その華の名は

篠原皐月

(17)新たなる防犯グッズのお披露目

「随分寸法を変えて作ったんだな」
「百人以上の女性の店員やその家族に協力してもらい、型を取った上で、共通するパターンの物を選びました」
「それでも軽く二十以上のサイズがあるなら、丁度良い物が見つかりそうだ」
「はい。ご心配要らないかと。さあ、カテリーナ様。お手に取ってご確認ください」
 そこでデリシュに笑顔で勧められたものの、箱の中に整然と揃えられた、大きな四つの穴が開いた金属片を指さしながら、カテリーナは本気で困惑の声を上げた。


「ちょっと待って。その前に、これがそもそも何なのか教えて貰えるかしら?」
 それを聞いたナジェークが意外そうに、デリシュが満面の笑みで説明を始める。


「まだ言っていなかったかな? 防犯グッズのひとつで、メリケンサックと言うらしい」
「エセリア様から構想をお伺いし、試行錯誤を続けて早三年。漸く商品化に漕ぎ着けて感動ものです」
「『防犯グッズ』って……。もしかして剣術大会の時に持たされた、このホイッスルと同じ用途の物?」
 カテリーナが、慌てて服の中からチェーンを通したホイッスルを取り出して問い掛けると、ナジェークの顔が嬉しそうに綻ぶ。


「ああ、今でも持ってくれているんだ。嬉しいな」
「マリーネ様から頂いたし、街中に単身で出るから念のためよ! それに、『めりけんさっく』とか、訳が分からない事を言ってないで、分かるようにきちんと説明しなさい!」
 ナジェークの笑顔に、照れ臭さを覚えたのを誤魔化すようにカテリーナが怒鳴ると、彼は大真面目に話し出した。


「庶民は普通、剣や弓などの武器を携帯して出歩かないだろう? ナイフの類を、隠し持って歩く者はいるかもしれないが」
「何を当たり前の事を言っているのよ」
「だが女性の立場が弱い現状では、各種のトラブルに巻き込まれる事が多い。その時に、現状を打破する為の品だよ」
「要するに、女性に対して不埒な行動に及ぶ無頼の輩を、撃退する物という位置づけで良いのよね? だけど私は、通常武器を携帯しての王宮勤務なのだけど。街中を一人で歩く女性と比べて、危険性はかなり低いと思うわ」
 一応は納得したものの、釈然としなかったカテリーナに対して、男二人は平然と説明を続ける。


「近衛騎士団内も、色々と不穏な空気が漂っているからね」
「ナジェーク様から『刃物以外の武器になりそうな物は無いか』との問い合わせがあり、売り出し直前のこちらをご紹介しました。これを四本の指に填めて相手に拳をお見舞いすれば、通常女性が殴った場合より、割増しのダメージを相手に与える事ができます」
「イズファインから聞いたが、騎士団内で乱闘になった場合、武器を使った方が不利らしい。だからこれを使って素手で殴り倒せば良い」
「この大きさですから、いつでもどこでもポケットに入れて携帯できます」
「だから! どうして王宮内で、殴り合いになるのが前提の話なのよ!」
「近衛騎士団に限らず、王宮の執務棟で勤務している人間は、圧倒的に男が多いからね」
「カテリーナ様、万が一の場合は遠慮なくお使いください。後始末は、ナジェーク様が如何様にでもする筈ですから」
 ろくでもない事を大真面目に告げてきた二人に対して、カテリーナは半ば匙を投げた。


「……それに関しては、もう良いわ。確かに男性に対しての対抗手段が、女性に増える事は喜ばしいけど、男性が購入して武器にしたりはしないの? それなら本末転倒だと思うのだけど」
 ふと思い付いた懸念をカテリーナが口にしたが、デリシュとナジェークは冷静に話を続ける。


「男性と女性の指の太さや手の大きさには、ある程度の差がありますから。あくまで一般的な女性のサイズのみ展開して、男性用は作らない事にしています」
「ワーレス商会はそうかもしれないけど、他の店が真似をして男性用を作って売り出したらどうなるの? 調理用の刃物やナイフは除外するけど、一般的に武器として認められる剣や槍などは、大量売買が法律で禁じられているわ。これが武器と認められたら、ワーレス商会も違反する事になるわよ?」
「だから『武器ではない女性の護身用物』として、予め王宮に届け出て、販売許可を貰うんだよ」
「そこまで考えが及ばない者が男性用を売り出したら、『男性用の武器』と認定されて、色々面倒な事になるでしょうね?」
「呆れた……」
「綺麗事だけで、商売はやっていられないからね」
「しかしそこまで助言して頂いたエセリア様の聡明さには、毎回本当に驚かされます」
 最後にはニヤリと笑いながらの二人の説明を聞いたカテリーナは、想像以上の抜け目のなさに本気で呆れた。そしてそれを仕組んだであろう人物に対して、改めて畏怖の念を覚える。


「本当にあなたの妹さんって、公爵令嬢としては規格外よね」
「誉め言葉として受け取っておくよ。それより、これを君の手に合わせてみたいのだが」
「分かったわ」
「君は右利きだからそちら用で、見た感じはこれくらいかな?」
 色々諦めたカテリーナが素直に右手を差し出すと、ナジェークがずらりと並んだ金属片の中から素早く一つを手に取り、その手に填めてみる。


「どうかな?」
「少し余裕がある感じね。これはできるだけ内側と、指との隙間が無い方が良いの?」
「そうだね。隙間が有りすぎると拳を繰り出した時にずれるし、怪我をする可能性もあるから。若干狭い方にしてみるか」
 そして三つほど試してから、カテリーナはそのうちの一つを指さした。


「これが一番良いかも」
「そうですか。それでは具体的に使い方をご説明しますね。四本の指に填めてから、拳を作ってください」
 そのデリシュの指示通り、カテリーナは慎重に拳を作ってみる。


「ええと……、こうよね?」
 すると彼は箱と一緒に運ばせてきた、少々厚みのある板を取り上げ、彼女に向けてその板をかざしてみせる。


「はい。それはこの板の表面に、そのメリケンサックの突起が直角に当たるように、まずはゆっくり当ててみてください」
「こうかしら?」
「ええ。その角度ですね」
 それから少しづつ高さや角度を変えながら板に当てる感覚を掴んで貰ってから、徐々に動きを早くさせたデリシュは、少ししてからカテリーナに声をかけた。


「それでは大体の感覚は掴めたと思いますから、ここまでにしておきましょう。今の感じを忘れないように、時々ご自分の部屋で練習しておいてください」
「分かりました」
「ナジェーク様、そろそろ昼食を運ばせても宜しいでしょうか?」
「ああ、すまないね。宜しく頼むよ」
「それでは失礼します」
 デリシュがナジェークに一礼して退室してから、カテリーナは指からメリケンサックを外しつつ、先程の台詞の意味を尋ねた。


「昼食って、どういう事?」
「庶民は一日二食の者が多くて、気軽に外食をする場が無いからね。勿論、貴族や富裕層相手に昼から営業しているレストランはあるけど、そういう所で食べるとそれなりの服装をしなくてはならないし、確実に私達どちらかの知り合いか、その知り合い位はいる。だから今回は、ワーレスに食事を出して貰うように頼んだんだ」
「それは分かるけど、ワーレス商会はレストランなんて出店していないわよね?」
 疑問を深めながら再度尋ねた彼女に、ナジェークが苦笑いで応じる。


「従業員が交代で昼休憩を取りながら、店で手配した簡単な軽食を食べる事になっているんだよ。福利厚生の一つらしい」
「何? その『ふくりこうせい』と言うのは」
「従業員に対する、利益還元策の一環という位置づけだな。他とは差別化した利益享受をする事で、従業員の忠誠心と意欲を高めるとか」
 そのナジェークの口調と表情から、カテリーナはその事を発案したのが誰なのか、分かってしまった。


「そんな奇抜な提案されたのは、エセリア様よね?」
「正解。何年か前から、色々な福利厚生策を従業員に提示していてね。それが人づてに広まったおかげで、ワーレス商会への就職希望者が絶えないらしい」
「本当に彼女は、非凡な方ね」
 カテリーナがそこで深い溜め息を吐くと、ノックの音に続いてドアが開き、複数の女性達が二人の前に手際よく昼食を並べていった。



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