悪役令嬢の怠惰な溜め息
(8)謎の父娘の素性
貴族としてはかなり毛色が違う、謎の父娘に遭遇してから二日後。ナジェークは自室で側付き達から、彼らに対しての調査報告を受けた。
「それで、どんな事が分かった?」
ナジェークが促すと、アルトーが手にしている書類に視線を落としながら、報告を始める。
「まずあの父親は、先日一座の座長が口にしていた通り侯爵様で、ガロア侯爵家当主のジェフリー様でした。彼は御年四十四歳、ご夫人のフェレミア様は四十二歳です。お子様は三男一女で、この前お会いしたのは末のお嬢様ですね」
「カテリーナ様は十歳で上の三人のご子息とはお年が離れており、一人娘という事も相まって溺愛されているみたいです」
すかさずヴァイスがカテリーナについて付け加えると、ナジェークの眉間に僅かに皺が寄る。
「……あの子の情報は不要だが?」
「そうですか?」
どこかからかうような表情のヴァイスに、ナジェークの機嫌が更に悪化しそうになったが、そうと察したアルトーが咳払いをして注意を引きつつ、話を続けた。
「それで侯爵のお人柄ですが……、一言でいえば豪放磊落でしょうか?」
「かと言って乱暴というか無作法な振る舞いはありませんし、人柄の良さで周囲の人間を惹き付けるようですね」
「権謀術策に長けているとは間違っても言えないタイプですが、その分周囲が助けてくれるような」
「それであらゆる計算をし、水面下で動いて自分の思うように事態を持ち込むタイプのバスアディ伯爵とは、決定的に反りが合わないみたいです」
「あぁ……、何となく分かる」
二人が交互に語るジェフリーの人となりを聞いて、ナジェークは思わず納得した表情で頷いた。それを見たヴァイスが、逆に意外そうに問い返す。
「ナジェーク様は、バスアディ伯爵と面識がおありだったのですか?」
「それは無いが、父上と母上の話し振りから、その伯爵が率先して友人付き合いをしたいと思う人柄では無い事は知っているから。確かにタイプが真逆らしいな。それで?」
そこでナジェークが話を戻し、アルトーが淡々と報告を再開する。
「ガロア侯爵家は元々武芸に秀でた家系で、三男は現在クレランス学園の騎士科に在籍しています。卒業後、近衛騎士団へ入団するのは確実だと噂されています」
「確かに侯爵家でも三男になると、身を立てなければならないからな」
「ご当主自身もクレランス学園在学時、専科では騎士科に所属していましたしね」
そこで何気ない口調でヴァイスが補足した内容を聞いたナジェークは、反射的に確認を入れた。
「ちょっと待て。そうなるとジェフリー殿には兄弟がいて、その方が早世したとかで当主になったのか?」
「いえ、姉妹はおりますがご兄弟は皆無ですから、幼い頃から嫡男として扱われていましたが。それが何か?」
しかしそれを聞いても、ナジェークは納得しなかった。
「貴族の嫡男なのに、貴族科に所属して後々に有効な人脈作りや社交に勤しむ事はしないで、騎士科に在籍しただって? 貴族の嫡男としてはあり得ないだろう?」
「れっきとした事実です」
「ある意味変人……、いえ、徹底されていますね」
淡々と報告するアルトーと、どこか遠い目をしながら語るヴァイスを見て、ナジェークはそれが真実だと理解した。
(ただ者ではないとは思ったが、潔いと言うか妥協しないと言うのか……。『頑固一徹』という言葉は、こういう人の事を指すのかな)
そしてナジェークは半ば感嘆し、半ば呆れながら、ふと我が身に置き換えて考えてみる。
(そうか……。官吏の登用試験の受験資格に『クレランス学園官吏科卒業者』の項目は無いし、他の官吏を目指す者達と同様に官吏科に所属しないで、貴族科で有効な人脈を構築しながら、自主学習で登用試験合格を目指すというのもありだな。……うん、その方が試験に受かった時のインパクトが大きいし、やりがいがありそうだ)
そんな事を考えながら、悪戯っ子のようなタチの悪い笑みを浮かべているナジェークを見て、ヴァイスは少々うんざりしながら声をかけた。
「……何を考えていらっしゃるんですか?」
「いや、別に?」
「絶対、何かろくでもない事を考えていたよな?」
「ああ。確実に他人をからかうか、驚かせる方策を思い付いたような顔つきだった」
あっさりと否定したナジェークだったが、側付き達は顔を寄せ合って囁き合った。そんな二人に対して、ナジェークが話の先を促す。
「二人で何をゴチャゴチャ言っている。ところでさっき侯爵はバスアディ伯爵とは反りが合わないとか言っていたが、そうなるとガロア侯爵家はアーロン王子派なのか?」
その問いかけに、二人がすかさず応じる。
「そのようですね」
「しかし本当に、最近グラディクト王子派とアーロン王子の軋轢が目立ってきたよな」
「グラディクト王子が八歳、アーロン王子が七歳。どちらもまだ立太子されていないし、水面下で駆け引きが活発化するのは避けられないだろう」
「シェーグレン公爵家は奥様が王妃陛下の実妹である関係もあって、今のところ中立の立場を保っているがな」
「因みにナジェーク様は、どちらの王子が王太子に相応しいとお考えですか?」
「それは……」
ふと興味を引かれたようにアルトーが問いかけると、ナジェークは真剣に考え込んだ。そしてそのまま少し時間が経過してから、真顔で二人に指示を出す。
「実際にお二方に接した機会が殆どない上、周辺の人間関係も詳細を把握していないから、現時点では判断のしようが無いな……。せっかくだからこの機会に、色々調べてみるか。次代の国王が誰になるかは、父上より僕の方が影響が大きいしな。アルトー、ヴァイス、分かる範囲で、少しずつ調べておいてくれないか?」
「了解しました」
「お任せください」
(ガロア侯爵か……。つくづく貴族としては、規格外の方らしい)
ふとした事で今後の王位の行方に関心を持ち始めたナジェークだったが、同じ位にガロア侯爵ジェフリーに対しての興味が増してくるのを止められなかった。
「それで、どんな事が分かった?」
ナジェークが促すと、アルトーが手にしている書類に視線を落としながら、報告を始める。
「まずあの父親は、先日一座の座長が口にしていた通り侯爵様で、ガロア侯爵家当主のジェフリー様でした。彼は御年四十四歳、ご夫人のフェレミア様は四十二歳です。お子様は三男一女で、この前お会いしたのは末のお嬢様ですね」
「カテリーナ様は十歳で上の三人のご子息とはお年が離れており、一人娘という事も相まって溺愛されているみたいです」
すかさずヴァイスがカテリーナについて付け加えると、ナジェークの眉間に僅かに皺が寄る。
「……あの子の情報は不要だが?」
「そうですか?」
どこかからかうような表情のヴァイスに、ナジェークの機嫌が更に悪化しそうになったが、そうと察したアルトーが咳払いをして注意を引きつつ、話を続けた。
「それで侯爵のお人柄ですが……、一言でいえば豪放磊落でしょうか?」
「かと言って乱暴というか無作法な振る舞いはありませんし、人柄の良さで周囲の人間を惹き付けるようですね」
「権謀術策に長けているとは間違っても言えないタイプですが、その分周囲が助けてくれるような」
「それであらゆる計算をし、水面下で動いて自分の思うように事態を持ち込むタイプのバスアディ伯爵とは、決定的に反りが合わないみたいです」
「あぁ……、何となく分かる」
二人が交互に語るジェフリーの人となりを聞いて、ナジェークは思わず納得した表情で頷いた。それを見たヴァイスが、逆に意外そうに問い返す。
「ナジェーク様は、バスアディ伯爵と面識がおありだったのですか?」
「それは無いが、父上と母上の話し振りから、その伯爵が率先して友人付き合いをしたいと思う人柄では無い事は知っているから。確かにタイプが真逆らしいな。それで?」
そこでナジェークが話を戻し、アルトーが淡々と報告を再開する。
「ガロア侯爵家は元々武芸に秀でた家系で、三男は現在クレランス学園の騎士科に在籍しています。卒業後、近衛騎士団へ入団するのは確実だと噂されています」
「確かに侯爵家でも三男になると、身を立てなければならないからな」
「ご当主自身もクレランス学園在学時、専科では騎士科に所属していましたしね」
そこで何気ない口調でヴァイスが補足した内容を聞いたナジェークは、反射的に確認を入れた。
「ちょっと待て。そうなるとジェフリー殿には兄弟がいて、その方が早世したとかで当主になったのか?」
「いえ、姉妹はおりますがご兄弟は皆無ですから、幼い頃から嫡男として扱われていましたが。それが何か?」
しかしそれを聞いても、ナジェークは納得しなかった。
「貴族の嫡男なのに、貴族科に所属して後々に有効な人脈作りや社交に勤しむ事はしないで、騎士科に在籍しただって? 貴族の嫡男としてはあり得ないだろう?」
「れっきとした事実です」
「ある意味変人……、いえ、徹底されていますね」
淡々と報告するアルトーと、どこか遠い目をしながら語るヴァイスを見て、ナジェークはそれが真実だと理解した。
(ただ者ではないとは思ったが、潔いと言うか妥協しないと言うのか……。『頑固一徹』という言葉は、こういう人の事を指すのかな)
そしてナジェークは半ば感嘆し、半ば呆れながら、ふと我が身に置き換えて考えてみる。
(そうか……。官吏の登用試験の受験資格に『クレランス学園官吏科卒業者』の項目は無いし、他の官吏を目指す者達と同様に官吏科に所属しないで、貴族科で有効な人脈を構築しながら、自主学習で登用試験合格を目指すというのもありだな。……うん、その方が試験に受かった時のインパクトが大きいし、やりがいがありそうだ)
そんな事を考えながら、悪戯っ子のようなタチの悪い笑みを浮かべているナジェークを見て、ヴァイスは少々うんざりしながら声をかけた。
「……何を考えていらっしゃるんですか?」
「いや、別に?」
「絶対、何かろくでもない事を考えていたよな?」
「ああ。確実に他人をからかうか、驚かせる方策を思い付いたような顔つきだった」
あっさりと否定したナジェークだったが、側付き達は顔を寄せ合って囁き合った。そんな二人に対して、ナジェークが話の先を促す。
「二人で何をゴチャゴチャ言っている。ところでさっき侯爵はバスアディ伯爵とは反りが合わないとか言っていたが、そうなるとガロア侯爵家はアーロン王子派なのか?」
その問いかけに、二人がすかさず応じる。
「そのようですね」
「しかし本当に、最近グラディクト王子派とアーロン王子の軋轢が目立ってきたよな」
「グラディクト王子が八歳、アーロン王子が七歳。どちらもまだ立太子されていないし、水面下で駆け引きが活発化するのは避けられないだろう」
「シェーグレン公爵家は奥様が王妃陛下の実妹である関係もあって、今のところ中立の立場を保っているがな」
「因みにナジェーク様は、どちらの王子が王太子に相応しいとお考えですか?」
「それは……」
ふと興味を引かれたようにアルトーが問いかけると、ナジェークは真剣に考え込んだ。そしてそのまま少し時間が経過してから、真顔で二人に指示を出す。
「実際にお二方に接した機会が殆どない上、周辺の人間関係も詳細を把握していないから、現時点では判断のしようが無いな……。せっかくだからこの機会に、色々調べてみるか。次代の国王が誰になるかは、父上より僕の方が影響が大きいしな。アルトー、ヴァイス、分かる範囲で、少しずつ調べておいてくれないか?」
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