その華の名は
(5)カテリーナの推理
「お嬢様、少々お時間を頂戴しても宜しいでしょうか?」
「はい、構いません。何か?」
「私はこちらの店舗責任者の、ラミアと申します。本日はご来店、ありがとうございます。初めてお見かけしましたが、楽しんでいただけているでしょうか?」
顔を上げた視線の先にいた、華美すぎない、しかし上質の仕立物と分かるワンピース姿の中年の女性から挨拶されたカテリーナは、彼女に曖昧な笑みを返した。
「はぁ……。予備知識無しにこちらに通されたもので、少々驚いてはおりますが、それなりに楽しませて貰っております。本専用店舗を始めて目にした時にも驚きましたが、試し読みとは……。読んでみて気に入らなければ、購入しなくとも宜しいのですか?」
「勿論でございます。ですが、皆様のお気に召す本が必ず存在するように、商品選定と在庫管理を徹底しておりますわ」
(貫禄もそうだけど、凄い自信ね。だけど、全く嫌みでは無いわ。さすがは今をときめくワーレス商会、と言うべきかしら)
落ち着き払った笑顔での接客ぶりに、カテリーナは本気で感心した。そこでさり気無く、確認を入れてみる。
「一応確認させていただきますが、この本の内容は男女間ではなく、男性同士の恋愛話なのですよね?」
「はい。この男恋本作品専用の紫の間は、一般公開しておりません。会員登録された方や、その方の同伴者のみ入れるように制限を設ける事で、国教会からの内々の販売許可を取り付けております」
「……既に、許可を受けているのですか。それにこの室内の全ての本が、そういう物ですか」
ラミアから事も無げに説明された内容を聞いたカテリーナは、思わず遠い目をしてしまった。
(男恋本……。それに会員限定の『紫の間』って……。ひょっとして、マリーア様が先程店員に見せたハンカチが、その会員の証なのかしら? 確かに国教会は、この数年の間に様々な新事業を展開しているみたいだけど、やはり以前と比べたらかなり寛大になっているのね)
思わぬ事実を知らされて唖然としてしまった彼女に、ラミアが笑顔のままお伺いを立てる。
「そちらがお気に召しましたら、新しい物をお包みしますが。それと興味がおありなら、会員登録もなさいますか?」
「本は頂きますが、会員登録はまたの機会にさせてください」
「畏まりました。その時は遠慮無く、お声をかけてくださいませ」
(せっかく店舗の責任者が向こうから来て下さったのだから、軽く探りを入れてみようかしら?)
ここでカテリーナはもう一つの自分の推測を確定するべく、さり気なく問いを発した。
「もう一つお尋ねしたいのですが、宜しいかしら?」
「はい。何でしょうか?」
「従来、本と言えば、聖典か歴史書か詩集の類しか世間に流通していなかった数年前に、庶民の娯楽として“小説”という分野を新たに立ち上げたマール・ハナー様は、巷では文聖と讃えられておられるそうですが、その方はシェーグレン公爵家に縁の方なのですか?」
「……どうしてそう思われますの?」
ラミアの笑顔はそのままながら、一瞬頬が引き攣ったのを素早く見て取ったカテリーナは、それと同時に静まり返った室内に緊張が走ったのを察した。
(あら、反応あり? ラミアさんの他にも、マリーア様の家はシェーグレン公爵家とは交流がある筈だし、何か知っていそうね)
ここに自分を案内してくれたマリーアを含め、室内の女性達が遠巻きに自分を注意深く観察しているのを横目で確認した彼女は、ラミアの問いかけに落ち着き払って答えた。
「明確な根拠があるわけではありませんが……。ワーレス商会は元々シェーグレン公爵家との繋がりが強いとお伺いしていますし、最近では公爵家と共同で様々な画期的な商品を開発していると伝え聞いておりますので、そうではないのかと推察しただけですわ」
「商品開発や販売に関しては事実ですが、マール・ハナー様はシェーグレン公爵家とは、全く無関係の方です」
「そうですか」
「ええ、そうですの」
互いに笑顔を振り撒きつつ、そこで二人は会話を終了させ、ラミアは「そちらをご購入とのお話なので、ご用意させておきます」と告げてその場を離れた。
傍目には納得して席を立ち、本棚で他の本も物色し始めたカテリーナだったが、内心では密かに考えを巡らせていた。
(うっかり彼女の主張を信じてしまいそうだけれど……、何と言っても相手は凄腕の商売人。それに周囲のあの反応を見た後では、言い分を鵜呑みにしては駄目よね)
そしてさり気なく周囲の女性達の様子を窺いながら、一人ほくそ笑む。
(でもどちらにしても、あの取り澄ました余裕綽々の表情を崩す為の、良い話を仕入れる事ができたわ。休み明けが楽しみね)
隙の無いナジェークの笑顔を思い返したカテリーナは、それを突き崩す時の高揚感を想像しながら、午後のひと時を楽しく過ごした。
「はい、構いません。何か?」
「私はこちらの店舗責任者の、ラミアと申します。本日はご来店、ありがとうございます。初めてお見かけしましたが、楽しんでいただけているでしょうか?」
顔を上げた視線の先にいた、華美すぎない、しかし上質の仕立物と分かるワンピース姿の中年の女性から挨拶されたカテリーナは、彼女に曖昧な笑みを返した。
「はぁ……。予備知識無しにこちらに通されたもので、少々驚いてはおりますが、それなりに楽しませて貰っております。本専用店舗を始めて目にした時にも驚きましたが、試し読みとは……。読んでみて気に入らなければ、購入しなくとも宜しいのですか?」
「勿論でございます。ですが、皆様のお気に召す本が必ず存在するように、商品選定と在庫管理を徹底しておりますわ」
(貫禄もそうだけど、凄い自信ね。だけど、全く嫌みでは無いわ。さすがは今をときめくワーレス商会、と言うべきかしら)
落ち着き払った笑顔での接客ぶりに、カテリーナは本気で感心した。そこでさり気無く、確認を入れてみる。
「一応確認させていただきますが、この本の内容は男女間ではなく、男性同士の恋愛話なのですよね?」
「はい。この男恋本作品専用の紫の間は、一般公開しておりません。会員登録された方や、その方の同伴者のみ入れるように制限を設ける事で、国教会からの内々の販売許可を取り付けております」
「……既に、許可を受けているのですか。それにこの室内の全ての本が、そういう物ですか」
ラミアから事も無げに説明された内容を聞いたカテリーナは、思わず遠い目をしてしまった。
(男恋本……。それに会員限定の『紫の間』って……。ひょっとして、マリーア様が先程店員に見せたハンカチが、その会員の証なのかしら? 確かに国教会は、この数年の間に様々な新事業を展開しているみたいだけど、やはり以前と比べたらかなり寛大になっているのね)
思わぬ事実を知らされて唖然としてしまった彼女に、ラミアが笑顔のままお伺いを立てる。
「そちらがお気に召しましたら、新しい物をお包みしますが。それと興味がおありなら、会員登録もなさいますか?」
「本は頂きますが、会員登録はまたの機会にさせてください」
「畏まりました。その時は遠慮無く、お声をかけてくださいませ」
(せっかく店舗の責任者が向こうから来て下さったのだから、軽く探りを入れてみようかしら?)
ここでカテリーナはもう一つの自分の推測を確定するべく、さり気なく問いを発した。
「もう一つお尋ねしたいのですが、宜しいかしら?」
「はい。何でしょうか?」
「従来、本と言えば、聖典か歴史書か詩集の類しか世間に流通していなかった数年前に、庶民の娯楽として“小説”という分野を新たに立ち上げたマール・ハナー様は、巷では文聖と讃えられておられるそうですが、その方はシェーグレン公爵家に縁の方なのですか?」
「……どうしてそう思われますの?」
ラミアの笑顔はそのままながら、一瞬頬が引き攣ったのを素早く見て取ったカテリーナは、それと同時に静まり返った室内に緊張が走ったのを察した。
(あら、反応あり? ラミアさんの他にも、マリーア様の家はシェーグレン公爵家とは交流がある筈だし、何か知っていそうね)
ここに自分を案内してくれたマリーアを含め、室内の女性達が遠巻きに自分を注意深く観察しているのを横目で確認した彼女は、ラミアの問いかけに落ち着き払って答えた。
「明確な根拠があるわけではありませんが……。ワーレス商会は元々シェーグレン公爵家との繋がりが強いとお伺いしていますし、最近では公爵家と共同で様々な画期的な商品を開発していると伝え聞いておりますので、そうではないのかと推察しただけですわ」
「商品開発や販売に関しては事実ですが、マール・ハナー様はシェーグレン公爵家とは、全く無関係の方です」
「そうですか」
「ええ、そうですの」
互いに笑顔を振り撒きつつ、そこで二人は会話を終了させ、ラミアは「そちらをご購入とのお話なので、ご用意させておきます」と告げてその場を離れた。
傍目には納得して席を立ち、本棚で他の本も物色し始めたカテリーナだったが、内心では密かに考えを巡らせていた。
(うっかり彼女の主張を信じてしまいそうだけれど……、何と言っても相手は凄腕の商売人。それに周囲のあの反応を見た後では、言い分を鵜呑みにしては駄目よね)
そしてさり気なく周囲の女性達の様子を窺いながら、一人ほくそ笑む。
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