ダブル・シャッフル~跳ね馬隊長の入れ替わり事件~

篠原皐月

(8)応酬

 定刻になって控室から誘導され、下位貴族から続々と集まった大広間に、最後に王族と国王が臨席して、国王の生誕記念式典が華やかに開催された。
 挨拶や祝賀儀礼の類は問題なく終了し、無事に舞踏会開催前の歓談の時間に突入した為、出席者達はこぞって社交の場となった大広間を、縦横無尽に動き始める。それはシャトナー家の面々も例外では無く、クリフとマリエルと別れたアルデス夫婦は、ケインとアルティナを引き連れて移動し、親族達に引き合わせた。


「アルティナ。こちらがフェレミアの兄のリーガス伯爵と、ミネア夫人だ」
「初めまして、アルティナと申します。今後とも宜しくお願いします」
 ただでさえ自分のせいでシャトナー家の評判を落としているのに、下手な事は言えないしできないと密かに緊張しながらも、アルティナは傍目には落ち着き払って、恭しく一礼した。するとアルデスが直々に紹介するだけあって、変な先入観を持たない人物であったらしく、夫婦揃って笑顔を向けてくる。


「アルティナ殿、こちらこそ宜しく。ケインが漸く結婚したと聞いて、我々も安堵していました」
「素敵な方ね。口さがない人達が色々言っていたから心配していたのだけど、実際にお会いしてみて安心しました」
 そこでフェレミアが、かなり恐縮気味に申し出る。
「お兄様、お義姉様、引き合わせるのが遅くなって、申し訳ありません。本来ならきちんと挙式して、御披露目するのが筋なのですが、本当に外野が五月蝿くて。普段大して付き合いの無い方ほど、したり顔で好き勝手な事を言ってくるもので」
 困った様に訴える妹を、兄夫婦は穏やかな笑顔で宥めた。


「そういう物だろう。だが噂など長続きしないさ。あまり腹を立てるなよ?」
「そうよ、フェレミア。落ち着いたら改めて、式を挙げれば良いわ。勿論その時には、招待状を頂けるのよね?」
「まあ、勿論ですわ。お義姉様」
 そして和やかに話している面々に、時折相槌を打って笑顔を振り撒きながら、アルティナは申し訳ない気持ちで一杯になった。
(伯爵夫妻は一言も仰らなかったけど、やっぱり私に関して周りから色々言われてたのね)
 そして人の良い義理の両親の顔を眺めながら、決意を新たにする。


(悪運付きや守銭奴云々の噂は、もうどうにもできないけど、せめて私が周りから非難される様な無様な真似をしないように、十分注意しないと)
 そうして外見を取り繕っているアルティナを、数人の近親者やごく親しい友人に紹介してから、アルデス達はケインとアルティナから離れて行った。


「それでは、私達はナシェル侯爵様にご挨拶に行ってくるわね」
「はい。また後ほど」
「ケイン。ちゃんとアルティナに付いているんだぞ?」
「勿論、そうしているさ」
 そこで両親と別れたケインは、アルティナに微笑んだ。


「さて、ここまでは家としての付き合いだったが、これからは俺の友人の何人かに挨拶に行くから。君の事を紹介したいし」
「ええ。お願いします」
 笑顔で頷き、ケインと共に移動を開始したアルティナだったが、王宮に到着してからの好奇心に満ちた不躾な視線を相変わらず感じて、うんざりしながら密かに溜め息を吐いた。


(はぁ、緊張する。だけどこれだけの人混みだし、私の事だけ噂をしている輩も、そうそういないでしょうね)
 ざわめいている人波を抜けて大広間を移動していた二人は、ケインが旧知の人間を見つけた事で足を止めた。


「やあ、クロード。久しぶりだな」
「ああ、ケインか。そしてこちらが、噂になってる細君かい? あのグリーバス公爵の娘にしては、結構見られるじゃないか」
「……ありがとうございます」
 親しげに挨拶を交わしながら、遠慮の無い事を言ってきた相手に、アルティナは何とか笑顔を保ちながら挨拶を返した。一方のケインは苦い顔をしながらも、彼女に相手を紹介する。


「お前な……。アルティナ。こいつはザイファス伯爵家のガーランドだ。口は悪いが、性格は悪い奴じゃ無いから」
「ごめんね? 気楽な三男坊だから、色々砕けちゃってさ」
「いえ、構いません。宜しくお願いします。ガーランド様」
「こちらこそ宜しく」
 にこやかに応じて握手をしながら、(ケインの友人だし、悪い人間では無いわよね)とアルティナが自分自身を納得させていると、ここでガーランドが思い出した様に言い出した。


「それはそうと、俺がお前と仲が良いと知っていたのか、さっき顔を合わせたファーレス子爵に、お前の居場所を尋ねられたんだ」
「団長が?」
 騎士団長を務める人物の肩書きを聞いたケインが、僅かに驚いた表情を見せると、ガーランドが真顔のまま頷く。


「ああ。至急の用件では無いらしいが、何やら確認したい事があると言っていたんだ。見かけたらお前の方から、声をかけた方が良いと思うぞ?」
「そうか」
「それじゃあ、またな。アルティナ殿、失礼します」
「ああ」
「はい、失礼します」
 精力的に社交活動に励んでいるのか、ガーランドは笑顔を振り撒いてあっさりとその場から立ち去って行った。そんな彼を無理に引き止める事はせず、ケインは笑顔で見送ってから、先程言われた内容を考え込む。


(一体、何の用だ? ひょっとしたら勝手に王都内の巡回ルートを変えた事についての追及か、それともグリーバス公爵家の馬車が襲われたと王宮に連絡が入って、その事についての対策の指示とかだろうか? 確かに黒騎士隊うちのチャールズ隊長は今休暇中だが、現場の小隊長クラスで対応は可能な筈だが)
 そのまま可能性を黙考していたケインを見上げたアルティナは、控え目に声をかけてみた。


「ケイン。団長様がお探しの様だし、こちらからも探して理由をお尋ねしてきたら?」
「それはそうだが……」
 自分を見下ろして躊躇っているケインが、懸念している内容を正確に把握していたアルティナは、大広間の隅を指差しながら提案してみた。


「正直に言うと、今まで体験した事がない人込みで疲れてしまったし、少し隅で休んでいたいの。目立たない様にしていれば、大丈夫ではないかしら?」
 必要以上に連れ回して、アルティナに好奇の視線を浴びさせたくは無かったケインは、大広間の隅にひっそりと設置されている幾つかの休憩用のテーブルに目を向けた。そして殆どの貴族が精力的に動き回っている為、そこの人影が少ない事を確認して、納得した様に頷く。


「そうだな……。じゃあ、あそこのテーブルが空いている様だし、そこに座って給仕から飲み物でも貰って休んでいてくれ。団長を探したら、すぐに戻るから」
「ええ。そうします」
 そうして笑顔でケインと別れたアルティナは、真っ直ぐにテーブルへと向かい、空いている席に腰を下ろした。そしてすぐに心得て近付いてきた給仕から、飲み物のグラスを貰って一息入れる。
 案の定、早々に会場の隅に引っ込んで休んでいる様な人間に、口さがない人物は皆無らしく、アルティナが来ても周囲は静まり返っていた。それに彼女は安堵しながら、落ち着いて考えを巡らせる。


(色々と物珍しい視線は受けたけど、今のところアルティナとアルティンが同一人物かもしれないと、疑っている人は皆無よね。正式な死亡届けが出されているから、当然と言えば当然だけど。だけど本当に、貴族って暇を持て余している人間が多い事。噂話に興じる以外に、する事は無いのかしら? それに絶対、絡んでくると思ったんだけど)
 そんな事を考えながら、アルティナがぼんやりと会場を眺めていると、いきなり彼女の視界を遮る様に複数の女性が現れ、わざとらしく声をかけてきた。


「あぁら……、どこかで見覚えがあるかと思ったら、アルティナじゃないの。こんな所で早々に休んでいるなんて、良いご身分だこと。婚家では随分と、好き勝手にさせて頂いているみたいね。公爵家とは違って、伯爵家だと家風が格段に気楽そうで羨ましいわ」
「ずっと領地に引き籠もっていて、滅多に顔を合わせる機会が無かったのにあっさり嫁いでしまって、私達は随分心配していたのよ? 今夜は出席するでしょうから、真っ先に私達に挨拶しに来てくれるだろうと思っていたのに」
「そうですわね、お姉様。アルティンが亡くなって早々に、あなたまで屋敷からいなくなってしまうなんて。普通だったらありえないわ。周りの皆様も、かなり驚いておられたし」
 一見気遣う様な声音で、アルティナを心配して次々声をかけてきた様に感じるものの、底意地が悪い笑顔を浮かべつつ、言っている内容は「格下の伯爵家風情に嫁いだ癖に、自分達に挨拶もしないとは何事だ」と因縁を付けているに等しい為、最近では滅多に顔を合わせる事が無かった姉達に向かって、アルティナは闘争心を掻き立てられた。


(やっぱり出てきたわね、陰険姉貴達。ここで絡んでくる事位、予想済みよ。しかもギスギスババアのお仲間を連れて来て、どれだけいびり倒そうと思っているんだか。六対一なんだから、遠慮なんか必要ないわよね!?)
 一番目と二番目、更に五番目の姉の背後で、気難しい顔の年配の女性が三人、冷え切った表情を自分に向けているのを見て取ったアルティナは、素早く頭の中で対処法を検討し、すぐさま実行に移した。


「まあ、セレーネ姉様にエリシア姉様にベルーナ姉様まで!! 本当にお久しぶりです! お会いしたかったですわ!」
「え?」
「アルティナ?」
「あなた一体何を……」
 盛大に言い返してくるかと思っていた末妹が、いきなり立ち上がったかと思ったら満面の笑みで喜びの声を上げた為、姉達は完全に面食らった。それは背後に控えている女性達も同様で、困惑した様に互いの顔を見合わせる。


(ケインが言ってたけど、確かタイラスは騎士団の赤騎士隊に配属早々、国境巡視の一団に入れられて揉まれている最中だったわよね)
 そんな嫌味のネタを思い返しつつ、アルティナはその場の微妙な空気など全く気にせずに長姉に詰め寄り、その両手を握りしめながら、如何にも嬉しそうに言葉を継いだ。


「大抵の貴族の方が出席するこの舞踏会に顔を出せば、運が良ければお顔を見れるかもしれないと思っていましたが、姉様達の方から声をかけて頂けるなんて、本当に嬉しいですわ! 夫のケインを紹介したいのですが、所用で今席を外しておりますので、後程改めてご挨拶致しますね?」
 そしてにこやかに述べた後で、彼女は目の前の姉にだけ聞こえる様に、低い声で囁く。


「ドサ回りに出ている、あんたのボンクラ息子の顔は、ケインは近衛騎士団で見ているそうだがな」
「失礼な! この手を離しなさい!」
 アルティナのせいでタイラスが隊長に就任できなかった上にそんな暴言を吐かれて、さすがにセレーネは激昂し、憤怒の形相で力任せに彼女の手を振り払った。それに無理に抵抗する事無く、自然に手を離したアルティナは、如何にも恐縮した様に謝罪の言葉を口にする。


「あああっ! 申し訳ありません! セレーネ姉様は公爵夫人ですもの。格下の者から握手を求めるだけでも非礼なのに、いきなり手を握ったりしたら非礼どころの騒ぎではございませんよね? セレーネ姉様は領地の屋敷に引き籠っていた私を心配して、顔を合わせる度に至らない点を指摘して叱責して頂いたのに、こんな公の場で失態を……。本当に申し訳なく思います。以後気を付けますので、ご容赦下さい」
「アルティナ……、あなた何のつもりで、こんな茶番をしているの!」
「お姉様、落ち着いて下さい」
「周りの方々に、何事かと思われますわ」
「お姉様方、ちょっと失礼します」
「アルティナ!」
「あなた、何をするの!?」
 周囲の目を憚らずに怒り心頭で怒鳴りつける姉を、エリシアとベルーナは慌てて宥めにかかったが、アルティナはそんな姉達を綺麗に無視し、彼女達を半ば押しのけるようにして、その背後で唖然とした表情になっている女性達の前に立ち、軽く一礼してから神妙に声をかけた。



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