悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(6)忘れていたキャラ

 エセリアと手分けして、カーシスとプテラ・ノ・ドンの使い方を指導して会場を回っていたミランだったが、自分よりも若干年上と思われる少年が忌々し気に悪態を吐いたのを耳にして、思わず足を止めた。


「えいっ! くそ、やっぱり難しいな……」
「ええ、私も最初は失敗ばかりでした。ですがそういう失敗を謙虚に受け止めつつ、どうすれば次は改善できるのかを真摯に考える事ができれば、全くの無駄では無いのでは無いでしょうか?」
「…………」
 何か言い返したいものの、分家の末端といえどもシェーグレン公爵家に連なる者に罵声を浴びせて良いものかどうか、咄嗟に迷う顔つきになった彼を見て、ミランは神妙に頭を下げてみせた。


「生意気な事をと思われたのなら、お詫びします。申し訳ありません」
「いや、いい……。確かに、これは正直だな。俺に媚びを売ったり、適当にごまかしたりしない」
(ふぅん? 貴族のお坊ちゃんでも、色々悩む事とかはあるみたいだな)
 へりくだった態度で十分自尊心を満足させられたのか、他に色々思う所もあったのか、相手が冷静に言葉を返してきた為、ミランは内心で安堵した。すると相手から、さり気なく問いかけられる。


「教えてくれ。これはシェーグレン公爵家で作っている物か? 作り方を教えて貰いたいのだが」
「確かにこれはエセリア様の案から作られた物ですが、ワーレス商会で商品化して売られています。ここに置いてある物は、全て購入できますよ?」
「全て? そうなのか?」
「はい。ああ、でもカーシスの方は普通は駒を白と黒に塗り分けていますが、数量限定で違う色で作ってある物があります」
 ミランがそう告げると、彼は興味深そうに問いを重ねた。


「へえ? 数量限定……。例えば?」
「ええと、ですね。赤と白、青と黄緑、緑と黄です。それから駒の色やデザインを好きな様にオーダーメイドもできるそうです」
「なるほど、特注品か」
「はい、そうです」
 納得した様に頷く彼と同様に、周囲で聞き耳を立てている者達も何やら考え込んでいるのを見て、ミランは笑い出しそうになりながら、注意を加えた。


「ただし、その分、費用とお時間が幾らかかかる筈ですが」
「良く分かった。ありがとう」
「いえ、それでは最後までお楽しみ下さい」
(うん、あれは買ってくれる気満々だな。限定品とかオーダーメイドとかの言葉への食いつきも良かったし。あとは……、父さんから頼まれた件だが……)
 そして一礼してその場を離れながら、出席者達の反応の良さに、ミランは内心で喜んでいた。すると視線の先で、少し離れた所にいるエセリアが、とある親子連れを手振りで示しているのに気が付く。


(エセリア様? ああ、あの親子か)
 予め打ち合わせしていた人物だと分かったミランは、エセリアに無言で小さく頷き、その親子に歩み寄った。


「お嬢様、お楽しみ頂いていますか?」
 何やらプテラ・ノ・ドンと格闘していた、自分とそれほど年の変わらない少女に、ミランが穏やかに声をかけると、彼女は驚いた様に振り向いてしどろもどろになる。
「え? あ、あの……、お嬢様だなんて。シェーグレン公爵家縁続きの方なら、我が家の様な下級貴族に対して、そんな事を仰らなくても……」
 そんなひたすら恐縮している相手に、ミランは思わず笑いを誘われながら、小声で自身の正体を暴露した。


「すみません。立場を偽るつもりでは無かったのですが、コーネリア様に模範演技をする為に、親戚のふりをしてこのパーティーに潜り込む様に厳命されたもので。実は私は、貴族ではありません。ワーレス商会会頭の息子です」
「え? そうなのですか?」
 その台詞に、目の前の彼女は勿論、背後に立っていた彼女の両親も驚いた様に顔を見合わせたが、ミランは微笑んで頷いた。


「はい、ですから平民の私からすると、あなたは立派なお嬢様ですから」
「そうでしたか」
「それで、何かお困りでしたか?」
 再度そう尋ねてみると、彼女が少々恥ずかしそうに述べる。


「その……、領地のガーファンの名前があったので、そこを狙っているのですが、なかなか……」
「ここは難しいですね」
「でもミラン様は先程、同じ位置にあったに綺麗に乗せていらっしゃいましたし、できるかなと……」
「困難な事に対して諦めずに挑むのは、人生において大切な姿勢だと思います。それが成功した時には、公式な記録には残りませんが、あなたの大切な記憶として残るでしょう」
「はい、そうですね。頑張ります!」
 穏やかにミランが宥め、彼女が明るい笑顔で頷いていると、ここでエセリアが会話に割り込んできた。


「ごめんなさい。そろそろそれを、他の方に譲って頂いても宜しいかしら?」
「あ、エセリア様! すみません、長々とお借りしました、どうぞ!」
「ありがとう。……それではどうぞ」
 そして待っていたらしい他の客にプテラ・ノ・ドンを渡してから、エセリアは改めて目の前の家族に向き直った。


「ソラティア子爵家の皆様ですね。初めまして、エセリア・ヴァン・シェーグレンです」
 きちんと自己紹介してから一礼したエセリアに、三人は恐縮しながら礼を返した。


「ご挨拶が遅れて、申し訳ありません。ソラティア子爵家当主のラグレーです。こちらが妻のアリー、こちらが娘のカレナです。今後とも宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく。ソラティア子爵領のお話は、折に触れお伺いしておりました」
 エセリアがそう言って笑顔を振りまくと、ラグレーが些か自嘲気味に応じる。


「ほう? あの様な山間部の僻地に、エセリア様の興味を引く様な物などありましたか?」
「そちらの領地では、お茶の栽培が盛んで、高級茶葉の生産においては我が国随一ですよね?」
「はぁ、確かにそれ位しか、取り立てて誇れる物はございませんが」
「それでこちらのミランの父親にあたるワーレス殿と、ソラティア領について、お話しした事があるのです」
 ここでさり気なくエセリアがミランを手で指し示しながら話題を振ると、その途端、ラグレーは警戒する様な表情になった。


「確かにワーレス商会から、茶葉の販売に関しての申し入れを受けた事はございます。ですが」
「ソラティア子爵様は、何代にも渡ってお付き合いのある、地元の業者にそちらをお任せしているのですよね? それに関してはワーレス殿も、断念したと仰っておられましたわ」
「そうでしたか? それでは何か他の事で、ワーレス殿の興味を引く様な事がございましたでしょうか?」
 先回りして言われたラグレーが困惑気味に返した為、ここでエセリアはミランを促した。


「それは、ミランの方が詳しいかと思いますので、彼に説明させます」
 それに小さく頷いてから、ミランは真剣な面持ちで口を開いた。


「茶葉を融通して頂きたいのは確かですが、父はそれとは別に、そちらの栽培技術を欲しているのです」
「と言うと?」
「実はワーレス商会では、何年か前から、西方から珍しい香りを出す茶の苗木を取り寄せているのですが、懇意にしている栽培農家に育成を依頼しても、二年も経たずに枯れてしまうのです」
「それはまた、随分と扱いの難しそうな苗木ですね」
 ラグレーが思わず感想を述べると、ミランが深く頷く。


「はい。国内で栽培実績の無いそれの栽培を、茶葉の栽培に長けたソラティア子爵領でお願いできないものかと。勿論、その育成にかかる費用は、こちらで支払います。そしてそれを商品化した時だけワーレス商会に卸して頂く分には、地元の商人にも不満は出ないだろうと思うのです」
 商品ではなく技術を提供して欲しいと言われて、ラグレーは深く考え込む表情になった。


「商品そのものではなく技術を、ですか……。なるほど、それなら一考に値します」
「子爵様さえ宜しければ、後程父から正式な依頼状を送らせて頂きますが」
 そこで控え目に申し出たミランの台詞に、如何にも期待しているという風情のエセリアの声が重なる。


「ソラティアならこの国一番のお茶の産地で、栽培の技術も随一ですもの。きっと成功しますわ。楽しみです!」
 その明るい口調に、思わずラグレーも笑いを誘われた。


「成功するかどうかは、試してみない事には分かりませんが……。ワーレス殿のお考えは分かりました。要請のお話があれば、前向きに検討致しましょう」
「ありがとうございます。後程父からご挨拶を兼ねた、詳細に関する書状を送らせて頂きます」
「お待ちしております」
 そして互いに笑顔で別れてから、エセリアとミランは囁き合った。


「これで取り敢えず、ソラティア子爵との繋ぎは大丈夫そうね」
「はい、ありがとうございます。これまで父が幾ら書状を送っても、単なる商品融通の話かと思われて、どこかで止まっていたか止められていたみたいですね」
「どう? 純利益一割分の働きはできた?」
「それ以上です。ここに紛れ込ませて頂いて、ありがとうございます」
 互いに満足げに頷きあってから、ここで急にエセリアは怪訝な顔になった。


「だけど……、何か忘れている気がするのよね。何だったかしら?」
「エセリア様? 売り出した玩具の御披露目はしましたし、子爵に繋ぎも付けて頂きましたし、特にお忘れの事な無いと思いますが」
「うん、そうなんだけど……」
(ソレティア子爵のカレナ……、って!? ミランルートのライバルキャラ、カレナの事じゃないの!!)
 同様に訝しげな表情でミランが様子を窺ってくる中、エセリアは先程顔を合わせた少女の設定を漸く思い出し、思わず額を押さえて呻いた。


「すっかり忘れてたわ……」
「何がですか?」
「ううん、何でもないから」
 心配そうに尋ねてくるミランに愛想笑いを振りまきながら、エセリアは(これでミランとカレナは知り合いになっちゃったし……。なんで自然に関係者が集まっちゃうの! ストーリー通りに進んだら拙いでしょうが!?)と頭痛を覚えていた。





コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品