悪役令嬢の怠惰な溜め息
(15)驚愕の事実
「グラディクト殿下……。これでもまだ、意味の無い議論を続けるおつもりですか?」
「これは、聡明な王妃陛下とは思えない仰りよう。意味はありますし、次は逃れようも無い証拠がございます!」
「それでは聞きましょう。どんな内容ですか?」
殆ど期待せずに促したマグダレーナだったが、グラディクトは胸を張って断言した。
「先月十日の午後。エセリアは学園内の一角において、アリステアを階段から突き落とし、怪我をさせたのです! 幸い捻挫だけで済んだものの、一歩間違えば大惨事。父上! この女は下手をすれば命にも関わるのに、微塵も躊躇わずに自ら手を下せる、誠に恐ろしい悪女なのです!」
勢い良くエセリアを指さしながらのそれを聞いて、エルネストは一瞬唖然としてから、慌てて息子を窘めようとした。
「……は? ちょっと待て、グラディクト。先月の十日と言うなら、それはどう考えても誤解」
「まあ! それは本当でしたら一大事。是非もう少し、詳細を聞かせていただきたいですわ」
「いや、しかし、マグダレーナ!」
しかし物騒に目を光らせたマグダレーナが、エルネストの発言を遮って話の先を促した為、グラディクトは自信満々に話を進めた。
「勿論です! 先月の十日、私はアリステアとある場所で待ち合わせをしていたのですが、急に上方から悲鳴が聞こえたのです。何事かと慌てて声が聞こえた方に駆けつけましたら、階段の踊場から少し下がった所で、アリステアがうつ伏せに倒れておりました!」
「私、階段を下りていたら、背後から突き飛ばされて、転がり落ちたんです!」
「まあ、怖い!」
「何て事かしら」
「そんな事があったのか?」
グラディクトに続いてアリステアも必死に訴えた為、観覧席の生徒達がざわめいた。その反応に気を良くしたグラディクトが、朗々と声を張り上げる。
「しかも、まさにその時階段の上層階では、上級貴族令嬢達による卒業記念茶話会が進行中だったのです! そこにエセリアが参加していたのは、確認が取れています。しかも茶話会の開催時間中、偶々その階の廊下を歩いていた者が、『会場の教室から出て来たエセリア様を見た』と証言しております!」
「それに! 私を突き落とした人の後ろ姿を見ましたが、エセリア様と同じくプラチナブロンドのストレートヘアーを、ハーフアップにされていました!」
「その卒業記念茶話会に出席していた者で、そのような色と髪型に該当する者は、エセリア以外におりません!」
アリステアと共に、エセリアが犯人だと断定する根拠を叫んだグラディクトは、得意満面でエセリアを見やった。
(どうだ、エセリア! 今までの不手際の事例とは違い、これはどう足掻いても言い逃れできまい! 潔く観念しろ!!)
しかしここで再びレオノーラが立ち上がり、彼に軽蔑しきった眼差しを向けながら発言した。
「呆れましたわ……。随分と見当違いな事を、臆面もなく堂々と主張なさる事」
「何だと!? どこが見当違いだと言うんだ!」
即座に言い返したグラディクトだったが、レオノーラは淡々と話を続けた。
「確かにエセリア様は当初、参加予定でしたが、前日になって急用が入った為に、当日は参加されなかったのです」
「はぁ? そんな馬鹿な! 確かに当日、参加した筈だ!」
「そうよ! お昼過ぎにリアーナさんが、エセリア様が予定通り参加されるから、その付近に近付かないようにって、わざわざ警告しに来てくれたもの!」
アリステアのその発言について、マグダレーナがすかさず指摘する。
「あなたは事前に、そのような警告を受けたのにも関わらず、何故わざわざそちらに出向いたのですか?」
「え、ええと……、それは……」
途端に口ごもったアリステアを庇いながら、グラディクトが自分達の正当性を訴える。
「確かに少々迂闊だったかもしれませんが、今この場で糾弾されるべき人物は違います! お前達! 全員が口裏を合わせて、エセリアがその場に居ない事にするとは。両陛下に対して、不敬にも程があるぞ!」
いつの間にかレオノーラと同様、卒業記念茶話会に出席していた上級貴族令嬢の面々が音もなく立ち上がり、無言で自分達に非難と侮蔑の眼差しを向けていた事に気付いたグラディクトは、彼女達を盛大に罵った。しかしそんな彼に向かって、マグダレーナが冷静に言い聞かせる。
「グラディクト殿下、その者達は嘘など申しておりません。それに関しては、誰よりも確実な証人がおります」
「王妃陛下? そんなわけはありません。エセリアはあの日、アリステアを階段から突き落としたのです!」
「その日、エセリアは昼過ぎから夕方まで、王宮にいたのにですか? それは私と共に国王陛下が証言いたします」
「ああ。エセリア嬢は該当する日時には、確実に王宮に居た。王妃に相談して、私が呼び寄せたのだからな」
「何ですって!?」
「そんな馬鹿な!!」
マグダレーナに続きエルネストも、当日のエセリアの居場所について言及した為、グラディクト達は愕然とした表情になった。加えてアリステアの国王の発言を疑う叫びに、書記官達は無言で顔を顰めたが、エルネストが冷静に説明を加える。
「嘘ではない。その何日か前にエタートス国から、我が国の国教会が運営している財産信託制度を取り入れる為の視察団を受け入れたのだが、国情が違う事から制度をそのまま導入するのは難しいのが判明してな。国教会の担当者とも協議した結果、エセリア嬢を急遽招聘する事になったのだ」
「どうしてその話で、エセリアが招聘されるのです?」
呆然自失状態のままグラディクトが疑問を口にすると、エルネストは本気で驚いた顔になった。
「まさか……、本当に知らないのか?」
「何をでしょう?」
「制度を運用しているのは国教会だが、貸金業制度と共に、財産信託制度の元々の発案者はエセリア嬢だ。本人とシェーグレン公爵の意向で、公にはしてはいないが、教会関係者と王宮で内政に関わる者達の間では、公然の秘密なのだが……。それで」
「えぇえええっ!? 財産信託制度の発案者がエセリア様!? そんな馬鹿な!!」
驚きのあまり、アリステアが勢い良く椅子から立ち上がりながら絶叫すると、先程、国王の発言を疑うような物言いをした挙げ句、今度は発言自体を遮るという、不敬極まりない事をやらかしてしまった彼女を、マグダレーナが憤怒の形相で叱責した。
「陛下の御前ですよ! 愚か者! 控えなさい!!」
「ひいっ!」
「アリステア!」
その迫力に圧されたアリステアは床に崩れ落ちるように座り込み、グラディクトが顔色を変えて屈み込みながら、彼女に声をかける。しかしその声は、今のアリステアの耳には全く届いていなかった。
(嘘! 私の恩人がエセリア様!? そんな馬鹿な事、あるはず無いわ!)
心の中で大混乱を起こしているアリステアと、そんな彼女に寄り添っているグラディクトを眺めながら、エセリアは呆れたように嘆息していた。
(本当に殿下は、知らなかったみたいね。真面目に内政に関わって、諸制度について調べたり詳しい官吏に説明を受けていれば、自然と分かった筈なのに。これでは恥の上塗りだわ)
実は先年エセリアは、アーロンから「あれらの諸制度の考案者があなただったとは、本当に驚きました。心から尊敬します。これからもこの国の為に、手腕を振るってください」と、内々に言われていた。
その時彼女は、アーロンにしっかりと口止めをした上で、自分の婚約者がその事実を全く知らない程に内政に関心が無いのか、知っていて却って劣等感をこじらせているかのどちらかだろうと推察し、それからも特にグラディクトに対して何も言わなかった。それがこんな自爆の形で公になるなどとは、さすがのエセリアにも予想できなかった。
そして少しの間、気まずい沈黙が講堂内に満ちたが、それを破ったのはマグダレーナの冷え切った声だった。
「これは、聡明な王妃陛下とは思えない仰りよう。意味はありますし、次は逃れようも無い証拠がございます!」
「それでは聞きましょう。どんな内容ですか?」
殆ど期待せずに促したマグダレーナだったが、グラディクトは胸を張って断言した。
「先月十日の午後。エセリアは学園内の一角において、アリステアを階段から突き落とし、怪我をさせたのです! 幸い捻挫だけで済んだものの、一歩間違えば大惨事。父上! この女は下手をすれば命にも関わるのに、微塵も躊躇わずに自ら手を下せる、誠に恐ろしい悪女なのです!」
勢い良くエセリアを指さしながらのそれを聞いて、エルネストは一瞬唖然としてから、慌てて息子を窘めようとした。
「……は? ちょっと待て、グラディクト。先月の十日と言うなら、それはどう考えても誤解」
「まあ! それは本当でしたら一大事。是非もう少し、詳細を聞かせていただきたいですわ」
「いや、しかし、マグダレーナ!」
しかし物騒に目を光らせたマグダレーナが、エルネストの発言を遮って話の先を促した為、グラディクトは自信満々に話を進めた。
「勿論です! 先月の十日、私はアリステアとある場所で待ち合わせをしていたのですが、急に上方から悲鳴が聞こえたのです。何事かと慌てて声が聞こえた方に駆けつけましたら、階段の踊場から少し下がった所で、アリステアがうつ伏せに倒れておりました!」
「私、階段を下りていたら、背後から突き飛ばされて、転がり落ちたんです!」
「まあ、怖い!」
「何て事かしら」
「そんな事があったのか?」
グラディクトに続いてアリステアも必死に訴えた為、観覧席の生徒達がざわめいた。その反応に気を良くしたグラディクトが、朗々と声を張り上げる。
「しかも、まさにその時階段の上層階では、上級貴族令嬢達による卒業記念茶話会が進行中だったのです! そこにエセリアが参加していたのは、確認が取れています。しかも茶話会の開催時間中、偶々その階の廊下を歩いていた者が、『会場の教室から出て来たエセリア様を見た』と証言しております!」
「それに! 私を突き落とした人の後ろ姿を見ましたが、エセリア様と同じくプラチナブロンドのストレートヘアーを、ハーフアップにされていました!」
「その卒業記念茶話会に出席していた者で、そのような色と髪型に該当する者は、エセリア以外におりません!」
アリステアと共に、エセリアが犯人だと断定する根拠を叫んだグラディクトは、得意満面でエセリアを見やった。
(どうだ、エセリア! 今までの不手際の事例とは違い、これはどう足掻いても言い逃れできまい! 潔く観念しろ!!)
しかしここで再びレオノーラが立ち上がり、彼に軽蔑しきった眼差しを向けながら発言した。
「呆れましたわ……。随分と見当違いな事を、臆面もなく堂々と主張なさる事」
「何だと!? どこが見当違いだと言うんだ!」
即座に言い返したグラディクトだったが、レオノーラは淡々と話を続けた。
「確かにエセリア様は当初、参加予定でしたが、前日になって急用が入った為に、当日は参加されなかったのです」
「はぁ? そんな馬鹿な! 確かに当日、参加した筈だ!」
「そうよ! お昼過ぎにリアーナさんが、エセリア様が予定通り参加されるから、その付近に近付かないようにって、わざわざ警告しに来てくれたもの!」
アリステアのその発言について、マグダレーナがすかさず指摘する。
「あなたは事前に、そのような警告を受けたのにも関わらず、何故わざわざそちらに出向いたのですか?」
「え、ええと……、それは……」
途端に口ごもったアリステアを庇いながら、グラディクトが自分達の正当性を訴える。
「確かに少々迂闊だったかもしれませんが、今この場で糾弾されるべき人物は違います! お前達! 全員が口裏を合わせて、エセリアがその場に居ない事にするとは。両陛下に対して、不敬にも程があるぞ!」
いつの間にかレオノーラと同様、卒業記念茶話会に出席していた上級貴族令嬢の面々が音もなく立ち上がり、無言で自分達に非難と侮蔑の眼差しを向けていた事に気付いたグラディクトは、彼女達を盛大に罵った。しかしそんな彼に向かって、マグダレーナが冷静に言い聞かせる。
「グラディクト殿下、その者達は嘘など申しておりません。それに関しては、誰よりも確実な証人がおります」
「王妃陛下? そんなわけはありません。エセリアはあの日、アリステアを階段から突き落としたのです!」
「その日、エセリアは昼過ぎから夕方まで、王宮にいたのにですか? それは私と共に国王陛下が証言いたします」
「ああ。エセリア嬢は該当する日時には、確実に王宮に居た。王妃に相談して、私が呼び寄せたのだからな」
「何ですって!?」
「そんな馬鹿な!!」
マグダレーナに続きエルネストも、当日のエセリアの居場所について言及した為、グラディクト達は愕然とした表情になった。加えてアリステアの国王の発言を疑う叫びに、書記官達は無言で顔を顰めたが、エルネストが冷静に説明を加える。
「嘘ではない。その何日か前にエタートス国から、我が国の国教会が運営している財産信託制度を取り入れる為の視察団を受け入れたのだが、国情が違う事から制度をそのまま導入するのは難しいのが判明してな。国教会の担当者とも協議した結果、エセリア嬢を急遽招聘する事になったのだ」
「どうしてその話で、エセリアが招聘されるのです?」
呆然自失状態のままグラディクトが疑問を口にすると、エルネストは本気で驚いた顔になった。
「まさか……、本当に知らないのか?」
「何をでしょう?」
「制度を運用しているのは国教会だが、貸金業制度と共に、財産信託制度の元々の発案者はエセリア嬢だ。本人とシェーグレン公爵の意向で、公にはしてはいないが、教会関係者と王宮で内政に関わる者達の間では、公然の秘密なのだが……。それで」
「えぇえええっ!? 財産信託制度の発案者がエセリア様!? そんな馬鹿な!!」
驚きのあまり、アリステアが勢い良く椅子から立ち上がりながら絶叫すると、先程、国王の発言を疑うような物言いをした挙げ句、今度は発言自体を遮るという、不敬極まりない事をやらかしてしまった彼女を、マグダレーナが憤怒の形相で叱責した。
「陛下の御前ですよ! 愚か者! 控えなさい!!」
「ひいっ!」
「アリステア!」
その迫力に圧されたアリステアは床に崩れ落ちるように座り込み、グラディクトが顔色を変えて屈み込みながら、彼女に声をかける。しかしその声は、今のアリステアの耳には全く届いていなかった。
(嘘! 私の恩人がエセリア様!? そんな馬鹿な事、あるはず無いわ!)
心の中で大混乱を起こしているアリステアと、そんな彼女に寄り添っているグラディクトを眺めながら、エセリアは呆れたように嘆息していた。
(本当に殿下は、知らなかったみたいね。真面目に内政に関わって、諸制度について調べたり詳しい官吏に説明を受けていれば、自然と分かった筈なのに。これでは恥の上塗りだわ)
実は先年エセリアは、アーロンから「あれらの諸制度の考案者があなただったとは、本当に驚きました。心から尊敬します。これからもこの国の為に、手腕を振るってください」と、内々に言われていた。
その時彼女は、アーロンにしっかりと口止めをした上で、自分の婚約者がその事実を全く知らない程に内政に関心が無いのか、知っていて却って劣等感をこじらせているかのどちらかだろうと推察し、それからも特にグラディクトに対して何も言わなかった。それがこんな自爆の形で公になるなどとは、さすがのエセリアにも予想できなかった。
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