悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(6)インタビュー開始

「コーネリア様、いらっしゃいませ。店舗内の見学など、退屈ではございませんでしたか?」
 ラミアと入れ替わりに応接室にやって来たワーレスが幾分心配そうに尋ねてくると、コーネリアは笑顔で答えた。
「ワーレスさん、とても勉強になりました。本日は快く見学とお時間を取っていただけて、感謝しております」
「いえいえ、大恩あるシェーグレン公爵家のお嬢様のご要望にお応えするのは、無上の喜びです。今ではエセリア様にも数々の商品販売でお世話になっておりますし、尚更ですから」
(ちょっと、ワーレスさん! コーネリア様はエセリア様と我が身を比べて悩んでいらっしゃったのに、ここであの方の名前を持ち出さないでよ! またあの時と同じようになってしまったらどうしてくれるの!?)
 ワーレスとしては何気なく感謝の言葉を口にしたがけだったのだが、アラナは内心で憤って彼を睨んだ。しかし彼は壁際に佇む彼女の表情には全く気が付かず、コーネリアも気を悪くした風情など見せずに朗らかに応じる。


「本当にエセリアは、私の自慢の妹です。そんな妹に負けないよう、私もこれまで以上に何事に対しても努力していくつもりです」
「御姉妹での切磋琢磨という事ですか。姉妹仲もよろしいようで、大変結構ですね。あ、随行の方も、どうぞお座りください。すぐにメイドが参りますので、お嬢様と一緒にお茶をお出しします」
「ありがとうございます」
 そこでワーレスに笑顔で椅子を勧められたアラナは、即座に怒りを静めて椅子に座った。そして早速、ワーレスと話し込んでいるコーネリアの様子を窺う。


(お嬢様は、もう完全に悩みを吹っ切れたみたい。本当に良かったわ)
 誇らしげに妹について語ったコーネリアは完全にいつも通りであり、アラナはそこで自然に顔が緩むのを自覚した。
 それからは暫くの間、コーネリアは準備してきた幾つかの質問を続け、ワーレスがそれに関する内容を話し、それを彼女が書き留める作業が続いた。


「なるほど……。そこでラミアさんの提案を取り上げて勝負に出た事で、ワーレス商会は大損害を回避できたのですね?」
「ええ。あの時は店中の者が反対しましたが、私はラミアのここぞという時の勘働きを、それまでに知り抜いておりましたので」
「本当にお二人は、お互いを信頼して尊敬し合っておいでなのですね。素晴らしいですわ」
「そんな大したものではございませんから」
 ワーレスは恐縮気味に軽く頭をかいたが、コーネリアは満面の笑みで褒め称えた。


「それは謙遜と言うものです。お二方を見ていると商人として以上に、夫婦としてこうあるべきだとの規範を目の当たりにしている気分になりますもの。将来私が結婚した時には、その相手とお二人のような夫婦関係を築きたいものです。これはお世辞ではありませんのよ?」
「いや、これは参りましたな……」
 照れまくって頭を撫でているワーレスを眺めながら、アラナは内心で感心していた。


(確かに世の中には妻を単なる自分の付属物にしか思っていなくて、『夫に意見するなんてもっての他だ』なんて横暴な男性が多いけど、ワーレスさんは寧ろ積極的にラミアさんの意見を取り入れて、夫婦一丸となってここまで店を繁盛させたのよね。エセリア様の本を売り出した事といい、先見の明があるわ)
 しかし、ここまでの話の流れを思い返してみた彼女は、少々疑問に思った。


(それにしても……。これまでの話の内容が、半分以上ワーレスさんののろけ話のような……。こんな内容で、お嬢様が書こうとしている本の参考になるのかしら? でもコーネリア様の方からそんな方向に話を振っていたし、その内容をきちんと書き取っておられるし、構わないのよね?)
 二人の様子を交互に見ながらアラナがそう結論付けていると、話に一区切り付いたところで柱時計で時刻を確認したコーネリアが、ペンを置きながらワーレスに声をかけた。


「それではそろそろ予定終了時刻ですね。今日はお忙しい中お時間を取っていただき、ありがとうございました」
「いえ、私も楽しく過ごさせていただきました。それでは長男のデリシュに声をかけながら、こちらに昼食を運ばせます。ですがお嬢様のお口に合うかどうか、甚だ疑問なのですが……」
「心配はご無用です。私は基本的に好き嫌いはございませんし、我が家はむやみに美食を誇る家でもありませんから」
 幾分不安そうに提供する軽食についての懸念を口にしたワーレスだったが、コーネリアはそれを笑顔で宥めた。そこにノックの音に続いてドアが開けられ、話題にしていた人物が現れる。


「失礼します。……父さん、話は終わったかな? 食事の用意をさせてきたんだが」
「ちょうど良い所に。今、声をかけに行こうかと思っていた所だ。それではコーネリア様、失礼させていただきます」
「はい。ありがとうございました」
 そこで自分と入れ替わりに部屋を出ていく父を見送ってから、デリシュがアラナにお伺いを立ててくる。


「随員の方々のお食事も用意してありますが、こちらでお嬢様とご一緒に召し上がりますか? 他の部屋もご用意できますが」
「それは……」
 使用人が主と一緒に食べるなどとんでもないと思ったアラナだったが、コーネリアを一人で部屋に残すべきでも無いと考えたアラナは判断に迷った。しかし当のコーネリアが、事も無げに告げる。


「わざわざ他に席を作って貰うのも申し訳ありませんので、全員分こちらに揃えていただけますか? それで、外で護衛している二人にも声をかけて貰いたいのですが」
「分かりました。お任せください」
 アラナが何か言う前に、心得た様子のデリシュが一礼して部屋を出て行った。それと入れ違いに、使用人が四人分の軽食を室内に運び入れる。そしてアラナ以上に「お嬢様と同席して食事など」と当初かなり恐縮していたジェイムズとラリーを交え、最初は少々ぎこちなかったものの、食べ進めるうちに四人で庶民の日常の話題などで結構盛り上りながら、昼食を食べ終える事ができた。



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