悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(24)叱責と意気投合

 ルーナを介抱して貰い、ローダスも着替えを済ませて第二応接室に戻ったところで、ミランはルーナの代わりにやってきた侍女にお茶を淹れ直して貰った。それを一口飲んで何とか気分を落ち着かせてから、低い声でエセリアに告げる。


「エセリア様……、私はそれなりに長い付き合いですから、あなたの突き抜けぶりはとっくに身にしみて理解しています。今更、多少の事で動揺したりはしません」
「……そうね。これまでにも、色々あったものね」
「ええ、色々ありましたね」
 思わず遠い目をしたエセリアに、ミランは大真面目に答えてから話を続けた。


「ですがルーナさんは、今年専任担当を代わったばかり。ローダスさんに至っては、同じ学園の生徒だと言うだけのお知り合い。そのお二人の前で、いきなりあの暴挙。猛省して下さい」
「はい……。いきなり意味不明な事を致しまして、申し訳ありませんでした」
 ミランに小さく頷いたエセリアがローダスに向き直って深々と頭を下げると、そのローダスはまだ幾分強張った顔付きながらも、詳細について尋ねてきた。


「……いえ、確かに少々動揺はしましたが、大丈夫です。しかしどうしてあの様な歌をご披露されたのか、その理由をお聞かせ願いたいのですが」
「それはですね……、何となく来年、学園で音楽祭が催される気がしたもので……」
 いつもの彼女らしくない歯切れの悪い物言いに、ミランは勿論、ローダスも怪訝な顔になった。


「音楽祭、ですか? クレランス学園の恒例行事にはそのような物はありませんが、今年の剣術大会の様にエセリア様が来年度、新しい行事を企画されるおつもりなのでしょうか?」
「いえ、私は企画しませんし、参加もするつもりはありません。ただ何となく……、参加を強制させられるような気がしまして……」
「申し訳ありません、意味が良く分かりませんが……」
 益々ローダスが困惑しているのを見て、エセリアは心の中で精一杯訴えた。


(そうは言っても! 「来年入学予定のゲームのヒロインが、学内のイベントとして攻略対象者に提案して、一緒に運営する事になる可能性があるから」なんて言ったら、本気で正気を疑われそうなんだもの!)
 そしてどう話を続けたら良いか判断に困っていたエセリアに、ミランが如何にも疑わしそうに確認を入れる。


「それはともかく……。まさかその音楽祭に、万が一参加せざるを得なくなった時、先程の歌を披露するつもりだったのでは無いでしょうね?」
「さすがにそこまでは、考えていなかったわよ? ただ従来の音楽とは傾向が違うから大丈夫かなと思って、分かり易い極端な例えを披露してみただけだもの」
「例えにしても極端過ぎます! 私の心臓と胃を、少しは労って下さい!」
「本当に悪かったわ」
 テーブルを拳で叩きつつ本気で叱りつけたミランに、エセリアは再び神妙に頭を下げた。そこでローダスが、控え目に申し出る。


「あの……、エセリア様。それでは、その音楽祭とやらに、万が一参加せざるを得なくなった場合に披露しようと思っている、それほど衝撃的ではない曲とは、どのような物でしょうか? 一応、確認させて頂きたいのですが……」
「今ここで、披露して欲しいと?」
「そうでないと、気になって帰れません」
 きっぱりと断言されたエセリアは、(一気に信用が無くなった気がする)と心の中で嘆きながら問い返した。


「分かりました。それではピアノで宜しいですか?」
「はい、構いません。それでは歌ではなくて、ピアノ演奏なのですか?」
「はい。弾き語りでも良いかとは思いますが、それも従来の音楽の傾向からは、少し外れるかと思いますので」
「『ひきがたり』?」
 そこで二人が揃って怪訝な顔になった為、エセリアは溜め息を吐きながら立ち上がった。


(やっぱり最初は、無難にクラシックから入るべきだったみたいね。急がば回れとは、この事だわ)
 そのまま無言で室内に設置してあるグランドピアノに向かったエセリアは、蓋を開けて椅子に座る。


(楽譜が読めなくても、暗譜で弾けた曲は身体が覚えてるのよ! あ、でもエセリアの身体で弾いたわけじゃないから、この言い回しはおかしいわね……。でもとにかく、楽譜は読めなくても、鍵盤の位置と音は頭の中に知識として、入っているんだからね!)
 そんな少々支離滅裂な事を考えてから、エセリアは徐に両手を持ち上げ、鍵盤の上に指を滑らせる勢いで演奏を始めた。
 その従来の曲とは一線を画した、速いテンポと連続した和音のメロディーに、ミラン達は驚きで再び固まる。しかし非難の声などは上がらなかった為、エセリアは最後まで問題なく、その曲を弾き終えた。


「こんな感じなのだけど、どうかしら? 披露しても問題は無いと思います?」
 軽く首を傾げながらローダスに尋ねたエセリアだったが、彼が何か口にする前に、ミランが盛大に文句を言い出した。


「エセリア様っ!! どうして最初から、今の演奏を聞かせて頂けなかったんですか!」
「ええと……、お上品過ぎて、つまらないかなと。それに、どうせならインパクトがある方が良いじゃない?」
「物には限度があります! この際、しっかり認識して下さい!」
「あれでも十分、許容範囲内だと思ったのに……」
 ぶつぶつとエセリアが愚痴めいた呟きを漏らしたところで、漸く気を取り直したらしいローダスが、真顔で告げてきた。


「これでしたら、問題はありません。寧ろ初めて耳にした旋律、技巧、どれを取っても素晴らしい。どなたの、何という作品ですか?」
「その……、特に名前は付けていなくて。楽譜もきちんと、作っているわけでは無いので……」
「まさか、エセリア様の作曲ですか!?」
「一応、私の作曲になるのかしらね? これに歌は付いていないわ」
 そこで揃って驚愕の表情を浮かべている二人を眺めながら、エセリアは少々居心地が悪い思いをしていた。


(厳密に言えば、作曲者は他にいるけど、この世界で披露したのは私が最初だし、私が作曲者で良いわよね?)
 するとローダスが盛大に溜め息を吐いてから、呻くように言い出す。


「分かりました……」
「え? ローダス様、どうかしましたか?」
「今回、エセリア様が類い希なる才能をお持ちの方だと、きちんと理解できました。しかしそれと同時に、公のお立場で崇め奉るには、色々な意味でかなり問題がおありだと言う事も」
「…………」
 沈鬱な表情でそんな事を断言されてしまったエセリアは、何と言って良いか分からず黙り込んだ。それに構わず、ローダスが主張を続ける。


「あなたの優秀さを疑いはしませんが、この国の顔となる王太子妃とするには、期待より不安が遥かに上回ります。実は本日、教会内でもグラディクト殿下の資質について、色々と噂になっている事をお知らせに来たのですが……。以前お話があった王太子殿下側からの婚約破棄に関して、今後は全面的に協力させて頂きます」
「そうですか……。ありがとうございます」
 願ってもない話ではあったものの、微妙過ぎる展開に、エセリアは引き攣った笑みで応えた。しかしそれとは対照的に、ミランが力強く頷きながら賛同する。


「私もその意見に、全面的に賛成です。エセリア様は王宮ではなく市井におられてこそ、その能力を最大限に活かせるお方。これからも色々と庶民に役立つ物や制度を提案、または構築して頂く為には、王太子妃の肩書きは邪魔な物でしかあり得ないと思っていました」
 それを聞いたローダスが、ミランに向き直って笑顔で右手を差し出す。


「さすが王都で一・二を争う勢いのある、商会会頭のご子息。真贋を見極める目をお持ちだ。この機会にお近づきになりたいな」
「こちらこそ、改めて宜しくお願いします」
 ミランが頭を下げてから二人はがっちりと固い握手を交わし、その光景を目の当たりにしたエセリアは、微妙な心境に陥った。


(何だか二人が、妙に意気投合しているんだけど……。円満な婚約破棄を目指す上では喜ばしい事だけど、きっかけがきっかけなだけに複雑だわ)
 結果的に味方を増やす事に成功した彼女だったが、自分がどんな人間だと思われているのかと考えて、小さく溜め息を吐いた。





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