悪役令嬢の怠惰な溜め息
(11)茶番、開幕
審議の当日。エセリアを乗せた馬車は、指定された刻限の少し前に、クレランス学園の中央棟正面玄関前に到着した。
「いらっしゃいませ、エセリア様。お待ちしておりました」
ルーナを従えて地面に降り立つと、リーマン以下学園上層部の人間が数名待ち構えており、エセリアに向かって深々と頭を下げた。それを見た彼女は彼らに心底同情し、この騒ぎに巻き込んでしまった事に関して罪悪感を覚える。
「お出迎え、ありがとうございます。正直卒業してすぐに、このような理由で学園を再訪する事になるとは、夢にも思ってもおりませんでしたが」
「私達もです。誠に残念です。こちらにどうぞ、ご案内致します」
「侍女の方も、会場である講堂にお入りください」
「ありがとうございます」
そして一団となって講堂に向かいながら、エセリアはさり気なく尋ねてみた。
「ところで、問題の方々はどのようなご様子ですか?」
そう尋ねられた途端、リーマン達の表情が揃って渋面になる。
「殿下は近衛騎士団の方々が監視の上、先程来校されましたので、会場である講堂に先に入っていただいております」
「朝から色々五月蠅いので、あの生徒も一緒にしております」
その説明で、アリステアも相当学園側の手を焼かせたのだろうと推察できたエセリアは、小さく溜め息を吐いた。
「ご苦労様です。それで両陛下のご到着は?」
「まだ少し、到着までに時間に余裕があります」
「それまでにはお二人とも、おとなしくしていてくださると良いですね……」
「同感です」
しみじみとした口調で述べたエセリアに、リーマンも真剣な顔つきで頷き、一同は講堂へと足を踏み入れた。
「エセリア様だ」
「いらっしゃったわよ」
「相変わらず凛として、お綺麗ですわ」
講堂の入口付近に学園側が用意してくれた席にルーナを座らせてから、エセリアは手前の観覧席を抜けて前方にある舞台の方に足を進めた。その彼女の姿を認めた生徒達が、あちこちで囁く声が耳に届いたが、さり気なくびっしりと椅子が並べられている観覧席の範囲を見回して、脱力しそうになる。
(レオノーラ様は当然として、昨年貴族科に所属されていた皆様まで。女性は殆ど、男性も半数程はいらっしゃるのでは……。全員にレオノーラ様がお知らせしたわけでは無いでしょうし、恐らく人づてに情報が拡散したのね。その他にも、見覚えのある騎士科や官吏科の、卒業した筈の方までちらほらといらっしゃるし……。皆様、今日は休日ですの? と言うか、お姉様……。違和感ありまくりなのですが……)
観覧席の最前列に、かつての制服姿で陣取ったコーネリアの両隣の席は、殆ど満席状態にも関わらず空席であり、周囲から不審人物扱いされている事が見て取れた。その姉が全く動じずに笑顔で小さく手を振ってきた為、エセリアは何とか笑顔でそれに応えてから、横を歩くリーマンに恐る恐る声をかける。
「あの……、学園長?」
しかしリーマンは彼女が何を言いたいのかを分かっていたらしく、遠い目をしながら独り言のように告げた。
「今日はこの騒ぎで朝から授業を中止しまして、生徒達にも自由見学を申し渡しましたから、この人だかりです。普段見慣れない方が紛れ込んでも、容易には分かりませんな。両陛下がご臨席される関係上、危険性が認められる人物は通してはおりませんが」
「……そうでございますね」
(なんかもう、学園長以下教授方も呆れて、黙認しているわけね。仮にお姉様一人だけだったら、少々強引にでも排除されたかもしれないけど、卒業生が大挙して押し掛けたから、学園側も諦めたとか? お姉様はそれを見越して、レオノーラ様に吹き込んだのかしら?)
考えを巡らせながらエセリア達が観覧席を抜けると、舞台の前に平行に長机が置かれ、それとは別に直角に長机が置かれているのに気が付いた。そして向かって左側の席に着いていたグラディクトが勢い良く立ち上がり、彼女を指さしながら威嚇してくる。
「良く臆面もなく、この場に出てきたな、エセリア! 逃げなかったのは誉めてやるぞ! 今日こそ両陛下の前で、貴様の化けの皮を剥いでやる!」
「今のうちに自分の非を認めて、散々蔑ろにしていた殿下に謝罪するべきですよ! そうすれば殿下はお優しい方ですから、穏当な処分にして貰えますから!」
彼の横で、アリステアも口調だけは神妙に訴えてきたのを見て、向かって右側の席にエセリアを案内してきた学園の上層部は、いかにもうんざりとした表情で呻いた。
「まだ言うか……」
「本当にこの期に及んでも、自分の立場が分かっていないと見える」
そんな彼らより一歩前に出たエセリアは、グラディクト達に向かって堂々と言い返した。
「恐れながら、何の事を仰っておられるのか、全く身に覚えがございません。私が処分を受ける事態などあり得ませんのに、何を世迷い言を仰っておられるのやら」
するとそれを聞いたグラディクトは、どこか哀れむ表情でエセリアを見やってから、アリステアに向き直った。
「アリステア、これで良く分かっただろう。あのような恥知らずにかける恩情など、無駄以外の何物でもない」
「残念です。仮にも殿下の婚約者だった方が、ここまで往生際が悪い方だったなんて……。恥の上塗りになるだけなのに。元婚約者という事で殿下の名前にも傷が付く事すら、分からないなんて」
(まだ正式に婚約が解消したわけでは無いから、現時点では“元”ではなく、まだ私がれっきとした婚約者なんですけど?)
何やら自分達だけで盛り上がっている様子を見て、エセリアはしらけながら心の中で突っ込みを入れたが、ここで出入り口で警護していた近衛騎士が大声で講堂内に向かって呼びかけた。
「それでは皆様! 国王陛下、王妃陛下がご入場なさいます」
その声に講堂内に居た全員が立ち上がり、恭しく頭を下げて国王夫妻の入場を出迎えた。そして二人が舞台に上がり、設置してあった二脚の肘掛け椅子に着席してから、エルネストがリーマンに対して謝罪の言葉を口にする。
「学園長、今日は世話になる。それから王家の私事に、クレランス学園を巻き込んで申し訳無い。最初にお詫びしておく」
そう言って軽く頭を下げると、リーマンは慌てて言葉を返した。
「陛下、滅相もございません。今回の事については在籍生徒が関わっている他、問題となっている事は王太子殿下がこの学園に在籍中の出来事である筈。それであればその検証と解決に、当学園が全面的に協力する事は、当然でございます。お気になさらないでください」
「ありがとう、学園長」
そのやり取りが終わったのを見届けたマグダレーナが、一段低い所に並べられた長机に着いた、今回の記録を取るために同行している書記官達に、確認を入れる。
「それでは全員、準備はできましたか?」
「はい、いつでも開始できます」
マグダレーナはそれを受けて、自分達から見て左右に分かれて座っている当事者達に、穏やかに声をかけた。
「グラディクト殿下、エセリア・ヴァン・シェーグレン。審議を始めても構いませんか?」
「勿論です」
「異存ありません」
「分かりました。それでは陛下、開催の宣言をお願い致します」
そう促されたエルネストは、妃に小さく頷いてから、講堂内に向かって力強く宣言した。
「それではこれより、一昨日王太子グラディクトより申し出のあった、エセリア・ヴァン・シェーグレンに対しての、王太子妃欠格事項に関する真偽を判定する、審議を執り行う」
その宣言に、観覧席が微妙にざわめく中、グラディクトは満足げにほくそ笑んでいた。
「学園で開催される事になるとは、私達にとって好都合だったな。わざわざ証人を王宮に呼び出す手間が省けたぞ」
「私の所に今朝届いた手紙にも、『今日は卒業生も中に紛れ込んで、お呼びとあらばいつでも出る手筈です』って書いてありましたから。ほら、見てください!」
「確かにそうだな。もう私達の勝利は、約束されたようなものだ」
手元の手紙を見やりながら、グラディクト達は余裕の笑みで勝利を確信していたが、その向かい側の席に着いていたエセリアは、結末が既に確定していても油断せずに気を引き締めていた。
(さあ、いよいよ本番だわ。結果が分かりきっているこれ以上は無い茶番だけど、最後まで手抜き無しで演じてみせようじゃない!)
そして講堂内に緊迫した空気が満ちる中、いよいよ審議が開始された。
「いらっしゃいませ、エセリア様。お待ちしておりました」
ルーナを従えて地面に降り立つと、リーマン以下学園上層部の人間が数名待ち構えており、エセリアに向かって深々と頭を下げた。それを見た彼女は彼らに心底同情し、この騒ぎに巻き込んでしまった事に関して罪悪感を覚える。
「お出迎え、ありがとうございます。正直卒業してすぐに、このような理由で学園を再訪する事になるとは、夢にも思ってもおりませんでしたが」
「私達もです。誠に残念です。こちらにどうぞ、ご案内致します」
「侍女の方も、会場である講堂にお入りください」
「ありがとうございます」
そして一団となって講堂に向かいながら、エセリアはさり気なく尋ねてみた。
「ところで、問題の方々はどのようなご様子ですか?」
そう尋ねられた途端、リーマン達の表情が揃って渋面になる。
「殿下は近衛騎士団の方々が監視の上、先程来校されましたので、会場である講堂に先に入っていただいております」
「朝から色々五月蠅いので、あの生徒も一緒にしております」
その説明で、アリステアも相当学園側の手を焼かせたのだろうと推察できたエセリアは、小さく溜め息を吐いた。
「ご苦労様です。それで両陛下のご到着は?」
「まだ少し、到着までに時間に余裕があります」
「それまでにはお二人とも、おとなしくしていてくださると良いですね……」
「同感です」
しみじみとした口調で述べたエセリアに、リーマンも真剣な顔つきで頷き、一同は講堂へと足を踏み入れた。
「エセリア様だ」
「いらっしゃったわよ」
「相変わらず凛として、お綺麗ですわ」
講堂の入口付近に学園側が用意してくれた席にルーナを座らせてから、エセリアは手前の観覧席を抜けて前方にある舞台の方に足を進めた。その彼女の姿を認めた生徒達が、あちこちで囁く声が耳に届いたが、さり気なくびっしりと椅子が並べられている観覧席の範囲を見回して、脱力しそうになる。
(レオノーラ様は当然として、昨年貴族科に所属されていた皆様まで。女性は殆ど、男性も半数程はいらっしゃるのでは……。全員にレオノーラ様がお知らせしたわけでは無いでしょうし、恐らく人づてに情報が拡散したのね。その他にも、見覚えのある騎士科や官吏科の、卒業した筈の方までちらほらといらっしゃるし……。皆様、今日は休日ですの? と言うか、お姉様……。違和感ありまくりなのですが……)
観覧席の最前列に、かつての制服姿で陣取ったコーネリアの両隣の席は、殆ど満席状態にも関わらず空席であり、周囲から不審人物扱いされている事が見て取れた。その姉が全く動じずに笑顔で小さく手を振ってきた為、エセリアは何とか笑顔でそれに応えてから、横を歩くリーマンに恐る恐る声をかける。
「あの……、学園長?」
しかしリーマンは彼女が何を言いたいのかを分かっていたらしく、遠い目をしながら独り言のように告げた。
「今日はこの騒ぎで朝から授業を中止しまして、生徒達にも自由見学を申し渡しましたから、この人だかりです。普段見慣れない方が紛れ込んでも、容易には分かりませんな。両陛下がご臨席される関係上、危険性が認められる人物は通してはおりませんが」
「……そうでございますね」
(なんかもう、学園長以下教授方も呆れて、黙認しているわけね。仮にお姉様一人だけだったら、少々強引にでも排除されたかもしれないけど、卒業生が大挙して押し掛けたから、学園側も諦めたとか? お姉様はそれを見越して、レオノーラ様に吹き込んだのかしら?)
考えを巡らせながらエセリア達が観覧席を抜けると、舞台の前に平行に長机が置かれ、それとは別に直角に長机が置かれているのに気が付いた。そして向かって左側の席に着いていたグラディクトが勢い良く立ち上がり、彼女を指さしながら威嚇してくる。
「良く臆面もなく、この場に出てきたな、エセリア! 逃げなかったのは誉めてやるぞ! 今日こそ両陛下の前で、貴様の化けの皮を剥いでやる!」
「今のうちに自分の非を認めて、散々蔑ろにしていた殿下に謝罪するべきですよ! そうすれば殿下はお優しい方ですから、穏当な処分にして貰えますから!」
彼の横で、アリステアも口調だけは神妙に訴えてきたのを見て、向かって右側の席にエセリアを案内してきた学園の上層部は、いかにもうんざりとした表情で呻いた。
「まだ言うか……」
「本当にこの期に及んでも、自分の立場が分かっていないと見える」
そんな彼らより一歩前に出たエセリアは、グラディクト達に向かって堂々と言い返した。
「恐れながら、何の事を仰っておられるのか、全く身に覚えがございません。私が処分を受ける事態などあり得ませんのに、何を世迷い言を仰っておられるのやら」
するとそれを聞いたグラディクトは、どこか哀れむ表情でエセリアを見やってから、アリステアに向き直った。
「アリステア、これで良く分かっただろう。あのような恥知らずにかける恩情など、無駄以外の何物でもない」
「残念です。仮にも殿下の婚約者だった方が、ここまで往生際が悪い方だったなんて……。恥の上塗りになるだけなのに。元婚約者という事で殿下の名前にも傷が付く事すら、分からないなんて」
(まだ正式に婚約が解消したわけでは無いから、現時点では“元”ではなく、まだ私がれっきとした婚約者なんですけど?)
何やら自分達だけで盛り上がっている様子を見て、エセリアはしらけながら心の中で突っ込みを入れたが、ここで出入り口で警護していた近衛騎士が大声で講堂内に向かって呼びかけた。
「それでは皆様! 国王陛下、王妃陛下がご入場なさいます」
その声に講堂内に居た全員が立ち上がり、恭しく頭を下げて国王夫妻の入場を出迎えた。そして二人が舞台に上がり、設置してあった二脚の肘掛け椅子に着席してから、エルネストがリーマンに対して謝罪の言葉を口にする。
「学園長、今日は世話になる。それから王家の私事に、クレランス学園を巻き込んで申し訳無い。最初にお詫びしておく」
そう言って軽く頭を下げると、リーマンは慌てて言葉を返した。
「陛下、滅相もございません。今回の事については在籍生徒が関わっている他、問題となっている事は王太子殿下がこの学園に在籍中の出来事である筈。それであればその検証と解決に、当学園が全面的に協力する事は、当然でございます。お気になさらないでください」
「ありがとう、学園長」
そのやり取りが終わったのを見届けたマグダレーナが、一段低い所に並べられた長机に着いた、今回の記録を取るために同行している書記官達に、確認を入れる。
「それでは全員、準備はできましたか?」
「はい、いつでも開始できます」
マグダレーナはそれを受けて、自分達から見て左右に分かれて座っている当事者達に、穏やかに声をかけた。
「グラディクト殿下、エセリア・ヴァン・シェーグレン。審議を始めても構いませんか?」
「勿論です」
「異存ありません」
「分かりました。それでは陛下、開催の宣言をお願い致します」
そう促されたエルネストは、妃に小さく頷いてから、講堂内に向かって力強く宣言した。
「それではこれより、一昨日王太子グラディクトより申し出のあった、エセリア・ヴァン・シェーグレンに対しての、王太子妃欠格事項に関する真偽を判定する、審議を執り行う」
その宣言に、観覧席が微妙にざわめく中、グラディクトは満足げにほくそ笑んでいた。
「学園で開催される事になるとは、私達にとって好都合だったな。わざわざ証人を王宮に呼び出す手間が省けたぞ」
「私の所に今朝届いた手紙にも、『今日は卒業生も中に紛れ込んで、お呼びとあらばいつでも出る手筈です』って書いてありましたから。ほら、見てください!」
「確かにそうだな。もう私達の勝利は、約束されたようなものだ」
手元の手紙を見やりながら、グラディクト達は余裕の笑みで勝利を確信していたが、その向かい側の席に着いていたエセリアは、結末が既に確定していても油断せずに気を引き締めていた。
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