悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(5)新しい家族

「お世話になりました」
「いえ、無事に到着できて、何よりです」
「それでは失礼します」
 到着した門の前で馬車から降り、ゼスランが今回同行してくれた騎士達にお礼を述べていると、門の向こうを眺めていたアリーが、目を丸くしながら呟く。


「これがおじさんのおうち? 村長さんのうちより大きいよ?」
「店舗は通りに面した方だから、裏通り側のこちらが自宅になっているんだ。さあ、馬と荷馬車を片付けてから家に入ろう」
「あそこが馬屋ですか?」
「ああ。それで納屋はそっちだよ」
 ゼスランとルーナで一頭ずつ馬の手綱を引き、荷馬車ごと敷地内に入ってから、まず大きな納屋の両開きの戸を開けて荷馬車を中に入れた。それから馬を馬屋に入れようとしたところで、物音を聞き付けたのか年配の女性が一人、家の中から出て来た。


「旦那様、お帰りなさいませ。お嬢様達もいらっしゃいませ」
「戻ったよ、イルマ。馬を馬屋に入れたら家に入るが、皆は今の時間は揃っているかな?」
「はい。お嬢様達を連れてお帰りになるのは皆様分かっておりましたから、朝からどなたもお出掛けになっていません」
「そうか。ありがとう」
 そこでゼスランは姪達を振り返り、目の前の女性を紹介した。


「ルーナ、アリー、この人は住み込みでこの家の家事全般を取り仕切って貰っている、メイドのイルマだよ」
 それを受けて、イルマが人好きのする笑顔でルーナ達に挨拶してくる。


「二人とも初めまして。家の中で何か分からないことがあれば、いつでも聞いてくださいね?」
「はい。ありがとうございす」
「よろしくお願いします」
「まあ、礼儀正しいお嬢様達ですね。それでは皆さんに声をかけて、応接室に集まって貰いましょう」
「ああ、お願いするよ。それでは用事を済ませたら応接室に行こうか」
 そこでイルマは家の中に戻っていき、ゼスランはルーナ達と共に荷馬車と馬を戻してから応接室へ向かった。すると室内には、六人の男女が顔を揃えていた。


「それでは全員揃ったので、紹介するよ。こちらから父のネーガスと、母のアルレアだ。皆、話を聞いて知っているだろうが、こちらはルーナとアリーだ。これから一緒に暮らすから、仲良くしてやってくれ」
 その呼び掛けに真っ先に反応したのは、ルーナ達の母方の祖母に当たるアルレアだった。


「まあまあ! ロザリーに良く似た可愛い子達だこと! 急に親が亡くなって、大変だったわね。これからはここで一緒に暮らしましょうね? ……ほら、あなた! 黙っていないで、なんとか言いなさい!」
「……ああ」
 笑顔で申し出たアルレアは、隣に座っている夫を肘で打ちつつ促したが、ネーガスは面白くなさそうな顔でぼそりと呟いただけだった。それを見た彼女は渋い顔になり、腹立たしげに言い放つ。


「全く……。二人とも、愛想のない主人でごめんなさいね? この人のことは、気にしなくて良いから。放っておいて頂戴」
「……はぁ、よろしくお願いします」
「はじめまして」
(『気にしなくて良い』と言われても……、それは無理よね。どこからどう見ても不機嫌みたいだし)
 どうやらアルレアは夫を無視することにしたらしくバッサリと切って捨てたが、さすがにルーナとアリーは困惑顔で頷いた。するとその間に移動したゼスランが、すぐ隣の女性を手で示しながら説明する。


「それから、こちらが私の妻のミアだ」
「初めまして。二人のお部屋をどうしようかと思ったけど、慣れないうちは二人一緒の方が良いかと思って準備したの。落ち着いたら個室にするわね」
 それを聞いたルーナは、慌てて固辞した。


「いえ、二人一緒の方が良いですし、個室だなんて贅沢ですから!」
「そうかしら? あと、二人の服とかも揃えてみたから、後で合わせてみてね? 取り敢えずしまっておいた娘のお下がりだけど、二人の新しい服もこれから色々仕立てるつもりだから」
「あの、本当にお下がりで良いですから!」
 予想外の展開にルーナが狼狽していると、そこで会話に割り込んできた者がいた。


「遠慮しないで! 私の服は仕立ててから時間が経っているし、二人が着るならそれなりに傷むもの。それにしても、一気に妹が二人もできて嬉しいわ! これまでは生意気で可愛いげのない弟だけだったし」
「それはこっちの台詞だけどな。これまで気が強い姉だけで、虐げられてきたし」
「そうそう。これで末っ子じゃなくなったし、兄貴として面倒見るから、二人とも頼りにしてくれて良いよ?」
「ちょっとあんた達! 人聞き悪いことを言わないでよ! なんなの『気が強い』とか『虐げられて』とか言うのは!?」
「ほら、現にそうだろ?」
「ルーナ、アリー、姉貴に虐められたら、俺に言うんだよ?」
「なんですってぇえ!?」
 そのまま騒々しい言い合いに突入しかけたのを、ゼスランが呆れ気味に嗜めた。


「三人とも止めないか。二人が驚いて、声も出なくなっているぞ? ルーナ、アリー。この三人は私の子供達で、上から19歳のリリー、次に16歳のラング、それから15歳のカイルだ」
 そう紹介されて、ルーナはなんとか気持ちを落ち着かせて頭を下げた。


「ルーナです。リリーさん、ラングさん、カイルさん、お世話になります」
「リリーおねえちゃん、ラングおにいちゃん、カイルおにいちゃん、よろしくお願いします」
「これは、アリーの方が正解ね」
「はい?」
「え?」
 挨拶にリリーが即座に反応したが、意味が分からなかった二人は揃って困惑した。そんな彼女達に向かって、リリーが楽しげに笑いながら指摘する。


「これから家族になるんだから、『さん』づけは必要ないわよね?」
「そうだぞ、ルーナ。年下の意見には、たまには耳を傾けないと」
「姉貴にも、そういう殊勝な態度を見倣ってもらいたいよな?」
「あんた達、一言も二言も余計よっ!」
 茶化すように言い出した弟達にリリーが雷を落としたところで、一気に緊張が解れたルーナは、確かに彼女の指摘通りだと思って言い直した。


「リリーお姉さん、ラングお兄さん、カイルお兄さん、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。それじゃあ部屋に案内するわね」
「持ってきた荷物を部屋に運ぶから」
「あ、俺も手伝うよ!」
 それから子供達だけで楽しげに連れ立って部屋を出ていくのを、ネーガス以外の三人は微笑ましそうに見送ったのだった。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品