恋愛登山道一合目

篠原皐月

第15話 誰も彼も運の尽き

「あら、地下駐車場? こんな所に入って良いの? 普通、監視カメラとかがあるんじゃない?」
「幸いな事にメンテナンス中で、あと一時間は録画できていなくてな」
「あらあら……、随分穴だらけのセキュリティーだこと。防犯面から考えると、なって無いわね」
 男達に同行し、ほど近いビルの地下駐車場に続くスロープを下りながら、真紀は密かにほくそ笑む。


(その方が、こっちとしても好都合だけどね。後で記録をごまかす手間が省けるし)
 そんな事を考えながらも、真紀は素知らぬ顔で歩き続けた。そして駐車場に入り、そこに停めてあった大型のバンに男達が歩み寄って、軽く窓を叩きながら声をかける。


「待たせたな。連れて来たぜ」
「ご苦労だったな。後で残りの金を払う」
 スモークガラスで車内が伺い知れなかったドアを開け、ふてぶてしい笑みを浮かべながら現れた人物を見て、健介は怒りを露わにして怒鳴りつけた。


「克己……。お前、何のつもりだ!」
「何って……、お前を排除して、親父の後継者に俺がなるに決まってるだろ?
俺は優しいから、殺しはしないぜ。せいぜい内臓が一つか二つ、使い物にならなくなる位だ。感謝しろ」
「それで自分では慈悲深いつもりか? 相変わらず勝手な事を」
「五月蠅いぞ! 大体、母親共々追い出したくせに、戻って来やがって目障りなんだよ!」
「好きで戻ったわけじゃない! お前の出来が悪すぎたのが、そもそもの原因だろうが! そうでなかったらあの女が、とっくにお前を跡取りにさせていた筈だしな!」
「うっせえぞ、黙れ!!」
「ぐあっ!」
 いきなり勃発した兄弟喧嘩の挙げ句、両手を縛られたままの健介を容赦なく殴り倒したのを見て、真紀は克己への制裁と捕獲を決心した。


(涼が言っていた通り、本当に頭が悪いみたいね。これで一連の事件は、この異母弟が主犯で決定かな? 他の雑魚はともかく、こいつは確実に身柄を押さえないと)
 すると克己はここで漸く真紀に気付き、周りに尋ねた。


「うん? 何だ、その女は」
「一応、これの護衛よ。正直言ってこんなのどうでも良いけど、護衛対象者に危害を加えられるのを黙って見ていると、こっちの経歴に傷が付くのよ。そこの所を考えて欲しいんだけど」
「は? お前、何言ってんだ?」
(うわ、こいつ本当に頭が悪っ!!)
 自分としては結構はっきり賄賂を寄越せと演技したつもりが、相手に全く通じなかった為、本気で呆れ返った。そのやり取りを見た周囲の男達が、困惑顔の克己に説明してやる。


「要は見逃してやるから、金を寄越せって事だよ」
「素直に付いて来たんだし、騒がれるのも面倒だ。分け前をやっても良いだろう?」
「こんな女、お前達で好きにすれば良いだろうが」
 どうやら余計な金を払うのが惜しいらしく、克己が周りの男達に横柄に言い放ったが、彼らはその提案に乗るどころか、馬鹿にした顔付きで反論した。


「護衛に付いてる位だから、女でも一応腕は立つんだろ? 荒事になったら怪我するのは、俺達なんだぜ?」
「そうそう。その後この女を好きにして画像を撮って黙らせるにしても、その手間賃は必要だよな? 元々の仕事に含まれていないわけだし」
「どのみち、俺らに追加料金を払うか、この女に口止め料を払うかの違いだろ?」
「ちっ! 人の足下を見やがって。それで? 幾ら欲しいって?」
 盛大に舌打ちした克己が顔を向けて尋ねてきた為、真紀は黙って右手を広げて彼の前に突き出した。それを見た克己が、機嫌良く答える。


「何だ、五万か。結構安いな。それなら今、払ってやる」
「あんたどこまで馬鹿なの? それじゃあ親があんたを跡継ぎにしないのも、無理ないわね」
「何だと!?」
 如何にもつまらなさそうに真紀が述べると、克己は忽ち怒気を露わにしたが、周囲からは哄笑が沸き起こった。


「ぶふっ。うわはははっ!」
「確かに、五万はねぇよな!」
「だが、五千と言わなかっただけ、誉めてやるべきじゃないのか?」
「ガキの使いでもあるまいし!」
「うるせぇぞ!! 五十万欲しいなら、はっきりそう言いやがれ!」
「五十万? はっ! 冗談でしょ? 五億に決まってるじゃない」
「……は?」
 八つ当たり気味に叫んだ克己の台詞もあっさり否定し、当然の如く真紀が口にした内容に、周囲が一気に静まり返った。しかし彼女だけは平然と、話を続ける。


「何? 頭が悪い上に、耳まで悪いの? 本当にどうしようも無いわね」
(さて、移動してきた時間も含めて、十分な時間稼ぎはできたと思うけど、誰か来てくれたかしら? まさかあの駐車場から移動して来たから、居場所の特定に手間取ってるとか言わないわよね?)
 真紀がこの窮地を脱する方法を、比較的冷静に考えていると、漸く我に返った克己が盛大に怒鳴り返してきた。


「ふざけるな!! なんで口止めで、お前に五億も払わなけりゃならないんだ!!」
「あら、だって実行犯のこの人達には、少なくとも十億は払うでしょうし、そうなると黙認と口止め料として、五億は妥当でしょう? 爆発物のレプリカを事務所に送りつけたり、襲撃犯を送り込む様な派手な事をする位するなら」
「爆発物は俺じゃない! あの騒ぎに便乗して、色々やっただけだ!」
(それなら、一番最初のあれは違う? まだ別口がいるって事? 面倒くさいなぁ。どれだけ変な恨みを買ってるのよ、こいつ)
 完全に八つ当たりしながら真紀が横目で健介を睨んだ時、広い駐車場に場違いな声が響き渡った。


「呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃ――ん!! 誰が呼んだか知らないが、桜査警公社のトラウマ製造機、茂野将人、只今参上!!」
「え? 何だ?」
「今、いかれた声が……」
 男達は怪訝な顔で配合を振り返ったが、その声と物言いで相手が分かってしまった真紀は、動揺のあまり声を裏返らせた。


「うぇええっ!? 茂野さん!? 何でこんな所にいるんですか!!」
「あれ? その声は、ひょっとしてミツ子ちゃん? この近くで合コンに参加してたんだけどさぁ、何だか呼び出しがかかっちゃったから、来てみたんだよねぇ」
「何で合コンなんか……」
 緊急通報をしたのは確かだが、男達の向こうから聞こえてきた能天気な声に、真紀は本気で項垂れた。


「あ、俺が合コンなんて、似合わないとか思ってる? 偏見だなぁ、これでも結構人気なんだよ? 毎回、ウケるアイテムを持参してるし。あ、今ちょっと見せてあげるから」
 男達の壁に阻まれて見えないまでも、茂野がいそいそとリュックを下ろして中身を取り出そうとしているのがばっちり想像できてしまった真紀は、憐憫の眼差しを周囲に向けた。


「……あんたら、終わったわ」
「はぁ?」
「絶対絶命なのは、お前だろ?」
「恨むなら、この底無し馬鹿兄弟を恨みなさい。私は始末書確定だし、恨むのは筋違いよ」
「何言ってんだ?」
 健介と克己を指差しながら、真顔で断言した彼女を見て、男達は益々怪訝な顔になったが、ここで異変が生じた。


「そりゃ!」
「え? うわっ!」
「何だ、これは!」
「い、いててっ! おい、剥がれないぞ!」
 茂野の間抜けなかけ声と共に複数の何かが彼の手から放たれ、男達が何かを認識する前に、空中で破裂したそれから網状の物が広がった。そして茂野と真紀の間にいた男四人が、あっという間に絡め取られ、しかも特殊な極小鉤針付きのそれが絡まって、取るために悪戦苦闘を始める。


「取り敢えず、こっちの動きは止めときましたよ! 小野塚部長補佐!」
「上等だ!! 行くぞ、飯島!!」
「了解! ちくしょうぉぉっ!! こんな時に、馬鹿な騒ぎ起こしやがってぇぇっ!!」
 更に茂野の呼びかけに応じ、いつの間にか駐車している車の陰を移動しながら、至近距離まで移動してきた二人が勢い良く飛び出して来た為、真紀は本気で狼狽した。


「飯島先輩はともかく、小野塚部長補佐まで!?」
「俺はともかくって、何だ!! 俺はデート中で、今からプロポーズしようかってタイミングで、呼び出しがかかってすっ飛んで来たんだぞ!? こんちくしょうぉぉ――っ!!」
「げはぁっ!!」
 飯島の渾身の一撃で、呆気なく男の一人が吹っ飛び、真紀はその怒りの程が分かった。


「すみません! ごめんなさい! 先輩はもう戻って貰って構いませんから!!」
「そうはいきませんね。桜査警公社社員の業務規定に反しますよ?」
「てっ、寺島さん!?」
「何だ、こいつ。いきなり、……ぐほっ!!」
 いきなり背後から聞こえた声に、真紀が盛大に顔を引き攣らせながら振り返ったが、それより前に傍にいた男が殴りかかった。しかし寺島が無言のまま彼の腹を蹴り飛ばし、前屈みになったところで、素早く首筋に手刀を叩き込んで沈黙させる。


「寺島さんまで……。完全に終わった……」
 思わず片手で顔を覆ってしまった真紀だったが、そこで鋭い叱責がかけられる。


「手ぇ、抜いてんじゃねぇぞ、菅沼!! 」
「一人も逃がすな!!」
「了解です!! 待てや、こらあぁぁっ!!」
「ぐあぁっ!」
「おら、お前も逃げんな!」
「げっ! ぐはぁっ!」
 最初は数に任せて二人に襲いかかった男達だったが、彼らの想像以上に小野塚達が手練れである上、寺島の登場も加わって、怖じ気づいた何人かが逃亡を図った。真紀は素早くその一人に追いすがり、背後から跳び蹴りを喰らわせて地面に倒してから、横を駆け抜けようとした男の足を払って止めつつ投げ飛ばす。
 圧倒的な数の不利を物ともせず、四人が男達を一人残らず叩きのめしているのを、健介は呆然と眺めていたが、いつの間にか近付いていた茂野が、手にしたハサミでさっさと彼の手首を縛っていた紐を切った。


「はい、お疲れ様。全く間抜けな君のせいで、ミツ子ちゃんはえらい迷惑だねぇ……。よりにもよって、『ムッツリ破壊神』と『自立歩行型凶器』と『トラウマ製造機』引き当てちゃうなんて」
 未だに大暴れしている真紀達を眺めながら、茂野がしみじみと独り言の様に漏らした内容に、健介は思わず問いを発した。
「あの……、今のはどういう意味ですか? それに、あなた達はどうしてここに?」
 それに茂野が、苦笑いしてから答える。


「うちの社員ってさ、場合によっては仕事中に、危険な状況に陥る事があるわけ。その時に助けを求める為の緊急通報システムの端末を、全員持たされているんだよね。……おっと」
「何!? げあっ!」
「あ、これ? 特殊開発の伸縮式スタンガン。……って、気絶しちゃったかぁ。せっかく説明してるんだから、ちゃんと聞いてから気絶して欲しいなぁ」
「…………」
 網で身動きが取れなくなっていた男の一人が拘束を外し、健介達に襲いかかろうとしたものの、茂野がズボンのポケットに差し込んでおいた棒状の物を素早く抜き取り、その男に向かって突き出した。その瞬間、それが伸びて先端が突き刺さった彼は、呻き声を上げて崩れ落ちる。そして呆気に取られている健介に向かって、茂野の笑いを堪えながらの説明が続うた。


「それでその端末から通報すると、そこから半径五百メートル以内にいる社員の端末に連絡が入ると同時に、スマホにGPSデータが転送されるから、どんな状況にいようと十分以内に通報現場に駆けつけなくちゃいけないんだよね。それこそ事務職や研究職だろうが、風呂に入っていようが女とやってる最中だろうが。自宅にいる時以外は、全員端末を携帯する事になっていて、万が一出向かなかった場合のペナルティーがなかなかシビアだし」
「何なんですか、それは? それにさっき、なんか変な言葉を口にしていませんでしたか?」
 横目で未だに暴れている四人を見ながら健介が尋ねると、茂野は事も無げに事情を説明した。


「ああ、公社内での通り名の事? 防犯警備部門の飯島さんが強いのは当たり前だけど、それ以外の所属でもヤバい人が社内にポツポツ居て、そういう人全員に付いてるんだよね。因みに俺が『トラウマ製造機』。今、あの野郎の顔面を殴りつけて、前歯を全部へし折ったであろう人が、『ムッツリ破壊神』の副社長秘書の寺島さん。あの人、まだ三十代半ばなのに、もう十年以上お務めしてるんだよねぇ」
 真っ先に自分を「ヤバい人」と紹介したに等しい茂野の発言を聞いて、健介はたじろいだが、微妙に違和感を感じた事について思わず尋ねた。


「『お勤め』って……。それは大学を卒業して勤務したら、誰でも三十半ばでは十年以上の勤務になるのでは?」
「違うって、十代からムショ暮らしって事」
「はい?」
「それで『自分は頭が悪いから捕まった』と猛省して、収監中に猛勉強したんだって。そして出所後は、収監中の伝手で公社に直行。凄腕だし凄く頭が切れる、とてつもなくヤバい人だよ?」
「十代から収監って……、それはかなりの凶悪犯と言う事なんじゃ……」
 サラリと話された内容を聞いて真っ青になった健介だったが、あいにくと茂野は彼の心情などには構わずに話を続けた。


「それから、今、あの男の肋骨を蹴り砕いたのは、『自立歩行型凶器』の、小野塚信用調査部門部長補佐。あの人は腕が立つから、当初防犯警備部門で採用したのに、『他人の秘密を暴くのがゾクゾクして楽しい』とか主張して、力ずくで信用調査部門に居座った困ったちゃん。まあ、本当に秘密を嗅ぎ付けるのが上手いし、荒事に巻き込まれても平気だし、手段も選ばないから社内では恐れられていて。弱みを握られたら最悪の相手なんだよね」
「…………」
 しみじみとした口調で茂野がそう述べた為、健介は何とも言えない表情で黙り込んだ。そして大の男を盛大に投げ飛ばし、蹴り倒している真紀を見ながら、茂野が心底同情する声音で言い出す。


「公社内で呼びつけたら拙い五本の指に入る人間を、一度に三人も呼び出しちゃうなんて、ミツ子ちゃんも本当に運が悪いよなぁ……」
「その、あなたがさっきから言っている『ミツ子ちゃん』って」
「だってさぁ、ミツ子ちゃんはプロだよ? 相手は人数は揃ってるけど、あの様子を見るとズブの素人だよ? 普通だったら護衛対象者を安全な場所に逃がす位の事はできるのに、こんな所までのこのこ来るわけ無いよ。君、絶対余計な事を言ったりしたりしたよね?」
 自分の問いかけを完全に無視された挙げ句、如何にも疑わしそうに言われた為、健介はムキになって言い返した。


「そんな事はしません!」
「大方、『ここは自分が引き付けるから、人通りのある所に逃げて助けを呼べ』と言われた時に、『君を残して行けるか!』とか、中途半端な正義感をひけらかして、ミツ子ちゃんの足を引っ張ったとか」
「どうしてそれが、中途半端な正義感なんて言われなきゃいけないんだ! 当然の事だろうが!」
 思わず怒鳴り返した健介だったが、ここで茂野は人当たりの良さそうな雰囲気を一変させ、健介の胸倉を掴み上げながら険しい表情で凄んできた。


「あぁ? 『当然』だと? ふざけんな。本気で分かってねぇな、お前。『中途半端な正義感』が気に入らないなら、『状況判断が全くできない、質の悪いナルシスト』と言ってやる」
「なっ! 何で赤の他人に、そこまで言われないといけないんだ!」
「あんたが自分自身の身を守れるなら、そもそも彼女があんたの護衛に付かねぇよ。守られるならその自覚を持って、守ってる人間の指示に従え。それが最低限の義務だ。本当に最低の護衛対象者だな。こんな奴の為にミツ子ちゃんが始末書確定とは、気の毒過ぎる」
 そこで茂野が服から手を離し、深い溜め息を吐いた為、健介は渋面になりながら尋ねた。


「……始末書って、何の事だ?」
「この惨状を見て、ここの後始末と証拠隠滅に、どれだけの手間暇がかかると思ってんだ?」
「…………」
 茂野に手で指し示され、改めて周囲を見回した健介は、いつの間にか自分達を襲ってきた男達が全員倒れ伏し、呻き声を上げているか微動だにしない状況に陥っている事に気が付いた。
 そしてそれぞれ最後の相手を昏倒させた四人が、顔を見合わせて確認する。


「さて、これで終了か?」
「そうだな。ふん、手応えの無い。取り敢えず、一人も逃がしてはいないよな?」
「菅沼……、お前ならこの程度の雑魚、どうにかできたんじゃないのか? それにこんな所にのこのこおびき出されるとは、お前らしく無いな」
「それは」
 後輩の力量を十分承知していた飯島が、若干納得できかねる表情で苦言を呈すると、真紀が何か言うより先に、少し離れた場所から四人の様子を窺っていた茂野が、大声で叫んだ。


「あ、それなんですけどね~! なんだかこのボンボンが、ミツ子ちゃんに『逃げろ』と言われたのに、『君を残して逃げられるか』とか格好良い事言っちゃって、逃げなかったみたいですよ~?」
「……っ!?」
 その途端、三人の男達から殺気の籠った鋭い視線が突き刺さり、健介は思わず後ずさりした。


「ほう?」
「……それはそれは、ご勇敢な事で」
 寺島と小野塚は皮肉っぽく口元を歪めただけだったが、飯島は怒りを露わにしながら足早に健介に詰め寄り、彼が何か言う前に問答無用で殴り倒した。


「貴様!! 何を考えてやがる!!」
「ぐあっ!」
 そして呆気なく転がった健介を、軽蔑の眼差しで見下ろしながら吐き捨てた。
「一応素人相手だから、手加減したがな! プロの足を引っ張るな! 俺達の仕事を何だと思ってる、このど素人が!!」
「…………」
 本気で怒っていると分かる飯島に何も言い返せず、健介が座り込んだまま視線を逸らすと、寺島と小野塚が意外な申し出をしてきた。


「飯島。お前さっき、デート中だとか喚いていただろう?」
「後始末は俺達でやっておくから、お前はもう戻って良いぞ?」
「寺島さん、小野塚さん! すみません、ありがとうございます!」
 いつもの二人からは想像もできない、思いやりに溢れた提案に、飯島は忽ち顔付きを明るくして礼を述べたが、二人はここでニヤリと意地悪く笑いながら続けた。


「プロポーズ直前の良い雰囲気で放置された、気の毒な彼女に宜しくな?」
「だが守秘義務に関わる事だし、本当の理由は言えないよなぁ……。明日、じっくり破局話の経過を聞かせてくれ。楽しみにしている」
 そんな事を微笑みながら言われてしまった飯島は、涙目になって駐車場の出口目指して駆け出して行った。


「うっ、うわぁあぁぁ――っ!! ちくしょうぅぅ――っ!!」
「……飯島君も、運が悪かったねぇ」
「飯島先輩!! 本当に、誠に、申し訳ございませんでしたぁぁ――っ!!」
 広い駐車場に駆け去る飯島と勢い良く頭を下げた真紀の叫び声が木霊し、再び静寂が戻ってから、真紀達の視線が一斉に健介に集まった。





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