その華の名は

篠原皐月

(30)侯爵夫妻としての判断

「今回の事で、お前達が次期ガロア侯爵夫妻として相応しくないのが分かった。だからジュール達と立場を交換してもらう」
「納得できません!」
「そうですわ! どうして私達が、次期侯爵夫妻として相応しくないと仰いますの!?」
 血相を変えたジェスラン達に、ジェフリーは口調だけは穏やかなまま問い返した。


「それなら逆に聞くが、三人の息子達の中で、私達がどうしてお前を後継者に選んだと思う?」
「それは……」
「それはジェスランが、侯爵家令嬢である私を妻にしたからです!」
「違う。妻の実家の家柄で選んだわけではない」
「え?」
「はぁ?」
(あら? 私も社交上の関係から、お義姉様を選んだジェスラン兄様を後継者にしたのだと思っていたのだけど……)
 自信満々に胸を張って主張したエリーゼだったが、ジェフリーは言下に否定した。それを聞いて当事者の二人は勿論、カテリーナも怪訝な顔になったが、ジェフリーは真顔で説明を続けた。


「私自身、自分でイーリスを選んだからな。子供達が自ら選ぶ相手がいれば、その結婚相手に制限をつける気は無かった。ただし、このガロア侯爵家を継ぐ立場となれば話は別だ」
「侯爵家の領地運営、社交界での活動、様々な事に対しての能力が必要とされ、責任が発生しますもの」
 ここでイーリスが冷静に会話に加わり、ジェフリーが溜め息を吐いてから話を続ける。


「しかし、元々ジュールとジャスティンには侯爵家を継承する意思が希薄だった上、二人が選んだリサとタリアはどちらも善良な人間で好ましくはあるが、格上の我が家に恐縮するばかりで、侯爵夫人として立つだけの気概に著しく欠けていた。それと比べてお前達には、最初から侯爵家を背負って立とうとする気概は十分だった。エリーゼも『これからのガロア侯爵家は私達にお任せください』と宣言する位だったからな」
「多少周囲に流されやすいところや、考えが足りないところが見受けられたものの、それは私達が完全に引退するまでに徐々に教えていけば良いだけの話だと思っていたのに……」
「これまでにも色々と思うところはあったが、些細な事で一々厳しく言うのもどうかと考えて強くは言わなかった。お前達は事あるごとに『私達がカテリーナに対して甘い』とか言っていたが、私に言わせればお前達の方を甘やかしてきたぞ」
「それらが今日、あんな場面で出てしまうとは……。あなた達二人揃って、午餐会の会場でカテリーナがダマール殿に立ち合いを挑んだ時、ダマール殿をけしかける発言をしましたね?」
「でも、あれは!? カテリーナが挑発した結果であって!」
「元はと言えばカテリーナがダマール様と立ち合いをしたいなどと、非常識な事を言い出したからではありませんか!!」
 イーリスがはっきりと咎める視線を向けてきた事で、ジェスランとエリーゼは声を荒らげて反論した。しかしそれを、ジェフリー達が一蹴する。


「その非常識な申し出を、ムンデス殿が笑って諌めてその場を収めようとしたのに、それを否定した挙げ句にダマール殿を煽って追い詰めたのが、一番問題だと言っているのだ。ここまで言って、まだそれが分からんのか?」
「あのカモスタット伯爵家で開催された午餐会の主催は、勿論カモスタット伯爵家当主であるムンデス様。一方の当事者であるカテリーナの兄夫婦ではあっても、あなた達は単なる招待客の一人にしか過ぎません。それなのにご当主の意向を真っ向から否定した上に、場所を弁えず喚き立てたのですよ?」
「明らかに他家への内部干渉の上、当主でもない者が主導権を握ろうとするなど重大な越権行為だ。このようなことは、貴族としては最も慎むべき事柄ではないのか? 自分達が騒ぎ立てている間、一言も発していなかった他の招待客達から白眼視されていたのを、お前達は全く気がついていなかったらしいな」
 冷えきった表情で淡々と指摘されたジェスランとエリーゼは、ここに至って漸く事の重大さを理解し、揃って蒼白になった。


「いえ、ですが、それは!」
「カテリーナが、ダマール殿を馬鹿にするような発言を!」
「それを判断するのはムンデス殿で、お前達ではない。増長するのもいい加減にしろ」
「あれで他の皆さんも、あなた達が侯爵家の後継者としては力不足で、その資格はないと思われたでしょうね。皆様から抗議と憐憫の視線を向けられて、とても情けない思いをしました。暫くはどこへも出向けないわ」
「他人の意見や権利を認めて立場を尊重し、敬愛しない者は、自らが尊重され、敬愛などされないものだ。この際、それを良く考えるのだな」
「…………」
 自分達の弁解をあっさり切り捨て、重々しく言い渡したジェフリーに翻意の余地はないと感じたジェスランは、無言で項垂れた。しかしエリーゼが必死の面持ちで反論する。


「お待ちください! 私の夫であるジェスランをガロア侯爵家の後継者から外すなど、私の両親が許すと思っていますの!?」
 ダトラール侯爵家の威厳にも関わる事でもあり、盛大に抗議してくれる筈とのエリーゼの期待は、ここであっさり否定された。


「この事は既に、ダトラール侯爵夫妻に容認して頂いた」
「なんですって!? そんな馬鹿な!!」
「先程イーリスが、周囲から抗議と憐憫の視線を受けたと言っただろう。今日はダトラール侯爵夫妻も招待されていて、お前達の醜態を間近でご覧になったからな。お前達を我が家の後継者から外すのでご理解頂きたいと話をしたら、やむを得ないのでこちらのお好きなようにとのご返答を頂いている」
「疑うのなら、ダトラール侯爵家に問い合わせなさい」
「そんな!」
 素っ気なくイーリスが付け加えた事で、それが事実であると悟ったエリーゼは、愕然とした表情になった。そんな彼女には構わず、ジェフリーが話を元に戻す。


「そういうわけだから、貴族簿の我が家の記載からお前達の名前を抜いて、代わりにジュール達を登録する。ジュールとリサにはこれから苦労をかけるだろうが、慣れない環境で頑張って貰うしかないな」
「特にリサには、侯爵家としての社交について、当面は付ききりで一から教えていかなければいけないでしょう。楽隠居の日が延びるわね。あなた達にはこれまでジュール達がしていたように、領地での管理運営に携わって貰います。生活に不自由はさせませんから安心なさい」
 ジェフリーとイーリスがため息交じりにそう口にすると、突然エリーゼが立ち上がりながら叫んだ。


「冗談じゃないわ! ジェスランの巻き添えで、貴族簿から抹消されて貴族ではなくなるなんてごめんよ! 離婚させてもらうわ!」
「なんだと?」
「え?」
「はい?」
 その宣言に、その場に居合わせた全員が呆気に取られ、ジェスランは顔色を変えて妻に詰め寄った。


「エリーゼ! お前、何を言い出す!? 自分が言ったことの意味が、分かっているのか!?」
「当たり前よ! あなたが侯爵家の長男で、次期侯爵だと思ったから結婚したのよ!? 《ヴァン》が名乗れない平民扱いになると分かっていたら、誰が結婚するものですか!」
(お義姉様、なんてことを言うんですか!? どうしよう、とんでもない修羅場だわ。お父様、お母様……って、二人が無表情過ぎて怖い!!)
 動揺したカテリーナは思わず両親に助けを求めて視線を向けたが、これまでに見たことがないくらい静かに激怒している二人の様子に、本気で戦慄した。





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