その華の名は

篠原皐月

(5)女生徒達の結束

「皆様、私の身勝手な、しかも急なお願いにも関わらず時間を取っていただき、ありがとうございます」
 前回と同様に各自椅子持参で集まった面々に向かって、サビーネは入室するなり恭しく頭を下げた。カテリーナはそんな彼女を宥めながら、椅子を勧める。


「サビーネ、挨拶はその位で。あなたが無駄話をするために、わざわざ出向いてきたとは思っていないわ。どんな用件なの?」
 そう促すと、サビーネも時間を無駄にするつもりはなく、早速本題に入った。


「皆様、実は今現在エセリア様の指揮の下、グラディクト殿下を実行委員会名誉会長に据えた、剣術大会の企画が進行中なのです」
「剣術大会?」
「それは何?」
(やっぱりその話だったわね……。でも迂闊に口を挟んだら、どうして既に知っているのかと周りに不審がられるだろうし、ここは知らなかったふりをしておきましょう)
 寝耳に水の話に困惑顔の周囲とは異なり、カテリーナは予想が的中して納得したが、そ知らぬ顔でサビーネの話に聞き入った。


「そういうわけで既に学園長からの認可もいただき、明日の放課後に各教室で、全生徒に詳細の説明を行う段取りになっているのです」
 サビーネがそう話を締め括ると、カテリーナの周りで驚嘆と称賛の声が上がった。


「凄いわ! 本当に近衛騎士団の方々の目の前で、試合ができるなんて!」
「しかも『生徒間の隔意解消の方策』とか『国境での大規模演習代替策の提案』とか、開催理由を如何にももっともらしく付けるなんてさすがだわ」
「勿論、それもれっきとした理由の中に含まれておりましてよ? エセリア様は『利用できるものは可能な限り最大限に利用する』のを、常に心がけている方ですから」
「はぁ……、やっぱりエセリア様は、私達とは違うわね……」
 周囲が興奮気味に語り合う中、ここでノーラが言いにくそうにサビーネに申し出た。


「あの……、サビーネさん。剣術大会が開催されるのは私も嬉しいけど、女子生徒が男子生徒と同様に参加するのは……。まともに打ち合って怪我をしたくないし、負けるのが決まっているから、不参加というわけにはいかないのかしら?」
 そういう問題があったかと他の者達が無言で顔を見合わせる中、サビーネは穏やかに微笑みながら告げた。


「ノーラさん、ご心配なく。剣術大会は全生徒参加のイベントを謳っていますから、大会参加ではなく、他の係で参加されればよろしいのですわ。既に提案されている係が幾つかありますので、簡単にご説明しますね」
「お願いします」
(本当に、エセリア様の計画には抜かりが無いわね)
 そこで全員が再び真剣な面持ちでサビーネの話に聞き入り、それが終わってからノーラが安堵した様子で述べた。


「なるほど……。試合に出ない代わりにそういう係をする事で大会に参加した事になるなら、私は刺繍係をやってみようかしら? 刺繍にはそれなりに自信があるし」
「私は小物係を希望したいわ」
「それなら私も、それで参加したいわね」
 口々に三人が意見を述べたのを聞いて、サビーネは笑顔で頷いた。


「はい、それではノーラさんとエマさんとリリスさんは、そちらで参加してください。所属係の追加や変更は後からでもできますので。近いうちに実行委員会の方が、参加確認に来る筈です」
「分かったわ」
「それからカテリーナさんとティナレアさんは、試合に出場で宜しいのですね?」
「勿論よ」
「勝ち負けは、やってみないと分からないじゃない?」
「お二人とも、頑張ってください。応援しています」
 不敵に笑った二人に笑顔で返したサビーネだったが、ここで急に真顔になって話を続けた。


「それで、私が急遽こちらに押し掛けたもう一つの理由ですが、先程申し上げた通り明日の放課後、イズファイン様が担当教授からお時間を貰って剣術大会の説明と、それへの参加を募る事になります。ですが騎士科上級学年クラスの中にはそれに参加されるのを、いえ、それ以前に剣術大会の開催そのものを了承されない方がおられるのではないかと推察します」
 その指摘を聞いたカテリーナ達は、さもありなんという顔つきで頷き合った。


「あぁ……、確かにそうだわ」
「居るわね。バーナムを筆頭に、あれとかあれとかあれとか……」
「プライドばかり高くて、実力が伴わない面々にしてみれば、絶対阻止したいイベントでしょうねぇ……」
 脳裏に該当する生徒達の顔を思い浮かべたカテリーナ達は、皮肉っぽく語り合いながら互いの目を見交わして意思統一した。そしてサビーネに対して、力強く頷きながら請け負う。


「分かったわ、サビーネ。今日は事前に説明に来てくれてありがとう。明日は幾ら連中がくだらない横槍を入れてきても、絶対に私達がねじ伏せてあげるから安心して頂戴」
「ええ、サビーネさん。私達に任せておいて!」
「そうと決まれば、これから明日の段取りを話し合っておきましょうよ」
「そうね。どんな屁理屈を捏ねられても反論できるように、あらゆるパターンを考えておかないと!」
 それらを聞いたサビーネは安堵したように笑いながら、再度軽く頭を下げた。


「ありがとうございます。安心しました。イズファイン様へのご助力、宜しくお願いします」
「任せておいて。だけどイズファインは、こんな健気で可愛い婚約者がいて果報者よね」
「本当。こんな立派な婚約者がいながら万が一浮気なんかしたら、私達が全員で締め上げてあげるから」
 そんな申し出をされたサビーネは、苦笑しながらカテリーナにお伺いを立てる。


「カテリーナ様。ここは『ありがとうございます』と言っておくべきでしょうか? それとも『お手柔らかにお願いします』と言っておくべきでしょうか?」
「どちらにしても、やっぱりサビーネは優しいわ」
 とうとう我慢できずにカテリーナは盛大に笑いだし、サビーネも含めて全員楽しげに笑い合った。それからサビーネが自室に戻った後も、消灯時間ギリギリまでカテリーナ達は議論を重ね、翌日の話の流れを確認した。


(さあ、明日が楽しみになってきたわ。早く夜が明けないかしら)
 わくわくしながら眠りについたカテリーナは、眠れないのでは無いかと心配したが、すっきりとした目覚めで翌朝を迎えた。
 サビーネから告げられた決戦の日とあって、カテリーナ達は朝からカテリーナ達が教室の出入り口近くに集まり、雑談をしている体を装いながら再度作戦会議をしていた。すると教室に入ってきたイズファインが、声を潜めながら話しかけてくる。


「やあ、カテリーナ。おはよう。ちょっと話が」
「昨日サビーネから、全て聞いているわ。私達に万事任せておいて」
「……そうなのか?」
 彼の台詞を遮りながらカテリーナが端的に告げると、イズファインは少し驚いた顔になって彼女の周囲を見回した。すると全員が軽く頷いてみせ、カテリーナが再度彼に言い聞かせる。


「話し込んだりすると、周りに怪しまれるわよ?」
「分かった。頼りにしている」
 そこでイズファインは安堵した表情になり、それ以上余計な事は言わずにその場を離れた。
 その日、表面上は何事もなく時が過ぎていったが、カテリーナ達が待ちに待った放課後がやってきた。



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