悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(24)率直な感想

「店内でのあれこれもそうだが、本当に呆れたぞ。とうとう最後まで、俺達の名前を聞きもしなかったしな。真剣に、偽名と嘘の所属先を考えていたのが馬鹿みたいだ」
 アリステアと別れた後、併走しながらクロードが愚痴っぽくティムに訴えると、彼も渋面になりながら応じる。


「あれで本気でエセリア様を追い落として、後釜に座ろうとしているとは恐れ入る。どれだけ性悪なんだ?」
「単に身の程知らずで、底抜けに馬鹿なだけじゃないのか?」
「そもそも、そんな人間を自分に近付ける王太子の器量も、大した事は無いな」
「激しく同感だ」
 二人は呆れ顔でそんな事を言い合いながら、当初の予定通り、一路シェーグレン公爵邸へと向かった。




「エセリア様。クロード様とティム様が、先程お戻りになりました。第三応接室にお通しして、お茶と軽食を出しております」
「ありがとう、ルーナ。今行くわ」
 自室で寛いでいるところに、ルーナから声をかけられたエセリアは、即座に立ち上がって第三応接室へと向かった。そして室内に入ると、サンドイッチをつまみながら談笑していた二人が慌てて立ち上がろうとした為、手振りでそれを止めさせつつ、笑顔で礼を述べる。


「お二人とも、お待たせしました。そのまま食べていて下さって構いませんので。今日はお休みの所、本当に申し訳ありませんでした」
 それにクロードが、苦笑しながら応じる。


「ご馳走になっております。それに、騎士団内で密かに噂になっていた、王太子殿下のお気に入りとやらがどんな人間か、一度直に見たかったものですから、気になさらないで下さい」
「彼女は私達の卒業と入れ替わりに、学園に入学しましたから。これまでイズファインを介しても色々聞いていましたが、それにしてもあれは……」
「直にご覧になって、どうでしたか?」
 ティムが言葉を濁した為、エセリアが率直な感想を尋ねてみると、彼らは互いの顔を見合わせてから、彼女に向かって口々に訴えた。


「良く今まで、表立って問題にならなかったものだと、ほとほと呆れました」
「エセリア殿の手腕が、よほど素晴らしかったのだろうと推察致します」
 それを聞いたエセリアは感想そのものよりも、彼らの言葉遣いに笑ってしまった。


「クロード様、ティム様。この二年あまりの間に、近衛騎士団での勤務にも随分慣れたみたいですわね。在学中の頃とは、口調が全く違っておりますわ。ですがこの場は私と私付きの侍女だけですから、もっと砕けた口調で構いませんのよ?」
 笑いながらそう言われた途端、二人も笑ってぞんざいな口調で話し出した。


「それは助かる。やっぱりまだ、堅苦しい喋り方は苦手だからな。しかし今回、殿下の目の節穴ぶりには、本気で呆れたぞ」
「しかもあんたとの婚約を破棄して、あの女を後釜に? 天地がひっくり返ってもあり得んな」
「あらあら、本当に手厳しいですね」
「…………」
 態度の豹変した彼らと、それにもかかわらず笑顔を振り撒くエセリアを見ても、ルーナは黙って壁際に控えていた。


「それで無事に、彼女のドレスは発注できましたか?」
「ああ、採寸を済ませてデザインも決めて、割り増し料金を払って急がせている。預かった金は、全部渡してきた」
「ご苦労様です。式典当日は、近衛騎士団は全員駆り出されて勤務でしょうから、うちの者に彼女の迎えと送迎をさせますので、安心して下さい」
 エセリアがそう告げると、彼らは揃って安堵した表情になった。


「それは良かった。どうしても当日は朝から王宮に詰める事になるから、少し心配していたんだ」
「そうなると、他に俺達がする事は無いのか?」
 一応ティムが確認を入れると、エセリアがここで唐突に話題を変えた。
「近衛騎士団の配置などは、私には分からないのですが……。入団二年目で平民出身だと、あまり王宮の奥の方の警備は任せられないのではありませんか?」
 その問いかけに、クロードが素直に頷く。


「ああ、確かにそうだ。まだ俺達みたいな新人は、公式行事などの時は特に、各所の出入り口や執務棟内の勤務、庭園などの巡回とかが精々だろう」
「今回は、その方が都合が良いのです。式典で騒ぎが発生した後の後始末を、手伝って頂ける皆様にお願いしたいので」
「へぇ? そりゃあまた、どういう事だ?」
「剣術大会発案者のあんたに、恩義を感じている奴らは多いからな。幾らでも声をかけるぞ」
 それから二人はやる気満々の顔でエセリアの話に耳を傾け、快く用件を引き受けた後は、中断していた食事を再開しつつ、彼女との会話を楽しんだ。


「それでは詳細については、後ほど改めて、兄とイズファイン様経由でお知らせしますね」
「分かった。それでは失礼する」
「ご馳走様でした」
 私用で騎士団の馬や馬車を使える筈もなく、彼らがアリステアの送迎の為に使ったそれらは、一度この屋敷に寄って借り受けたシェーグレン公爵家の物であり、玄関で別れの挨拶を済ませた彼らは、徒歩で屋敷から去って行った。
 その後ろ姿を玄関で見送ってから屋敷内に戻ったエセリアだったが、自室へ向かって廊下を歩いていると、後方から低い声がかけられる。


「お嬢様……」
「何、ルーナ」
「着々と、婚約破棄に向けての、準備が整っておられるみたいですね」
 微妙に咎める口調のそれに、エセリアは軽く身体を捻って彼女の方に顔を向けながら、苦笑して言い返す。


「そうね。それが? まさかあなた、今更お父様やお母様に、告げ口なんかしないわよね? どうして今まで黙って放置していたと、怒られるわよ?」
「そんな告げ口なんか致しません。それに漏れ聞く王太子殿下の残念ぶりだと、とても即位して頂きたくありませんし……。ですがよりによって建国記念式典で事を起こすなんて、全然聞いていなかったんですが!? 話が違いますよね! 在学中に、何とかするんじゃなかったんですか!!」
 突然辺りをはばからず喚き出したルーナを、エセリアは慌てて宥めた。


「ちょっとルーナ、落ち着いて。そう心配しなくても大丈夫よ。上手く確実に、婚約破棄に持ち込んでみせるから」
「お嬢様はともかく、周囲への影響が甚大だと言っているんです!」
「お願い、ルーナ。ちょっと声を小さくして貰えるかしら」
 廊下に人影が無かった事に安堵しつつ、エセリアはそれから少しの間、涙目になっているルーナを宥める事にかなりの時間を費やす事になった。



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