悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(3)コーネリアの悩み

「話というのは、エセリアの事なの」
 そこで唐突にコーネリアの五歳年下の妹の名前が出てきた事で、アラナは瞬時に笑顔を引っ込めると同時に、精神的に身構えた。


「……エセリアお嬢様、でございますか?」
「ええ。エセリアは少し前から凄く活動的になって、色々な分野で画期的な物を考案しているでしょう?」
「はぁ……、確かに年相応のお嬢様と比べると、少々変な方向に活動的でいらっしゃいますね……」
 今年九歳のエセリアが、何年か前から玩具に始まる様々な生活用品の提案や開発を進め、公にしてはいないもののワーレス商会と組んで手広く販売している事をアラナは熟知していたが、どう考えても貴族のお嬢様のなさる事では無いのではと、内心では否定的に受け止めていた。しかしエセリアとの姉妹仲がすこぶる良いコーネリアに思っている事を正直に告げる事はできず、精一杯好意的に思っている事を表現してみると、彼女が笑顔で話を続ける。


「最近では画期的な『小説』なる物を書き上げて、本における新しい分野を開拓してしまったし」
「……そうでございますね。相当非凡でいらっしゃるのは、万人が認めるところだと思われます」
「最近、そんなエセリアと自分自身を比べて、つい自虐的な考えに陥ってしまって……。同じ両親を持つ姉妹なのに、どうしてこうも才能に差が出てしまったのかと思うと、我が身が恥ずかしく思えて仕方が無くなる時があるのよ」
 そこでどこか悲しげに微笑んだコーネリアを見て、アラナは反射的に叫んだ。


「そんな! コーネリア様はすばらしいお嬢様です! そんなにご自分を卑下する事はありませんわ!」
「ありがとう、アラナ。慰めてくれて」
(ちょっと待って、冗談じゃないわよ!! 確かにエセリア様はある種の天才かもしれないけれど、一歩間違えたら非常識極まりないお嬢様じゃない! どうしてそんな規格外のお嬢様のせいで、正統派のコーネリアお嬢様が引け目を感じないといけないのよ!)
 ムラムラとエセリアに対する怒りが沸き上がってきたアラナだったが、さすがに主家の令嬢に対する誹謗中傷など口にできないのは分かりきっていた。その為精一杯考えを巡らせ、深呼吸して何とか気持ちを落ち着かせてから、コーネリアに対して語気強く訴えた。


「コーネリア様。確かにエセリア様は、これまで誰も考え付かなかった物を考案したり、作り出したりしております。しかし、それはエセリア様だからこそ為し得た事なのです。ですからコーネリア様にも、コーネリア様にしかできない事が必ずある筈です」
「私にしかできない事?」
「はい、そうです。先程ご自分で仰られたように、お二方は実のご姉妹。ですから今後、コーネリア様がエセリア様とは違う事や違う分野で、偉業を成し遂げる可能性は大いにございます。私はそう信じています」
「エセリアとは違う事……」
 アラナのその主張をおとなしく聞いていたコーネリアは、真顔で少しの間考え込んでから素直に頷いた。


「ありがとう、アラナ。あなたに言われたおかげで、すっかり目が覚めたわ。そうよね。妹の才能に変な嫉妬をするより、自分にこれから何ができるかを考えるべきよね?」
「嫉妬だなんて! コーネリア様は、少々生真面目過ぎただけです!」
「そうだと良いのだけど……。でも、あなたに話を聞いて貰って良かった。これからも時々相談に乗って頂戴ね?」
「そう言っていただけて、私も嬉しいです。お話などいつでもお伺いしますので、ご遠慮なさらないでください」
 コーネリアからいつも通りの穏やかで気品に満ちた笑顔を向けられたアラナは、すっかり安堵して胸を撫で下ろした。


(良かった。完全にいつものお嬢様だわ。悩みが吹っ切れたみたいで、私も嬉しいわ)
 アラナにしてみれば良かれと思って口にした内容だったのだが、この事がきっかけでコーネリアの人生が大きく変わる事となるのだった。





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