悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(7)やさぐれるエセリア

「こちらの予想通り、音楽祭の話は自然消滅してしまったけど、その後あの二人はどんな様子かしら?」
 いつものようにカフェに集まった面々にエセリアが問いかけると、ローダスがうんざりとした顔で答える。


「相変わらずです。何とか学園内でアリステア嬢の知名度と好感度を上げようと、殿下が懲りずに色々と仕掛けようとしていますが……」
「ローダス、どうかしたの?」
 そこで一層苦々しい顔になって口を噤んだ彼に、エセリアが重ねて尋ねると、ローダスは大真面目に問い返してきた。


「彼女が得意にしている事を取り上げようとするのは、方向性としては間違っていません。ですが、学園内で『粗食耐久競争』などを開催して、どんな意味や意義があると思いますか?」
「…………え?」
 一瞬、冗談かと思ったエセリアだったが、変わらず真剣な顔付きのローダスを見て、顔を引き攣らせた。すると次々に彼の話した内容と同様の、困惑とも呆れとも取れる声が上がる。


「聞いて下さい、エセリア様。『銀食器の磨き方を競う行事』など、どうやって学内行事に組み込めと? 全然意味が分かりません!」
「私は、『ランプへの油の移し替えを競う競技会とかを開催できませんか?』と、無茶振りされました。……聞こえなかったふりをして、急用を思い出したと言って、早々にその場を立ち去りましたが」
「僕は『窓掃除を競い合い、校舎内の窓を全て美しくすれば、万人に喜ばれるだろうが!』とか自画自賛されたので、『全てが綺麗になるなら優劣の付けようも無く、競う意味が無いと思われます』と笑顔でぶった切っておきました」
 シレイア、カレナ、ミランが次々に口にした内容を聞いて、エセリアは本気で頭を抱えた。


「ごめんなさい。皆に色々苦労をかけているわね……」
「いえ、ろくでもないのはあの二人ですから」
 神妙にそんな事を言い合っていると、サビーネが何やら考え込みながら口を開く。


「あの方達が意気軒昂なのは、エセリア様を糾弾する為の宣誓書が、順調に集まっているからなのでしょう? 最近はどれ位を作って、お二人の手に渡っていますの?」
「音楽祭の話が持ち上がった時に、『脅されて参加申請を取り止めた』という内容の物が三通、それから私が『ソレイユ教授に賄賂を贈って、音楽祭の企画そのものを話題に出さないように働きかけた』と糾弾する物が一通。それから私から『食事に虫を混入するように指示された』と告白した物が一通に、『偶然を装って足を引っ掛けるように脅された』とする物が一通かしら?」
 指折り数えながらのエセリアの台詞に、ため息混じりのローダスの声が続く。


「あのアリステア嬢が殿下に嘘八百を並べ立てて、それを真に受けた殿下に、その都度、その内容に沿った宣誓書を渡していますから」
「そんなに渡していたの? 長期休暇前の、例の教科書破損事件の時にも渡しているのに」
 予想以上の枚数を聞いたサビーネが目を丸くしていると、シレイアが顔を顰めながら口を挟んでくる。


「それだけ彼女が、恥知らずだと言う事ですね。ありもしない事をでっち上げて臆面もなくエセリア様に罪をなすりつけるなんて、普通なら有り得ないわ……。ところでエセリア様。その宣誓書について、前々から意見しようと思っていた事があるのですが」
 後半はエセリアに向き直って神妙に申し出ると、シレイアの言いたい事が分かっていた彼女は、軽く笑いながら応じた。


「それならシレイアは、“あれ”に気がついたのね?」
「それなら“あれ”は、最初からわざと、あの様にしていたのですか? 私はもしかしたら、気が付かれていないのかと思っていました」
 少々驚いたようにシレイアが述べた為、エセリアが苦笑気味に告げる。


「確かに個別に渡す分には、気付かれる可能性は少ないわ。でも何枚も纏めて保管して見比べたら、一目瞭然である事は分かっていたの。でもその稚拙さが事が発覚した時に、却って目くらましになるかと思ったから」
 その説明を聞いたシレイアは少しの間考え込んでから、納得したよう大きく頷いた。


「なるほど……。確かにそうかもしれません。エセリア様の慧眼に、感服致しました。最後までバレなければ儲け物と言う感覚で、お出しになったのですね?」
「そういう事よ」
「ですがエセリア様。かなりの確率で、あの二人には露見しないと考えていらっしゃいましたよね?」
「現に未だにあの二人は、分かっていないでしょう? そこまでの観察眼が無いのか、じっくり確認する用心深さが無いのか……。いずれにしても気が付くには、シレイア位の思慮深さと観察眼が必要でしょうね」
「恐れ入ります」
 互いに苦笑いで話を締めくくった二人だったが、ここで恐縮気味にカレナが尋ねてきた。


「あの……、申し訳ありません。今のお話は何の事について、仰っていたのですか? 私も宣誓書を殿下にお渡しした時に中身を一度確認していますが、特に不審な点は見受けられませんでしたが……」
 何か見落としていた事でもあったのかと、少し不安そうな顔になっている彼女を、シレイアは笑顔で宥めた。


「カレナ、気にしないで? あれは複数枚を見比べないと気が付かないから。あなたが見たのは、一枚だけでしょう?」
「ええ、そうですけど……」
「実はあの宣誓書は、全て」
「シレイアさん、お静かに。人が来ます」
 そこで低い声でミランから警告された彼女は、即座に口を閉ざした。そして全員がミランの視線の方向に顔を向け、近付いてくる人物を認めて緊張を緩める。


「あら、マリーリカだわ。顔を会わせるのはひと月ぶり位ね。私に何か用事があるのかしら?」
 エセリアが独り言のように呟いている間に、マリーリカは真っすぐエセリアの所までやって来た。


「エセリアお姉様、皆様。ご歓談中、失礼します。少しお邪魔しても宜しいでしょうか?」
「構わないわ。マリーリカ、どうかしたの? 一緒にお茶でも飲む?」
「いえ、大丈夫です。お姉様にお伺いしたい事があるだけですので」
「あら、何かしら?」
 空いていた椅子を勧めたが軽く首を振った彼女に、エセリアは怪訝な顔で問い返した。するとマリーリカが、真剣な表情で口を開く。


「剣術大会の事です。今年もディオーネ様とレナーテ様が、こちらにいらっしゃるのでしょうか?」
 それで彼女が何を懸念しているかが分かったエセリアは、笑顔で宥めた。
「まだあなたの耳には、入っていなかったのね? 実は去年から主催の武術大会が開催されているけど、そこに招待した周辺各国の大使達から本国に話が伝わって競争心が刺激されたのか、各国から『我が国から派遣する騎士達も、貴国の大会に出場させて貰えないだろうか』と打診があったそうなの。それで今年からは各国からの招待枠を設けて、参加していただく事になったの」
「本当ですか!?」
 本気で驚いたらしいマリーリカに、エセリアはしっかりと頷いてみせた。


「ええ。ローガルド公爵は関係ないと思って、娘のあなたには特に話していなかったのね。各国は自国の騎士の技量や意気軒高さをアピールしようと、王族を始めとするそうそうたる代表団を送り込んでくるつもりよ」
「まあ……。そうなると、昨年以上に大掛かりな国家行事になりますのね……」
 溜め息混じりにマリーリカが呟くと、苦笑気味のエセリアの台詞が続く。


「その通り。そして各国の代表団の方々の接待を、側妃の方々に分担して貰う事になったそうなの。それで後宮は少し前から、側妃の方々が衣装や装飾品を揃える為に大騒ぎしているそうよ。国内の繁栄ぶりを代表団に披露する為、競技会場周辺の整備や屋台についての意見を王妃様に求められたのだけど、その時の手紙にそう書いてあったわ」
「目に浮かぶようですわ」
「その武術大会の開催時期が学園の剣術大会の時期と重なっているから、今年はお二人がこちらに足を運ぶ事は、まず有り得ないでしょうね」
 エセリアがそう結論付けると、マリーリカは傍目にも分かる程安堵した表情になった。


「ありがとうございます。それを聞いて安心しました」
「これで心置きなく、今年も出場するであろうアーロン殿下の応援に集中できるわね」
「お、お姉様! いえ、私はそんなつもりでは! それではお邪魔致しました! 失礼します!」
 エセリアが悪戯心を出してちょっとからかってみた途端、顔を真っ赤にして狼狽し、逃げるように立ち去って行ったマリーリカを、その場の者は微笑ましく見送った。しかし彼女の姿が見えなくなってから、エセリアが行儀悪くテーブルに頬杖を付きながら、やさぐれた風情で呟く。


「…………青春を謳歌しているみたいで、結構な事だわ」
「エセリア様。今の言い方だと、もの凄く年寄りじみ、いてっ! シレイア、何をするんだ!」
「デリカシーに欠ける事を、口にするのは止めなさいよ!」
 思わず口を挟んだローダスの足に、シレイアがテーブルの下で渾身の蹴りを入れ、その場に微妙な空気が満ちる。


(何だか段々、心がささくれ立ってきたわね……。全く。一応、嵌める罪悪感があったから、例の宣誓書もちょっと調べればすぐに偽造だって分かるように、敢えてバレて元々的に作ってみたのに)
 そんな八つ当たりじみた事を考えながら、エセリアはその場をお開きにしたのだった。





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