ダブル・シャッフル~跳ね馬隊長の入れ替わり事件~

篠原皐月

(14)あっけない結末

「とりゃあぁぁっ!!」
「はっ!」
 当初、防戦一方だと思われていたアルティナだったが、ディルの構え方からメイスの軌道、その速度や死角などを少しづつ把握してからは、自身の身体やソードでメイスを受けたり掠ったりさせる事も無く、適切にかわし始めた。さらにそれだけでは無く、相手の攻撃の隙を突いてソードを繰り出し、偶然を装いながら必要な場所へと攻撃を加える。


(よし、これで右の肘当てと左の膝当ての結合具は何とか断ち切っておいたし、相手もわざとそうしたと気が付いた様子は無いわね。あとは場所とタイミングを計るだけだわ)
 半ば外れてしまった相手の防具の状態を確認しながら、アルティナがソードを構えながら乱れた息を整えていると、まだまだ余裕たっぷりの表情で、ディルが嘲笑う様に言ってきた。


「だいぶ息が切れてきたんじゃないか、お嬢さん。ここら辺で降参しておけよ。あたしは優しいからねぇ」
 その挑発めいた台詞聞いたアルティナが、さり気なく壁に背を向けている自分の位置を確認しながら、鼻で笑う。
「優しい? ……はっ、脳筋女が何をほざく。ああ、私は優しいから一応女扱いしてやるが、他の連中にかかったら、脳筋野郎で一括りだな。ありがたく思え」
 アルティンの口調で、相手にだけ聞こえる程度の声で彼女が暴言を吐いた途端、ディルの方が激昂した。


「言いやがったな!! 死ねぇぇぇっ!!」
「アルティナ、危ない!!」
「きゃあぁぁ――っ!!」
 血走った眼でディルがメイスを振り上げた瞬間、この間無言を保っていたナスリーンが悲鳴を上げたが、アルティナは対外的には恐怖に満ちた悲鳴を上げ、しかし実際にはこれ以上は無い位落ち着き払って、渾身の蹴りを相手の左膝に叩き込んだ。


「ぐわぁあぁぁっ!!」
「な、何だ!?」
「偶々、蹴りが入っただけだろう?」
「大袈裟な女だな。膝の骨が砕けたわけでもあるまいし」
 確かに膝をまともに蹴られたら衝撃を受けるのは確かだが、ディルが尋常とは思えない雄叫びを上げた為、周囲で見守っていた男達は怪訝な顔になった。
 実はアルティナの靴の先端には、左右どちらにも靴の形に合わせた金属の塊が仕込んであった為に、衝撃が割増の状態だったのだが、そんな事を悟らせる筈も無いアルティナは、直ちに次の行動に移る。


「怖いぃぃ――っ!!」
「なっ! がぁぁっ!! このぉぉっ!!」
 膝への衝撃で、中途半端にメイスを振り下ろし、一瞬、身体の前で腕を伸ばした状態になったところに、アルティナがソードを垂直に叩きつける様に下ろす。するとその柄頭の先端に仕込まれた突起が、ディルの無防備な右肘を直撃し、少なからずダメージを与えた。
 しかしさすがにディルも、これまでそれなりに経験を重ねた傭兵らしく、メイスを手放しはしなかった。そして殆ど条件反射の様に、自分に向けて構え直した相手に、アルティナは(そうこなくっちゃ!)と益々交戦気分を高揚させられながら、相手に向かって体当たりをかける。


「殺されるぅ――っ!!」
「おいっ! ぐはぁっ!!」
 そして目の前のメイスの柄に自分のソードを押し付けて押し返したアルティナは、素早くソードを振りかざし、再び先程と同様に垂直に振り下ろした。今度柄頭の先端が衝突したのは、ディルの右手の甲で、その衝撃で彼女のメイスを掴む手の力が緩む。その隙を狙って、アルティナは潔く両手をソードから外すと、それを見たディルが訝しむ間もなく、再び彼女の左膝に蹴りをお見舞いした。


「人殺しぃぃ――っ!!」
「ぐおっ!!」
「おいっ! アルティナさんがソードを落としたぞ!?」
「ナスリーン隊長! もうストップさせて下さい!」
「彼女がなぶり殺しになります!!」
 そこで傍目には競り負けて、ソードを落とした様にしか見えなかった為、周囲が慌てた声を上げる中、アルティナは立て続けに攻撃を受けて反射的に前屈みになっていたディルの顔、もっと正確には鼻めがけて、体重をかけつつ渾身の一撃を繰り出した。


(喰らえ! 一撃必殺!! アリスト隊長直伝!!)
「いっやぁぁ――っ!!」
 傍目には恐怖のあまり悲鳴を上げた様に見えたアルティナの一撃は、緩めに巻いた包帯の下で、右手の四本の指に填められていた突起付きの特製連結リングが、いかんなくその効果を発揮する事となった。


「ぐがぁぁっ!!」
 手に伝わった不自然な感触と共に、ディルの鼻の形が微妙に崩れ、その直後にダラダラと彼女の鼻から血が流れ出てきたのを見たアルティナは勝利を確信したが、全く躊躇わずに容赦なくとどめを刺す。
(よし! 骨を砕けたわ!! 念の為、もう一回!!)
 そこでとうとうメイスを取り落とし、鼻を押さえていたディルの顎に向かって、彼女はしゃがみ込んだ姿勢から再度悲鳴を上げて立ち上がりつつ、今度は下から勢い良く拳を突き上げた。


「助けてぇぇぇ――っ!!」
「げあっ!!」
 そして見事に顎にアルティナの拳が命中したその衝撃で、ディルはそのまま勢い良く仰向けに倒れ込んで、動かなくなった。その様子を遠巻きに見ていた者達は、呆気に取られて囁き合う。


「お、おい……、今の、何が起こったんだ?」
「いや、あの女の陰になって、こちらからは良く見えなかったんだが……」
「アルティナ殿が、あのメイスに弾かれて剣を落として、思わず殴った……、んだよな?」
「なんかそれにしては、あの女の悲鳴が凄かったが……」
 そんな中、無事に一仕事を終えたアルティナは、右手の甲で額の汗を拭いつつ、心の中でかつての上司に感謝の言葉を述べた。


(アリスト隊長……。『特殊活動中では、武器の携行に制限がある事も多い。故に、最後の武器は己自身だ』との訓示、今でも忘れてはいません。本当に懇切丁寧なご指導、ありがとうございました!)
 至近距離で鼻を殴った時に飛んだ返り血や、血が流れた顎を殴りつけた事で手に付いた血で、自分の額や頬が血でまだら模様になっている事に気が付かないまま、アルティナが満足げに立ち尽くしていると、競技場にナスリーンの宣言が響き渡った。


「そこまで! 勝者、アルティナ・シャトナー! よって今回の入隊試験は不可とします!」
「何だと!? そんな馬鹿な!?」
 彼女アルティナの勝利を宣言した途端、ザルスが声を荒げて抗議したが、それを軽く打ち消す怒号が周囲から湧き起こった。


「うぉおぅぅっ! すげぇ! まさか本当に勝っちまうとは!」
「あの体格差と、あの得物だぜ? てっきりロミュラー隊長が、制止すると思ってたのに!」
「さすが、あのアルティンの妹なだけあるよな?」
「そうだな……、最後は肉弾戦と言えない事も無かったしな……」
「でもさすがに、あの無茶無謀伝説を作りまくってたアルティン隊長よりは、おとなしかったんじゃないか?」
「違いない!」
 観客と化していた騎士達の、そんなどよめきと笑い声が沸き起こる中、ナスリーンはザルスに向き直って落ち着き払って告げた。


「パーデリ公爵。今ご覧になられた通り、今回ご推薦された女性の入隊は、不可となりました。以降は入隊を許可できる人材を、推薦して頂きたく存じます」
「そ、そんな馬鹿な! 私は認めんぞ!」
 怒りで顔を紅潮させながらザルスが喚いたが、彼女はそんな相手に冷ややかな眼差しを向けた。


「私の裁定に不服でもおありですか?」
「大ありだ! あれでは反則ではないか!」
「何を仰っておられるやら。アルティナは反則など犯しておりません。ちゃんと競技場内で、相手に切りつけたりもせず、戦闘不能状況に追い込みました」
「ふざけるな! 相手を殴り倒すなど、白騎士隊にあるまじき粗野な振る舞いだろうが!」
 そう怒鳴りつけてきた相手に、ナスリーンは今度は明確な侮蔑の視線を向けた。


「今、『粗野な振る舞い』と仰いましたか? そもそも白騎士隊には設立以来、メイスなど無骨な武具を王族の御前で振り回す粗野な者は存在しておりません。不服とあらば今回の事を国王陛下に上申して、ご裁可を仰いでも構いませんが」
「なっ!? どっ、どうして陛下に!」
 途端に狼狽したザルスに、彼女は冷え切った声のまま淡々と事実を告げた。


「まさかお忘れではありますまい? 近衛騎士団は、れっきとした国王陛下直属の組織です。陛下に『メイスを振り回した挙げ句、偶々対戦相手の拳に当たって倒れて戦闘不能になった女傭兵を、パーデリ公爵がどうしても入隊させろと推挙しておりますが、どう致しましょうか』とお尋ねすれば、公爵も納得して頂けると思いますので。正しその場合、公爵に対する陛下の心証がどの様なものになるかまでは、保証の限りではありませんが。どう致しますか?」
「…………っ!」
 途端に狼狽えて言葉を失った彼を見て、ナスリーンは完全に興醒めし、素っ気なく言い放った。


「それでは私の裁定に、異存はございませんね? ご理解頂いた様で何よりです。そちらの女性を連れて、早々にお引き取り下さい。ここはこの後、訓練の予定が入っておりますので、寝転がったままでいられたら邪魔になりますので」
「ちょっと待て! 引き取れと言っても!」
「ああ……、公爵お一人でこちらの方を運ぶのは、到底ご無理でしょうね……」
 明らかに公爵に腕力など無い事と、ディルの体格が彼以上なのを見て取ったナスリーンは、彼女にしては珍しく嘲笑する表情を見せてから、周囲に向かって呼びかけた。


「すみません! どなたかお手すきの方はおられませんか? こちらの方を、パーデリ公爵の馬車まで運んで下さい!」
 その呼びかけに周囲から男達が、こんな面白い見物に係わり合うのを逃せるかとばかりに、嬉々としてやって来る。
「了解しました!」
「おい、担架持って来い!」
「いや、もう手押し車で良いだろ」
「無かったら、そこら辺の布を持って来い。包んで引きずって行こうぜ」
 途端に騒がしくなったその場所からナスリーンは離れ、まっすぐアルティナに歩み寄って声を潜めながら尋ねた。


「お疲れ様でした、アルティン。怪我は大丈夫ですか?」
「何ヶ所か多少切れた程度です。どれもかすり傷ですし、ご心配無く」
「そうですか……。見ているこちらは、生きた心地がしませんでした」
「危なっかしくてすみません。それでも最後まで踏み止まって頂いて、感謝しています」
「部下を信用できなくては、隊長は務まりませんから。今回は今までで一番、忍耐力を試された気がしますが」
 そこで小さく笑い合ってから、アルティナが真顔になってナスリーンに囁く。


「それでは回廊に向かって歩きながら躓いたふりをして、ばったり倒れて気を失ったふりをします。周りには、脳震盪だと言って誤魔化して下さい」
「分かりました」
 そしてナスリーンと雑談をしながら歩き出した風情を装ったアルティナは、数歩進んだ所で、前のめりに倒れつつ悲鳴を上げた。


「……っ! きゃあっ!」
「アルティナ!?」
 その悲鳴にナスリーンの動揺した声が続き、すっかりディルにしか注意を向けていなかった周囲の者達は、驚いて二人に視線を向けた。



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