その華の名は

篠原皐月

(22)計画は順調

 午餐会の支度を整えたカテリーナ達はカモスタット伯爵邸に向かう為、広い玄関ホールに集まった。
「まあ素敵よ、カテリーナ!」
「ああ、今日の主役として恥ずかしくないな」
「ありがとうございます、お母様、お父様」
 華やかなドレス姿のカテリーナはそのまま両親と笑顔で世間話を始め、その横でジェスランとエリーゼが、彼女が余計な事を言い出さないかとハラハラしながら見守る。


「お義父様達に立ち合いのことを持ち出すなとは言っておいたから、今のところは大丈夫だけど、いつカテリーナが不審に思うか分からないわよ? まだ馬車の支度はできないの?」
「ちょっと様子を見てくる」
 苛ついた様子のエリーゼに、ジェスランは慌てて玄関から外に出て行く。それを横目で確認したカテリーナは、事態を正確に把握した。


(おそらく、私が余計な事を口走る前に馬車に押し込んで連れて行こうとお義姉様に催促されて、馬車の支度を急がせに言ったのね。ご苦労様だわ)
 そんな事を考えながらも、何食わぬ顔でカテリーナが会話していると、すぐにジェスランが戻って来て両親に報告する。


「父上、母上。馬車の支度が整いました。さあ、カモスタット伯爵邸に参りましょう。前の馬車にお二人でお乗りください。カテリーナは私達と一緒に、後ろの馬車で向かいますので」
「ジェスラン?」
「私達は、カテリーナと一緒でも構わないけど?」
 怪訝な顔になった両親に、ジェスランは少々焦りながら付け加える。


「いえ、やはり当主夫妻と他の家族は、明らかに区別を付けておくべきです。そうしないと色々と、他家への示しがつかないこともあるでしょう」
「私もジェスランの考えが正しいと思いますわ。そんな些細な事と思われるかもしれませんが、そういう小さな事の積み重ねで秩序というものが成り立っているのではないでしょうか。どうぞお二方で、一つの馬車をお使いください」
 夫の主張に、エリーゼが愛想笑いを浮かべながら追随すると、ジェフリーとイーリスが満足そうに頷く。


「なるほど。確かにそうかもしれないな。それでは前の馬車には二人で乗ろう」
「あなた達が、そのようなしっかりした考えの持ち主なのが分かって嬉しいわ」
「母上、大げさです。このような配慮は当然のことではありませんか」
「私達は、常にお二人に気持ち良く過ごしていただきたいだけですわ」
 そんな事を言い合って楽し気に笑っている二組の夫婦を、カテリーナは冷めた視線で眺めた。


(あらあら、たかが馬車の分乗に、随分必死になって。本当にご苦労様だわ)
 それから五人はジェスラン達の思惑通り前の馬車にジェフリーとイーリス、後ろの馬車にカテリーナとジェスラン、エリーゼの組み合わせで乗り込み、カモスタット伯爵邸に向かった。それから少しの間、馬車の中は無言だったが、少し兄夫婦をからかってやろうとカテリーナが口を開く。


「お兄様、お義姉様。随分と豪奢な衣装とアクセサリーを揃えて頂きまして、ありがとうございます。ところで、私の立ち合い用の衣装や剣は、確かにカモスタット伯爵邸に届けてあるのですよね? 先程馬車に乗り込む時、荷台にそれらしい物を積み込んでおりませんでしたし」
 その問いかけに、ジェスランは僅かに動揺した素振りを見せたが、彼が何か言う前にエリーゼが堂々と言い返す。


「勿論よ。出がけにバタバタするのはご免ですからね。昨日あなたが選んだ物は、昨夜のうちに伯爵邸に一式届けさせておいたわ。安心なさい」
「そうですか。ありがとうございます」
(本人を目の前にして、ここまで堂々と嘘を吐けるのはある意味凄いわね。見習うつもりは無いけど)
 内心で呆れながらも、カテリーナはエリーゼに対して頭を下げた。そうこうしているうちにカモスタット伯爵邸に馬車が到着し、馬車寄せに五人が降り立つ。


「ジェフリー殿、ようこそいらしゃいました」
「ムンデス殿、お出迎え頂き恐縮です」
「イーリス様。天候がどうなるか気を揉んでおりましたが、婚約披露には絶好のお日和で安堵いたしました。我が家自慢の庭園を午餐会の会場にするつもりでしたから、雨に降られたら台無しですもの」
「カナリア様、私もこの屋敷の見事な庭園を愛でながら娘の婚約披露ができるのを、誇らしく思っておりますわ」
 上機嫌で互いの当主夫妻が挨拶を交わし、次いで息子と娘に促す。


「ほら、ダマール。カテリーナ嬢に挨拶をしないか」
「カテリーナ。あなたもご挨拶しなさい」
 そこで両親の背後に控えていた二人は、互いに前に出て恭しく挨拶を交わす。


「やあ、カテリーナ。今日の良き日を迎えて、嬉しく思う。これから宜しく」
「ダマール様とのご縁が調い、光栄です。こちらこそよろしくお願いします」
 以前食堂で対面した時のやり取りなど微塵も感じさせず、二人は貴族として非の打ち所の無い挨拶を交わした。そんな殊勝な態度のカテリーナを見て、ジェフリーとエリーゼは無言のまま訝しげな顔になったが、ここでカテリーナが恐縮気味に言い出す。


「ダマール様のお顔を拝見して、本当に今日婚約を内々とはいえ披露するのかと、急に緊張してきました。午餐会開催の時間までまだ少々時間があると思うのですが、その間、どこか静かなところで休ませていただいても宜しいでしょうか?」
「カテリーナ! お前、何を勝手な事を!?」
「そうよ! あなた達は主役なのよ!? ダマール様と一緒に、招待客を出迎えるのが礼儀でしょうが!」
 途端にジェスランとエリーゼが怒りの声を上げたが、何故かカモスタット伯爵ムンデスは一瞬息子に視線を向けてから、鷹揚に笑って頷いた。


「いやいや、カテリーナ嬢は我が家には初めての来訪でもあるし、見知らぬ場所で余計に緊張することもあるだろう。応接室の一つを準備させますから、午餐会開始までそこで休まれていると良い。ダマールだけがお出迎えしていると変な憶測を呼ぶこともあるだろうから、お前も自室で待機していなさい。そして開始時間直前にカテリーナ嬢を迎えに行って、会場の庭園に二人揃って向かえばよいだろう」
「ありがとうございます。お心遣い、感謝いたします」
「分かりました、父上。それではカテリーナ、後で迎えにいくから」
「はい、お願いします」
 ムンデスの寛大な申し出にカテリーナは頭を下げ、何故かダマールも心なしか安堵した風情で頷いた。そのやり取りを聞いたジェフリーとイーリスが、恐縮しきりで頭を下げる。


「いやはやこれは……。結婚する前からご迷惑をおかけして、誠に申し訳ない」
「本当に、伯爵のお心の広さには、感謝の気持ちで一杯ですわ」
「カテリーナ嬢は我が家の嫁になる大切な女性ですからな。これくらい当然です」
「これから親戚付き合いをしていくのですもの、気になさらないでくださいませ」
 すっかり意気投合している互いの両親を尻目に、ダマールはそのまま会釈して屋敷の中に引き上げていった。そんな彼を見送りながら、カテリーナは密かにほくそ笑む。


(見た目は問題なさそうだけど、伯爵ができるだけダマールを安静にさせておくように、私の申し出をダシに部屋に引き上げさせたわね? そうなると、元愛人のメイドが盛った下剤の効果が、もう既に徐々に現れているとみたわ。今のところ、計画は順調ね。さて、私一人にしてくれるなら楽なのだけど、そうはいかないわよね……)
 そんな風にカテリーナが考えを巡らせていると、案の定エリーゼ達が声を上げる。


「あの! それでは私達も、カテリーナに付いていて宜しいでしょうか?」
「見知らぬ場所で一人になっていたら、余計に不安になることもあるでしょうから!」
 その訴えに、ムンデスとジェフリーは一瞬顔を見合わせてから快諾した。


「それは勿論、構いません」
「そうだな。ジェスラン、エリーゼ頼めるか? 私達は招待客を出迎えているから」
「はい、分かりました!」
「お任せください、お義父様」
(何だか行動パターンが読め過ぎてしまうというのも、張り合いが無いわね)
 そんな些か呑気な事を考えながら、カテリーナはジェスランとエリーゼと共に屋敷内に入り、応接室の一つに案内されていった。



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