛けてきた。


「それでは、本当のところはどうなんだ? 何も悩み事が無いと言う訳では無いんだろう?」
「私達も何となく、城崎君がこの所少し余裕が無い様に感じていたからな」
 年長者二人に口々に告げられ、城崎はある事について隠し通す事を諦めた。そして一瞬どこからどう話せば良いか迷ってから、ゆっくりと口を開く。


「実は、課長に提出された藤宮さんの企画案の事なんですが。あれは全部この一月強の間に、俺と一緒に出掛けた先で彼女が考えついた物なんです」
 そう言われた三人は、揃って怪訝な顔をした。
「はあ? 一緒に出掛けたって……」
「この間毎週、企画案を提出してたよな? 彼女」
「って事は、係長! ほとんど毎週、藤宮とデートしてたんですか!?」
 驚いて身を乗り出し長らく尋ねた高須に、城崎はどこか暗い表情になって否定した。


「いや、本人はデートだと思ってないから。費用もしっかりワリカンだし」
「すまん、もう少し分かり易く、事情を説明して貰えないかな?」
 村上が無意識に眉をしかめながらそう促すと、城崎は深々と溜め息を吐いてから、この間の事情を語り出した。


「それが……、一番最初に彼女を誘った時、『どうして係長と一緒に出掛けないといけないんですか?』と軽くスルーされそうになったので、つい『企画案を練る為にも、従来には無い視点で遊興費に関する事を見直してみないか』という類の言葉で丸め込んで、連れて行ったので」
 そこまで語って黙り込んだ城崎に、清瀬が慎重に確認を入れた。


「だからワリカンだと?」
「はい。『係長に連れて行って貰ってるお陰で次々アイデアが出てくるんですから、私が全額出すのが筋です!』と彼女が主張して、押し問答した挙げ句の妥協案です」
「……城崎君」
「気持ちは分からないでも無いが」
「係長、賭けても良いです。それ絶対、藤宮はデートだなんて思ってませんよ?」
「…………」
 高須が容赦なく指摘した内容に、城崎は無言で俯いた。常に堂々とした立ち居振る舞いの城崎からは想像もつかないその姿を見て、流石に申し訳無く思った高須が慰める様に話を続ける。


「係長が、四月に仲原さんと別れた理由が漸く分かりました。配属された途端、藤宮に一目惚れなんて意外ですよね。でもその時あっさりスルーされかけたってのも、まだ藤宮が仕事を覚える事だけに意識を集中していて、恋愛云々に向ける意識が希薄だっただけ」
「違うんだ……」
「は?」
「違うって、何がだい?」
 唐突に台詞を遮られた高須は勿論、村上も怪訝な顔で問いかけると、ここで城崎が重々しく言い出す。


「実は俺……、彼女とは、七年前に一度顔を合わせているんです」
「え?」
「本当かい?」
「七年前? あれ? ひょっとして、まさか……」
 脳裏をよぎった内容に、高須が顔を引き攣らせつつ城崎に確認を入れると、城崎は小さく頷いて予想に違わぬ答えを返した。


「ああ。課長が彼女の前で盗撮犯をぶちのめした時、俺もその場に居たんだ。当時同じ部署の先輩だった課長と一緒に、得意先回りをしていた時の出来事でな」
「えっと、あの、でも、藤宮の話に、係長は出て来てませんが?」
「……課長以外、目に入っていなかったんだろう」
「…………」
 当惑しながら指摘してみた高須だったが、城崎にどこか遠い目をされながら分析され、その場に重苦しい沈黙が漂った。そんな中、城崎が状況説明を再開する。


「あの時……、彼女の『盗撮犯を捕まえて!』の声を聞いた課長が、『城崎さん、駅員を呼んできて!』と叫んだので、つい反射的に呼びに行って連れて戻ったら、課長が犯人を叩きのめした後で。近くの店舗から貰った紐で、犯人を縛り上げて駅員に引き渡したのは俺で、一応彼女には挨拶はしましたし、課長と一緒にその場を離れたんですが……。課長に比べると、俺は存在感がゼロに等しかったんですね」
 そこまで話し、あらぬ方を見てフッとやさぐれた様に溜め息を吐いた城崎を見て、高須が焦って口を開いた。


「か、係長っ! 係長は百九十近くあるガタイも、凄みのある顔立ちも、存在感ばっちりですよ? この場合、藤宮の目が節穴通り越して抜け穴洞穴だっただけですから、気にしたら駄目ですっ!」
「高須君……、フォローになってないぞ」
「それで、配属時に一目惚れじゃないとするなら、その時に一目惚れしたという事なのかな?」
 年長者二人が疲れた様に口を開くと、城崎は真顔で頷いた。


「ええ。当時、凄く可愛かったんです。サラサラのストレートヘアを二つに分けて束ねたのを前に垂らして、ちょっと大きめのセーラー服や、白いソックスが清楚な彼女のイメージにピッタリで……。つい最近まで中学生だった様な雰囲気を醸し出してる如何にも子供っぽい子に、れっきとした社会人の俺が惚れ込むなんて……。俺はひょっとしたら危ない性癖の持ち主なのかと、それから半年程一人で悶々と悩みました」
「…………」
 そこで当時の懊悩を思い出したのか、城崎が深々と溜め息を吐き出し、年長者二人は思わず黙り込んだ。するとまたしても狼狽気味に高須が声をかける。


「だっ、大丈夫ですよ係長! 本当に変態だったら微塵も悩んだりしませんって! 係長はノーマルだって自信持って良いですよ。社内で口説いてた彼女も、大人系美人ばっかりでしたし! 俺が保証します!!」
「高須君……」
「確かにそうだろうが」
 高須の叫びに益々疲労感を覚えた村上と清瀬だったが、城崎の独白っぽい話は続いた。


「それで……、単に欲求不満で可愛い子によろめいただけかと思って、それから彼女とはタイプの違う女性ばかりと付き合ってきてみたんですが。春に彼女と偶然再会して、単に若い可愛い子が好きだった訳では無くて、彼女だったから好きになったんだと再確認して、理彩と別れたんです」
 そこまで話を聞いた高須が、首を捻って疑問を呈した。


「でも係長? 何でその事を周囲にも、藤宮本人にも秘密にしてるんですか? 『実は七年前に一目惚れしてて、今でも好きなんだ』って言えば良いんじゃ無いですか?」
「言ったら言ったで『そうだったんですか? 全然気が付かなくて、記憶にも無くて申し訳ありませんでした。だけど私、課長一筋ですからお付き合いなんかできません』って一刀両断されそうな気がして、踏み込めなくて」
「…………」
(間違い無く言うな、彼女)
(城崎君、不憫過ぎる……)
(係長……、藤宮より仲原さんの方が絶対良い女なのに)
 冷静に状況判断をしてみせた城崎のみならず、他の三人も揃って項垂れてしまったが、城崎はここまで話したら下手に隠すつもりも無いらしく、ここ最近の心情を吐露した。


「それで……、課長が並みの男以上に仕事が出来るのも、人間的にも上司としても魅力的な人間である事は認めますが。恋のライバルが女性上司っていうのはどうなのかなと、最近ちょっと考えまして」
「いや、それは」
「藤宮君のは、多分に憧れの延長上だから」
「それに、俺が彼女を好きな事を課長が知ったら、彼女に纏わり付かれている課長が、俺に対して変な罪悪感みたいな物を感じてしまいそうで。現に、七年前に俺がその場に居たのを課長は分かってますから、『藤宮さんには私の事だけ記憶にあるみたいで、城崎さんに何となく申し訳無くて』と再会直後にこっそり謝られましたし」
 そこで再び溜め息を吐いた城崎を見て互いの顔を見合わせた三人は、どこか確信めいた表情で告げた。


「なるほど。だから職場内で気まずい思いをしない為にも、再会した事自体を課長に頼んで口止めしたって事かな?」
「更に一目惚れ云々も、課長には秘密にしたって訳ですか?」
「その隠し事が微妙に態度に出て、課長に不審に思われたって事だろうか?」
「おそらくは……」
 そこで話が途切れたが、村上が冷静に城崎に問い掛けた。


「それで? 今後の方針としてはどうするつもりなのかな?」
 それに一瞬迷う素振りを見せてから、城崎は淡々と自分の考えを告げた。
「当面、彼女に以前会っている事や一目惚れ云々については、伏せておいて下さい。スルーされない程度にまで親しくなってから、折を見て改めて口説こうと思っていますので」
 その真剣な表情を見て、村上も真顔で頷く。


「分かった。それでは今の一連の話は、ここだけの話にしておこう。課長にも適当に誤魔化しておくから」
「ありがとうございます」
「係長、取り敢えず、真っ当なデートをしないと駄目ですよ?」
「ああ、分かってる」
 素直に頷いた城崎を見て、(年下の自分がこんな忠告をする羽目になるなんて)と思いつつ、(社内でも綺麗どころと付き合ってきた実績があるのに、彼女相手では勝手が違うんだろうな)と、心の底から上司に同情した高須だった。



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