ダブル・シャッフル~跳ね馬隊長の入れ替わり事件~

篠原皐月

(6)騎士団司令官会議

 騎士団長バイゼルからの緊急の呼び出しを受け、王宮や王都の各所から集まって来た各隊の隊長や副隊長は、会議室で団長を待ちながら怪訝な顔を見合わせていた。


「ナスリーン殿、臨時の司令官会議とは、一体何事ですか?」
「私も理由は聞いておりません。団長の緊急招集で、伝令から時間と場所を伺っただけですので」
「それにしては、団長がいらっしゃいませんが……」
 皆でそんな事を言い合っている間に、デニスを引き連れたバイゼルが奥の扉を開けて現れた。


「皆、待たせたな。会議を始めるぞ。デニス、お前はそちらに」 
「はい」
 正面の団長席とは反対側を手で示されたデニスが、コの字型に配置されている机を回り込もうとする。そこでアルティンが不在の間、彼の代理として司令官会議に出席している緑騎士隊副隊長のカーネルが、不思議そうに部下に声をかけた。


「デニス、どうしてお前がここにいる? 確か休暇中だったのではなかったか?」
「帰参のご挨拶が遅れて申し訳ありません、副隊長。実家があるグリーバス公爵領に出向いていたのですが、アルティン様の使者として急遽王都に戻って参りました」
「隊長からの使者?」
 怪訝な顔になったカーネルだったが、バイゼルが身振りでそれ以上の質問を遮ってきたことで口を閉ざした。そして静まり返った室内に、重々しいバイゼルの声が響く。


「それでは、まず事務的な報告から済ませる。二日前にアルティンが急死した」
「そうですか、アルティンが……、って団長!?」
「笑えない冗談は止めてください!」
 衝撃的な報告に、揃って目を剥いた隊長達は、思わず腰を浮かせてバイゼルに詰め寄ろうとした。しかし彼は一睨みで、部下達を黙らせる。
「事実だ。デニス、すまないが皆の前でもう一度、先程の話をしてくれ」
「はい、畏まりました」
 バイゼルがそう促した途端、幾つもの険しい視線がデニスに突き刺さったが、彼はすこぶる冷静に話し出した。


「実は、私はアルティン隊長の指示を受け、調査のお手伝いする為に密かに隊長の領地入りに先立ってグリーバス領内に赴いていたのです。しかし隊長は到着翌日領内の視察に出た後に急に発熱を訴えられまして。至急お屋敷に戻られて静養されたのですが何故か治療の甲斐なく、翌々日の明け方にお亡くなりになられました」
「そんな馬鹿な!」
「あいつは休暇に入るまで、ピンピンしていたんだぞ!?」
 端的に報告した内容に、たちまち室内に怒声が沸き起こる。それを宥めるように、バイゼルが口を挟んできた。


「それでデニスがグリーバス家に知られないように急遽こちらに駆け戻って来た理由だが、緑騎士隊隊長の証である記章と短剣の返却、及び速やかなる後任任命の為だ」
「グリーバス家が、与り知らぬ事なのですか?」
「それはまた、どういう事です?」
 取り敢えず怒りを抑え、問いかける視線を騎士団長と自分に向けてきた他の面々に対し、デニスは落ち着き払って説明を続ける。


「グリーバス公爵家は初代当主の建国時の多大な功績により、その家の男子は無条件に近衛軍入隊を許される上、司令官職に空きがある場合には、そこへの即時就任が許可されています。その為歴代の当主やその身内の男性が、近衛軍の要職に就いてきたのは、皆様の方がご存知かと」
 そうデニスが指摘した途端、出席者が一様に苦々しい顔付きになった。


「そうだな。俺達は、嫌と言うほど知っているな」
「グリーバス家はこれまで優秀な軍人を、アルティンを含めて何人か輩出しているが、記録ではその倍以上、ろくでもない奴が送り込まれていますね」
「それに知り合いの貴族の子弟を、箔を付けさせるために入隊させて謝礼を取ったり繋がりを作るのは可愛い方ですし」
「挙げ句の果て、騎士団に備品を納品している業者を強引にコロコロ変えて、口を利いた商人から賄賂を取ったりもしてたよな。本当にろくでもないぞ、あの親父。あんなのの息子で、良くアルティンがあんなに清廉潔白に育ったもんだ」
「皆様……。事実とは言え、身も蓋もなさ過ぎです」
 ナスリーンは同僚達に対して苦言を呈してから、デニスに視線を向けて確認を入れた。


「するとデニス殿が内密に至急の使者に立ったのは、自分の後任にグリーバス家が縁のある人物をねじ込もうとしているのを、生前アルティン殿が察知していた故ですか?」
「はい、具体的な名前までは分かりませんが。アルティン様は緑騎士隊隊長就任以来、お父上やご親族からの要請を悉くはねつけておいででしたので。常々『私は周りから、相当恨まれているようだね。さっさと首をすげ替えられるかもしれないな』などと、時折笑っておられました」
 真顔でデニスが頷いて告げてきた内容を聞いて、周りの者達が揃って顔色を変える。


「……ちょっと待て、デニス」
「まさかアルティンの急死は、グリーバス家の仕業ではあるまいな?」
「まさかそんな……。公爵様を初めとして、ご親族の方々に目の敵にされたと言っても、さすがにそこまでは……」
 一応否定の言葉を口にしながらも、明確に否定しきれない表情を見せたデニスに、室内の空気が一層険悪な代物になる。半分以上わざと疑うような口調と態度を取ったデニスは、その反応に密かにほくそ笑んだ。
(順調順調。これでグリーバス家の近衛騎士団内での悪評が、これまで以上に高まるってものだな。後は勝手に憶測で尾びれが付いて、市中に広がるだろう)
 そんな剣呑な空気の中、バイゼルが重々しく言い出す。


「しかしそういう環境であったからこそ、アルティンはこの上申書を残したのだからな。用件の所だけ読み上げるぞ」
 そして手にしていた封書の中身を取り出し、広げて視線を落としながら読み上げる。
「『私、近衛軍緑騎士隊隊長アルティン・グリーバスの後任として、現副隊長のカーネル・ランスを推薦し、可及的速やかなる任命を要請致します。更に空席となる同副隊長には、同様にロイ・マグナバル分隊長の任命を願います。近衛軍として陛下直属の軍司令官の席を僅かなりとも空席にし、危急の事態に対応し損ねる事態などあってはならないと愚考いたします』とある。それでお前達の意見を聞きたい」
 文書から視線を上げてバイゼルが部下達に意見を求めると、即座に肯定の返事が返ってきた。


「異存ありません」
「アルティンの遺志に同意します」
「最適の人事かと存じます」
「寧ろ、それ以上の適材適所はありません。カーネル殿はアルティン殿より長く緑騎士隊に属し、アルティン殿がグリーバス家出身故に自身を飛び越えて隊長に就任した後も、真摯に彼に仕えて補佐してきました。アルティン殿もそれを分かっておられての、この人事でしょう」
 アルティンの意図を正解に読み取ったナスリーンが、真摯に同意する旨を告げた。バイゼルはそれに頷いてから、この間黙って話を聞いていたカーネルに声をかける。


「どうだ? カーネル」
 静かに問われた彼は俯いていた顔をゆっくりと上げ、決意溢れる表情でバイゼルを見やった。
「慎んで拝命致します。若くしてお亡くなりになった隊長の分まで、精一杯務めさせていただきます」
「よし、決まった。近衛軍司令官の任命は、前任者の指名と団長と司令官会議での了承があれば、即時陛下に任命していただける。予め、陛下への謁見の許可は貰ってある。カーネル、今から出向くから付いて来い。デニス以外の者は、このまま待機だ」
「はい!」
「了解しました」
 既に根回しを済ませていたバイゼルはカーネルを促して立ち上がり、この間立ったまま報告を続けていたデニスに労いの言葉をかけた。


「デニス。急使の役目、御苦労だった」
「いえ、当然の事をしたまでです。それで皆様に、一つお願いがあるのですが」
「どうした?」
「私が使者に立ったことは、くれぐれもご内密にお願いします。私自身は何ともありませんが、実家の者達はグリーバス公爵領内で生活しておりますので。この事が公爵家側にばれたら、家族がどんな嫌がらせをされるか分かりません」
 真剣に訴えたデニスを見てバイゼルも真顔で頷き、部下達に言い聞かせる。


「ああ、分かっている。皆も、気をつけてくれ。ここにアルティンの上申書と共に隊長記章と短剣を届けに来たのは、予め指示を受けていた、王都のグリーバス邸の使用人と名乗る男だ」
「分かりました」
 口裏を合わせを指示したバイゼルは早速カーネルを連れて国王の元に向かい、室内には緊張から解放された安堵感が漂った。そして役目を終えたデニスは、先程団長から残る必要はなしと言われたことで挨拶して立ち去ろうとしたが、ここで予想外の声をかけられた。



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