悪役令嬢の怠惰な溜め息
(8)マリーリカの懸念
夕食を終え翌日の準備を済ませ、後は寝るだけの時間帯にのんびりと本を読みながら寛いでいたエセリアは、ドアをノックしてマリーリカが入室を求めてきた事に驚き、慌てて自室に招き入れた。そして小さなテーブルに向かい合って座ってから、マリーリカが再度恐縮気味に頭を下げる。
「お姉様、夜遅くにお邪魔して、申し訳ありません」
「構わないわよ、マリーリカ。何か相談したい事があるなら、遠慮しないで?」
「いいえ、相談と言うわけでは無くて、報告と言いますか……。単なる告げ口みたいで、どうかとも思うのですが……」
「マリーリカ?」
促してみたものの何故か言い難そうに口ごもった従妹に、エセリアは首を傾げたが、少ししてマリーリカが思い切った様に言い出した。
「あの……、エセリアお姉様は最近グラディクト殿下が、子爵家の女生徒と良く一緒におられる事をご存じでしょうか?」
(やっぱりそろそろ、噂になってきているのね……。マリーリカは率先して噂話をするタイプでは無いし、周囲にせっつかれて意見言上、という所かしら? 今後の事もあるし、ここで一度きちんと言い聞かせておかないと)
全く動じずにその話を聞いた彼女は、穏やかにマリーリカに語りかけた。
「マリーリカ、心配させてしまって申し訳無かったけれど、その事は既に把握しているわ」
「あ……、そ、そうでしたか。出過ぎた真似をして、申し訳ありません」
「良いのよ。それだけ私の事を、心配してくれたのでしょう? それは凄く嬉しいわ。だけど普段から、言動には注意しなくてはね」
「お姉様?」
急に口調を変えてきた従姉にマリーリカは戸惑った顔つきになったが、エセリアは真顔で話を続けた。
「あなたが他人の事情に、好き好んで首を突っ込みたがるタイプだとは思っていないわ。もしかしたら周囲の人に『あの様な下級貴族の女性を大っぴらに近付けるなど、王家の威信にも関わります。エセリア様の従妹でアーロン殿下の婚約者たるあなたから、エセリア様に注意を促してはどうか』などと進言されたのではないかしら?」
「はい。進言と言うか、忠告と言うか……、確かにその様な事を言われました」
「その方の意見には確かに一理あるけれど、本当に現状を憂いた上での発言かどうかは疑わしいわね」
「どういう事ですか?」
驚いたように問い返したマリーリカに、エセリアが尤もらしく説明を続ける。
「本当に王家の威信や体面を危惧しての忠臣としてなら、わざわざあなたを介さずに直接殿下に意見するべきでは無いかしら?」
「でも、それはさすがに……。その方も、ここの一生徒に過ぎませんし……」
「それでも相手の女性に対して、『身の程を弁えてはどうか』位意見しても、宜しいのでは? その方に、その様な気配はあるかしら?」
「……いえ、ございません」
少し難しい顔をした後で断言した彼女に向かって、エセリアは不安を煽るような言い方をした。
「だからこの場合、かなり意図的な物を感じるの。仮に私が直接殿下に意見したとして、すんなり受け入れて下さるとは思えないわ。寧ろ、反発されるのではない?」
「そんな……」
「その場合、私が『アーロン殿下と婚約者のマリーリカも、王家の威信に傷が付くかもしれないと懸念している』などと口にしたら、最悪の場合、どうなるか想像できるかしら?」
「…………」
そう問われたマリーリカは、顔色を無くして黙り込んだ。そんな彼女を宥めるように、エセリアが優しく言い聞かせる。
「あなたもアーロン殿下との婚約が成立するに当たって、お二方の微妙な力関係、つまり側妃お二方の力関係に関しての説明を、ご家族から受けているでしょう?」
「はい……」
「現状ではバランスは取れているけれど、それを面白く思っておられない方がいるし、自分の利益の為に崩したい方も、それなりに存在しているわ。今後はそれを十分に考えて、普段の言動に注意して頂戴ね?」
「はい、気をつけます」
「良かった。あなたが変な事で矢面に立つのは嫌だもの」
神妙に頷いたマリーリカに、エセリアが安堵したように明るく笑う。それに釣られてマリーリカも一瞬表情を緩めたが、すぐに憂い顔になって確認を入れてきた。
「でもお姉様、本当に放置しておいて宜しいのですか?」
それにエセリアが、笑いながら即答する。
「勿論、放置するつもりは無いけれど、あなた達は関わりの無い事よ。賢しげにしつこく意見をするような者には、私は既に状況を把握しているし、必要に応じてきちんと対応すると言ってやりなさい」
「そうですわね。『エセリアお姉様がそこまで断言しているのだから、お任せするのが当然です。あなたはお姉様の手腕を信じられないと仰るの?』と言ってあげますわ」
「上出来よ。アーロン殿下も色々思うところがおありになると思うけど、あなたがきちんと宥めておいてね?」
「はい、分かりました。近い将来、殿下達を介して義理の姉妹になるのがお姉様で、私は本当に幸運でしたわ」
「私もそう思っているわ」
そう言って楽しげに笑い合いながら、エセリアは心の中で密かにマリーリカに詫びた。
(ごめんなさい、マリーリカ。本当は義理の姉妹にはならないし、変な権力闘争に巻き込む事になってしまって……。でもこれでアーロン殿下とマリーリカは、私と殿下の諍いに進んで関与してこない筈よね)
そんな風に安心していると、マリーリカが思い出したように言い出した。
「手腕と言えば……、お姉様の意見を伺いたい事が、もう一つあるのですが」
「そうなの。何かしら?」
「今日、放課後にクラスにいらした上級生の方々から、剣術大会の説明を受けた上で、それに向けて参加する係の希望を取られたのです」
それを聞いたエセリアは、もうあれから一年が経過したのかと、感慨深く思い返しながら答えた。
「ああ、そう言えば定期開催する事になって、進級直後に今年も実行委員会を立ち上げてはいたけど、もうそんな時期なのね。あれは準備期間が長いから」
「希望の係が即決できない者は、今月中に取り纏め担当の方に申し出る事になっているのですが……」
「あら、迷っているの?」
「はい。上級貴族の女生徒は接待係が殆どだと聞きましたが、刺繍や小物係も楽しそうだなと思いまして」
本気で悩んでいるらしいその表情を見て、エセリアは笑顔でアドバイスした。
「それなら遠慮せず、好きな係に申し込みなさい。去年も上級貴族の女生徒でそちらの係でしっかり働いていた方が、何人もいらっしゃったわよ?」
「本当ですか?」
「ええ。交友関係も広がるし、私としてはどちらかと言うと、刺繍係か小物係を勧めるわ」
「分かりました! やはりお姉様に相談してみて良かったです」
「色々大変だとは思うけど、これも勉強の一つだと思って頑張ってみてね?」
話を聞いて安心したのか、マリーリカはスッキリとした笑顔で立ち上がり、エセリアに向かって一礼した。
「それではお姉様、遅くに失礼致しました。お休みなさいませ」
「ええ、お休みなさい」
そうして笑顔で彼女を送り出してから、エセリアは読みかけ本を取り上げて読書を再開しようとしたが、すぐに意識は今後の事に向いてしまった。
(さて……、かなり噂になっているらしいし、ここは一つ悪役令嬢らしく、一発ガツンと嫌みと暴言を垂れ流しておくべきかしらね? 勿論、時と場所はきちんと選ばせて貰うけど)
そこで先程の剣術大会の話から、本来ヒロインが言い出す事になるイベントの事を思い出す。
(そう言えば、ストーリーに従うなら、そろそろあの話が持ち上がる筈なのよね。この際、纏めて対応する事にしようかしら……)
完全に読書する気を無くしたエセリアは本を放り出し、それから暫くの間、黙考していた。
「お姉様、夜遅くにお邪魔して、申し訳ありません」
「構わないわよ、マリーリカ。何か相談したい事があるなら、遠慮しないで?」
「いいえ、相談と言うわけでは無くて、報告と言いますか……。単なる告げ口みたいで、どうかとも思うのですが……」
「マリーリカ?」
促してみたものの何故か言い難そうに口ごもった従妹に、エセリアは首を傾げたが、少ししてマリーリカが思い切った様に言い出した。
「あの……、エセリアお姉様は最近グラディクト殿下が、子爵家の女生徒と良く一緒におられる事をご存じでしょうか?」
(やっぱりそろそろ、噂になってきているのね……。マリーリカは率先して噂話をするタイプでは無いし、周囲にせっつかれて意見言上、という所かしら? 今後の事もあるし、ここで一度きちんと言い聞かせておかないと)
全く動じずにその話を聞いた彼女は、穏やかにマリーリカに語りかけた。
「マリーリカ、心配させてしまって申し訳無かったけれど、その事は既に把握しているわ」
「あ……、そ、そうでしたか。出過ぎた真似をして、申し訳ありません」
「良いのよ。それだけ私の事を、心配してくれたのでしょう? それは凄く嬉しいわ。だけど普段から、言動には注意しなくてはね」
「お姉様?」
急に口調を変えてきた従姉にマリーリカは戸惑った顔つきになったが、エセリアは真顔で話を続けた。
「あなたが他人の事情に、好き好んで首を突っ込みたがるタイプだとは思っていないわ。もしかしたら周囲の人に『あの様な下級貴族の女性を大っぴらに近付けるなど、王家の威信にも関わります。エセリア様の従妹でアーロン殿下の婚約者たるあなたから、エセリア様に注意を促してはどうか』などと進言されたのではないかしら?」
「はい。進言と言うか、忠告と言うか……、確かにその様な事を言われました」
「その方の意見には確かに一理あるけれど、本当に現状を憂いた上での発言かどうかは疑わしいわね」
「どういう事ですか?」
驚いたように問い返したマリーリカに、エセリアが尤もらしく説明を続ける。
「本当に王家の威信や体面を危惧しての忠臣としてなら、わざわざあなたを介さずに直接殿下に意見するべきでは無いかしら?」
「でも、それはさすがに……。その方も、ここの一生徒に過ぎませんし……」
「それでも相手の女性に対して、『身の程を弁えてはどうか』位意見しても、宜しいのでは? その方に、その様な気配はあるかしら?」
「……いえ、ございません」
少し難しい顔をした後で断言した彼女に向かって、エセリアは不安を煽るような言い方をした。
「だからこの場合、かなり意図的な物を感じるの。仮に私が直接殿下に意見したとして、すんなり受け入れて下さるとは思えないわ。寧ろ、反発されるのではない?」
「そんな……」
「その場合、私が『アーロン殿下と婚約者のマリーリカも、王家の威信に傷が付くかもしれないと懸念している』などと口にしたら、最悪の場合、どうなるか想像できるかしら?」
「…………」
そう問われたマリーリカは、顔色を無くして黙り込んだ。そんな彼女を宥めるように、エセリアが優しく言い聞かせる。
「あなたもアーロン殿下との婚約が成立するに当たって、お二方の微妙な力関係、つまり側妃お二方の力関係に関しての説明を、ご家族から受けているでしょう?」
「はい……」
「現状ではバランスは取れているけれど、それを面白く思っておられない方がいるし、自分の利益の為に崩したい方も、それなりに存在しているわ。今後はそれを十分に考えて、普段の言動に注意して頂戴ね?」
「はい、気をつけます」
「良かった。あなたが変な事で矢面に立つのは嫌だもの」
神妙に頷いたマリーリカに、エセリアが安堵したように明るく笑う。それに釣られてマリーリカも一瞬表情を緩めたが、すぐに憂い顔になって確認を入れてきた。
「でもお姉様、本当に放置しておいて宜しいのですか?」
それにエセリアが、笑いながら即答する。
「勿論、放置するつもりは無いけれど、あなた達は関わりの無い事よ。賢しげにしつこく意見をするような者には、私は既に状況を把握しているし、必要に応じてきちんと対応すると言ってやりなさい」
「そうですわね。『エセリアお姉様がそこまで断言しているのだから、お任せするのが当然です。あなたはお姉様の手腕を信じられないと仰るの?』と言ってあげますわ」
「上出来よ。アーロン殿下も色々思うところがおありになると思うけど、あなたがきちんと宥めておいてね?」
「はい、分かりました。近い将来、殿下達を介して義理の姉妹になるのがお姉様で、私は本当に幸運でしたわ」
「私もそう思っているわ」
そう言って楽しげに笑い合いながら、エセリアは心の中で密かにマリーリカに詫びた。
(ごめんなさい、マリーリカ。本当は義理の姉妹にはならないし、変な権力闘争に巻き込む事になってしまって……。でもこれでアーロン殿下とマリーリカは、私と殿下の諍いに進んで関与してこない筈よね)
そんな風に安心していると、マリーリカが思い出したように言い出した。
「手腕と言えば……、お姉様の意見を伺いたい事が、もう一つあるのですが」
「そうなの。何かしら?」
「今日、放課後にクラスにいらした上級生の方々から、剣術大会の説明を受けた上で、それに向けて参加する係の希望を取られたのです」
それを聞いたエセリアは、もうあれから一年が経過したのかと、感慨深く思い返しながら答えた。
「ああ、そう言えば定期開催する事になって、進級直後に今年も実行委員会を立ち上げてはいたけど、もうそんな時期なのね。あれは準備期間が長いから」
「希望の係が即決できない者は、今月中に取り纏め担当の方に申し出る事になっているのですが……」
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「はい。上級貴族の女生徒は接待係が殆どだと聞きましたが、刺繍や小物係も楽しそうだなと思いまして」
本気で悩んでいるらしいその表情を見て、エセリアは笑顔でアドバイスした。
「それなら遠慮せず、好きな係に申し込みなさい。去年も上級貴族の女生徒でそちらの係でしっかり働いていた方が、何人もいらっしゃったわよ?」
「本当ですか?」
「ええ。交友関係も広がるし、私としてはどちらかと言うと、刺繍係か小物係を勧めるわ」
「分かりました! やはりお姉様に相談してみて良かったです」
「色々大変だとは思うけど、これも勉強の一つだと思って頑張ってみてね?」
話を聞いて安心したのか、マリーリカはスッキリとした笑顔で立ち上がり、エセリアに向かって一礼した。
「それではお姉様、遅くに失礼致しました。お休みなさいませ」
「ええ、お休みなさい」
そうして笑顔で彼女を送り出してから、エセリアは読みかけ本を取り上げて読書を再開しようとしたが、すぐに意識は今後の事に向いてしまった。
(さて……、かなり噂になっているらしいし、ここは一つ悪役令嬢らしく、一発ガツンと嫌みと暴言を垂れ流しておくべきかしらね? 勿論、時と場所はきちんと選ばせて貰うけど)
そこで先程の剣術大会の話から、本来ヒロインが言い出す事になるイベントの事を思い出す。
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