悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(5)シナリオは順調?

 クレランス学園の学生寮に入寮し、入学して半月程が経過した頃。
 その日の授業が終わってから、校舎の一角に設けられているカフェに友人たちと出向いたエセリアは、カウンターでお茶を貰って空いているテーブルに落ち着くなり、物憂げな溜め息を漏らした。


「ちょっと、考えが甘かったかしら……」
「あら、エセリア様。何がですか?」
「学園は優秀な人材であれば、平民は学費を無料で受け入れているから、入学後はこれまでの貴族間の付き合い以外の交流が図れるかと、内心で期待していたのだけど……」
 不思議そうに声をかけたサビーネにエセリアが答えると、一緒にテーブルを囲んでいた友人達は苦笑いで応じた。


「無理ありませんわ。平民の方々から見れば、ただでさえ貴族は遠巻きにされるのに、王太子の婚約者たるエセリア様となったら、雲の上の存在ですもの」
「それ以前に、しっかりグループ分けがされていて、互いの交流が殆どありませんし」
「それを考えたら、平民なのに紫蘭会の会合で以前からサビーネ様とノーゼリア様と面識があった私は、かなり幸運でしたね。入学早々、皆様と同席する機会に恵まれましたもの」
 そこで穏やかに微笑みながら述べたシレイアを、他の皆は笑顔で宥めた。


「まあ! 幸運だなんて。私達もシレイア様と一緒に学ぶ事ができて、嬉しく思っておりますのよ?」
「ええ、さすがカルバム大司教様のご令嬢なだけあって、古今東西の学問に通じていらっしゃいますし」
「それに何より、同じ物に関して熱く意見を闘わせる事ができる方は、貴重ですもの」
「ありがとうございます。私も皆様とお近づきになれて、嬉しいです」
 他では未だに隔意があっても、エセリアの周りだけは身分の格差がない、かなり友好的な交友関係が築かれていた。


(本当に、シレイアは本気で官吏の道を目指しているだけあって、頭の回転は早いし状況判断も的確で、敵を作らないのよね。紫蘭会繋がりで知り合いになれたけど、私の婚約解消に一口噛んで貰えないものかしら?)
 密かにそんな物騒な事を考えながらエセリアがお茶を飲んでいると、ノーゼリアが少々残念そうに言い出した。


「ですが……、ただでさえ二年になりましたら、貴族科と騎士科と官吏科に別れて、教室も別々になりますのに、確かに現状はもったいない気がしますわ」
「でもそれは、仕方がありませんわね。平民で騎士科や官吏科を目指して入学した方は、自分の人生がかかっていますから授業も真摯な態度で受けていますが、その一方で貴族科は、主に自分のコネと人脈を増やす事に血道を上げていますもの」
 諦め顔でサビーネがそう語った所で、シレイアが掛け時計で時間を確認しながら言い出した。


「そういえばエセリア様。私から紹介したい者がいるのですが」
「あら、どなたかしら?」
「私とは幼馴染で、キリング総大司教のご子息のローダス・キリングです。本当なら入学直後にご挨拶をと考えていたらしいのですが、エセリア様の周りには大抵上位貴族の方がいらっしゃいますし、落ち着いたらご挨拶に出向きたいと言っておりましたので」
 控え目に彼女が語った内容を聞いて、エセリアは少々驚いた。


「まあ、総大司教のご子息が同級生にいらしたの? 全然知らなかったわ」
「クラスが違いましたから。今お時間を少し頂いても宜しいですか?」
「ええ、私もお会いしたいわ」
「ありがとうございます」
 エセリアが笑顔で了承すると、ローダスとは予め打ち合わせてあったらしく、シレイアが何やら出入り口の方に視線を向け、軽く手を振った。それを見たらしい一人の男子生徒がエセリア達のテーブルに歩み寄り、彼女達に向かって恭しく頭を下げる。


「ご令嬢方のみでおくつろぎの所、お邪魔して申し訳ありません。ローダス・キリングと申します。皆様、宜しくお見知り置き下さい」
(え!? この顔って!!)
 彼の顔を見た瞬間、前世の記憶が蘇ったエセリアは内心で激しく動揺したが、辛うじてそれを面には出さずに、一同を代表して座ったまま彼を促した。


「エセリア・ヴァン・シェーグレンです。お会いできて嬉しいわ。どうぞそちらにお座りになって下さい」
「失礼します」
(顔を見るまで忘れていたけど、この人、攻略対象のローダスじゃない。それにそのルートのライバルキャラって、シレイアだった……。どうしてもっと早く、思い出さないのよ!?)
 静かに空いている椅子を引いて座った彼を見ながら、エセリアは密かに自分自身の迂闊さを呪ったが、何とか気持ちを切り替えて話題を出した。


「入学の準備等で色々忙しくて、手紙や文書のやり取りはしていても、総大司教様には半年以上直にお目にかかっていませんが、お変わりありませんか?」
「はい、父は元気です。と言うか、近年色々やる事が増えて、嬉々として活動しております」
「それは何よりですわ。お忙しい総大司教を更に忙しくさせてしまった自覚はありますので。ご自愛するようにお伝え下さい」
「ありがとうございます。それを聞いたら、父も喜ぶでしょう。入学前に父から『在学中にエセリア様とお近づきになって、また何か画期的なお考えをお持ちなら、それを学んでこい』と、叱咤激励されて参りました。宜しくご指導下さい」
「まあ、総大司教様は私の事を、買いかぶり過ぎですわ」
 そんな和やかな会話を交わしながらも、エセリアは必死に頭の中で考えを巡らせた。


(この機会に、ローダスもこちら側に引き入れたいわ。だけど人目のある所で、迂闊な事は言えないし。かと言って、二人きりで顔を合わせてそれが周囲にバレたりしたら、婚約者がいる身で密会などとか、余計な非難を受けかねないもの)
 そんな事を考え込んでいたエセリアに、至近距離から唐突に声がかけられた。


「エセリア。そいつらは誰だ? 私が来たのだから、さっさと紹介しないか」
 その声が聞こえた瞬間、エセリアを含むその場に居合わせた者は全員、(はぁ? 呼んでも約束もしてないし、そっちが勝手にここに来たのに、こいつは何を言ってんだ?)と内心で思ったが、発言した相手が王太子である事を認めて、余計な事は言わずにエセリア以外は全員椅子から立ち上がった。


「これは王太子殿下」
「お久しぶりでございます」
「こちらに何か、ご用がおありでしたか?」
 しかしそんな周囲を物ともせず、エセリアは穏やかな笑みを浮かべながら、皆を宥めた。


「皆様、必要以上にかしこまる事はありませんのよ? 王太子殿下はこの学院内での、身分差を問わず学ぶ姿勢を貴んでおられますもの」
「何?」
 自分を立って出迎えないばかりか、平然と何をわけの分からない事を言っているのかと、グラディクトは不機嫌そうに睨んだが、エセリアは当然、そんな物は歯牙にもかけなかった。


「何と言っても、殿下から数えて四代前の国王陛下が、広く平民に門戸を開いたこの学園。王族だと言う事の一事で腫れ物に触るが如き扱いは、却って殿下に失礼ですわ。挨拶も済みましたし、皆さんお座りになって」
 そう促されたサビーネ達は、平然と笑顔で腰を下ろす。


「そうですわね。こちらでは殿下も私達と同じ、一生徒ですもの」
「仰々しい行為は、却って失礼に当たりますわ」
「さすがはエセリア様。私達は未だに、校風が身に付いておりませんのに」
 シレイアも堂々と座った為、ローダスは軽く目を見張ったものの、彼女に倣って無言のまま元通り椅子に座った。しかし半ば無視された形になったグラディクトは、当然怒りを露わにしたが、確かに学園規則では身分による差別や優遇行為を禁じており、怒りの矛先は見覚えの無い二人に向かった。





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