悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(15)演技派ローダス

「先程のお話ですが、成績などその時々で上下する物。偶々初回が悪かっただけです。次回以降は、もっと上がる筈ですから」
「……そ、そうですか?」
 そうアリステアを慰める発言をすると、途端にグラディクトは上機嫌になった。


「その通りだ。良く分かっているじゃないか!」
「ですが確かにお世話になっている方に、心配をかけたくはないという、アリステア様の優しいお心も分かります。他者と比べて見劣りする酷い点数を取っても平然としている恥知らずが、世の中には数多く存在しておりますし」
「正にその通り! お前はなかなか見どころがあるな! 卒業したら近衛騎士団長に申し付けて、私の警護人員に抜擢してやろう!」
「……ありがたき幸せ」
 チクリと皮肉を混ぜて口にしたつもりだったのに、それが全く通じていないばかりか、盛大に褒め称えられて、ローダスは(通じない相手に皮肉を言うのは、時間と労力の無駄だな)と冷静に考えつつ話を進めた。


「それでそれへの対策ですが、殿下が動いて下されば、無事に解決するかと思います」
「え?」
「どういう事だ?」
 予想外の話の流れに、二人が怪訝な顔になると、ローダスは落ち着き払ってそそのかし始めた。


「試験結果の報告用紙を保管している学園の事務係官に、殿下が『こちらの不注意で、総合成績表にお茶を零して汚してしまった。あんな物を陛下にお目に触れさせるわけにいかない。成績を書き写してお見せするので、白紙の報告用紙を一枚欲しい』と仰れば宜しいのです」
「何?」
「あの、でも……、成績表には主幹教授と学園長の、確認の署名が……」
 あまりにも予想外の事を言われて、二人は目を丸くして口ごもったが、ローダスはそれを宥めるように笑顔で告げる。


「その保護者の方は、お二方の筆跡などご存じではありますまい? 殿下とアリステア様が署名すれば宜しいのです」
「…………」
 そこでさすがに黙り込んで顔を見合わせた二人を、もう一押しする為に、ローダスは微妙に声を潜めて言い出した。


「お二人とも、他言無用でお願いしたい事があるのですが……」
「急に改まってどうした?」
「殿下は、エセリア様が年間を通じて、成績上位者に名を連ねているのを、ご不審に思った事はございませんか?」
「あれがこの学園に入学前から、英才教育を受けていたからではないのか?」
「公爵家のご令嬢でしょうから、それはそうでしょう。ですが優秀さを認められて入学を許された、平民出身の者達をも押さえて、上位を保ち続けているというのは、少々おかしくはありませんか?」
 神妙にそんな事を口にしたローダスを、グラディクトは何か察したように、険しい表情で睨み付ける。


「お前……、何が言いたいのだ?」
 するとローダスは、如何にも尤もらしく嘘八百を並べ立てた。


「一部の生徒の間では、まことしやかに伝わっている噂があるのです。『エセリア嬢は並みの成績しか取っていないのに、教授達に命じて自身の点数のかさ上げを行っている』と」
 そう告げた途端、二人の驚愕の声が上がる。


「えぇぇぇっ!! 嘘!! 信じられない!?」
「何だと!? そんな恥知らずな事を、あいつは本当にしているのか!?」
「しいっ!! お二方とも、お静かに願います!」
 慌てて二人を宥めつつ、周囲に人影が無い事を再確認してから、ローダスは冷静に話を進めた。


「これはあくまで、一部の者の間でだけ広まっている噂で、証拠など何もございません。仮に殿下がそれを糾弾したとしても、逆に名誉棄損で訴えられて、殿下の評価を下げるだけです。ですからアリステア様も、くれぐれも口外なさらないで下さい」
 そう念を押すと、アリステアが如何にも悔しげに唇を噛む。


「だけど……、そんな不正が行われているのに、黙って見ているしかないなんて……」
「やはりアリステアは正義感が強いな。そんな裏工作をする様な、誇りなど欠片も持たない者とは、人間としての出来が違う」
「殿下、人として当然の事ですわ」
 そして突如始まった、小芝居めいたやり取りを、ローダスは一人しらけきった目で眺めていた。


(噂のまた聞きに過ぎない内容を、そのまま鵜呑みにするんじゃねえぞ。全く、張り合いが無さ過ぎるのも、やる気が削がれるよな)
 内心ですっかりやさぐれつつも、ローダスは笑顔で申し出た。


「グラディクト殿下、アリステア様。先程申しましたように、公の成績を誤魔化す事に比べたら、自身の手にある成績表の数値を誤魔化す事など、いかほどの事でございましょう。自らの成績を誇る為ではなく、後見人の方を悲しませない為の措置です。きっと神もその心がけを尊んで、お見逃し下さるのではありませんか?」
 そう言って意見を求めると、二人とも全く罪悪感など感じさせない満面の笑みで、力強く賛同した。


「全くその通りだ! やはりお前は、騎士科に置いておくにはもったいない、優れた見識の持ち主だな!!」
「ありがとうございます。それから補習の方も、『他の方が勉学に励んでいるので、それに刺激されました。休暇に入ってからも少し学園に残って、自主勉強をしてから戻ります』とでもご連絡すれば宜しいのではありませんか?」
「そうですよね! 大司教様にご心配かけるのは、申し訳ありませんよね?」
 そんな風にあっさり話が纏まると同時に、グラディクトが勢い良く立ち上がる。


「それでは早速、事務係官に話をつけてこよう」
「殿下。係官がつまらない事を言って抵抗するかもしれませんが、『こちらのミスだから、わざわざ主幹教授と学園長の手を煩わせない為、自分で書き写すと言っているんだ』と強く言っておやりなさい。それで言う事を聞かない者など、この学園には不要な者です」
 すかさずローダスが意見を述べると、二人とも更に上機嫌になりながら言葉を返した。


「全くその通りだな! アシュレイ、これからも頼りにしているぞ!」
「アシュレイさん、力になって下さいね!」
「お任せ下さい」
 笑顔でそんな茶番を演じながら、ローダスは(どこまで馬鹿なのか……。まともに相手にするのがアホらしいぞ)とどこまでも辛辣な事を考えていた。





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