悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(11)交渉成立

「……効果的な宣伝、ですか?」
「ええ。別に人手やお金をかけなくても、お客の方から来てくれるのって、素敵だと思わない?」
「確かに……、一考に値します」
 にっこりと笑いかけたエセリアとは対照的に、ワーレスは真剣な表情で考え込む。


「それに我が家では、来月はお姉様の、再来月はお兄様のお誕生日のパーティーを開催予定なの」
「はい。納品する品々の関係で、把握しております」
「そこで、招待客の皆様に、これまで色々考案してきたゲームを披露するつもりよ。多分皆様に、気に入って頂けるわ。そして勤め先のお嬢様お坊ちゃま達が遊んでいるのを見て、使用人達も『あれは何だ?』と興味を持ってくれそうじゃない? 口コミって馬鹿にできないわよね」
「加えて、『あんな大身の貴族がなさっている物』と話が広まれば、庶民の興味も引きやすいでしょう」
 そこで即座に頷いた彼に、エセリアは端的に尋ねた。


「因みに、値段設定は?」
「勿論、平均的な庶民にも、十分手が届く価格設定です」
「それなら問題は無いわね。無理の無い金額で、お貴族様と同じ物が手に入るのよ?」
 にこにこと笑いかけながらエセリアが話を締めくくると、ワーレスは姿勢を正し、真剣そのものの表情で口を開いた。


「エセリア様……」
「はい、ワーレスさん。何かしら?」
「どうか今後は、私の事はワーレスとお呼び下さい。お嬢様は、これから私に色々ご教授下さる身。私の事など呼び捨てで十分です」
 そんな事を大真面目に言われて、さすがにエセリアは困惑した。


「『ご教授』って、そんな大層な事はできないと思うけど……。それにお母様、年上の人を呼び捨てで良いのですか?」
 そこでお伺いを立てられたミレディアも、幾分困った顔になりながら応じる。
「あまり良くはありませんけど……、本人がそうして欲しいと仰っているのだから、宜しいのではないかしら?」
「分かりました」
 その了承を受けて、エセリアはワーレスに向き直った。


「それならワーレス。きちんと頂く金額分の働きはするわ。それに関しての契約書とか書きましょうか?」
 しかし彼は、真顔で首を振る。


「ワーレス商会とシェーグレン公爵家との間では、口約束で結構です。私はエセリアさまの誠意を、疑ったりは致しません」
「私もあなたの忠誠心を疑ったりしないわ。これからよろしくね、ワーレス」
「はい、宜しくお願いします」
 そこで互いに笑顔で合意し、それからは来月の誕生会に関しての話や世間話を幾つかしてから、ワーレスは腰を上げた。


「それではエセリア様。完成品が出来次第、こちらに届けさせますので、確認の上気になる所があればご指摘下さい」
「分かったわ」
「それから、今後私の息子を連絡係として、週に一度はこちらに顔を出させる様にします。色々お申し付け下さい。後程、公爵にお話しして了解を取りますので」
「分かったわ」
 それに頷きながらも、彼の息子の話など聞いた事が無かったエセリアは、好奇心から思わず問い返した。


「ワーレスの息子さんって、もうお店で商売のお手伝いをしているの?」
 その問いに、ワーレスは苦笑いで答える。


「いえ、あいつは末っ子なので、まだ七歳です。末っ子故、少々甘やかしてしまった感がありますが、先見の明があるエセリア様のお側に仕えさせれば、甘さも抜けて色々勉強になるかと思いますので、宜しくご指導下さい」
 そう言って深々と頭を下げたワーレスを見て、エセリアは笑いながら手を振った。


「『ご指導』って、そんな大げさな。でも庶民向けに売り出すなら、庶民の生活も知らないといけないから、色々話を聞かせて貰うわね?」
「はい、ミランにその様に言い聞かせておきます」
「え?」
「どうかされましたか?」
 そこで急にエセリアの顔が強張った為、不思議に思いながらワーレスが尋ねると、彼女は慎重に問い返した。


「子供の名前、ミランって言うの?」
「はい、そうですが。それが何か?」
「いえ、何でもないわ」
 エセリアは引き攣った笑みを浮かべながらワーレスを見送り、そのまま応接室に立ち尽くしながら、必死に考えを巡らせ始めた。


(ミラン・ワーレス……。すっかり忘れていたけど、思いっきり《クリスタル・ラビリンス》の攻略キャラの一人じゃない! うわ、これってどうなのよ!?)
 激しく動揺したのも束の間、エセリアはすぐに思い直す。


(落ち着いて、エセリア。私はミランルートのライバルキャラでは無いし、別に知り合いになっても支障は無いわよね?)
 そこまで考えた彼女は、自分自身に言い聞かせる様に力強く頷く。


「うん、無いわ。正直、そんな事まで構っていられないわよ。大丈夫、問題なし!」
 そんな娘の様子を先程から黙って見守っていたミレディアは、幾分心配そうに声をかけた。


「……エセリア、急にぶつぶつ言い出して、どうかしたの?」
「なっ、なんでもありませんわ、お母様! それではお部屋に戻りますので! 失礼します。ミスティ、行くわよ!」
「はい、お嬢様」
 エセリアが弁解し、控えていた侍女を従えて慌ただしく去っていくのを見ながら、ミレディアは無意識に溜め息を吐いた。


「全く……。ワーレス殿との話だから、ディグレスは最終的には反対しないと思うけど……。どう伝えれば良いかしら?」
 思わぬ話に戸惑っていたミレディアだったが、同様に困惑した人物が他にも存在していた。




「そう言うわけだから、お前は今後最低週に一回はシェーグレン公爵邸に通って、エセリア様のご用を承るんだ。ミラン、分かったな?」
 店に帰るなり、ワーレスは隣接している自宅から末息子を呼び出して厳命したが、当のミランは面倒くさそうに文句を言った。


「……何で僕が、わざわざお嬢様のご機嫌取りに、屋敷まで出向かなきゃいけないんだよ?」
 思わず口にしたそろ台詞で、たちまちワーレスの雷が落ちる。
「ほら、その口調! くれぐれもお嬢様方の前で、無礼な真似は働かない様にしろ! まず『僕』は『私』に直せ!」
「はいはい」
「『はい』は一回だ!」
「……はい」
 それから暫くの間、延々と続いた父親からの叱責を、ミランは殆ど聞き流していた。


(全く……、どうしてそんな面倒な事になったんだよ。父さんは『斬新な考えをお持ちの方だ』とか誉めてるけど、要は破天荒な常識外れのお嬢様って事じゃないのか?)
 そうしてミランは盛大な不満を抱えたまま、エセリアとの対面を果たす事になった。





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