酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(115)不吉な通告

「あれ? 豊?」
 無事に打ち合わせも終わり、玄関先で兄を送り出してから暫くして沙織が自室で寛いでいると、自身のスマホに電話がかかってきた。沙織はディスプレイに表示された名前を確認し、不思議に思いながら応答する。
「もしもし? さっき別れたばかりなのに、ここに何か忘れ物でもしたの? 気がつかなかったけど」
 すると豊は、電話越しに淡々と告げてきた。

「違う。さっきはそちらのご両親がいたから、口には出さなかったがな。声が聞こえる範囲にご両親はいるか?」
「いないわよ。自分の部屋だし」
「じゃあ旦那に伝言しておいてくれ。あの女が披露宴に介入する可能性はゼロだし、未来永劫、お前達の周囲に現れる事はないとな」
「随分、単刀直入に言ってくれるわね」
 思わず苛立たしげに応じると、豊が少々不機嫌そうに言葉を継いでくる。
「まさか『あの女』と言っただけではどの女のことか分からないとか、ふざけた事を言わないよな?」
 そんな事を言われた沙織は、さすがに腹に据えかねて盛大に言い返した。

「友之さんが複数の女性と問題を起こしているような、人聞き悪い事を言わないでよ! それくらい当然分かるし、あの女が別件の傷害事件の執行猶予中に事件を起こしたから、収監されたままなのは知ってるもの。だから披露宴をぶち壊せる筈がないのは分かるけど、未来永劫あり得ないってどういうこと? まさかとは思うけど、物騒な話ではないでしょうね?」
「勿論、殺したりはしないから安心しろ。今だから言うが、沙織が怪我をさせられて一時意識不明になった時、親父がキレまくってな。俺が知らない間にある所に相当金を積んで、あの女の排除を依頼したんだ」
「ちょっと待って、豊。何よ、その『相当金を積んで』とか『排除』とかって。物騒な響きしかないんだけど!? 一体、どこに何を頼んだのよ!」
 一気にきな臭くなってきた話に沙織が声を荒らげると、豊が若干声を低めながら説明してくる。

「CSCにおける、某優良顧客企業。そこの先代社長に気に入られた親父が気前良く開業資金を全額出して貰って、主だった顧客を紹介して貰って以降の付き合いのある、表向きは健全企業だ」
「『表向きは』って……、じゃあ実際のところは?」
「裏で色々ヤバい所に繋がっている、素人が下手に手を出したら色々な面で終わりな暗黒企業だな」
「豊!?」
 なんて所にどんな依頼をしたのかと、一気に沙織の血の気が引いた。しかし豊は平然と妹を宥めにかかる。

「安心しろ。錯乱した親父の話を笑って聞き流した現社長が、親父を宥めて落ち着かせて帰宅させてから、以前から親父を介して面識があった俺に、確認の電話をしてきたんだ。『お父上がこう言っていたが、その女、本当にあと腐れなく綺麗さっぱり消した方が良いか?』とな。慌てて『親父が錯乱してお騒がせしました。こちらで対処しますので、お手を煩わせるつもりはありません』と平身低頭謝罪したぞ。そうでなければあの女、とっくに取り調べ中に警察署内で変死している」
「今の話のどこに、安心する要素があるのよ!?」
「その後、俺と柚希とであの女の過去から今に至るまでの、ありとあらゆる情報を集め終わった頃、その社長から再度電話があってな。『色々調べて、相当タチが悪い女だと分かった頃合いだと思うが、その女の処理を任せてみないか? 殺さずに、二度と妹さんの視界の範囲に入らないようにしてみせるぞ』と言われたので、正直俺の手に余ると考えていた所だったし、言い値で依頼料を支払った。どうやら向こうでも興味を持ったらしく、独自に調べたらしいな。その時にこちらのデータも全て向こうに渡したが」
「どうしてそんな怪しげな所に、怪しげな依頼をするのよ……」
 二人揃って何を考えているのかと、沙織は頭痛がしてきたが、豊の話はまだ終わらなかった。

「そこは客を選ぶが、一旦依頼を受けたら完璧に依頼内容を遂行するからな。その筋では信用度は抜群だ。だから未来永劫、あの女がお前達に関わることはない。安心しろ」
「なんだかもう、言葉がないんだけど……」
「それに伴って、お前に断っておくことがある」
「……まさか、今までの話は前振りなの? 今度は何よ?」
 激しく嫌な予感を覚えた沙織は慎重に問い返したが、兄の返事は思った通りろくでもなかった。

「実は披露宴会場が大栄センチュリーホテルだというのは、そちらのお義母さんから説明する前に知っていた。事情があって、さっきはそ知らぬふりしたがな」
「え? どうして?」
「あの襲撃事件のあらましと裏事情を知った社長夫妻が、お前達にいたく興味を持ったらしくてな。社長は披露宴会場の大栄センチュリーホテルにも相当顔が利くらしく、そこから情報を得ていたらしい。それで『是非妹さんの披露宴に招待して欲しい』と言われたんだ。それで親父が快諾して、既に披露宴招待客リストに入れている。以上だ、切るぞ」
「え? ちょっと豊!? その社長夫妻と私は、面識もないし関わりもないんだけど!? あ、もう切れてるし! 本人の意向丸無視で、何をやってるのよ馬鹿豊! 一体、どんな物騒な客を呼ぶつもりなのよ……」
 慌てて反論しようとした沙織だったが、既に一方的に通話が切られた後であり、憤然として悪態を吐いてから項垂れた。すると軽いノックの音に続いて、友之が怪訝な顔で現れる。

「沙織? さっきから何やら声を荒らげていたみたいだが、どうかしたのか?」
「あ、ええと……、そんなに声が廊下に響き渡っていた?」
「はっきり内容が聞こえていたわけではないが……。どうかしたのか?」
 不思議そうに友之に問われた沙織は、少々言いにくそうに告げた。

「その……、要するに、披露宴に私と直接関わりがないけど、和洋さんと豊の付き合いで出席をお願いする某社長夫婦がいるからって、豊が断りを入れてきたのよ」
「ああ、それならお互い様だ。こっちも親父の会社関係で呼ばなくてはいけない人間がいるからな」
「それから、その招待する社長さんのお陰で、あの女が未来永劫私達の前に現れることはないそうよ」
 安堵しながら頷いた友之だったが、続く沙織の台詞を聞いて、瞬時に笑みを消して眉根を寄せる。

「……なんだそれは? あの女というのは、当然誰の事かは分かるが。どういう事だ?」
「私にも詳細は分からないから、知りたかったら豊に直接聞いて。またはその社長さんが披露宴に来たときに尋ねるとか」
「そんな怖いことができるか!?」
「そうよね……。じゃあ心の平穏のために、今の話は聞かなかったことにして。はい、これでこの話は無事終了」
「待て! そこで話を終わらせるな!」
「仕方がないでしょう!! 私だって、ここで話を強制終了させられたのよ!? 何をどうしろって言うのよ!」
 友之は顔色を変えて迫ったが、当然沙織にも詳細が分かる筈もなく、得体のしれない不安を抱えながら披露宴の準備を進めていくこととなった。


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