悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(38)陰謀は順調?

(早いもので、エセリア様がクレランス学園に入学されてから、もう二度目の学年末休暇。相変わらず机に向かっては何やらぶつぶつ呟きながら考え事をしておられるし、学園内で婚約破棄に向けて周囲を巻き込んで邁進しているみたいだわ)
 そんな事を考えながら、ルーナはエセリアの私室のドアをノックして入室し、言付かった内容を告げた。


「エセリア様。ただいまナジェーク様が王宮からお戻りになり、『暇なら談話室で一緒にお茶でもどうか?』と仰っておられますが」
「あら、今日は帰るのが随分早かったのね。勿論行くわ」
 例によって例のごとく机に向かっていたエセリアは、少々驚いた顔をしながらもすぐに応じ、ルーナを連れて談話室へと向かった。


「お帰りなさい、お兄様」
「やあ、エセリア。寮から戻って来たばかりだろう? お疲れ様。学園で色々頑張っているらしいのは、時々小耳に挟んでいるよ」
「まあ……、お耳汚しでなければ良いのですが」
 既にナジェークはオリガが淹れたお茶を飲みながら寛いでおり、エセリアはその向かい側のソファーに座りながら同様にお茶を頼んだ。そこでナジェークが、早速話を切り出す。


「ところで……、コーラル伯爵令嬢がクレスコー伯爵嫡男と婚約して、ローガルド公爵嫡男とカールゼン侯爵令嬢の婚約が決まったのは、知っているかな?」
「コーラル伯爵令嬢は、確かアーロン殿下の母方の従姉妹に当たられる方で……、クレスコー伯爵嫡男というと、グラディクト殿下の側付きをしていたライアン殿の兄君ですよね?」
「そうらしいね」
「それから……、ローガルド公爵嫡男は、言わずと知れたマリーリカの弟で、私達の従弟。そしてカールゼン侯爵令嬢は、同じく殿下の側付きをしていたエドガー様の妹君ですよね?」
「ああ、正にその通りだな」
「それは……、色々と憶測を呼んだのではありませんか?」
 真顔で語り合う兄妹を見て、エセリアにお茶を出し終えたオリガが、溜め息を吐いてから隣に立つルーナに囁く。


「ナジェーク様の水面下での工作活動が、順調に実を結んでいるみたいね」
「やはりそうですか……。どちらのお話も、王太子殿下の側付きを出しているくらい王太子派の中でも有力な家が、アーロン殿下派に乗り換えたとしか思えないものですから。婚約破棄に伴う王太子派瓦解の影響を、できるだけ少なくするつもりなのですよね?」
「そういうことね。それにしても……、その側付きの方達の立場がなくなるのではないかしら?」
「普通に考えればそうですよね?」
 オリガとルーナは疑問に思ったが、そこでエセリアが語った内容で事情を察知した。


「私は何も変なことはしておりませんし、偶々殿下が癇癪を起こして、側付きのお二方を自ら遠ざけただけでしょう」
(これは絶対、エセリア様が裏で糸を引いたわね)
 オリガとルーナはそう確信し、無言で頷き合った。そこでナジェークが、笑いを堪える風情で言い出す。




「実はこの間、夜会や王宮で顔を合わせた時、父上や私がクレスコー伯爵とカールゼン侯爵に、異口同音に言われた事があってね」
「あら、どんな事でしょう? 我が家はお二方の家とは、特に接点はございませんよね?」
「『エセリア嬢に感謝しております。何卒宜しくお伝え下さい』だそうだ。何かしていなければ、こういう台詞は聞けないと思うのだが?」
「さぁ……、どうでしょう?」
 そこで兄妹は「あはは」「うふふ」と不気味に笑い合ったが、オリガとルーナは揃って何も見聞きしなかったふりをした。
 それからナジェークは一口お茶を飲んでから、急に真顔になって確認を入れてくる。


「それで? 我が愛しの妹君としては、当初の方針に変更はないのかな? 時期が時期だし、一応最終確認をしておこうと思ってね」
「逆にお兄様にお伺いしますが、予定を変更しなければいけない理由がありますか?」
「ないな。あれだけ家柄と人脈と能力で厳選された人間を一方的に遠ざけるなど、それだけで見切りを付けるには十分だ」
「それでは、そういう事でお願いします」
「分かった」
 ナジェークは苦笑して、その話を終わらせる。少し離れて二人の様子を眺めていたオリガとルーナは、なんとも言えない顔を見合わせてから重い溜め息を吐いた。




 その後ナジェークと幾つかの世間話をしてからエセリアは自室に戻り、再び机に向かって自問自答しながら、何事かをノートに書き記し始めた。
 そのような光景は既に見慣れたものであり、エセリアの背後に控えているルーナは、微妙に顔を引き攣らせながらも無言で観察を続ける。


「だけど……。皆に……、殿下に証拠を、……ね。……かしら?」
 腕組みして何かを考え込んだエセリアだったが、それはさほど長い時間ではなかった。再び思い付いた事を書き記しながら、エセリアは神妙な口調で物騒な独り言を漏らす。
「でも……、……意図的に嵌めるのはやっぱり良心が…………。かと言って……、……円満に婚約解消なんかできない……。このまま予定通り……、真っ平御免だし。ここは割り切るしかないか」
 誰かを嵌める気満々の台詞が、途切れ途切れながらもしっかり聞こえてしまったルーナは、無言で項垂れた。そこでエセリアが背後を振り返り、ルーナに声をかける。


「ルーナ、悪いけどお茶を……、って、どうしたの? 変な顔をして」
 無言で控えていたルーナが、微妙に焦点が合っていない虚ろな表情をしていたのを見て、心配になったらしいエセリアが尋ねてきた。しかしルーナは、淡々とした口調で頭を下げる。


「いえ……、エセリア様は、相変わらず物騒なお嬢様だなと思いまして」
「あの、ルーナ? これはね」
「お茶でございますね? 支度して参りますので、少々お待ちください」
「いえ、だから……、私が物騒な性格なわけではなくて、計画遂行のために仕方なく……」
(さあ、仕事仕事。私は何も聞いていないし、何も知らないわよ)
 エセリアが何やら弁解がましく言っているのを半ば無視しながら、ルーナはお茶の支度をするべく部屋を出たのだった。



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