夢見る頃を過ぎても

篠原皐月

第58話 大団円?

「養子縁組みする上での俺からの条件は、墓に関してです」
「墓?」
 唐突に持ち出された話題に、雄一郎が怪訝な顔でオウム返しに呟くと、清人は小さく頷いてから話を続ける。
「柏木さんがご存知の通り、父と香澄さんが亡くなった後、未だ墓を作らず、以前過ごした団地近くの寺の納骨堂で、二人の遺骨を預かって貰っています」
「それは私も常々不思議に思っていた。どうして墓を作らないんだね? 金が無いわけでもあるまいし」
 真顔で問い掛けた雄一郎に、清人は若干口ごもってから説明を始めた。


「実は……、本来ならば先祖代々の墓か、父に縁のある土地や出身地に墓を建てて納骨するのが筋ですが、父の話では俺の父方の祖父はどうしようもない人だったらしく、ろくに働きもしないで人にたかっては借金を踏み倒し、親戚筋からも愛想を尽かされて、父が小さい頃金沢を追われる様に後にしたそうです。その頃には、既に祖母は亡くなっていたそうですし。そういう訳で先祖代々の墓などには入れられませんし、そもそも場所すら分かりません」
「……それは初耳だな」
 それを聞いた総一郎は盛大に顔をしかめ、真澄は驚いて目を見張ったが、二人とも何とか無言を貫いた。一方で話し相手の雄一郎は何とか無難な言葉を返し、清人がそのまま淡々と説明を続ける。


「それ以降、父は祖父と一緒に、全国を転々としていたそうです。転出入を繰り返しながら何とか学校には通えていたそうですが、中学の時に祖父が急死して児童養護施設に入所して、やっと落ち着いた生活ができたと言っていました。だから故郷と言えば、同じ場所で数年過ごせた名古屋だな、とも」
 そこで話が一旦途切れたが、まだ清人の言わんとする所が正確に掴めなかった雄一郎は、簡単に感想を述べながら話の続きを促した。


「君の父親は、なかなか壮絶な人生を送っていたらしいな。それで?」
「そんな話を聞いていたので、父が急死した時、墓をどこに作るかで悩んでしまいまして。金沢も名古屋も大して縁があるわけではありませし、墓参りがし易い様に都内に、住んでいた団地の最寄りの寺院にお願いしようかと思ったのですが……」
「それで支障は無かろう? 何を躊躇っているんだね?」
 再び曖昧に言葉を濁しつつ黙り込んでしまった清人に、雄一郎は眉を寄せながら怪訝な目を向けた。そんな非難混じりの視線を受けて、清人が観念した様にこれまでの考えを述べる。


「その……、俺は半ば結婚するのは無理だと諦めていたので、その場合墓を建てたら、俺が死んだ後は清香と清香の子孫にそれを管理して貰う事になります。しかし昨今では次男三男などは稀少な存在ですし、清香の結婚相手に佐竹姓を名乗って貰うのは期待薄です」
「本気でそんな事を考えていたわけ?」
「まあ……、確かに婿取りは難しいかもしれんが……」
 清人の話の裏を返せば、清香の婿取りも一応考えていたとも取れ、加えて本気で真澄以外と結婚する気はサラサラ無かったと言外に白状した清人に、真澄と雄一郎は呆れかえった。それには構わず、清人が真顔で続ける。
「加えて、今清香が付き合っている男は一人息子ですから、後々清香とその子孫に墓を二つ背負わせるのは気の毒だと思いまして」
 真剣な面持ちで言い切った清人に、雄一郎は若干疲れた様に溜め息を吐き、続きを促した。


「……君が妹思いだと言うのは良く分かった。それで?」
「いっその事、後腐れなく海か山に散骨しようかとも考えましたが、父の遺骨はともかく、香澄さんの遺骨をそんな事にしようものなら、柏木さん達が激怒するのは分かって」
「当たり前じゃぁっっ!! 何ふざけた事を言っておるんじゃ! このバカたれがぁぁっ!!」
 ここでいきなり総一郎が座卓を乱暴に叩き、清人の台詞を遮りながら怒鳴りつけた。そんな総一郎に向かって、清人が軽く頭を下げる。


「ご安心下さい。きちんと墓を作る方向で、考えてはいましたので」
「当たり前じゃ!」
「お祖父様。ちゃんと清人の話を聞いて下さい!」
 清人は弁解したが、総一郎は怒りが収まらない様子でそっぽを向いた。それを見てさすがに真澄が窘めたが、総一郎は如何にも不機嫌そうに清人から視線を逸らす。
 そこで清人は再度雄一郎に向き直り、話を進めた。


「それで、清香も成人しましたし、墓の事はこれまで言った事を踏まえて、二人の十三回忌までにはきちんと兄妹で話し合って決めるつもりでした。ですが今回真澄と結婚しましたので、きちんと佐竹家の墓を作ろうと考えていた矢先でしたが……」
 そこで清人がチラリと自分に視線を向けて来た為、真澄は軽く首を傾げつつ尋ねる。
「お墓を建てない件については、私も前から疑問に思っていたけど。でもお墓を作る事と養子縁組みに、何か関係があるの? 清人」
「俺が柏木の籍に入るなら、俺が死んだ後は真澄と一緒に柏木家の墓に入れて貰えると思いますので、別個に墓は作れませんし、作る必要も無いかと思います。清香も順当にいけば、婚家の墓に入ると思いますし」
「勿論そうして貰うつもりだが?」
 何を当たり前な事をと、雄一郎が怪訝な表情で相槌を打った所で、清人が漸く核心に触れた。


「ですから、俺が柏木さんと養子縁組みをするなら、入れる墓の無い父と香澄さんの遺骨も、一緒に柏木家の墓に納骨して頂くのが条件です」
「……何?」
「え?」
 予想外の事を聞かされて、とっさに次の言葉が出てこない父娘には構わず、清人は冷静に持論を繰り出す。


「ですが香澄さんの遺骨ならともかく、氏素性のしれない父の遺骨など入れられないと仰るなら、それはそれで結構です。そちらの心情は十分理解できますし、俺としてもそこまで無理強いするつもりはありません」
「いや、ちょっと待て、清人君」
「清人、そんな事……」
「その代わり、その場合は養子縁組みの件は無かった事にして下さい。勿論このまま佐竹姓を名乗り続けるとしても、何かこちらでお困り事があれば、精一杯お手伝いさせて頂くつもりです」
 真摯な表情でそう申し出た清人に、真澄は困惑を隠せないまま口を挟んだ。


「あの、清人?」
「どうした?」
「その……、いきなりそんな話を持ち出されても、私もお父様も正直話に付いていけないんだけど。第一、どうしてこの場でこんな事を言い出したの?」
 真澄のその問い掛けに、清人はさり気なく総一郎の方を向きながら、間接的に疑問に答える。


「それともこの際ですから、香澄さんの遺骨だけでもそちらにお渡ししましょうか? 『いつまで経っても墓一つ建てん不心得者が義理の息子なんぞ、香澄が不憫過ぎる。草葉の陰で泣いておるに決まっておるわ』とか仰っておられた様ですから。これから作る佐竹家の墓には、父の遺骨だけ納骨する事にしますので」
 皮肉るでも無く、非難するわけでも無く、冷静に問い掛けた清人の言葉を聞いた総一郎は絶句し、雄一郎と真澄は一瞬の驚きの後、総一郎に向かって揃って盛大に非難の声を上げた。


「お父さん! 本当にそんな事を言ったんですか? 幾ら何でも、言って良い事と悪い事があるでしょう!!」
「お祖父様! 清人はこれまで折々の法要はきちんと執り行っています! そんな事で清人が薄情だと言って叔母様が泣くわけありません! 寧ろお祖父様の物言いを情けなく思って、出来る事なら直に殴り倒したいと、悔し泣きしているに決まってます!!」
「…………」
「真澄、落ち着け。そんなに怒鳴らなくでも良いだろう」
「落ち着けるわけ無いでしょう!? 第一元はと言えば、清人が口に出した事なのよ?」
 憮然として黙り込んだ総一郎を真澄が憤怒の形相で睨み付け、横から清人に小声で窘められて和室内の空気が一気に重くなったが、その流れの一部始終を見ていた応接間では騒然となった。


「げっ……、いきなり話の矛先が祖父さんに向かったぞ!?」
「確かに祖父さんがそんな事を言ってたのを、どこかで耳にした記憶はあるが……」
「誰だよ! あんな事を清人さんの耳に入れたのは?」
「そんな事より! 祖父さんは昔から、清吾叔父さんと清人さんの事に関しては理性吹っ飛ばすのが常だったから、どう考えても拙いだろ!?」
「マジで、破局の足音が聞こえる……」
「浩一さん、どうしよう!? どうすれば良い?」
 従兄達が揃って狼狽しながら口々に言い合うのを聞いて、顔を青ざめさせた清香が、隣に座る浩一に縋る様な視線を向けた。反射的に聡も浩一の方に視線を向けると、浩一は凝視していたテレビから視線を外して清香達の方に向き直り、落ち着き払った声音で告げる。


「大丈夫だから落ち着いて、清香ちゃん。さっきから見ている限り、清人は本気だ。本気のあいつがここ一番って所で、外す筈がない」
 その、何か確信している様な物言いに、ざわめいていた周囲の者達がピタリと口を閉ざし、一斉に浩一に視線を向ける。しかし清香は、まだ焦燥感溢れる表情で浩一に訴えた。
「でもっ! 下手したら、今まで以上にこじれそうになっている様に見えるんですけど!?」
 そう言って涙目で訴えてくる従妹の頭に手をやりながら、浩一は宥める様に穏やかに笑いながら言い聞かせた。


「あいつは例えお祖父さんに何を言われようとも、姉さんの目の前で場を決裂させる真似だけはしない。香澄叔母さんの絶縁の件を、あいつは随分気にしていたからね。万が一お祖父さんが錯乱して暴れても、清人は姉さんの手前間違っても手は出さないだろうから、その時は俺が責任持ってお祖父さんを止める。清人と俺を信用して、もうちょっとだけ大人しく見ていてくれないかな? 聡君も頼む」
 最後は真摯な表情で訴えられ、半ばその気迫に押されて清香と聡は小さく頷く。
「……はい」
「分かりました。もう少し様子を見ます」
「ありがとう」
 二人の了承の言葉を聞いた浩一が表情を和らげ、清香の頭を軽く撫でた所で、和室で憮然として黙り込んでいた総一郎が、呻く様に話し出した。


「……ふざけるな、この若造が。多少図体がでかくなったからと言って、態度もでかくなりおって、生意気にも程がある」
 それを聞いて顔色を変えた真澄が何か口にするより先に視線で黙らせ、清人は軽く頭を下げながら謝罪の言葉を口にした。
「お耳汚しな事を口にして、申し訳ありませんでした」
「全くじゃ。小童こわっぱなんぞに心情を推し量ってもらう程、年を取ったり落ちぶれてはおらん」
「ご尤もです」
「だから、だな……。その、なんだ……」
 文句を口にしたと思ったら、何やら唐突に気まずそうな表情で口ごもった総一郎を見て、他の三人は揃って怪訝な表情を見せた。


「お父さん? 何か言いたい事があるんですか?」
「お祖父様? 急に黙ってどうしたんですか。喚いた拍子に頭の血管のうち、どこか二・三本纏めて切れましたか?」
「馬鹿者! そんなわけあるかっ!」
 真澄の台詞に反射的に怒鳴りつけてから、総一郎は顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「…………っ! だから! そういう事なら、さっさと遺骨を二人分揃えて持って来い! 業者に頼んで一両日中にうちの墓に入れてやる!!」
「お父さん、本気ですか?」
「お祖父様、それって……」
「…………は?」
 総一郎の発言に雄一郎と真澄は本気で驚いたが、話を振った清人自身が最も驚愕したらしく、目を見開き、口を半開き状態にして間抜けな声を出した。加えて固まったまま呆然と自分を見続けている為、総一郎は舌打ちして断言する。


「死ぬ時も夫婦仲良く一緒に死におったのに、骨になってから引き離したりしたら、澄江に迎えに来て貰えなくなるどころか、確実に香澄に地獄に蹴り落とされるわ! 澄江と香澄はそういう女じゃ!」
「あの……」
「儂の話が嘘だと思うのか? お前は香澄と義理の親子として十三年過ごしたが、儂は実の親子として二十三年一緒に過ごしたんじゃ! 貴様などよりよほど香澄の性格は知り抜いておるわ!」
「いえ……、そうでは無くて……」
 幾分失調気味に、何とか口を挟もうとしては口ごもっている清人を見て、総一郎は怒った様に息子と孫娘に言い放った。


「なんじゃ! 儂の話が理解できんのか? 雄一郎! こんなボンクラを柏木に入れたら、こき使う暇も無く十年経たずに柏木を潰す事になるから考え直せ! 真澄、お前もじゃ! こんなロクデナシに捕まってどうする! 香澄はもうちょっとマシな男を捕まえたと言うのに情けないわ!」
 総一郎は憤然として文句を言っているものの、素直に口に出来ないだけで、要は清人を柏木に入れる事と清吾を香澄の夫として認める発言をしているわけであり、それを察した雄一郎と真澄は盛大に笑い出したいのを何とか堪えながら、口を開いた。


「そうですね……、こんな間抜け面が拝めるとは、正直思っていませんでした。どうだ真澄、考え直すか?」
「本当に、どうしようかしら? 確かに清人は、清吾叔父様に比べたら、神経は図太くないかもしれないわ。つまらない事で、結構ウジウジ悩むタイプだし」
 そう言って含み笑いの顔を見合わせてから、二人は清人に顔を向けた。そして三人の視線を集めた清人は、そこで漸く我に返って真顔で総一郎に申し出る。


「分かりました。それでは近日中に二人の遺骨を持参しますので、納骨の手配を宜しくお願いします」
「ああ。手配しておく」
「それでは……」
 そして清人は座っていた座布団から後退し、畳に正座し直したかと思ったら、両手を軽く膝の前辺りで畳に付けた姿勢になった。そして視線を雄一郎と総一郎に合わせた状態で、落ち着き払った口調で口上を述べる。


「今回、柏木の籍に入れさせて頂きます。お父さん、お祖父さん、これから宜しくお願いします」
 そう言って深々と頭を下げた清人に、総一郎と雄一郎は揃って鷹揚に頷いて見せた。
「うむ、真澄が泣かされない様に、しっかり見張ってやるからの」
「こちらこそ宜しく頼むよ、清人君」
「はい」
 そこで顔を上げて緊張を解したらしい表情の清人に、真澄が涙目で抱き付いた。
「もう! ヒヤヒヤさせないでよ! 予想外の方向にドンドン話が進むから、気が気じゃ無かったわ!」
「変な心配をさせて、本当に悪かったな。真澄」
 恨みがましく訴える真澄を抱き込みつつ、清人が宥める様にその背中を軽く撫でる。そこまで見て、清香は漸く安堵の溜め息を吐いた。


「よ、良かったぁぁ~っ!! 一時はどうなる事かと思った! でもこれで、お兄ちゃんと真澄さんの結婚は、お祖父ちゃん達に認めて貰ったのよね?」
 思わず確認を入れてしまった清香に、聡が苦笑いで応じる。
「ああ、しかし俺も途中、本気で肝が冷えたよ。挨拶に来るだけで、どうしてこんな奇想天外な展開になるかな」
 思わず最後は愚痴になってしまったが、それを聞いた周りから失笑が沸き起こった。


「それが清人さんらしい所だな」
「そうそう。とんでもない兄貴を持ったと、諦めるんだな、聡君」
「よし! じゃあ、何とか無事に問題解決した所で、宴会やるぞ!」
「そうそう、清人さんと姉さんをからかいつつ、朝まで飲むぞ! ほら皆、急いで準備準備!!」
「はい!」
「お任せ下さい!」
 陽気に玲二が指示を出し、揃って経過を窺っていた使用人達も、笑顔で駆けずり回り始めた。そこで友之が、比較的近くに居た松波を捕まえて申し出る。


「俺も泊めて貰いたいから、客間の準備をお願いします。明日は大事な商談が有るので、少しでも仮眠をして出勤しないといけないので」
 すると松波は、満面の笑みを浮かべながらそれに応じた。
「大丈夫です、友之様。奥様の指示で、ちゃんと部屋は人数分ご用意しております。加えて松原様と倉田様にご連絡して、正彦様と友之様の着替えや鞄は既にこちらに届いていますので、お部屋にお持ちしてあります」
 そう説明した松波が一礼してその場を去ると、友之が何気なく目を向けたテレビ画面の中に襖を開けて入室して来る玲子が映り込んでいた。なかなか応接間に戻って来ないと思ったら、万が一の事態に備えて、和室の入口で襖を隔てて話の一部始終を聞いていたらしいと察しを付けた友之は、思わず苦笑いする。


「さすが玲子伯母さん。少しだけ仮眠の時間が延びたな。ありがたい」
「俺は明日休む気満々だったんだけどな。ちゃんと出社しろって事か」
 同様の苦笑を浮かべた正彦を振り返り、友之が釘を刺す。
「影の支配者の意向に逆らうなよ?」
「分かってるさ」
「正彦兄さん、友之さん、離れに行かないのか? 皆もう押し掛けて行ったぜ?」
 明良のその問い掛けで既に応接間の中に自分達しか存在していない事に気付いた友之と正彦は、再度笑い合って皆の後を追ったのだった。





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