悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(14)《アシュレイ》登場

 学園内のあちこちで色々な動きがある中、表向き何事も無く日々は過ぎ、予定通り定期試験が執り行われた。そして試験期間を過ぎて、試験結果が全員に返却された。


「今回もエセリア様は学年四位で、通年五位以内をキープしておられますわね」
「官吏科の生徒も押さえてのこの快挙、さすがですわ」
「エセリア様のような方こそ、官吏になられるべきではございません?」
「それはともかく……、毎回、代わり映えしないお顔で睨んで、何が面白いのでしょうね?」
 エセリア達が試験の上位成績者の一覧が張り出された場所に出向いて、楽しげに話し込んでいると、どこかをちらりと見たサビーネが呆れ気味に言い出した。その為、周囲の者達がさりげなく彼女の視線を追うと、そちらにいつもの側付きの面々を引き連れたグラディクトが、忌々しげに睨み付けているのが分かる。


「あら……、あの方には成績上位者発表など、関係ありませんのに」
「不愉快になるなら、見に来なければ宜しいのですわ」
「本当にそうですわね。」
 そして向こうも彼女達の視線に気付いたらしく、その直後にどこかへと歩き去った為、早速シレイアが話題を変えた。


「ところでエセリア様、ローダスがそろそろ《アシュレイ》として、殿下達に接触するつもりだと言っていました」
 それにエセリアが、半信半疑の表情で尋ねた。


「本当に試してみるの? 確かにローダス様は教養科でも別のクラスでしたし、今年は官吏科に所属しているから殿下と直接の関わり合いはなかったけど、去年私と顔を合わせた時に、カフェで顔を合わせて絡まれているでしょう?」
「ローダスが言うには『貴族ではない俺達の事は、取るに足らない人間だと思っているだろうから、顔なんかすっかり忘れているだろう。一応変装もするし、心配要らない』だそうです。念を入れて声音も変える練習もしていましたし、大丈夫かと思います」
「随分な自信ね……。それでは結果を楽しみに、待たせて頂きましょうか」
「万が一看破されて、項垂れてやって来たら、散々笑い者にした後で蹴飛ばしてやりますわ」
「まあシレイア、酷い」
「お手柔らかにね」
 周りの者達はおかしそうに笑ったが、その軽口はシレイアがローダスの成功を疑っていない事の裏返しだと分かっていた為、早く彼の報告を聞きたいものだと 余裕で笑っていられたのだった。
 その一方で、入学早々どうしようもない事態に陥ってしまった者もいた。


「うぅ……、どうしよう……。こんな成績、大司教様にお見せできない……」
 アリステアが人目のない植込みの中に座り込み、涙目で返却された自分の成績表を握りしめて泣き事を言っていた所で、背後から現れたグラディクトが不思議そうに尋ねてきた。


「アリステア、どうかしたのか?」
「あ!? グ、グラディクト様!?」
 慌てて成績表を手の中に握り込んだ彼女だったが、チラリと目にしたらしい彼は、何気無く問いを重ねた。


「それは、この前の定期試験の総合成績表だな? 結果があまり良くなかったのか?」
「いえ……、とてもグラディクト様にお見せできるような内容では……」
「私も威張って、見せびらかすような成績では無いぞ? それに全力で学んだ結果なのだから、恥じる必要は無いだろう」
 笑ってそう促されたアリステアは、恐る恐るしわになった成績表を差し出した。


「はぁ……、それでは、どうぞご覧下さい……」
「ああ、すぐに返すから……」
 そして皺を伸ばしつつ、それに目を通したグラディクトだったが、すぐに表情を消して固まった。それを見たアリステアが、いよいよ涙を零しながら泣き叫ぶ。


「やっぱり酷いですよね!? どうしよう! 長期休暇には寮を出て修道院に帰らないといけないのに、大司教様にこんな成績を報告できない!! 私が入学する為に散々手を尽くして下さったから、絶対悲しまれるもの!! 休暇前半は補習を受けるようにも、言われてしまったし!!」
 そう叫んでから彼女は「うわあぁぁぁん!!」と大泣きしつつグラディクトに抱き付いた為、彼は狼狽しながら何とか彼女を宥めようとした。


「お、落ち着け、アリステア。偶々、試験の点数が悪かっただけだろう?」
「そうですよ。それに、入学して初めての定期試験。勝手が分からないし調子が出ないのは、誰にだってある事です」
「誰だ!?」
 唐突に聞こえた第三者の声に、忽ちグラディクトは警戒の体勢になり、アリステアを背後に庇いつつ振り返った。するとその視線の先に居たローダスが、恭しく頭を下げる。


「お話し中の所、失礼致します。モナから、話をお聞きお呼びではございませんか? 私は彼女と想いを、同じくする者です」
 それを聞いたアリステアは、グラディクトの肩越しに恐る恐る確認を入れてきた。


「ええと……、そうすると、エセリア様じゃなくて、殿下と私を応援してくれるっていう?」
「はい。申し遅れました。私はノルト子爵家の次男で、アシュレイ・ヴァン・ノルトと申します。今現在は、騎士科の下級学年に所属しております」
 以前あった時とは微妙に声音を変えて堂々と偽名を名乗ると、そんな彼を僅かに両目を細めながら凝視したグラディクトは、低い声で呟いた。


「……ノルトだと? 聞かない名前だな」
 しかしその問いかけにも、ローダスは微塵も動じず、正面から彼の顔を見返しながら説明を続ける。


「はい。実家は取るに足らない弱小貴族ですから、殿下に直々に紹介された事などございません。そもそも私自身、見栄えがする容姿ではございませんので、今まで殿下から認識されていなくても、無理は無いかと愚考いたします」
「…………」
 するとグラディクトが自分の顔を凝視したまま黙り込んでいる為、表向き平然とした様子を装いながらも、ローダスは流石に焦りを感じてきた。


(さすがに見覚えがあると、疑われたか? ここで身元がバレたら、どうして自分達に近付いてきたのか詰問されるだろうし、何とか切り抜けないと。任せろと言った手前、のこのこ戻ったらシレイアに笑い飛ばされるぞ)
 頭の中で必死になって事態の打開策を考えていたローダスだったが、次にグラディクトの口から出てきた台詞は、何とも脱力する代物だった。


「お前、アシュレイとか言ったな」
「はい。殿下、どうかなさいましたか?」
「確かにお前は見栄えはしないし、あまり賢そうな顔でもないから、騎士として身を立てるのが分相応で無難だな。名前も平凡だし」
「……恐れ入ります」
 見事に引き攣った顔を相手に見られないようにする為、ローダスは恭しく頭を下げた。


(ざけんな!! この顔と血統だけ野郎!! こうなりゃとことん、裏で糸を引いてやる!)
 そして本気で彼の怒りを買ってしまったグラディクトは、容赦なく嵌められる事となった。



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