その華の名は

篠原皐月

(12)意見の相違

 ナジェークとの話を済ませてジャスティンの家から屋敷に戻ると、予め予定時刻を伝えておいたせいか、玄関ホールに入った途端、奥からミリアーナが駆け寄ってきた。


「カテリーナ!」
「ミリアーナ、ただいま。私の名前をきちんと言えるようになったわね。偉いわ」
「あそぶー!」
「はいはい、そうしましょうね」
「ごめんなさいね、カテリーナ。この子、朝からそわそわしていて、ずっとあなたの事を待っていたのよ」
「構いません、お母様。私もミリアーナと遊ぶつもりで帰ってきましたし」
 上機嫌なミリアーナがカテリーナにまとわりついているのを見て、イーリスが苦笑いする。それにカテリーナが笑顔で応じていると、不機嫌そうな声がかけられた。


「カテリーナ、帰ってきたか。早速話がある。応接室に来い」
「……分かりました」
 ジェスランに一方的に言われて腹が立ったものの、ここで口答えしても揉めるだけだと分かっていたカテリーナは、膝を折ってミリアーナと視線を合わせた。


「ミリアーナ。お兄様との話が済んだら遊ぶから、ちょっとだけお利口にして待っていてくれる?」
「ミリアーナ、その間は私の部屋で一緒に遊んでいましょうね?」
「……うん」
 ミリアーナは不満そうにしながらも、祖母から優しく言い聞かされ、言うだけ言ってさっさと踵を返したジェスランの後ろ姿を横目で見ながら小さく頷く。


(帰ってきた早々に何なの? 予想は付くけれど、わざわざ玄関ホールで待っていてくれたミリアーナと少し遊ぶ位、良いじゃないの)
 気落ちしている姪を気の毒に思うと同時に、目の前の娘に目もくれなかったジェスランに対して、カテリーナは帰宅早々完全に腹を立ててしまった。


「カテリーナ。再来週の休みにはラツェル伯爵家のケビン殿との見合いがあるから、伯爵邸に出向くぞ。衣装やアクセサリーはこちらで準備しておくから、そのつもりでいろ」
「はぁ……」
 案の定、応接室で向かい合うなり切り出された内容が予想に違わぬものだった事で、カテリーナは内心でしらけきっていた。
(本当にナジェークの情報収集は完璧。ルイザが内通者だから、当然と言えば当然だけど)
 半ば上の空で話を聞いていると、それを見て取ったらしいジェスランが雷を落とす。


「何だ、その気の無い返事は!? 真剣味が足りないにも程があるぞ!」
「そうですか……。私の結婚話でジェスラン兄様達の手を煩わせて、誠に申し訳なく思っております」
 カテリーナは取り敢えずしおらしく謝ってみたが、それがジェスランの神経を逆撫でした。


「口先だけは殊勝だな! お前は『父上並みに腕が立つ人間でないと結婚はしたくない』とかふざけた事を口にしていたが、ラツェル伯爵家初代当主は我が国建国時の立役者で、代々有名な騎士を輩出している家柄だ。ケビン殿もなかなかの腕前だと聞いているし、文句はあるまい!」
「そうですね。噂だけだったら、そういう話も聞かない事はありませんね。それらしい話をかき集めるのは、本当に大変な労力が必要でしょうね」
「カテリーナ。何が言いたい?」
 皮肉っぽく含みのある台詞を口にしたカテリーナを、ジェスランが鋭く睨みつける。しかしカテリーナはそんな事は物ともせず、真顔で言い返した。


「いえ、大した事ではありませんが、それ位私にかまけているのなら、寧ろご自分の娘達に対して、もっと気を配って手をかけるべきなのでないかと思いまして」
「何だと!?」
(さっきのジェスラン兄様が現れた時の様子を見ても、ミリアーナの兄様に対する隔意は明らかだし、怯える感じさえ見えたもの。全く、普段子供達に対して、どういう接し方をしているのよ!?)
 今日こそは意見するべきと思い定めたカテリーナは、真正面からジェスランに考えを改めるように迫った。


「普段この屋敷に居ない私が口を挟むのはどうかと思いますが、ジェスラン兄様とエリーゼお義姉様は、もう少しミリアーナとアイリーンに接する時間を増やすべきではありませんか?」
「五月蝿い! 普段屋敷に居ないお前に何が分かる! まるで私達が、全く子育てをしていないような物言いをするな!」
「していないとは言っておりません。ですが、もう少し接し方を考えた方が良いと言っているだけです」
「お前のような傍若無人な人間から、躾云々を賢しげに言われる筋合いは無い!」
 顔を真っ赤にしながら激昂したジェスランを見て、カテリーナはこれは何を言っても無駄だと諦めた。


「そうですか……。それならもう、余計な事は申しません」
「当たり前だ! 再来週の見合いの席では、くれぐれも余計な事はほざくなよ!? これ以上、私達の顔を潰すな!!」
(こちらから縁談を世話してくれと頼んだ事は、一度もありませんが?)
 一方的に喚き散らす長兄に心底うんざりしながら、カテリーナは義務的に言葉を返した。


「……畏まりました。それでは話は終わりですか? ミリアーナと遊ぶ約束をしておりますので」
「さっさと行け! 不愉快だ!」
「それでは失礼します」
(自分が他人からどう見えているかなんて考えていないのか、ひたすら自分に都合の良いように誤解しているのか……。そちらの方こそ、傍若無人という言葉に相応しいのじゃない?)
 半ば呆れながらカテリーナは廊下を進み、母の私室へと向かった。


「ミリアーナ、お待たせ。さあ、一緒に遊びましょうね」
「カテリーナ!」
 ドアを開けて声をかけるなり、部屋の奥からミリアーナが満面の笑みで駆け寄り、カテリーナの脚に抱き付く。そんな姪の頭をカテリーナが撫でていると、イーリスが声をかけてきた。


「カテリーナ、ジェスランの話は何だったの?」
「再来週の、ラツェル伯爵家との見合いの話でした。そのついでに子供達への接し方について、私の方から控え目に意見してみたのですが、無駄だったようです」
 カテリーナが顔を上げて姪から母に視線を移すと、その視線の先でイーリスが苦々しい顔つきになっていた。


「そう……。相変わらずね。ひょっとしたら私より、年が近いカテリーナから言ってくれた方が、あの子たちも素直に聞き入れるのではないかと思っていたのだけど……。カテリーナ。急いでお礼状を書かなければいけない所があるから、少しミリアーナの相手をしていてくれるかしら?」
「ええ、お母様、大丈夫よ。任せてください」
「お願いね」
「それじゃあミリアーナ。何をして遊びましょうか」
 早速カテリーナは待ちかねていたミリアーナと笑顔で遊び始めたが、入れ替わりに書斎へと向かったイリーナの表情は、憮然としたものだった。





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