悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(6)甚だしい事実誤認

(酷い! どうして本みたいに、誰も私達の話を聞いてくれないの? やっぱり結婚する前にグラディクト様の威光を削いでおきたいエセリア様が、陰でやっている根回しが王宮内で行き渡っていて、私や殿下を闇に葬り去るつもりなんだわ! どうしよう!? このままだとグラディクト様が危険じゃない!)
 そんな見当違いの事を危惧した彼女が、車内で真っ青になっている間に、馬車はクレランス学園の正門前に到着した。しかし当然門限はとっくに過ぎている為に門は堅く閉ざされており、地面に降り立った騎士が舌打ちをしながら、門に設置してある呼び出し用の鐘を盛大に打ち鳴らす。


「開門! 誰か居ないか! ここを開けてくれ!」
 その騒々しさに、門の近くの宿舎に住んでいる事務係官がすっ飛んで来て、予期せぬ来客に怪訝な顔で尋ねた。


「どちら様でしょうか? それに、どうかされましたか? もう人の出入りは、緊急の用事でなければできない規則になっておりますが」
「緊急だ! あの女はここの寮生だ! さっさと寮まで連れていけ!」
「ほら、さっさと降りろ!」
「危ないわね! 何するのよ!?」
 騎士が指し示した方向に係官が目を向けると、アリステアが馬で併走してきた近衛騎士に、馬車から引きずり下ろされるところだった。しかし制服ならいざ知らず、気合いの入ったドレス姿の彼女を見て、係官が呆気に取られる。


「はぁ? 何なんですか? うちの生徒?」
「よし、王宮に戻るぞ」
「はい」
 しかし彼が呆然としている間に、騎士達はさっさと元通り馬車と馬に飛び乗り、脇目もふらずに王宮へと戻って行った。それを見送った係官は、いつまでも呆けていられないと思い直して門を開け、置き去りにされたアリステアを中に通す。


「おい、あんたは……」
「貴族科のアリステア・ヴァン・ミンティアよ! 部屋に行くわ!」
「え? ちょっと! あんた一体、どうしてそんな格好で!」
 しかし慌てて詳細を尋ねようとした彼に目もくれず、アリステアは乱暴な足取りで自身の寮へと向かった。


(どうしてこうなるのよ! 国王様って、本当に頭が悪いのね! グラディクト様の話を全然聞かないで、会場から叩き出すなんて!)
 八つ当たりの挙げ句、他人に聞かれたら不敬極まりない内容を心の中で叫びながら、アリステアは自分の寮に向かって進んだ。


「開けてください! 戻りました!」
 しっかり閉まっている寮入口に到達した彼女が、呼び鈴を鳴らしながら大声で中に呼びかけると、そこを預かっている寮母が不審そうにドアを開け、次いでアリステアの姿を見て目を丸くした。


「何事ですか……。アリステア・ヴァン・ミンティア? それに何ですか、その格好は?」
「何だって良いでしょう!」
「お待ちなさい。あなたの荷物を預かっています。持って行きなさい」
「……分かりました」
 苛立たしげにドアを開け、寮母の横をすり抜けて自室に戻ろうとしたアリステアだったが、その背中に制止の声がかけられる。それで店で脱いだ制服の事を思い出した彼女は、不承不承足を止めて寮母が荷物を取ってくるのを待ったが、その結果騒ぎを聞きつけて集まって来た同じ寮の生徒達の、好奇の視線に晒される事になった。


「何事かしら? 随分騒がしい……」
「え? あの人の格好を見てよ」
「どうして寮で、あんな格好を?」
「何を考えているのかしら?」
 事情が全く分からない生徒達が遠巻きに見守る中、寮母から制服を受け取ったアリステアは、それを抱えて自室に戻った。


「本当に、何て事なの!? 国王様が全く使い物にならないから、王妃様が利権を握っていて、それで姪のエセリア様が大きな顔をしているのよ! それでも国王なの!? 情け無いったらありゃしない! グラディクト様は、真実を見通す目を持っている方なのに!」
 部屋に入るなり持って来た制服をテーブルに放り出し、乱暴にドレスを脱ぎ捨てて下着姿になった彼女は、ベッドに突っ伏しながら悪態を吐いた。その挙げ句、見当違いの被害妄想を募らせる。


「違うわ! これまでグラディクト様が、色々献策をしていたから、王様は優秀な息子に嫉妬しているのよ! そうでなければ、公の場から王太子を問答無用で締め出すなんて、有り得ないじゃない! 何てお気の毒なグラディクト様!」
 第三者、特にチーム・エセリアの面々が聞いたなら、「それは誰の事だ?」と盛大に突っ込みが入りそうな事を大真面目に叫んで泣き伏したアリステアは、一気に疲れが出た事もあってそのまま眠ってしまった。


 翌朝、最悪の気分で目を覚ました彼女は、制服に着替えて食堂に行こうとドアを開けようとして、それまでのグラディクトからの手紙と同様に、隙間から室内に差し込まれていた封書に気がついた。
「……え? これは!」
 慌ててそれを拾い上げ、即座に開封してみたアリステアは、広げた何枚かの便箋に書かれた内容を見て、忽ち表情を明るくする。


「やっぱりエセリア様が、周到に根回ししていたのね……。でも昨日の話が、もう学園の寮内にまで伝わっているなんて凄いわ」
 昨夜の式典での出来事を示唆する内容に加え、審議に向けての準備を進めておくので、ご安心下さいとの記載を認めた彼女は、その情報網の凄さを褒め称え、力強く頷いた。


「こんな現状に不満を持って、学園内や王宮を問わず、この国の将来を危惧する人が多いのが、良く分かったわ! 大丈夫、私達には味方がたくさんいるもの。審議の場でも何でも、堂々と出てやろうじゃない! そして今度こそエセリア様の悪行の数々を、白日の下に晒してあげるわ! そしてグラディクト様との明るい未来を、自分の手で勝ち取るのよ!」
 真相は、公式行事中に問題が発生した場合、国王夫妻がそれを中断してまで問題追究はしないだろうと踏んだエセリアが、後日改めて審議日を設けるのを前提とした内容の封書を、事前にカレナに預けておいただけだったのだが、アリステアは見事に王宮と学園の間に、多人数による強固な連絡網が構築されていると誤解し、エセリアに対する断罪の自信を益々深めたのだった。





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