その華の名は

篠原皐月

(19)思いがけないプレゼント

「それで、今日は何を調べるの? 支店の立地条件は、もう全て確認したでしょう?」
 聞いていた調査の予定を全てこなしても、相変わらずさりげなく自分を街に連れ出している相手にカテリーナが尋ねると、並んで歩いていた彼が事も無げに告げてきた。


「顧客層の調査。住民の生活レベルや生活必需品がどの程度のものかを見極めないと、的確な品揃えができないからね」
「理屈としては分かるけど、要するにどうするの?」
「『社会勉強の為に地方漫遊をしてくる』と言う名目で出させて貰っている手前、両親と妹への土産を購入しながら、その辺りを調べる事にする」
 そんな理由が本当にまかり通ってしまうなんてと、カテリーナは心底呆れながら溜め息を吐いた。


「本当にシェーグレン公爵家は、我が家とは違う意味で豪胆よね。嫡男のあなたを、平気で一人で外に出すなんて」
「本当は私の護衛兼世話係として、二人付いている事になっているが、別口で働いて貰っているから……。そうだな、ついでに彼らへの土産も買うか」
「あなた付きになると、色々と苦労が多そうね」
 その同行予定者達は、ナジェークが本当に地方を回っているように公爵家の者達に思わせるよう、工作活動に勤しんでいるのだろうと察した彼女は、顔も名前も知らない彼らに同情した。するとここでナジェークが、予想外の事を言い出す。


「それからせっかくだから、恋人へのプレゼントも購入するつもりだが。何か欲しいものがあれば、遠慮なく言ってくれ」
「別に良いわよ。特に欲しい物は無いし」
「そうなのか? それならこちらで適当に見繕うよ」
「だから、要らないと言ったのだけど!?」
 素っ気なく答えたカテリーナだったが、ナジェークはそれを聞いているのかいないのかさらりと流して歩き続け、彼女は声を荒げて訴える羽目になった。


「これまでざっと見させて貰ったが、どの店も品質は悪くないし値段も良心的だ。悪質な商人に当たらなくて良かったよ。それに生活必需品の他にも、娯楽品の潜在需要が大きいらしいのを感じたし」
 途中、行きつけの店での昼食を挟み、結構な数の店に入って買い物を済ませてから、二人は迎えの馬車との待ち合わせ場所である広場にやって来た。そして設置してある噴水の縁に座って馬車の到着を待ちながら、カテリーナは困惑気味に感想を述べる。


「それにしても……。衣料品に食器類、文房具の類いに小物の取り扱い店まで、本当に幅広く回ったわね。そこまで丹念に見る必要があったの?」
「それなりにね。さすがに食材市場までは行けないが、明日の朝にでも顔を出してみるか」
 その台詞に、カテリーナが呆れた顔になった。


「本気なの? あなたが食材を購入する必要はないでしょう?」
「勿論買いはしないが、一番手っ取り早い現地物価の把握方法だからね。今日は色々買い込んだが、支払いの時に領主館の客だからそこに届けて欲しいと頼んだら、どこも結構安くしてくれたよ。カテリーナの顔が広くて助かった」
「どういたしまして」
(私も久しぶりに、あちこちの店をじっくり見る事ができて、それだけで十分楽しかったわ)
 これまでにも父親の視察に同行する事はあっても、その時は現地の有力者の話を聞いたり、陳情を受け付けたりする時間が多く、気楽に買い物などを楽しむ事は少なかった為、カテリーナは十分満足していた。するとナジェークが肩に掛けていた鞄から、小さな箱を取り出す。


「そういうわけだから、取り敢えずこれは、今日のお礼」
「え? 何?」
「髪留めだよ。エセリアは『ばれった』という名前で売り出すと言っていたな」
 そんな簡単な説明を聞きながらカテリーナが箱の蓋を取ると、掌で握り込めるサイズの、微妙に湾曲した金属製の物が現れた。しかしその使用法が全く分からなかった彼女が、困惑顔で問い返す。


「髪留め……。ヘアピンではなくて? 確かに一般的なヘアピンとは、大きさも形も明らかに違うけれど」
「従来のヘアピンは、余り表に出さないで髪を留める物だろう? これは外側に見せながら、髪を纏める物だ。強引に言うなら、髪飾り的な発展形ヘアピンかな?」
「それはまた……、画期的と言えば画期的ね。それにこれは、随分高価なのではない? ここの透かし彫りの所、下が虹色に淡く輝いて綺麗なのだけど。どんな宝石を使ったの?」
 どうやら花と蝶をモチーフにしてあるらしい透かし彫りの土台が、淡く輝く色彩を放っているのを見て、カテリーナは純粋に興味をそそられた。


「宝石の類は使っていない」
「え?」
「そこには貝殻を加工した物を、下地に張り付けてあるそうだ」
「貝殻ですって!? 貝殻ってまさか貝を食べた後に残る、殻の事じゃないわよね!?」
「まさにその通りだよ、カテリーナ」
 思わず噴き出したナジェークだったが、カテリーナは動揺も露わに問い質した。


「だって! 貝殻なんて、捨てるしかない物じゃない! それに私、こんな綺麗な虹色の貝殻なんて知らないわよ!?」
「何やら、ある種の貝殻にちょっとした加工をすると、そうなるらしい。『きぎょうひみつ』だとかで、詳しくは教えて貰えなかったが」
 その途端、カテリーナは驚愕から立ち直り、真顔で確認を入れた。


「その聞き慣れない言葉……。これは例によって例のごとく、妹さんの発案なのね?」
「ご明察。だがアイデアを出したのは確かに妹でも、その図案を元に試作品を幾つも作り、実用化に漕ぎ付けるワーレス商会の企画力と技術力の賜物だけどね」
「それにしたって、本当に非凡な方ね……。未来の王妃として、国内の上層部の皆様から認められているのが分かるわ」
「…………」
 思わず感嘆の溜め息を洩らしたカテリーナだったが、対するナジェークは、何故かそんな彼女から黙って視線を逸らした。カテリーナは、妹が褒められて嬉しくないのだろうかと不思議に思いながら、そんな彼に声をかける。


「どうかしたの? 変な顔をして」
「いや……。それは実は王都のワーレス商会で、来月から発売開始の物なんだ。視察に来た商人に、土産に貰ったと言えば不自然では無いだろう?」
 何となく無理やり話題を変えたような気がしたものの、カテリーナはそれ以上追及したりはせず、おとなしく頷いた。


「なるほどね。得体の知れない誰かから高価な装飾品を貰ったとお義姉様に知られたら、色々五月蠅そうだし。それも見越してここに来るのに、ワーレス商会の名前を使う事を考えたの?」
「デリシュさんに内密に頼んだ時点では、そこまで考えてはいなかったが。それに庶民用に売り出すような物なら、君の義姉のような人はわざわざ取り上げたりしないだろう?」
 その台詞の裏に含んだものを察したカテリーナは、少々気分を害しながら言い返した。


「人聞きが悪すぎるわよ? 別にお義姉様は、私の物を取り上げたりはしていないけど?」
「それは失礼。取り敢えず、使ってみないか? 飾り紐で束ねるより、楽に髪を留められる筈だ」
「本当? ちょっと使い方が分からないのだけど」
「初めて目にするなら当然だろうな。ここの小さい突起を指で挟み込むと、ここの留め金が外れるから、この開いて空いた空間に髪を挟んで押し付けるんだ。そうすると、ここの留め金が自然に元のように填まって固定される」
「面白そう。やってみるわ」
 ナジェークが自分の手からバレッタを取り上げ、実際に操作してみせたのを見て、カテリーナは俄然やる気になった。早速長い髪を頭の後ろで括っていた紐を解き、手で髪を再び纏めながら右手をバレッタに伸ばす。
 初めての上、鏡も何もない所での事であり、多少髪が緩んだりほつれたりしている箇所は見受けられるものの、カテリーナは何とか髪を留めるのに成功した。


「ええと……、こうかしら?」
「ああ、ちゃんと纏まっている。外で手で纏めたから少々歪んでいるが、鏡と櫛を使って整えれば、おかしくはないだろう」
「そして外す時は、ここの突起を押す、と……。確かに留めるのも外すのも、紐を使うよりはるかに楽ね。気に入ったわ、ありがとう」
 手探りで留め金を外し、バレッタを手にしながら、カテリーナは改めて笑顔で礼を述べた。それを受けて、ナジェークも満足そうに頷く。


「どういたしまして。暫くは大っぴらに宝飾品などは贈れないから、実用品を中心に贈る事にするよ」
「そう言う事は、あまり気にしなくても良いわよ?」
「こちらが気にするよ。それにそういう制限がある中で、いかに君に相応しい物を贈れるかで、自分の能力を誇示したいし」
「あらあら……、そういう事なら頑張ってね」
 互いに笑顔でそんな会話を交わしている間に迎えの馬車が到着し、カテリーナは素早くバレッタを元通り箱に仕舞い込んでから、ナジェークと共に馬車に乗り込んだ。


(この人、本当に頭が良いだけじゃなくて、私がどういう人間かを理解してくれているのよね。今後大っぴらにプレゼントを贈れるようになっても、これ見よがしに高価な宝飾品を贈るような真似はしないと思うわ)
 馬車の中で向かい合って座り、雑談をしている相手を眺めながら、カテリーナは彼に対する考えを少しずつ深めていった。



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