悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(56)思わぬ流れ

「自らが後見していた人物がこのような騒ぎを引き起こし、面目を潰してしまったお気の毒なケリー大司教。咄嗟に引退を決意するも、エセリア様の諭しと国王王妃両陛下の説得により、心打たれた大司教は思わず落涙。『エセリア様……。それに国王陛下、王妃陛下……。この身に余るご厚情、誠に、感謝の念に堪えません……。分かりました。この命ある限り、全力でこの国と国民の為に、力を尽くす事を誓います』と宣言されました。その瞬間、講堂内に満ちる安堵の溜め息と、大司教の心情を思うすすり泣きの声が……。そしてケリー大司教に歩み寄る、リーマン学園長。彼もこの騒動を収束させる責任を負う、管理職の最高責任者。大司教の忸怩たる思いを、我がことのように感じていたのでしょう。二人寄り添って行動を退出していく後ろ姿には、隠しきれない哀愁が漂っていたのでありました。そして国王陛下の宣言により、無事に審議は終了となったのでした。以上、これで終わらせていただきます」
(よし! 終わった! 所々省略したけど、取り敢えず全体の流れはご説明できたわよね。だってさすがにエセリア様みたいに、百二十家の暗証なんて無理だし!)
 なんとか最後までやりきったことでルーナは満足しながら頭を下げると、ミレディアの満足そうな声が聞こえてくる。


「ルーナ、ご苦労様でした。今日の審議の流れが、とてもよく分かったわ。やはりあなたにお願いして正解だったわね」
「ありがとうございま……、うぇえぇっ!? どうしてこんなに人がいるんですか!?」
 褒め言葉をかけられて安堵しながら頭を上げたルーナだったが、ミレディアの背後に彼女付きのメイドの他、二十人近くの人だかりができているのに漸く気がついて、激しく狼狽した。
「やっぱり報告するのに夢中で、全然気がついていなかったのね……」
 エセリアが頭を抱える横で、ミレディアが笑顔で説明する。


「ルーナの熱演が素晴らしくて、皆にも見て貰いたかったから、急いで手の空いている者を呼んだのよ。皆、グラディクト殿の主張が退けられるだろうと信じていたけれど、やはりエセリアのことを心配してくれていたから。でもこれで、今日の審議の流れが良く分かったでしょう?」
 そこで振り返ったミレディアから目線で意見を求められたカルタスとロージアは、真顔で感想を述べた。


「はい、奥様。元王太子の勘違いぶりと、そのお相手の恥知らずぶりが如実に分かって、このような騒ぎが生じてしまった理由が府に落ちました」
「そのお二人の醜態と共に、悉く偽りの証拠が暴かれる様子が容易に想像できまして、この二日の鬱屈が晴れました」
 さすがに執事長とメイド長である二人は立場上抑えた口調だったが、他の使用人達はこぞって興奮気味にルーナを褒め称え始めた。


「ルーナ! 本当に臨場感溢れていたわよ!」
「釣られて、思わず怒ったり笑ったりしてしまったわ!」
「ただ経過を報告されるより、こちらの方が断然良いわよね!」
「いやぁ、本当になりきって演じていたよな」
「凄く上手だったわよ、ルーナ!」
「あ、あはは……。皆さん、どうもありがとうございます……」
 口々に褒められて拍手されたルーナは、盛大に顔を引き攣らせながらも、軽く頭を下げて礼を述べた。




 無我夢中で審議の再現劇を披露してしまったルーナだったが、ミレディアの部屋を出てからは気を取り直し、本来の職務に専念した。それからは何事もなく夕刻になり、食堂で夕食を済ませたエセリアが私室に戻ってきたタイミングで、お伺いを立てた。
「エセリア様、明日の予定と衣装の確認なのですが」
 しかしここでエセリアが、予想外のことを言い出す。


「ルーナ。それは後で良いから、もう少ししたら第一応接室に行ってくれないかしら?」
「え? まさかこれから、予定外のお客様がいらっしゃるのですか?」
「お客は来ないのだけどね……。お母様が夕食の席で、お父様とお兄様に今日のことを話してしまって……」
 なぜか困ったように言葉を濁しつつ説明してきたエセリアに、ルーナは不思議に思いながら問いを重ねた。


「審議に関して、無事に一件落着とお伝えしたのですよね? それがどうかしましたか?」
「勿論、結果を伝えたのだけれど……。お母様がルーナの一人芝居の様子を教えたら、お父様とお兄様が興味津々で食いついてしまって。是非、自分達も見てみたいと言い出したのよ」
「…………」
 それを聞いたルーナは瞬時に口を閉ざし、表情を消した。そんな彼女を眺めながら、エセリアが微妙に気まずそうに話を続ける。


「そうしたらお母様が、『せっかくだから昼に見逃した他の使用人達にも見せてあげたいから、希望者を募って皆の前でもう一度、ルーナに通しで演じて貰いましょう』と言い出して……」
 そこでエセリアが慎重にルーナの様子を窺うと、ルーナは微妙な顔をしながらも、その申し出を了承した。
「……そうですか。分かりました。それでは少ししたら、しばらく第一応接室に行っております」
「ええ……、行ってらっしゃい。私はその間、手紙を書いているから」
 そこで二人は互いの顔を見合わせてから、深い溜め息を吐いた。




「失礼します」
 ミレディア付きのメイドに呼ばれ、共に第一応接室に出向いたルーナだったが、入室するとソファーに座っている公爵夫妻とナジェークの背後に集まっている使用人達を認めて、思わず項垂れた。


(旦那様とナジェーク様はともかく、使用人の皆さんの人数が……。奥様の前でやった時より、多くなっているわね。うん、もうどうにでもなれだわ)
 溜め息を吐きたいのを堪えながら足を進めると、ディグレスが申し訳なさそうに、ナジェークが笑いを堪える風情で声をかけてくる。


「やあ、ルーナ。呼び立ててしまってすまないね」
「期待しているよ。母上は勿論、昼の一人芝居を目にした者達は、全員口々にルーナを褒めていたからね」
「恐縮です。それでは始めてもよろしいでしょうか?」
「ああ、始めてくれ」
 その台詞で覚悟を決めたルーナは、前回と同様に何回か深呼吸を繰り返してから、朗々と声を張り上げ始めた。


「それでは皆様に、本日の審議の一部始終をご説明いたします。とは言いましても、全ての方の台詞を漏らさずお伝えするのは、さすがに不可能。流れを損なわない程度に取捨選択しておりますので、そこの所はご容赦ください。場面はエセリア様が、会場となっているクレランス学園の講堂に足を踏み入れたところから始まります。『良く臆面もなく、この場に出てきたな、エセリア! 逃げなかったのは褒めてやるぞ! 今日こそ両陛下の前で、貴様の化けの皮を剥いでやる!』と威勢だけは良い勘違い廃太子が放言すれば、『今のうちに自分の非を認めて、散々蔑ろにしていた殿下に謝罪するべきですよ! そうすれば殿下はお優しい方ですから、穏当な処分にして貰えますから!』などと口調だけはしおらしく訴える勘違い自惚れ令嬢。ああ、正にこの時!! 見苦しいにも程がある自爆披露会兼嘘八百告白会が、この迂闊軽率カップルによって華々しく幕を開けたのであります!!」
 昼の時と同様に、もしくは更にアレンジを加えながら、ルーナは複数人の声色を演じ分けつつ立ち位置を変えながら演じ始めた。それを目の当たりにした者達は、殆どが呆気に取られて声もなく見入る。


「……なるほど、これは凄いな。色々な意味で。でも、さすがはエセリア様付きなだけはあると、言えなくもないな。ヴァイス、そうは思わないか?」
 少ししてからアルトーが感心半分、呆れ半分で隣に立っているヴァイスに囁いたが、彼の予想に反してヴァイスは笑顔で応じた。
「ああ、凄くいきいきしていて、楽しそうだな」
 それを耳にしたアルトーは、何の冗談かと、反射的に横にいる同僚兼長年の友人に顔を向けた。しかしにこやかな笑顔で前方を見ているヴァイスを認め、無意識に顔を引き攣らせる。


「……え? お前、あれを見て引かないのか?」
「は? 引くって、どうしてだ? 生命力溢れる感じで、普段の数倍魅力的だろうが」
「そうか……、魅力的なのか……。まあ、色々頑張れ。応援してやる」
 一体何を言っているのかとヴァイスから真顔で問いかけられたアルトーは、それ以上余計なことは言わずに友人の肩を軽く叩き、今後の奮闘を激励したのだった。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品