悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(24)《チーム・エセリア》の溜め息

「それで、最近あの二人の様子はどうかしら?」
 長期休暇を目前に控えた時期に、エセリアが《チーム・エセリア》の面々を集めた場で、情報交換の為に尋ねると、シレイアが困惑気味に報告した。


「それが……、あのアリステア嬢は『エセリア様が裏で糸を引いて、自分に対する悪い噂を流して、最近クラスの中で孤立させている気がするんです』とか、しおらしく言っていましたが……」
 そこで思わず、カレナが口を挟む。


「あの……、シレイアさん? 悪い噂も流すも何も、彼女は自分自身の場を弁えない振る舞いと、周囲に対する態度の悪さで、既に入学直後からクラス内で孤立しているのですが……」
「それはそうでしょうね。だから適当に聞き流して、相槌だけ打っておいたから」
「確かに今年、貴族科に進級してからは、それが顕著になったと思いますが」
「全く、被害妄想と小説の主人公になりきるのも、いい加減にして欲しいわ」
 彼女達の間で交わされた会話を聞いて、エセリアはうんざりしながら口を開いた。


「それなら『エセリア様から、アリステア嬢の悪い噂を流して孤立させろという指示を受けた』という宣誓書を書けば、あの二人は小躍りして大事にしまい込むでしょうね」
「そうですね。それから殿下は今回の試験後も、白紙の成績表の用紙を事務係官から融通させていました」
 そこでローダスが話題を変えると、その報告を聞いた面々は揃って呆れ顔になり、その場全員を代表してシレイアが声を上げた。


「また? 去年からこれで、三回連続ではないの?」
「ええ。“官吏科”の中でも将来を嘱望されているアリステア嬢の“優秀な成績”を、後見人の方にご披露しなければいけないらしいですから。とても本来の成績表を、お見せするわけにはいかないみたいで、ご苦労な事ですね」
 明らかに皮肉と分かる彼の物言いを誰も咎めたりはせず、寧ろ虚脱感がその場に満ちた。


「それならなおの事、少しでも努力しようとは思わないのかしら?」
「努力しても到底無理なレベルの嘘を吐いてるから、最初から諦めているのでは?」
 そんなカレナとミランの囁きを耳にしてから、ローダスが沈鬱な表情で愚痴を零す。


「去年、あの二人に成績表の偽造するよう唆したのは確かに俺ですが、あそこまで恥ずかしげも無く続けるとは……。先の学年末休暇の時、総主教会に顔を出したら、偶然ケリー大司教とお会いしまして。もの凄い罪悪感に襲われました」
「あの方、総主教会内でも一、二を争う位の人格者で、人望もある方だし。あなたは学年末試験で学年一位を取ったから、『さすがは総大司教のご子息だ』と、べた褒めしてくれたんでしょう?」
「ああ……」
 シレイアから同情する眼差しを受けて、ローダスががっくり項垂れる。


(うん、罪悪感が半端じゃ無いみたいね)
 それを見て、さすがに責任の一端を感じたエセリアは、彼に提案してみた。


「ローダス。もし気になるなら、こっそりケリー大司教にアリステア嬢が殿下の手を借りて成績表を改ざんしている事実を、教えても良いわよ? その事実だけが表沙汰になっても、公の成績を改ざんしたわけでは無いし、致命的な騒ぎにはならないでしょうから」
 しかしローダスは、それに真顔で首を振った。


「いえ、俺は最初にこの事を提案した時、これに懲りて今後は真面目に勉強を頑張るだろうと、楽観的な推測をしていたんです。それなのに彼女はその後もまともに勉強している素振りが無く、成績は下がる一方。この前は成績表の用紙を、当然の如く殿下から受け取っていました。確かにケリー大司教に対する罪悪感はありますが、あの女は他人からどうこう言われるのではなく、自らの不行状を認めた上で恥じて、己の行いを徹底的に悔い改めなければ駄目でしょう」
 かなり厳しい事を口にした彼に、サビーネが腹立たしげに同意する。


「本当に他人が言って聞かせても、逆恨みするタイプですものね。『私の点数を悪く付けている教授達が悪い』とか、平気で言い出しそうだわ」
「それでは、彼女達の成績表改ざんについては、このまま放置という事で良いわね?」
 そこでエセリアが皆の意見を求めると、全員が無言で頷いた。そこでシレイアが、思い出したように言い出す。


「そう言えばエセリア様。去年は今頃、音楽祭の話が出てきたのではありませんか?」
「ええ、殿下がまた音楽科の教授達に言い付けているのかと思って、昨日ソレイユ教授の研究室をお訪ねして話を伺ってきたのだけど、そのような素振りは全く無いそうよ」
「あら、今年はしないつもりなのでしょうか?」
 カレナが意外そうな顔付きになったが、エセリアは小さく肩を竦めてから答えた。


「自分達が何も言わなくとも、教授達が全て段取りを整えてくれるとでも、思っているのではないかしら? 新年度に入ってから公表された、年間行事予定一覧には『音楽祭』も『絵画展』も無かった事を確認していれば、そんな勘違いはしないとは思うのだけど」
「……当然、やって貰えると思い込んでいる可能性が大ですね」
 ミランがうんざりとその可能性を口にすると、エセリアが笑って頷く。


「だからソレイユ教授とそれについての話をして、対応策を検討してきたの。私の想像通りなら、長期休み明けに殿下が『どうして音楽祭の準備をしない』と、ソレイユ教授の所に怒鳴り込む筈だから」
「本当に、いい迷惑ですよね」
 カレナが憤慨したように口にしたが、エセリアはそれを目線で宥めてから、話を締めくくった。


「当面は、アリステア嬢と殿下の疑念を裏打ちするような宣誓書を、話が持ち上がる度に出していく事にするから、皆、宜しくお願いします」
「分かりました」
「馬鹿馬鹿しいですが」
「仕方ありませんね」
(周りが見えていないと言うか、二人とも本当に自己中心極まりないわね。少しは我が身を顧みれば良いのに)
 これまでに同様の事を何回思っただろうかと、エセリアはそこで少し考えてみたが、馬鹿馬鹿しくなってすぐに数えるのを諦め、それからはもう間近に迫った長期休暇に関しての話題に加わった。



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