悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(30)見知らぬ訪問者

 小さなトラブルは幾つかあったものの、ルーナは目立つ失態をすることなくシェーグレン公爵邸で働き続けていた。そしてそろそろ王都にやってきて一年になろうという時期、学年末の長期休暇で屋敷に戻っていたエセリアが客人を招くことになり、ルーナは抜かりなくその準備を進めていた。


「今日のお客様は、これまでに何度もいらしているワーレス商会のミランさんと、クレランス学園の同学年の方という話だったから……。うん、エセリア様用も含めて三人分の茶器やお菓子の準備は良し。第二応接室の掃除も済ませてあるし、いついらしても大丈夫よね」
 独り言を呟きながら点検を済ませたルーナは、予定時刻が近づいたことからエセリアの私室に向かった。すると机で何かを書きなぐりながら、ブツブツと意味不明なことを呟いているエセリアに遭遇する。


「……から、…………のよ。でも……、……だし、…………よね」
 同様の場面にこれまで何度も遭遇し、主人の不審行動にすっかり慣れてしまっていたルーナは、またかと思いつつ平然と声をかけた。
「エセリア様。そろそろミラン様とご友人が、お出でになる時間帯ではありませんか?」
「ああ、もうそんな時間になっていたのね。ありがとう、ルーナ」
「…………いえ」
 振り返って微笑んだエセリアを見て、ルーナは思わず溜め息を吐きたくなった。その微妙な表情が気になったのか、エセリアが不思議そうに尋ねてくる。


「どうかしたの? 私の顔に、何か変な物でも付いている?」
「いえ、相変わらず整った容姿をお持ちで、黙って笑顔で座っておられるなら、国内でも一・二を争う程の気品と血統をお持ちの、自慢のお嬢様でございます」
 ルーナは取り敢えず事実を口にしてみたが淡々と語りすぎてしまったらしく、エセリアが少々引き攣り気味の顔で問いを重ねてくる。


「……なんだか、妙に含みのある台詞に聞こえるのは、私の気のせいかしら?」
 そこである意味開き直ってしまったルーナは、思うところを正直に述べた。
「気のせいではございません。大いに含んでおりますので」
「ええと……、言いたいことがあるのなら、はっきり言ってくれて構わないのよ? 私はそれほど、狭量ではないつもりだし」
「そうですか……。それなら遠慮なく言わせていただきますが……。相変わらず休暇でお戻りの度に、わけが分からない事をブツブツと呟いておられる、変わったお嬢様だなと思いまして」
「……本当に遠慮がないわね」
 遠い目をして呟くエセリアに対して、ルーナはしみじみとした口調で話を続ける。


「エセリア様付きになるとお話があった直後、近日中に入寮する予定を知って、これでは十分なお世話ができないと嘆いたものでしたが……。寧ろ最初はお休み毎にお世話をして、徐々にエセリア様の無軌道ぶりに慣れさせていこうとの配慮だったのだなと、今でははっきり分かっています。本当に前任者のミスティさんとメイド長には、深く感謝しております」
「何か……、結構酷い事を言われている気がするわ……」
 項垂れたエセリアに少々申し訳ない気持ちにはなったものの、ルーナはそこで気持ちを切り替え、てきぱきと動き始めた。


「それよりも、そろそろお支度を。使うお部屋は、第二応接室で宜しいですね?」
 その問いかけに、エセリアも瞬時に気を取り直して応じる。
「ええ。ああ、それと、そこのピアノは使えるわよね?」
「ピアノ……、でございますか? 申し訳ありません。調律は定期的にしている筈ですが、念のため執事長に確認して参ります」
「お願いね」
 来訪予定時刻が迫っていたこともあり、ルーナは即座に部屋を出て執事長に問い合わせに向かった。そして間違いなく定期的に調律済みであることを確認してからエセリアの私室に戻り、二人で第二応接室へと移動して客人を出迎えることとなった。
 予定時間の少し前にルーナも面識があったミランがまず来訪し、その直後にもう一人、エセリアと同年輩の青年が第二応接室に案内されてきた。そして彼の姿を認めたエセリアが椅子から立ち上がり、丸テーブルの向こう側の席を指し示しながら、笑顔で挨拶する。


「ローダス様、ようこそいらっしゃいました。さあ、どうぞ、そちらにお座りになってください」
「エセリア様、本日はお時間を頂き、誠にありがとうございます」
 そのやり取りを壁際に控えながら聞いたルーナは、(あら、この方はどなたなのかしら? なんとなく挨拶が堅苦しい感じで、特に親しいご友人ではないような気が……。それにミランさんと一緒にお招きする理由が全く分からないわ)と疑問に思った。しかし続くエセリアの説明で、相手の身元が判明した。


「ミラン。こちらはキリング総大司教様のご子息の、ローダス・キリング様よ。私と同様にクレランス学園の教養科に所属しているの。それからローダス様、こちらはワーレス商会会頭の息子のミラン・ワーレスです。以後、お見知りおきください」
 そこですかさずミランが立ち上がり、極めて友好的な挨拶をする。
「総大司教のご子息でしたか。私も来年クレランス学園に入学します。どうぞ宜しくお願いします」
「エセリア様と取引がある、ワーレス商会会頭のお身内ですか。こちらこそ、宜しくお願いします」
(国教会総大司教のご子息だったのね……。さすがエセリア様の交友関係はレベルが違うわ)
 納得したルーナは心底感心しながら手際よくお茶を淹れ、互いに挨拶を済ませて着席した二人にお茶を出した。そしてエセリアの前にもカップを置いて再び壁際で控えていると、エセリアが真剣な面持ちで話し出した。



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