その華の名は

篠原皐月

(24)新たなる騒動の予感

 剣術大会最終日。
 無事に閉会式も終わって生徒達が会場から立ち去り、撤収作業も完全に終わった頃を見計らってカテリーナが隠し部屋に出向いてみると、先客のナジェークが持ち込んだクッションを枕代わりに、床に寝転んでいた。


「あら……、お疲れ様」
 それなりに忙しくて疲れたのかと思ったカテリーナが、邪魔をして悪かったかと迷ったが、ナジェークは横になったまま笑いかけてくる。


「やあ、ここで顔を合わせるのは、何だかんだでほぼ半月ぶりかな? せっかく会えたのに行儀が悪いなんて野暮な事は、言わないで欲しいんだが」
「言わないわよ。私も色々あって寝転がりたい気分だし」
「それなら遠慮なくどうぞ」
 そう促されたカテリーナは一瞬迷ったものの空いていたクッションを引き寄せ、ナジェークと並んで横になった。そして天井を眺めながら、しみじみとした口調で告げる。


「剣術大会は今日で無事終了だけど、色々な意味で大成功だったみたいね」
「そうだな。君に取っては不本意だったかもしれないが」
「本選で戦えただけでも満足よ。しかも人気投票での、敗者復活ですからね」
「卑屈になる事は無いさ。見応えのある、とても良い試合だった」
「ありがとう」
 本心から言っているのが気配で伝わり、カテリーナは少々照れ臭くなったのを悟られないように、上を向いたまま話を続けた。するとナジェークが、さりげなく話題を変えてくる。


「今回の大会自体は勿論成功と言えるし、近衛騎士団への推薦も全面的に見直す事になるそうだ」
「それは良かったわ」
「これまでの一次から三次までの推薦者への内定を全て白紙に戻し、大会決勝進出者の中で上位八名は無条件に近衛騎士団への内定を出す事になったのは聞いたかな?」
「何、その急展開は!? 全然、聞いていないわよ! ちょっと待って、そうなると……」
 その予想外の内容にカテリーナは勢い良く上半身を起こし、そのまま準々決勝まで残った面々の名前を思い返す。しかしそれより先に、ナジェークが結論を述べた。


「八人の内訳は平民五名、貴族三名で、推薦比率が逆転したな。他の者は従来通り、卒業前に近衛騎士団の入団試験を受けて、合格したら入団という流れになる」
「それにしても凄い事よ? 選抜のあり方まで変えてしまうなんて……」
「騎士科の主幹も交代になりそうだしね」
「主幹教授が交代? どうして?」
 呆然としながら呟いたカテリーナだったが、続くナジェークの台詞に怪訝な顔になった。そんな彼女に、彼が淡々と解説する。


「これまで三回に渡って推薦してきた生徒が半分以上予選落ちでは、さすがに弁解できないだろう? しかもバーナムに関しては、資料に『授業で女生徒に敗退直後、彼女の足下に模擬剣を投げ付けて負傷させた事があり、些か品性について難あり』とのコメントがついていたからね」
 それを聞いたカテリーナは、感心するのを通り越して呆気に取られた。


「それは……、随分と細かい資料を渡したのね」
「『王族近くに侍る近衛騎士に、このような品性に欠ける人物を一次推薦者として出すのはどういう了見か!?』と近衛騎士団長が詰問したら、主幹教授がその怪我云々の内容は事実無根だと弁解したらしい。しかし団長はカテリーナの事も、君が去年長期休暇の時に足の怪我で静養していたのもご存じだったからな。『それでは貴様は、私と私の友人のガロア侯爵が嘘をついていると言うのか!!』と益々激昂されて、宥める為に急遽イズファインと学園長が呼ばれる騒ぎになったとか。おかげで主幹教授は面目丸潰れで、教授達や事務官達の間で引責辞任が囁かれているよ」
 それを聞いたカテリーナは、思わず溜め息を吐いた。


「確かにあの教授なら、賄賂とかを平気で受けとりそうだし……。推薦が白紙になったら『金を返せ』と何人か押し掛けて来てもおかしくはないわ。だけど下手に弁解しなければ、傷も浅かったでしょうにね」
「近衛騎士団内でも、大抵の推薦者は優秀だが、たまにどうして推薦されたのか分からないような人間が入っているのが、前々から水面下で問題になっていたらしい。今回は良い見直しの機会になったらしいな」
「確かにタイミングは良かったかもしれないわね。良かったわ」
「他人事みたいに言うんだな。君も近衛騎士団入団が内定したのに」
「はい!? どうして!」
 再び横になろうとしていたカテリーナは、再度驚いて身体を起こした。するとナジェークが事も無げに告げてくる。


「確かに本選進出は人気投票でだったが、本選でもクロード相手に良い試合をしたしね。もう一人ティナレア・ヴァン・マーティンも男子生徒相手に一試合勝利しているだろう? それで二人は『女騎士として、充分内定を出す価値あり』と判断されたらしい」
「それをどうして本人より先に、本来部外者のあなたが知っているのよ?」
「さぁ、どうしてかな?」
 カテリーナは軽く睨み付けたが、ナジェークは寝たままおかしそうに笑うのみだった。するとそこで急に笑みを消し、真顔で話を変えてくる。


「ところで今度の休みには、泊まりがけで実家に帰るだろう?」
「ええ、そのつもりよ」
「二日目はサビーネ嬢の家から招待されるから、出向いて欲しいんだが」
「それは構わないけど……、どうして?」
 胡散臭い物を見るような目付きでカテリーナが見下ろすと、ナジェークは苦笑いしながら理由の一端を口にした。


「めでたく君の近衛騎士団入団が内定したし、入寮の方も何とかしようと思っているところだが……」
「ああ、以前にそんな事を言っていたわね。だから、どうやって?」
「うん? まあそれは……、当日のお楽しみと言う事で。まだ少し、不確定要素もあるし」
 そう言いながらあからさまにナジェークが視線を逸らした為、反射的にカテリーナは彼の喉元に掴みかかりながら叱りつけた。


「あのね! いい加減、秘密主義も程々にして貰えないかしら!?」
「ああ……、こういう体勢だと、君が私を押し倒している感じで、なかなか倒錯的で良いな」
 上から睨み付けたカテリーナだったが、笑いを堪える表情でそんな事を言われた途端顔を赤く染め、慌てて両手を放してから彼に背中を向けて床に転がった。


「なっ! 何が倒錯的よっ! 馬鹿じゃないの!?」
「あれ? もう終わりかい?」
「馬鹿に付き合うつもりはありません!」
「そうか、それは残念だ」
 背中越しにくすくすと笑う声を聞きながらカテリーナはそのまま暫く横になり、ナジェークが宥める台詞を繰り出して漸く機嫌を直したが、相変わらず今度の休暇の詳細については不明なままで終わった。





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