その華の名は

篠原皐月

(8)カテリーナの思いつき

「カテリーナ。今、ちょっと良い?」
「ティナレア? 勿論良いわよ。入って来て」
「お邪魔するわね」
 勤務を終えて夕食も済ませた時間帯。寮の自室に訪ねてきた友人を、カテリーナは笑顔で迎え入れた。


「何か話でもあるの?」
 ベッドの端と椅子に座ってカテリーナが促すと、向かい合っているティナレアが少々照れ臭そうに話し出す。


「ええと……、そうなの。この前の休みに、私の家族とクロードの家族で顔を合わせて話し合いをしたの。それで無事に4ヶ月後に、結婚することになったから」
「それはおめでとう! 以前話があった花嫁の介添え役はしっかり果たすから、結婚式の日程が決まり次第教えてね」
「うん、当日はよろしく」
 互いに笑顔で頷き合ったところで、カテリーナも話しておくべき内容を思い出した。


「あ、それから、私もティナレアに言っておかないといけない事があるのよ」
「あら、何?」
「私の方も、彼との話を進めることになったの。この前ティナレアには迷惑をかけてしまったから、せめて公表前に知らせておこうと思って」
「本当に? それはおめでとう……、と言いたいけど、本当に大丈夫なのかしら? 相手が“あれ”だし」
「そうね。私同様、彼も色々と噂になっているみたいだしね」
 途端に微妙な表情になってしまったティナレアを見て、カテリーナは苦笑いしてしまった。しかしとても笑える心境になれなかったティナレアは、真顔になって確認を入れてくる。


「ところで、具体的にはどうするの? カテリーナとあの人とは、これまで対外的には個人的な付き合いは皆無という事になっている筈だし、家同士の付き合いも同様でしょう? そんな二人の結婚話が急に纏まったら、周囲に怪しまれないの?」
「実は私も、そこのところはきちんと説明されていないのよね。今度開催されるティアド伯爵家の夜会で、何か行動を起こすつもりらしいけど」
 かなり懐疑的に尋ねてきたティナレアだったが、カテリーナの話を聞くと明らかに怒りの表情になった。


「何よそれ? まさかその場で何も知らないカテリーナに、自分に合わせろと言っているわけ? 無茶ぶり過ぎるわよ」
「まあ逆に言えばどんな状況になっても、よほどの事がなければ、私が彼の意を汲んで合わせるだろうと、考えているのだろうけどね」
 半ば諦め気味に口にしたカテリーナに対し、ティナレアが憤然としながら話を続ける。


「それにしても、カテリーナは一方の当事者なのよ? それであれば当然、事前に詳細を知らせておくべきじゃない。一体何を考えているのよ」
「ナジェークは前々から、秘密主義だから。ギリギリまで秘密にしておいて、私や周囲の反応を見て楽しんでいる所があるし。そこら辺は、もう諦めているわ」
「カテリーナったら! あいつに、そんな好き放題させていて良いわけ!?」
 当事者ではないのに本気で腹を立て、苛立たしげに叫んだティナレアを見て、カテリーナはそこまで怒らなくてもよいと宥めようとしたところで、ふと考え込んだ。


(ナジェークの手腕は認めるけど、確かに何もかも彼の思い通りに事態が進むのは、ちょっと癪なのよね。馬車での時みたいに、たまにはその取り澄ました顔を動揺させてみたいけど……)
 そこで素早く考えを巡らせたカテリーナは、うっすらと笑みを浮かべながら独り言を呟く。


「……うん、そうね。決意表明としては、良いかもしれないわ」
「どうかしたの?」
 不思議そうに声をかけてきたティナレアに、カテリーナが楽しげに語りだす。


「ちょっと例の夜会について、思いついたことがあるの。確かに彼に最初から最後まで好き放題させるのは腹立たしいから、今回はちょっとした意趣返しをしてみるつもりよ」
「意趣返し?」
「要は、私との話を纏める上で、その難易度を少々上げてみるのよ。『実像を知らない人から見れば、自分は非凡ではなく少々優秀なだけだ』と謙虚な自己評価をしている彼に、この際思う存分その優秀な手腕を発揮して貰おうじゃない」
 含み笑いのカテリーナにどこか不吉なものを感じたティナレアが、思わず問い返す。


「カテリーナ……、あなた一体、何をする気なの?」
「聞きたい? 口外しないのなら教えてあげる」
 そして不気味な笑みを浮かべているカテリーナから端的に説明されたティナレアは、深い溜め息を吐いて項垂れた。


「カテリーナ……」
「何? ティナレア」
「あなた達……、ある意味お似合いだわ」
「一応、褒め言葉かしら?」
「一応ね。だけど、本当にそんな事をして良いわけ?」
 顔を上げて確認を入れてみたティナレアだったが、それにカテリーナは平然と答える。


「念のため、主催者に断りを入れておくつもりよ。でもフィリスおばさまは元々茶目っ気たっぷりの方で、十中八九面白がって私の話に乗ってくださるはずだから、大丈夫だと思うわ」
「そう……、色々頑張ってね。遠くから応援しているわ」
 もう何を言っても無駄だと察したティナレアは、必要以上の騒ぎにならなければ良いけどと、諦めながら頷いたのだった。



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