その華の名は

篠原皐月

(6)急転直下の意気投合

「それで、今日私が事前の約束も無しにこちらにお邪魔した理由ですが、実は我が家にティアド伯爵家から招待状が届きました」
「ティアド伯爵家からですか?」
「はい。ティアド伯爵家は元々中立派で、ネシーナ夫人の手腕により交際範囲が広い家です。それで以前から家同士の交流に加えて、私とイズファインが友人付き合いをしています。それでネシーナ夫人が婚約破棄騒動以降、煩わしい思いをするのが嫌で社交活動を全面的に絶っているエセリアを心配されたらしく、そろそろ公の場に姿を見せてはどうかとの言葉と共に、夜会のお誘いをいただいたのです」
 そこまで聞いて、似たような理由で誘いを受けていたカテリーナ達は、すぐに事情が理解できた。


「なるほど。そうなると今度の、イズファイン殿の誕生日に合わせた夜会ですね? 実は私達にも、次期侯爵夫妻としての社交活動をしていく必要があるだろうと、ネシーナ夫人からお誘いいただいているのです」
「そうでしたか。実はその夜会には、エセリアのパートナーとして私も参加します。それでカテリーナにも参加して貰って、その場で私とカテリーナの話を纏めようと考えているのです」
 ナジェークがさらりと申し出た内容を聞いて、寝耳に水のカテリーナは仰天して腰を浮かせた。


「え? ちょっと待って! そんな話は全然聞いていないけど、どういうことよ!?」
「後で君にも話そうと思っていた。その場で私と君の運命的な再会と、急転直下の意気投合ぶりを演出して、電光石火の婚約劇に持ち込もうと考えている」
「他家の夜会で何を画策しているのよ! この間色々あったけど、もう我慢できないわ! ここで1回殴らせなさい!」
「カテリーナ、落ち着け! ナジェーク! 君の意図は分かったが、少々無茶過ぎないか!?」
 本気で腹を立てたカテリーナが立ち上がり、隣に座っていたナジェークの胸倉を左手で掴みながら右手の拳を振り上げた。それを見て泡を食ってカテリーナに駆け寄り、飛びつくように妹の右手を掴みながら、ジャスティンが悲鳴じみた声を上げる。それに笑いを堪える表情になりながら、ナジェークが応じた。


「無茶は承知の上ですが、どうにかします。それで次期侯爵であるあなたと事前にお話をしたくて、ジャスティン殿に仲介をして貰うために、今日こちらに出向いたのです」
「え? 私にですか?」
「はい、そうです」
 急に話の矛先を向けられたジュールは、戸惑った表情になった。そんな彼にナジェークが、真顔で指摘してくる。


「カテリーナが夜会に参加する場合、通常であれば衣装や装飾品をガロア侯爵家で準備する筈です。しかしカテリーナはいまだに侯爵家に立ち入り禁止だと聞いていますし、夜会への参加自体侯爵夫妻が反対すると思われます。その状況下では次期侯爵であるあなたがそれらを内密に準備するのは、かなり難しくはありませんか?」
 それを聞いたジュールは元々懸念していた事でもあり、途端に渋面になった。
「……仰る通りです。なんとかするつもりではいますが」
「ですからカテリーナの支度は、万事私に任せていただけませんか? 実は以前彼女から話を聞いて、普段どの仕立屋を贔屓にしているか知っておりましたから、既にその店に内々に話を通してドレスを作らせておりました」
(本人に断りもなく、いつの間にそんな事を。それに、どの店でドレスを作っているかなんて話はしたことは……。ああ、ルイザ経由で、そこら辺はしっかり把握済みだったわけね。それで私の体型や好みに合わせたドレスをしっかり準備済みというわけね。良く分かったわ)
 実家に潜り込んでいる密偵経由で、諸事情が色々駄々漏れだったことを思い出したカテリーナは、思わず遠い目をしてしまった。


「その支払いは全額こちらで負担しますし、送迎の馬車も手配します。それでカテリーナの着替えと支度をこの家でさせて欲しいので、合わせてジャスティン殿にもそれらをお願いしたかったのです」
 口調だけは殊勝な申し出を聞いて、諸々の裏事情を知っているカテリーナとジャスティンは無言で顔を見合わせて溜め息を吐いた。しかし真相を全く知らないジュールは、ひたすら恐縮しながら問い返す。


「それは……、私としては願ってもないお話ですが、そちらにそこまで甘えてしまって、本当によろしいのでしょうか?」
「勿論です。カテリーナの事は既に両親にも説明して、内々に了承して貰っています。ガロア侯爵夫妻へのご挨拶はまだですが、今後我がシェーグレン公爵家は、ガロア侯爵家を支えていくことをお約束します。勿論、ジュール殿と奥方も、全面的にバックアップしていくつもりです」
 ナジェークからそんな事を力強い口調で告げられたジュールは、顔つきを明るくして言葉を返した。


「それはとても心強いです。私達夫婦は長らく王都から離れて、社交界で全く活動しておりませんでしたので」
「お任せください。王妃陛下と縁続きである我が家と懇意にしている家に、つまらない言いがかりをつけるような度胸のある家は、滅多にないでしょう。それに今度のティアド伯爵家の夜会では久々に妹が公の場に出ますので、人々の注意はそちらに集まる筈です。ジュール殿と奥方は、あまり気負わずにご参加ください。それにその場で私から個別に、親しい方々にお二人をご紹介します」
「よろしくお願いします。本当に助かります。今回は両親が出席せず私達だけということもあり、不安でしかたがなかったのですが、今の話を聞いたら妻も安心できるでしょう」
「これからは義理の兄弟になるのですから、それくらいお安いご用です。こちらこそ、今後ともよろしくお付き合いください」
(相変わらず、人を丸め込むのが上手すぎるわね)
 そんな風にすっかり打ち解けて笑顔で握手しているジュールとナジェークを、カテリーナは内心で呆れながら眺める羽目になった。



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品