悪役令嬢の怠惰な溜め息
(4)翻弄
そのまま暫く走り続けた荷馬車は、ある屋敷の門をくぐって玄関前で停止した。
「着いたぞ。降りろ」
「……え? 本当にここなの?」
言われて目の前の建物を見やったアリステアは、正直かなり落胆した。
(何か貧相な屋敷だけど……。ああ、そうか! 別荘とか別宅ってやつなのね。それを私に使わせてくれるんだわ)
すぐに自分に都合の良いように解釈して彼女が納得していると、御者を務めた事務係官が地面に降り立った。そしてすぐ横に停めてある、自分達が乗ってきた物と同様の荷馬車に、屋敷内から次々と荷物を運び出して積み込んでいる使用人達に向かって、申し訳無さそうに声をかける。
「すみません、クレランス学園の者です。こっちのお嬢さんの荷物を持って来たんですが、どうすれば良いですか?」
彼がそう声をかけた途端、その場にいた全員が振り返り、アリステアに冷たい目を向けた。しかしその場で一番上等な仕立ての良い服を着た男性が、周りの者達を目線で宥めつつ、冷静に指示を出す。
「ああ……、そうだな。取り敢えず客間に入れておけば良いだろう。あそこは元々、荷物は置いていなかったからな。この人を手伝って、その荷馬車の荷物を客間に運んであげなさい」
「分かりました」
彼に言い付けらえた使用人の一人が手伝い、黙々とアリステアの荷物が建物内に運び込まれて行ったが、本人は完全に無視され、荷馬車の横で放置されたままだった。
(何、この人達。私を屋敷の中に案内もしないで、黙々と荷物を運んでいるだけで。本当に気が利かないわね!)
そして完全に腹を立てた彼女は、自分の目の前で忙しく屋敷と荷馬車を往復している使用人達を叱り付けた。
「ちょっと! あなた達、私が来たのに何をやってるのよ!?」
しかし彼らは全く恐れ入る事無く、寧ろ迷惑そうに言い返す。
「あなた方に屋敷を明け渡す為に、荷物を運び出しているんです」
「もう少しで終わるので、邪魔しないで貰えますか?」
「あ……、そうなの。じゃあ、私はどこで待っていれば良いの?」
明け渡す為の作業をしているのなら邪魔しては悪いと、一応考えたアリステアが神妙な口調で尋ねると、中の一人が盛大に舌打ちしてから、周囲に言いつけた。
「誰か。その人を、応接室に案内しておけ」
「それでは、こちらにどうぞ」
そしてすこぶる無愛想な侍女に先導されて、アリステアは漸く屋敷内へと足を踏み入れ、それと入れ替わりに荷物を全て運び込んで空になった荷馬車は、あっさりと来た道を戻って行った。
(明け渡すって言う事は、やっぱり屋敷を丸々一つ、私に使わせて貰えるのね! さすがに羽振りの良い、上級貴族だわ!)
そして機嫌良く応接室のソファーに腰を下ろしたものの、案内を済ませた侍女が姿を消した後はまた一人きりで放置されてしまい、彼女は室内を見回しながら難しい顔で考え込んだ。
(う~ん、だけどやっぱり殺風景よね。別宅だから、あまりお金をかけていないのかしら? それにしても、どうして侍女の一人も側で待機していないわけ? 主人を放置しているなんて、あり得ないわよ。上級貴族の屋敷だけど別宅とかの侍女だと、さすがに躾がなっていないみたいね)
呆れ気味に立ち上がったアリステアは、ドアに向かって廊下に出てみると、少し先に何人かのお仕着せの服を着た女性達が立ち話をしていた。それを見てちょうど良かったと思いながら、彼女達に向かって呼びかける。
「ちょっとあなた達! お茶を持って来て。喉が渇いたのよ!」
すると一斉に女性達が振り返ったが、一人だけ侍女のお仕着せでは無い簡素なワンピースを着た女性が、了承の言葉を返す。
「分かりました。少々お待ちください」
すると周りの者達が、顔をしかめながら囁く。
「若奥様」
「あなた達は作業を続けていてくれる? その方が効率的だと思うわ」
「分かりました。宜しくお願いします」
そしてアリステアは応接室に戻り、ソファーに座っておとなしく待っていると、先程の女性がお茶を淹れて持参してきた。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう。……あ、ちょっと待って!」
「何でしょうか?」
そしてお茶を出すなり、再び廊下に出て行こうとした女性を呼び止めたアリステアは、彼女に何気なく尋ねた。
「私達に屋敷を明け渡すとか言っていたけど、今までこの別宅は、どちらの公爵家や侯爵家のお身内の方が使っていらっしゃったの?」
「はぁ? 何ですか、それは?」
「『何ですか』って……」
あからさまに馬鹿にされた言い方をされたアリステアは、本気で腹を立てた。
「それが主人に対する物言いなの? 使用人のくせになって無いわよ!?」
「仮にも貴族のくせに、物言いがなっていないのはそちらでしょう。先程の質問には答えて差し上げますが、ここはジムテール男爵邸です」
「あなた、本当に失礼……。え? ジムテール男爵邸? どうして私が、そんな所に連れて来られたの?」
怒りも忘れてアリステアは本気で戸惑ったが、相手の女性は冷静に問い返した。
「その理由は、あなたが一番良くご存知の筈では?」
「知らないわよ! じゃあジムテール男爵なら事情を知ってるわよね!? 説明して貰うから呼んできてよ!」
「生憎と、今はお留守です」
「それなら男爵夫人を呼んで!」
「男爵夫人なら、既にこの場におられますが?」
「はぁ? 誰の事よ。誰もいないじゃない!」
周囲を見回しながらアリステアが声を荒げたが、女性はどこまでも冷静に指摘した。
「あなたの事ですよ。アリステア・ヴァン・ジムテール様」
「はぁ? 私、そんな名前じゃないわ!」
「今日から貴族簿には、そう記載されておりますから。それでは失礼します」
「ちょっと待ってよ! それならジムテール男爵って誰!?」
あっさり話を終わらせてその場を離れようとした彼女の腕を、駆け寄ったアリステアが掴みながら尋ねると、相手は面倒くさそうに答えた。
「当然、あなたの夫である、グラディクト・ヴァン・ジムテール殿です」
そんな予想外にも程がある内容を聞かされて、アリステアは驚愕した。
「どうしてグラディクト様が男爵なの!? 王太子殿下なのよ!」
「それは昨日までの話です。あれだけの騒ぎを引き起こして、貴族簿に籍が残っただけありがたいと思うべきですね」
「大体、ジムテール男爵って何よ! そんな名前、聞いた事がないわ!」
「そうですか。聞いた事がありませんか……。仮にも、あなたの母親の実家の名前ですが?」
「え? お母さんの実家?」
「お義父様……」
不意に会話に割り込んだ声の方に二人が目を向けると、いつの間にか入り込んでいたのか、年配の男性が一人佇んでいた。その人物が語った内容を聞いたアリステアが目を見張り、その隙に女性が彼女の手を引き剥がす。
「あなたやあなたの母親の生活費や遊興費に金がかかると、事あるごとにミンティア子爵に請求されて、散々金を渡していたのですがね。あまりにもたかるのでラリーサが死んだ後は、すっぱり縁を切りましたよ。それが今になって面倒を押し付けられるとは、予想だにしていませんでした。全くラリーサの奴、れっきとした婚約者がいたのに、あんな男に誑かされた挙げ句、死んでまで身内に迷惑をかけるとはな!」
「まさか、そうすると……、あなたは私の伯父様ですか?」
忌々しげに吐き捨てた人物を見たアリステアは、恐る恐る確認を入れた。しかし彼は無表情になって、事務的に説明を続ける。
「一昨日まではそうだったかもしれませんが、昨日からは全く関係がない赤の他人です。昨日、父と母の婚姻時まで遡って、貴族簿から母の存在を抹消しましたのでね。必然的に母から生まれた私やラリーサを含む子や孫の全員が、貴族簿から存在が消えました」
それを聞いたアリステアは、驚きのあまり叫んだ。
「貴族簿から記載を消す!? そんな事ができるの?」
その疑問に男性は笑いながら、事も無げに答える。
「好き好んで平民になりたがる貴族はそういないので、削除する場合は実に手続きが簡単なのですよ。逆に平民が貴族簿に記載される場合には、煩雑な手続きと厳しい審査がありますが」
「ええと……、あの、でも、どうして貴族簿から削除なんて……」
「あのミンティア子爵が、あなたをこのジムテール男爵家に押し付ける為に、過去に遡ってラリーサとの婚姻無効を申し出ましてね」
「えぇ!? そんな無茶な!」
もう驚く事しかできないアリステア対して、彼は淡々と説明を続けた。
「金を積めば、不可能ではありませんが、いざ大金を積んで急いで婚姻無効を認めさせたものの、実家に戻すべき籍が無い。こちらの除籍手続きは完了していて、既にラリーサは存在しない事になっていましたから。奴はさぞかし、慌てたでしょうな。できればその時の、奴の間抜け面を見たかったぞ」
そう言って楽しげに笑い出した彼に、アリステアは恐る恐る尋ねてみた。
「あの……、それじゃあ、どうなったんですか?」
すると彼は笑うのをやめて、真顔で説明を続けた。
「更に金を積んで、あなたを形式上は未婚になった、私達の父の非嫡出子という扱いで、ジムテール男爵家の籍に入れたのですよ。同時にグラディクト殿との婚姻手続きも進めて、あなたと結婚した彼がジムテール男爵家当主に収まったわけです。そういうわけですから、後は好きにしてください。私達にはもう、係わり合いの無い事です」
「ちょっと待ってよ! 冗談よね!?」
慌ててアリステアが食い下がろうとしたが、もうすぐこの屋敷を明け渡す二人は、彼女を無視して話しながら歩き出した。
「お義父様、必要な物は殆ど搬出が終わりましたが、一通り確認をお願いします」
「分かった。それでは二階の奥からだな」
そして応接室に取り残されたアリステアは、力無く床に座り込んだ。
「そんな……。グラディクト様が許されたわけじゃないの? 王子様じゃ無くて、男爵? どうしてこうなるのよ……」
そんな今更言ってもどうにもならない事を呟きながら、彼女は暫くの間一人で、自らの不幸を嘆いていた。
「着いたぞ。降りろ」
「……え? 本当にここなの?」
言われて目の前の建物を見やったアリステアは、正直かなり落胆した。
(何か貧相な屋敷だけど……。ああ、そうか! 別荘とか別宅ってやつなのね。それを私に使わせてくれるんだわ)
すぐに自分に都合の良いように解釈して彼女が納得していると、御者を務めた事務係官が地面に降り立った。そしてすぐ横に停めてある、自分達が乗ってきた物と同様の荷馬車に、屋敷内から次々と荷物を運び出して積み込んでいる使用人達に向かって、申し訳無さそうに声をかける。
「すみません、クレランス学園の者です。こっちのお嬢さんの荷物を持って来たんですが、どうすれば良いですか?」
彼がそう声をかけた途端、その場にいた全員が振り返り、アリステアに冷たい目を向けた。しかしその場で一番上等な仕立ての良い服を着た男性が、周りの者達を目線で宥めつつ、冷静に指示を出す。
「ああ……、そうだな。取り敢えず客間に入れておけば良いだろう。あそこは元々、荷物は置いていなかったからな。この人を手伝って、その荷馬車の荷物を客間に運んであげなさい」
「分かりました」
彼に言い付けらえた使用人の一人が手伝い、黙々とアリステアの荷物が建物内に運び込まれて行ったが、本人は完全に無視され、荷馬車の横で放置されたままだった。
(何、この人達。私を屋敷の中に案内もしないで、黙々と荷物を運んでいるだけで。本当に気が利かないわね!)
そして完全に腹を立てた彼女は、自分の目の前で忙しく屋敷と荷馬車を往復している使用人達を叱り付けた。
「ちょっと! あなた達、私が来たのに何をやってるのよ!?」
しかし彼らは全く恐れ入る事無く、寧ろ迷惑そうに言い返す。
「あなた方に屋敷を明け渡す為に、荷物を運び出しているんです」
「もう少しで終わるので、邪魔しないで貰えますか?」
「あ……、そうなの。じゃあ、私はどこで待っていれば良いの?」
明け渡す為の作業をしているのなら邪魔しては悪いと、一応考えたアリステアが神妙な口調で尋ねると、中の一人が盛大に舌打ちしてから、周囲に言いつけた。
「誰か。その人を、応接室に案内しておけ」
「それでは、こちらにどうぞ」
そしてすこぶる無愛想な侍女に先導されて、アリステアは漸く屋敷内へと足を踏み入れ、それと入れ替わりに荷物を全て運び込んで空になった荷馬車は、あっさりと来た道を戻って行った。
(明け渡すって言う事は、やっぱり屋敷を丸々一つ、私に使わせて貰えるのね! さすがに羽振りの良い、上級貴族だわ!)
そして機嫌良く応接室のソファーに腰を下ろしたものの、案内を済ませた侍女が姿を消した後はまた一人きりで放置されてしまい、彼女は室内を見回しながら難しい顔で考え込んだ。
(う~ん、だけどやっぱり殺風景よね。別宅だから、あまりお金をかけていないのかしら? それにしても、どうして侍女の一人も側で待機していないわけ? 主人を放置しているなんて、あり得ないわよ。上級貴族の屋敷だけど別宅とかの侍女だと、さすがに躾がなっていないみたいね)
呆れ気味に立ち上がったアリステアは、ドアに向かって廊下に出てみると、少し先に何人かのお仕着せの服を着た女性達が立ち話をしていた。それを見てちょうど良かったと思いながら、彼女達に向かって呼びかける。
「ちょっとあなた達! お茶を持って来て。喉が渇いたのよ!」
すると一斉に女性達が振り返ったが、一人だけ侍女のお仕着せでは無い簡素なワンピースを着た女性が、了承の言葉を返す。
「分かりました。少々お待ちください」
すると周りの者達が、顔をしかめながら囁く。
「若奥様」
「あなた達は作業を続けていてくれる? その方が効率的だと思うわ」
「分かりました。宜しくお願いします」
そしてアリステアは応接室に戻り、ソファーに座っておとなしく待っていると、先程の女性がお茶を淹れて持参してきた。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう。……あ、ちょっと待って!」
「何でしょうか?」
そしてお茶を出すなり、再び廊下に出て行こうとした女性を呼び止めたアリステアは、彼女に何気なく尋ねた。
「私達に屋敷を明け渡すとか言っていたけど、今までこの別宅は、どちらの公爵家や侯爵家のお身内の方が使っていらっしゃったの?」
「はぁ? 何ですか、それは?」
「『何ですか』って……」
あからさまに馬鹿にされた言い方をされたアリステアは、本気で腹を立てた。
「それが主人に対する物言いなの? 使用人のくせになって無いわよ!?」
「仮にも貴族のくせに、物言いがなっていないのはそちらでしょう。先程の質問には答えて差し上げますが、ここはジムテール男爵邸です」
「あなた、本当に失礼……。え? ジムテール男爵邸? どうして私が、そんな所に連れて来られたの?」
怒りも忘れてアリステアは本気で戸惑ったが、相手の女性は冷静に問い返した。
「その理由は、あなたが一番良くご存知の筈では?」
「知らないわよ! じゃあジムテール男爵なら事情を知ってるわよね!? 説明して貰うから呼んできてよ!」
「生憎と、今はお留守です」
「それなら男爵夫人を呼んで!」
「男爵夫人なら、既にこの場におられますが?」
「はぁ? 誰の事よ。誰もいないじゃない!」
周囲を見回しながらアリステアが声を荒げたが、女性はどこまでも冷静に指摘した。
「あなたの事ですよ。アリステア・ヴァン・ジムテール様」
「はぁ? 私、そんな名前じゃないわ!」
「今日から貴族簿には、そう記載されておりますから。それでは失礼します」
「ちょっと待ってよ! それならジムテール男爵って誰!?」
あっさり話を終わらせてその場を離れようとした彼女の腕を、駆け寄ったアリステアが掴みながら尋ねると、相手は面倒くさそうに答えた。
「当然、あなたの夫である、グラディクト・ヴァン・ジムテール殿です」
そんな予想外にも程がある内容を聞かされて、アリステアは驚愕した。
「どうしてグラディクト様が男爵なの!? 王太子殿下なのよ!」
「それは昨日までの話です。あれだけの騒ぎを引き起こして、貴族簿に籍が残っただけありがたいと思うべきですね」
「大体、ジムテール男爵って何よ! そんな名前、聞いた事がないわ!」
「そうですか。聞いた事がありませんか……。仮にも、あなたの母親の実家の名前ですが?」
「え? お母さんの実家?」
「お義父様……」
不意に会話に割り込んだ声の方に二人が目を向けると、いつの間にか入り込んでいたのか、年配の男性が一人佇んでいた。その人物が語った内容を聞いたアリステアが目を見張り、その隙に女性が彼女の手を引き剥がす。
「あなたやあなたの母親の生活費や遊興費に金がかかると、事あるごとにミンティア子爵に請求されて、散々金を渡していたのですがね。あまりにもたかるのでラリーサが死んだ後は、すっぱり縁を切りましたよ。それが今になって面倒を押し付けられるとは、予想だにしていませんでした。全くラリーサの奴、れっきとした婚約者がいたのに、あんな男に誑かされた挙げ句、死んでまで身内に迷惑をかけるとはな!」
「まさか、そうすると……、あなたは私の伯父様ですか?」
忌々しげに吐き捨てた人物を見たアリステアは、恐る恐る確認を入れた。しかし彼は無表情になって、事務的に説明を続ける。
「一昨日まではそうだったかもしれませんが、昨日からは全く関係がない赤の他人です。昨日、父と母の婚姻時まで遡って、貴族簿から母の存在を抹消しましたのでね。必然的に母から生まれた私やラリーサを含む子や孫の全員が、貴族簿から存在が消えました」
それを聞いたアリステアは、驚きのあまり叫んだ。
「貴族簿から記載を消す!? そんな事ができるの?」
その疑問に男性は笑いながら、事も無げに答える。
「好き好んで平民になりたがる貴族はそういないので、削除する場合は実に手続きが簡単なのですよ。逆に平民が貴族簿に記載される場合には、煩雑な手続きと厳しい審査がありますが」
「ええと……、あの、でも、どうして貴族簿から削除なんて……」
「あのミンティア子爵が、あなたをこのジムテール男爵家に押し付ける為に、過去に遡ってラリーサとの婚姻無効を申し出ましてね」
「えぇ!? そんな無茶な!」
もう驚く事しかできないアリステア対して、彼は淡々と説明を続けた。
「金を積めば、不可能ではありませんが、いざ大金を積んで急いで婚姻無効を認めさせたものの、実家に戻すべき籍が無い。こちらの除籍手続きは完了していて、既にラリーサは存在しない事になっていましたから。奴はさぞかし、慌てたでしょうな。できればその時の、奴の間抜け面を見たかったぞ」
そう言って楽しげに笑い出した彼に、アリステアは恐る恐る尋ねてみた。
「あの……、それじゃあ、どうなったんですか?」
すると彼は笑うのをやめて、真顔で説明を続けた。
「更に金を積んで、あなたを形式上は未婚になった、私達の父の非嫡出子という扱いで、ジムテール男爵家の籍に入れたのですよ。同時にグラディクト殿との婚姻手続きも進めて、あなたと結婚した彼がジムテール男爵家当主に収まったわけです。そういうわけですから、後は好きにしてください。私達にはもう、係わり合いの無い事です」
「ちょっと待ってよ! 冗談よね!?」
慌ててアリステアが食い下がろうとしたが、もうすぐこの屋敷を明け渡す二人は、彼女を無視して話しながら歩き出した。
「お義父様、必要な物は殆ど搬出が終わりましたが、一通り確認をお願いします」
「分かった。それでは二階の奥からだな」
そして応接室に取り残されたアリステアは、力無く床に座り込んだ。
「そんな……。グラディクト様が許されたわけじゃないの? 王子様じゃ無くて、男爵? どうしてこうなるのよ……」
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