その華の名は

篠原皐月

(2)兄達からの呼び出し

 ジャスティンから呼び出しを受けたカテリーナが休日に彼の家に出向くと、居間にいた人物は彼だけではなかった。
「ジャスティン兄様、お邪魔します。それからジュール兄様、お久しぶりです。領地に入ったジェスラン兄様と入れ替わりで、既に王都に来ているのはジャスティン兄様から聞いていましたが、これまできちんと挨拶ができなくてすみません」
 次兄のジュールまで来ていたことに驚きつつも、カテリーナはこの間の出来事を思って神妙に頭を下げた。それを見たジュールが、苦笑しながら応じる。


「それは構わないよ。なんと言っても、カテリーナはまだ屋敷に出入り禁止の身だからね。例の騒動以降、騎士団内で腫れ物に触るような扱いを受けていないかと心配していたが、元気そうで安心した。ジャスティンから普通に勤務を続けているとは聞いていたが、実際に顔を見るまでは心配だったよ」
「ジュール兄様にまで心配をかけてしまって、本当に反省しています。ところで、リサ義姉様とラルフはお元気ですか? 一緒に王都に出ていらしたのですよね?」
「ああ、一緒になんとかやっているよ。色々気忙しいが、取り敢えず家事の代わりに育児に専念しているかな? ミリアーナとアイリーンも、一緒に育てることになったからね」
 さり気なくジュールが報告してきた内容を聞いて、カテリーナは無意識に眉根を寄せたが、辛うじて平静を装いながら話を続けた。


「やはり二人とも、屋敷に残っているのですね……。ジュール兄様。エリーゼお義理様やダトラール侯爵家から、その後連絡があったかどうか知っていますか?」
「義姉上からは何も連絡は無いはずだ。ダトラール侯爵家からは、義姉上が自領の修道院に入ったと伝えてきたが」
「正確に言えば、強制的に入れられたんだろうな。あの義姉上が、自ら進んで修道院に入るわけがない」
 途端に兄二人が苦々しい顔つきになったのを見て、カテリーナは慎重に話題を変えてみた。


「ところで、ジュール兄様。ジェスラン兄様の様子はどうでしたか? お父様の指示で領地に出向いてから、必要な引き継ぎはできたのでしょうか? その……、悪口雑言を吐かれたり、絡まれたり逆恨みされたりとか……」
 あの長兄であれば後継者から外されたことで、次兄に八つ当たりの一つや二つはしそうだとの懸念があったカテリーナは、思い切って尋ねてみた。しかしジュールは、困惑しきった様子で応じる。


「いや、特にそういったことは皆無だったが……」
「そうでしたか?」
 本気で意外に思ったカテリーナだったが、続くジュールの話を聞いて、ある意味納得した。
「ああ。その……、なんというか、生気が無くなっていてね。視線も虚ろだし大丈夫か心配だったが、俺も王都に出向く日程が迫っていたし……。取り敢えず必要な引継ぎは済ませてきたが、周りの皆に兄上の補佐をして欲しいと頼んできた。領地の管理業務が疎かになったら、父上が兄上を跡継ぎから外しただけではなく、領地内から追放しかねないから」
 ジュールがそんな懸念を口にすると、カテリーナが深く頷いて話を続ける。


「本当にそうですよね。ですが確かに後継者でなくなったのはショックなのは分かりますが、幾ら離婚したとはいえ娘二人の父親なのは変わりないでしょう。娘達のためにこれから頑張ろうという気概はないのでしょうか? ジェスラン兄様はミリアーナとアイリーンについて、向こうで何か言っていませんでしたか?」
「いや、特に何も……。俺も『落ち着いたらこちらに子供達を呼び寄せるつもりですか?』と聞いてみたんだ。でも『そのつもりはない』とだけ……。自分のことで精一杯というわけではないだろうが、今はありとあらゆることに、関心がないみたいで……」
 困惑も露わにジュールが告げた内容を聞いて、カテリーナは深い溜め息を吐いてから、以前から感じていたことを正直に口にした。


「前々から心の中で思っていましたが、ミリアーナとアイリーンは実の両親よりも、ジュール兄様とリサ義姉様に育ててもらった方が遥かに幸せになれそうな気がします。騒動の発端と原因の私がこんなことを口にするのもどうかと思いますが、二人をよろしくお願いします」
 そう言ってカテリーナが座ったまま深く頭を下げると、ジュールが苦笑いで返してくる。


「それは構わないよ。子供を何人育てるのも、たいして変わらないしね。リサも可愛い娘ができたと喜んでいるし」
「それなら良いのですが……」
 できれば今度、何かきっかけを作って義姉と姪達の様子を見に行こうと、カテリーナが密かに決意していると、ジュールが何やら言いにくそうに切り出してくる。
「それで、今日お前をここに呼び出した理由だが……」
 それを耳にしたカテリーナは、意外そうな顔つきになって問い返した。


「え? 私はいまだに屋敷に出入り禁止の身の上ですから、ジャスティン兄様の家で久しぶりに兄妹三人で話をしたかったわけではないのですか?」
「父上と母上に内密に、話をしたかったのは確かだ」
「はぁ……、それは構いませんが、どんな話でしょうか?」
 全く予想がつかなかったカテリーナは、困惑しながらも話を先を促してみた。するとジュールが座ったまま、先程のカテリーナのように深く頭を下げながら懇願してくる。


「カテリーナ、本当にすまない! 不本意だとは思うが、俺達に協力してくれ!」
「まあ、やるしかないだろうな……。カテリーナ。お前にも色々言い分はあるかと思うが、潔く諦めろ」
「ジュール兄様、ジャスティン兄様。いきなりどうしたんですか。説明をお願いします」
 何やら切羽詰まった様子のジュールの横で、ジャスティンが盛大に溜め息を吐いてから、諦め顔で言い聞かせてくる。そんな兄達の様子を見て、カテリーナは本気で呆気に取られた。





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