悪役令嬢の怠惰な溜め息
(5)婚約破棄プロジェクト始動
「皆様、今日はお忙しい中、私の呼びかけに応じて集まって頂き、ありがとうございます」
十分な広さがある学園内のカフェのほぼ中央に設置してある円形のテーブルを囲んだ面々に、まずエセリアが挨拶すると、ローダスが軽く周囲を見回してから控え目に言い出した。
「それは構いませんが、エセリア嬢。この顔ぶれを考えますと、“例の件”で呼び出しがかかったと思っていたのですが、こんな人目がある場所で話をして大丈夫なのでしょうか?」
誰に聞かれるか分からないと懸念しながら、本題を曖昧にぼかして尋ねた彼に、エセリアは余裕で微笑み返した。
「ローダス殿のご懸念は尤もですが、余人には聞かれて拙い事であれば、却ってこちらの方がよろしい場合もございますのよ?」
「と仰いますと?」
「現時点で私達は、寮生活をしている学生です。ごく内密に話ができ、完全に外部と遮断する場所を確保するなど、ほぼ不可能ですから。部屋の確保に関しては、教授陣に依頼する必要がありますし。そこでこそこそと話し込んでいるだけで、要らぬ憶測を呼びますわ。それに狭い部屋だと窓の外からや隣室の壁越しに、盗み聞きされる可能性もあります」
そんな風に理路整然と説明されて、ローダスは改めて周囲を見渡してから、納得したように頷いた。
「なるほど……。どこからでも見える場所で話し込んでいれば、逆に怪しまれないという訳ですね? 加えてどこから誰が近付いて来ても、すぐに分かると」
「その通りです。そして楽し気に語り合っている所に、無理に割り込んでくるような空気を読めない猛者が、この学園に在籍しているか試してみたいとも思いまして」
エセリアが笑いながらそう告げた瞬間、周囲からも笑いが漏れた。
「参りました。やはりあなたはこの国と国教会にとって、得難い存在です」
「ありがとうございます」
ローダスと互いに笑顔で頷き合ってから、エセリアは他の者達にも一応警告した。
「そういう事ですので皆様、各自の視界に人影が入って来たら、すぐに全員に警告して下さい」
「はい」
「分かりました」
そう意思統一ができたところで、エセリアは早速話を切り出した。
「それでは互いに初対面の方もいらっしゃるので、私から紹介させて貰いますね? まずこちらが官吏科下級学年のローダス殿とシレイア、こちらは私と同じ貴族科下級学年のサビーネ、それでこちらが今年入学された、教養科のミランとカレナです」
「宜しくお願いします」
「こちらこそ」
初対面同士が挨拶し、頭を下げ合ったところで、エセリアは久し振りに顔を合わせたカレナに、親しげに声をかけた。
「カレナ、お久しぶりね。ソラティア子爵がワーレス商会との取引を開始して、例の茶葉の栽培技術者を受け入れ始めてから、商会経由で子爵領の話を聞いていたわ。順調そうでなによりね」
それにカレナが、嬉々として答える。
「はい、この調子だとエセリア様がこの学園に在籍中に、新種の茶葉の製品化までできそうです。販売の目途が付いたら、真っ先にエセリア様に進呈しますわ」
「それは嬉しい事。ところであなたは、今日の会合の内容を正確に知っているのかしら? サビーネから推薦を受けたから、お呼びしたのだけど……」
念の為に確認を入れてみたエセリアだったが、その心配は杞憂に終わった。
「勿論です! あのカーシスを発表された頃から、私エセリア様を尊敬しておりますもの! それは、あの心に響く数々の名作を世に送り出された時に、更に深まりましたわ! こんな天賦の才能を王宮に閉じ込めて腐らせてしまうなど、もっての外です!!」
「そ、そうかしら? あの、カレナ? 一応、もう少し小声で喋って貰えると嬉しいかも……」
顔を引き攣らせながらエセリアが控え目に窘めたが、その時カレナは既に、サビーネに向き直っていた。
「それから紫蘭会会員番号が三桁の若輩者にも関わらず、この名誉ある組織に推挙して頂いたサビーネ様には、改めて心よりお礼申し上げます!」
それを聞いたサビーネは、隣席のシレイアと顔を見合わせてから微笑む。
「まあ、とんでもない。あなたのエセリア様の作品への愛は、私達から見ても素晴らしい物がありますもの」
「ええ、偶々学年末休みにサビーネと一緒にワーレス商会に出向いた時、あの『紫の間』で熱く語っていたあなたの姿を見て、私もこの人なら信頼できると、心の底から感じました」
「サビーネ様、シレイア様っ……」
穏やかに微笑む二人と、感極まったような涙ぐんだカレナを見て、他の三人は若干引いて遠い目をした。
「あの……、ええと……」
「そうか……、この子も会員だったんだ……」
「名誉ある組織って……」
そして微妙な空気になってしまったものの、エセリアは何とか気を取り直して、話を戻した。
「それでは全員、この会合の主旨は理解されているようなので、話を進めて宜しいかしら?」
「はい、お騒がせして失礼いたしました」
「エセリア様、どうぞ」
そう促されて、彼女は軽く咳払いをしてから話し出した。
「グラディクト殿下との婚約を破棄したいという、私の意向は変わっておりません。昨年から少しずつ、殿下の劣等感を煽る様に工作してきましたが、それだけでは不足だと思いますので、新たな方策を追加しようと考えています」
「新たな方策とは?」
「殿下に、私以外の想う女性を作って頂ければ宜しいかと」
「…………」
エセリアが冷静にそう口にした途端、その場が静まり返った。そして互いに顔を見合わせてから、シレイアが恐縮気味に反論してくる。
「エセリア様、それは少々……、いえ、かなり無理があるかと思いますが……」
「あら、シレイア。どうしてかしら?」
分かっていながらも敢えてエセリアが尋ねてみると、シレイアは順序立てて説明し始めた。
「第一に、エセリア様を排除して王太子妃に据える令嬢となると、公爵家か侯爵家までの家柄の方になりますが、殿下と釣り合う年齢の方々の中で、まだ婚約者がいらっしゃらない方がどれだけおられるでしょうか? 仮に婚約者が既におられた場合、そちらの婚約破棄も関係してきますので、体面を重んじる周囲が黙ってはいないでしょう」
「そうでしょうね。それにあなたが懸念する材料は、それだけでは無いわよね?」
「はい」
エセリアの問いかけに小さく頷いてから、シレイアは話を続けた。
「第二に、それらのご令嬢は、既に社交界やこの学園内で、エセリア様の優秀さを目の当たりにしておられる筈ですから、無理やり取って代わろうなどと気概のある方はおられないのでは?」
「案外、探せばいるかもしれなくてよ?」
「ご冗談を」
苦笑いしながら短く答えたシレイアは、なおも主張を続けた。
「第三に、そういう上級貴族の方ではなく、伯爵以下の下級貴族の令嬢が殿下の相手の場合、それまで通りエセリア様を王太子妃に据えた上で、その令嬢を側妃にすれば良いだけの話なのですから、婚約破棄などという話にはなりえません」
そうシレイアが話を締めくくると、エセリアは笑顔で小さく拍手した。
「さすがはシレイアね。きちんと問題点を押さえているわ」
「エセリア様? 褒めるところでは無いと思うのですが」
「ごめんなさい、つい。だってこれ以上は無い位、簡潔に纏めてくれたものだから」
そこで笑ってシレイアを宥めてから、エセリアは真顔になって核心に触れた。
「それらを踏まえて色々と検討してみた結果、グラディクト殿に下級貴族の令嬢を正妃に据えたいと考えて貰えれば良い、という結論に達しました」
「…………」
彼女がそう発言した途端、再びその場に沈黙が漂った。
十分な広さがある学園内のカフェのほぼ中央に設置してある円形のテーブルを囲んだ面々に、まずエセリアが挨拶すると、ローダスが軽く周囲を見回してから控え目に言い出した。
「それは構いませんが、エセリア嬢。この顔ぶれを考えますと、“例の件”で呼び出しがかかったと思っていたのですが、こんな人目がある場所で話をして大丈夫なのでしょうか?」
誰に聞かれるか分からないと懸念しながら、本題を曖昧にぼかして尋ねた彼に、エセリアは余裕で微笑み返した。
「ローダス殿のご懸念は尤もですが、余人には聞かれて拙い事であれば、却ってこちらの方がよろしい場合もございますのよ?」
「と仰いますと?」
「現時点で私達は、寮生活をしている学生です。ごく内密に話ができ、完全に外部と遮断する場所を確保するなど、ほぼ不可能ですから。部屋の確保に関しては、教授陣に依頼する必要がありますし。そこでこそこそと話し込んでいるだけで、要らぬ憶測を呼びますわ。それに狭い部屋だと窓の外からや隣室の壁越しに、盗み聞きされる可能性もあります」
そんな風に理路整然と説明されて、ローダスは改めて周囲を見渡してから、納得したように頷いた。
「なるほど……。どこからでも見える場所で話し込んでいれば、逆に怪しまれないという訳ですね? 加えてどこから誰が近付いて来ても、すぐに分かると」
「その通りです。そして楽し気に語り合っている所に、無理に割り込んでくるような空気を読めない猛者が、この学園に在籍しているか試してみたいとも思いまして」
エセリアが笑いながらそう告げた瞬間、周囲からも笑いが漏れた。
「参りました。やはりあなたはこの国と国教会にとって、得難い存在です」
「ありがとうございます」
ローダスと互いに笑顔で頷き合ってから、エセリアは他の者達にも一応警告した。
「そういう事ですので皆様、各自の視界に人影が入って来たら、すぐに全員に警告して下さい」
「はい」
「分かりました」
そう意思統一ができたところで、エセリアは早速話を切り出した。
「それでは互いに初対面の方もいらっしゃるので、私から紹介させて貰いますね? まずこちらが官吏科下級学年のローダス殿とシレイア、こちらは私と同じ貴族科下級学年のサビーネ、それでこちらが今年入学された、教養科のミランとカレナです」
「宜しくお願いします」
「こちらこそ」
初対面同士が挨拶し、頭を下げ合ったところで、エセリアは久し振りに顔を合わせたカレナに、親しげに声をかけた。
「カレナ、お久しぶりね。ソラティア子爵がワーレス商会との取引を開始して、例の茶葉の栽培技術者を受け入れ始めてから、商会経由で子爵領の話を聞いていたわ。順調そうでなによりね」
それにカレナが、嬉々として答える。
「はい、この調子だとエセリア様がこの学園に在籍中に、新種の茶葉の製品化までできそうです。販売の目途が付いたら、真っ先にエセリア様に進呈しますわ」
「それは嬉しい事。ところであなたは、今日の会合の内容を正確に知っているのかしら? サビーネから推薦を受けたから、お呼びしたのだけど……」
念の為に確認を入れてみたエセリアだったが、その心配は杞憂に終わった。
「勿論です! あのカーシスを発表された頃から、私エセリア様を尊敬しておりますもの! それは、あの心に響く数々の名作を世に送り出された時に、更に深まりましたわ! こんな天賦の才能を王宮に閉じ込めて腐らせてしまうなど、もっての外です!!」
「そ、そうかしら? あの、カレナ? 一応、もう少し小声で喋って貰えると嬉しいかも……」
顔を引き攣らせながらエセリアが控え目に窘めたが、その時カレナは既に、サビーネに向き直っていた。
「それから紫蘭会会員番号が三桁の若輩者にも関わらず、この名誉ある組織に推挙して頂いたサビーネ様には、改めて心よりお礼申し上げます!」
それを聞いたサビーネは、隣席のシレイアと顔を見合わせてから微笑む。
「まあ、とんでもない。あなたのエセリア様の作品への愛は、私達から見ても素晴らしい物がありますもの」
「ええ、偶々学年末休みにサビーネと一緒にワーレス商会に出向いた時、あの『紫の間』で熱く語っていたあなたの姿を見て、私もこの人なら信頼できると、心の底から感じました」
「サビーネ様、シレイア様っ……」
穏やかに微笑む二人と、感極まったような涙ぐんだカレナを見て、他の三人は若干引いて遠い目をした。
「あの……、ええと……」
「そうか……、この子も会員だったんだ……」
「名誉ある組織って……」
そして微妙な空気になってしまったものの、エセリアは何とか気を取り直して、話を戻した。
「それでは全員、この会合の主旨は理解されているようなので、話を進めて宜しいかしら?」
「はい、お騒がせして失礼いたしました」
「エセリア様、どうぞ」
そう促されて、彼女は軽く咳払いをしてから話し出した。
「グラディクト殿下との婚約を破棄したいという、私の意向は変わっておりません。昨年から少しずつ、殿下の劣等感を煽る様に工作してきましたが、それだけでは不足だと思いますので、新たな方策を追加しようと考えています」
「新たな方策とは?」
「殿下に、私以外の想う女性を作って頂ければ宜しいかと」
「…………」
エセリアが冷静にそう口にした途端、その場が静まり返った。そして互いに顔を見合わせてから、シレイアが恐縮気味に反論してくる。
「エセリア様、それは少々……、いえ、かなり無理があるかと思いますが……」
「あら、シレイア。どうしてかしら?」
分かっていながらも敢えてエセリアが尋ねてみると、シレイアは順序立てて説明し始めた。
「第一に、エセリア様を排除して王太子妃に据える令嬢となると、公爵家か侯爵家までの家柄の方になりますが、殿下と釣り合う年齢の方々の中で、まだ婚約者がいらっしゃらない方がどれだけおられるでしょうか? 仮に婚約者が既におられた場合、そちらの婚約破棄も関係してきますので、体面を重んじる周囲が黙ってはいないでしょう」
「そうでしょうね。それにあなたが懸念する材料は、それだけでは無いわよね?」
「はい」
エセリアの問いかけに小さく頷いてから、シレイアは話を続けた。
「第二に、それらのご令嬢は、既に社交界やこの学園内で、エセリア様の優秀さを目の当たりにしておられる筈ですから、無理やり取って代わろうなどと気概のある方はおられないのでは?」
「案外、探せばいるかもしれなくてよ?」
「ご冗談を」
苦笑いしながら短く答えたシレイアは、なおも主張を続けた。
「第三に、そういう上級貴族の方ではなく、伯爵以下の下級貴族の令嬢が殿下の相手の場合、それまで通りエセリア様を王太子妃に据えた上で、その令嬢を側妃にすれば良いだけの話なのですから、婚約破棄などという話にはなりえません」
そうシレイアが話を締めくくると、エセリアは笑顔で小さく拍手した。
「さすがはシレイアね。きちんと問題点を押さえているわ」
「エセリア様? 褒めるところでは無いと思うのですが」
「ごめんなさい、つい。だってこれ以上は無い位、簡潔に纏めてくれたものだから」
そこで笑ってシレイアを宥めてから、エセリアは真顔になって核心に触れた。
「それらを踏まえて色々と検討してみた結果、グラディクト殿に下級貴族の令嬢を正妃に据えたいと考えて貰えれば良い、という結論に達しました」
「…………」
彼女がそう発言した途端、再びその場に沈黙が漂った。
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