箱庭の光景

篠原皐月

高木孝司の場合~有益なご祝儀

「それで? 電話で言ってた、お姉さんの披露宴で手伝って欲しい事って何? まさか自分が号泣するのを回避する為に無関係の私を引っ張り出しただけでは飽き足らず、余興を披露しろとか、ふざけた事は言わないわよね?」
 訪ねて来た孝司を自室に招き入れて早々、香月は相手を軽く睨みつけながら問いかけた。それに孝司が軽く首を振って答える。


「いや、すこぶる真面目な話なんだ。俺と一緒に、披露宴当日の二次会を仕切って欲しい」
「はぁ?」
「もっと詳しく言えば、姉貴夫婦が指定した人達の中から、なるべく多くのカップルを成立させたいんだ」
 真顔で訴えてきた孝司だったが、香月は困惑顔のまま再度軽く首を振った。
「全然意味が分からないんだけど。順序立てて説明してくれる?」
 それに対し、孝司は居住まいを正してから説明を始めた。


「少し前、姉貴の結婚祝いに何を贈れば良いかって、相談した事を覚えてるか?」
「勿論よ。あんたが『現金なんて味気ないから、何か他の物を贈りたい』って言い出して、ああだこうだ悩んで煩いから、『本人に直接聞いて、欲しがってる物をあげれば良いじゃない』って言ったわよ。それがどうかしたの?」
「姉貴に聞いたら『特に欲しい物は無いから気を遣わないで』と言われ、榊さんに聞いたら『貴子に必要な物は全て俺が手配するから、気持ちだけ受け取っておく』と言われた」
「無欲なお姉さんと、太っ腹なお義兄さんで良かったじゃない」
 それで何の問題があるのかと疑問に思った香月だったが、ここで孝司が語気強く訴えてくる。


「全然良くない!! 物が要らないなら、俺は何か姉貴の為になる事をしたいんだ!」
「はいはい。ホント、あんたって困ったシスコン野郎よね~」
 理由がばっちり分かってしまった香月は呆れた声と表情で応じたが、孝司はそれで気分を害したりはせず、真顔で話を続けた。


「それで、俺の正直な気持ちを榊さんに訴えたら、『それなら一つ頼まれてくれないか?』と言われたんだ」
「だから何を」
「披露宴に招待する榊さんの同僚、同期、後輩の中で、将来有望な独身キャリアさん達の縁結び。全員三十代だけど、縁遠いらしい」
「それがどうして、ご祝儀代わりになるのよ?」
 まだ意味が分からなかった香月が突っ込みを入れると、孝司は隆也から聞いた内容を付け加えた。


「その人達の縁談を纏めて恩を売って、後々役に立つ人脈を作りたいらしい」
「……ああ、そういう事」
「因みに女性陣は、姉貴の交友関係から選りすぐったらしいな」
「う~ん、話は分かったけど、それってどうなの?」
「どうなのって、何が?」
 自分の披露宴で抜け目なく人脈作りをする気かと、うんざりした表情を見せた香月だったが、すぐに難しい顔になった。そして理由を尋ねてきた孝司に、思うところを正直に述べる。


「キャリアさんなんて普通に考えたら、結婚相手として引く手数多じゃない? それなのに三十過ぎて独身って事は、よっぽど容姿に難ありとか、結婚相手に求める物が多過ぎとか、過去に女で痛い目にあってトラウマ持ちとか、家庭内に問題があるとか、不利な条件がそれなりにあると思うんだけど?」
 そんな指摘に、孝司は変わらず真顔で頷く。


「確かにそうだろうな。そこのところは、姉貴も考えたらしい。女性陣の中に、所謂苦労知らずのお嬢さんタイプは皆無だ。皆、手に職持ってるし、中には旦那からのDVで離婚したとか、ストーカー被害に合った人もいるぞ」
「ちょっと! そんな事軽々しく口にして良いの?」
「個人情報だからな。香月も口外はしないでくれ。これが姉貴達から渡された、男女それぞれの個人データだ」
 瞬時に顔色を変えて慌てて問い質した香月に向かって、孝司は持参したバッグの中からファイルを取り出して差し出す。


「何を考えてるのよ、あんたのお姉さん夫婦は……」
 それを呆れ顔で受け取った香月は溜め息を吐いてから内容の確認始め、一通り目を通してから納得した様に頷いた。
「なるほどね。芸能界なんて華やかな所で働いてるけど、実家が堅い職業の人って意外に多いんだ……」
 その呟きに、孝司も素直に頷いてみせる。


「姉貴が言うには『小さい頃から厳格な家庭で育つと、人一倍そういう所への憧れって強いみたい。そういう人って礼儀作法とかしっかりしてるから、お薦めよ』とか言ってた」
「なるほどね。警察とか法曹関係とか、コネ作りとしても有意義そうだわ」
「それに美容師とか調理師とか報道関係の人も含めて、色々なタイプの人間に接してるから、それなりに人を見る目は肥えてるし」
「確かにそうかも」
「もっと言えば、過去に男で痛い目見てる人でも、相手が警察官僚ならそれほど警戒心を持たないんじゃないか?」
「それはそうよね~。しかも同じキャリアの人に仲介して貰ってるのに、下手な事できないだろうしね~」
 激しく同感と言った感じで香月が力強く頷くと、孝司が力を得た様に明るく言い切る。


「それに職場や私生活でこれまで色々苦労してるなら、多少相手に難があっても、それほど気にしないで済むかもしれないだろ?」
「良く分かったわ。その話、乗ろうじゃない」
 香月がそう請け負った事で、孝司は如何にも安堵した様に笑顔を見せた。


「サンキュー、香月。助かった。さすがに男女合わせて二十人を越えると、仕切るのは大変だからな」
「それで、私の報酬は?」
「え?」
 笑顔で繰り出された質問に、孝司は困惑顔になったが、香月は更に笑顔を深めつつ話を続けた。
「だって、あんたはお姉さんのご祝儀代わりに骨を折るとして、私は無関係なのに披露宴に引っ張り出された上に、仕切りババアよろしく無関係な男女の仲を取り持たなきゃいけないのよ? それに対する見返りは?」
 そんな要求をされてしまった孝司は、僅かに顔を引き攣らせた。


「……ここは一つ、未来の義姉へのご祝儀代わりとして」
「それはそれ、これはこれよ」
「香月~、頼むよ~」
 情けない声を出して訴えた孝司に、香月は即座に交渉相手を変える判断を下した。


「じゃあ良いわ。直接交渉するから。その榊さんとやらのメルアド教えて」
「おい、香月」
「さっさと教える! 『時は金なり』って言葉知らないの!?」
「……はい」
 半ば叱りつけられた孝司は、素直に香月に隆也のメルアドを教えた。そして香月は早速何やらメールを送信してから、嬉々としてファイルに手をかける。


「さてと、今のうちにナンバリング。ほら孝司、どんどん傾向と対策を練るわよ!」
「ああ」
 そして香月主導でリングファイルの中身を取り出し、一人分ずつ番号を振って内容の精査を始めていると、香月の携帯がメールの着信を聞き慣れたメロディーで知らせてきた。早速彼女が内容を確認すると、明るい声で報告する。


「孝司、あんたの義兄、決断早いし太っ腹! カップル成立で一組二万。結婚に持ち込んだら一組五万出してくれるって!」
「嘘! マジか!?」
「ほら、これ」
 驚いた顔になった孝司の眼前に受信画面を差し出して見せながら、香月は不敵に微笑みつつ宣言した。


「ふふっ……、俄然やる気が出てきたわ。何が何でもこの人達を纏めて、女子会旅行に繰り出すわよ!」
 そこで孝司が、控え目に口を挟む。
「あの、香月さん? 女子会旅行って、因みに俺とは……」
 その孝司の問い掛けを、香月は綺麗さっぱり無視した。
「さあ、グズグズしない! 私の勘だと、この2番と15番の組み合わせがなかなかだと思うのよね。それと、7番と12番?」
 早速提案された内容に、孝司も素早く意識を切り替えて検討に入る。


「う~ん、7番さんには16番さんの方が良くはないか? それから3番さんには19番?」
「それも捨てがたいけど……、3番には11番ってどうよ?」
「取り敢えず、合いそうな組み合わせを列記してみて、重複してる同士で座る場所を固めるか」
「それから席の確定や、当日の話題の選定や、進行の確認ね。サクサク進めるわよ? 趣味嗜好の確認や、NGワードのチェックもしなくちゃいけないんだから」
「よし、どんどんやるぞ!」
「うっふっふ~、臨時収入~、女子会~」
 そんな二人の会話を、ノックしようとしてドア越しに何やら二人が深刻な話をしているらしいと、先ほどから何となく入るタイミングを逸したまま聞いていた奈月に、不思議そうな声がかけられた。


「奈月、お前こんな所で、お盆抱えて何やってるんだ?」
「……お姉ちゃんが黒い」
 お茶を出しに来て、予想外に姉の腹黒さを垣間見てしまったらしい下の妹に、この家の一人息子である和真は若干疲れた表情で言い聞かせた。


「それは今に始まった事じゃないだろ。茶が冷めるぞ? 早く出せ」
「うん」
 項垂れてからノックして室内に入った奈月を見送った和真は、(本当に、良く香月の貰い手があったよな)としみじみと思ったのだった。



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