その華の名は

篠原皐月

(9)騒動勃発

 カテリーナの不安をよそに慌ただしく日々は過ぎ、建国記念式典当日を迎えた。
 これまでにも重要な公務や式典時には技量や上級貴族である事を考慮され、王妃であるマグダレーナの護衛に駆り出されていたカテリーナだったが、この日も隊長のユリーゼと共に、式典とそれに続く祝宴が終了するまでの時間帯、王妃マグダレーナの最も近くで護衛の任に就くシフトを組まれていた。 


「王妃陛下。ただ今から私、ユリーゼ・ヴァン・クアゼルムと、カテリーナ・ヴァン・ガロアが専属警護に付きます」
 後宮の王妃の私室に出向き、口上を述べるユリーゼに並んでカテリーナが神妙に頭を下げると、華麗な装いのマグダレーナが穏やかな笑みを向けてくる。


「そうですか。ユリーゼ、カテリーナ、今日はこれから建国記念式典と祝宴が終了するまで、よろしくお願いします」
「お任せください」
「それでは刻限になりますので、移動いたします」
 これまで護衛で顔を合わせる機会があっても、マグダレーナはカテリーナに親しく声をかけるような真似はせず、他の女性騎士と同様に接していた。その日もマグダレーナの後ろに付いて無言で足を進めていたカテリーナは、かつて彼女と引き合わせたナジェークのことを思い出し、微妙に不機嫌になる。


(先週、イズファインが意味深な事を言っていたけど……。まさか王族や国内の有力貴族に加えて諸外国の大使達が招待されている式典や祝宴で、あの抜け目の無いナジェークが騒動を起こす筈ないわよね。少し考え過ぎたみたい。でもそれなら、一体何をするつもりなのかしら? イズファインも、もう少し分かりやすく教えてくれても良いのに)
 イズファインに少々八つ当たりをしながら足を進めているうちに、会場となる大広間に隣接した休憩場所を兼ねた控え室に入る。すると既に国王であるエルンストが、四人の騎士を従えて椅子に座して待ち構えており、マグダレーナは彼に向かって深々と一礼した。


「陛下、お待たせしました」
「いや、マグダレーナ。時間通りだよ。それでは大広間へ行こうか」
「はい、参りましょう」
 笑顔で立ち上がって促したエルンストに、マグダレーナは微笑み返し、共に隣室に通じるドアへと向かう。


(これまで何度も両陛下がご一緒のところを目にしているけれど、本当に仲睦まじいお二人よね。正直、羨ましいわ)
 楽しげに会話している国王夫妻を、カテリーナは微笑ましく思いながら眺めた。しかしドアの向こうで侍従が声を張り上げたことで、瞬時に意識を切り替える。


「国王陛下、王妃陛下、ご入場!」
 その声と共に両開きの戸がゆっくりと開かれ、華やかな会場が目に入った。
(さあ仕事よ、カテリーナ。お父様とお母様も列席している、こんな公式の場で落ち度がないように、気合いを入れていかないと)
 エルンストとマグダレーナが悠然と大広間に足を進める中、カテリーナも他の騎士達に続いて会場入りし、国王夫妻が座った雛壇の玉座の斜め後方至近距離に立った。


(この式典には全貴族当主夫妻と次期当主夫妻が出席しているから、お父様達の他にお兄様達もいるのよね。私が警護しているのを見たら、嫌な顔をされそうだけど……。目が合っても無視よ、無視。今の私は、近衛騎士としての任務中なんだから)
 そんな事を考えながら、不審に思われない程度にゆっくりと視線を動かしつつ会場内を観察していると、割と目立つ場所に佇んでいる人物に気がついた。


(ナジェークもいるわね。エセリア様はグラディクト殿下の婚約者で、シェーグレン公爵家は上級貴族でも指折りの有力家だし、最前列にいるのは当然と言えば当然か)
 建国記念式典は厳かな空気の中で開始され、宰相以下優秀な官吏達によってつつがなく進行していった。そして周辺諸国の駐在大使や招待客達からの祝辞に対し国王のエルネストが礼を述べてから、記念式典の終了を告げて次の祝宴に移行しようとする。


「これで、記念式典は終了とする。それでは皆、楽しんでくれ」
「少々お待ち下さい、陛下」
「グラディクト。何事だ?」
 そこで王族列の筆頭の位置に控えていた王太子のグラディクトが一歩前に足を踏み出し、数段高い所にある玉座から訝しげに見下ろした父親に対し、臆することなく願い出る。


「この場をお借りして次代を担う王太子として、皆に宣言したい事がございますので、発言の許可を頂きたく存じます」
「ほう? それでは発言を許す」
「ありがとうございます」
(あら? 王太子殿下は、こんな公の場で何を宣言するおつもりかしら? 陛下もご存じの事では無かったのよね?)
 斜め後方に控えていたことで表情は窺えなかったものの、エルネストが一瞬訝しげな声を出した事で、カテリーナにもグラディクトの行動が予定外であった事が察せられた。しかしグラディクトは周囲の困惑など物ともせず、堂々と自分の婚約者に向かって呼びかける。


「シェーグレン公爵令嬢、エセリアはいるか?」
「はい、殿下。こちらにおります」
「それではここへ」
「はい」
 貴族達の最前列に控えていたエセリアがその呼び掛けに応じ、グラディクトがいる玉座の前まで歩み出た。そして優雅に一礼してから、彼にお伺いを立てる。


「殿下のお呼びに従い、参上致しました。私に何用でございましょうか?」
 しかし神妙に仔細を尋ねた彼女に対して、グラディクトは事もあろうに国内の貴族や他国の使者が居並ぶ前で、いきなり罵声を浴びせた。


「よくも白々しい口がきけたものだな、この女狐が! もう言い逃れはできんぞ! さっさとアリステアに謝罪しろ!」
(はい? ……え、えぇえぇぇぇっ!? 王太子殿下! こんな場で、いきなり何を言い出すんですか!?)
 グラディクトのあまりの暴言にカテリーナは本気で肝を潰して固まり、その場に居合わせた殆どの者も彼女と同様に絶句した。一瞬遅れてカテリーナは、動揺しながらナジェークに視線を向けたが、目線が合った瞬間彼が薄く笑ったのを認めて、ざわりと全身に鳥肌が立つのを自覚する。


(例の話って、まさか……。ナジェークやエセリア様は自ら行動を起こさないけれど、グラディクト殿下を暴走させるように仕向けたわけでは無いわよね!? そんなとんでもないこと、企んでいないと言って! お願いだから!!)
 そんなカテリーナの切なる願いをよそに、ナジェークは周囲に怪しまれないようにすぐに薄笑いを消し去り、当事者のエセリアは傍目には当惑顔で、冷静にグラディクトに問い返した。



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