夢見る頃を過ぎても

篠原皐月

第5話 根拠~友之の場合

「……レディーファーストと言う事で、どうぞお先に」
「私は部外者ですが、松原さんは清香ちゃんの親戚ですし、私よりも年上なので先にお願いします」
 何となく恭子と友之の間で譲り合ってから、周囲の視線を一身に浴びつつ友之が話し出す。


「そうですか? それじゃあ俺から話すけど……。最初は清人さんの、真澄さんに対する態度からそう感じたかな?」
「え? ち、因みに、どの辺がどう気になったと……」
 自分では思い当たる節がさっぱりだった清香が、顔を僅かに引き攣らせながら問いかけると、友之は空中に視線を彷徨わせて一瞬考え込み、記憶を呼び起こす様に説明を始めた。


「えっと……、一番最初は知り合って何ヶ月か後の、清香ちゃんが四歳、真澄さんが十七歳の冬かな? 柏木の伯父さんがスケート場を貸切にして皆で遊んだけど、覚えてるかな?」
「……な、何となく?」
「ああ、覚えてる覚えてる」
「可愛かったよな~、清香ちゃん」
「そうそう、スケートは初めてだったから、ヨロヨロ滑っててさ」
 問いかけた友之に清香は甚だ心もとない返事をし、周囲の男達は口々に当時を思い出して盛り上がる。その中で一人聡だけは、心の中で突っ込みを入れた。
(……スケート場、貸切って何だよ。その如何にも、金持ちって事をひけらかす様な行為は)
 そんな呆れ半分反発半分の聡の内心など構う事無く、友之の話が続く。


「確か真澄さんの当日の服装がレギンスにミニスカートだったけど、清香ちゃんの手を引いて滑ってた真澄さんの背後から明良が近付いて、『相変わらずいいケツしてるね、真澄姉!』とか何とか言いながら、スカートを盛大に捲って滑って逃げただろう?」
「思い出した。その時驚いた姉さんが転んで、一緒に清香ちゃんも転んでしりもちを付いて、盛大に泣き出したよね?」
 浩一がそんな事を言いながら清香に顔を向けた為、あまり当時の事を良く覚えていなかった清香は、冷や汗を流しながら首を傾げた。
「そ、そんな事、あったかな?」
 すると友之が重々しく頷いて、他の面々の顔を見回す。


「そうしたら清人さんがリンクの反対側からもの凄い勢いで滑って来て、問答無用で明良に足蹴りをして氷上に仰向けに倒した挙げ句、喉元に靴のブレードを当てながら『この世に思い残す事は無いな?』って冷たく言い放っただろう?」
 その台詞に、しみじみと同意する面々。
「……有ったな、そんな事が」
「今にも明良の喉を切り裂きかねない清人さんを、全員総出で押さえたっけ……」
「明良、氷上で土下座して謝った時、本気で泣き入ってたよな?」
「当たり前だろ! 俺はあの時、本気でビビったんだからな!!」
「いや、だけどあれは、二次的に清香ちゃんが転んでしまった事に対して腹を立てたと思ってたんだが……」
(当時九歳の子供に、何してるのよ。お兄ちゃん……)
(兄さん、当時中三の筈なのに……)
 清香と聡が無言で頭を抱える中、友之の説明は続いた。


「それから……、その翌年の夏、清香ちゃんを海に連れて行けと言われて、皆で俺の父が貸切にしたリゾートホテルに繰り出しただろう?」
「い、行きました、ね……」
(だから、リゾートホテル貸切って何だよ!?)
 聡は本格的に呆れ返り、清香は取り敢えず記憶にあった為素直に頷いたが、(何か問題になる事ってあったかしら?)と内心首を傾げた。しかし友之が容赦なく話を続ける。


「そしてそこのプライベートビーチで皆で遊んでた時、清香ちゃんがシートに仰向けになって休んでた真澄さんに馬乗りになって、『真澄お姉ちゃんの胸ってぷにぷにで柔らかいね~、さやかもお姉ちゃん位大きくなるかな~?』とか言いながら、抱き付いただろ?」
「あ、ありましたっけ?」
「そしたら玲二の奴が、『へえ、そんなに触り心地良いの? 姉貴、ちょっと触らせて?』とか何とか言いながら、続いて真澄さんに馬乗りになって、清香ちゃんごと抱き付いて胸を揉んだだろ? それで清香ちゃんが『玲二お兄ちゃん、重い~』って悲鳴上げて」
「え、ええっと……」
 何となくその話の先を思い出した清香が口ごもると、浩一が呻く様に後を続けた。


「……思い出した。そうしたら清人が玲二の頭に特大の拳骨を食らわせて、姉さんの上から有無を言わさず引きずり下ろしたと思ったら、盛大に投げ飛ばしたんだよな」
 その台詞に、皆が玲二に同情する視線を向けながら、しみじみと続ける。
「そして玲二は砂浜に転がされた挙げ句……」
「頭の横にビーチパラソルを立てる為に持って来た特大のショベルを突き立てられて『穴掘って埋めるぞエロガキ』と凄まれたんだっけ……」
「あれはマジで痛かった。ホントに星が見えたからな」
「いや、しかし……、それも清香ちゃんを押し潰した事に対する制裁だと思ってたんだが……」
(お兄ちゃん……)
(子供のちょっとした悪戯じゃないですか……)
 もう何も言えず項垂れた清香と聡だったが、友之の話はまだまだ続いた。


「それからその年の冬、倉田の伯父さんが真澄さんの受験の息抜きと、清香ちゃんに思う存分雪遊びをさせる為とか言って、山奥の温泉旅館を一つ貸切にして、遊びに行った事が有っただろう?」
「有りましたね。皆で沢山雪だるまを作ったり、かまくらを作ったり、楽しかったです!」
(旅館一つ貸切……。この人達揃いも揃って、まともな金銭感覚って有るのか?)
 余程楽しかったのか、今度は明確な記憶が有ったらしい清香が食いつき、聡は深い溜息を吐いた。


「当然部屋割りは真澄さんと清香ちゃんで一部屋だったけど、『お風呂に行って来るから』と俺達の部屋に声をかけに来た時、当時十歳の明良と玲二が『俺、一度女湯って入ってみたかったんだよね~』『真澄姉、他に人は居ないし、一緒に入ってもいい~?』とか言い出して。覚えてる?」
 その問いかけに、清香は当時の記憶を思い返した。
「……えっと、確か真澄さんが笑いながら『構わないわよ』って言って……。私も『お兄ちゃん達が来たら、一緒に背中の流しっこしようね』って言ってたのに、結局来なくて。後から皆に聞いたら『急に旅館内の探検に出掛けた』とか何とか、お兄ちゃんが言ってたような……」
 清香がそこまで言った時、明良が座卓を叩きながら大声で訴えた。


「思い出した! 清香ちゃん、清人さん酷いんだぜ? 俺達が浴衣を持って部屋を出ようとしたら、無言のままいきなり背後から襲いかかって来て!」
「え?」
 それを聞いた清香の顔が引き攣ったが、続けて玲二が声を上げた。
「しかも兄貴達ときたら揃いも揃って薄情で、俺達が浴衣の紐で縛り上げられた上、タオルで猿ぐつわされて物置みたいな所に閉じ込められたのを、黙って傍観してたんだからな!」
「は?」
「あんな寒い所に二時間近くも放置されて、俺達風邪をひきかけたんだぞ!?」
「………………」
 思わず清香と聡は無言になり、当時の怒りがぶり返したらしい明良と玲二を眺めたが、その二人の非難の声に対し、年長組は当然の如く言い返した。


「馬鹿野郎! 止めに入ったら同じ目に合わされるのが分かってて、口が挟めるかよ!」
「そのまま一晩放置せず、何とか清人を宥めて二時間で救出してやったんだから、寧ろ感謝して欲しいな」
「しかも女湯乱入だと? 清人さんがぶち切れるのも当たり前だろうが」
「しかし、それは当時既に清香ちゃんと一緒に風呂に入って無かった清人さんの、嫉妬からきているかと思ってたんだが……」
(あの空白の二時間に、こんな真相があったなんて……)
(その年齢の男の子としては、女湯に興味がある年代では有るかもしれないけど……)
 悲喜こもごもの言い合いを聞きながら、清香と聡は遠い目をしてしまったが、ひとしきり論争が終わってから友之が話を進めた。


「それから……、清人さんは一緒に行動している時に、トラブルとか揉め事とか起こった場合、基本的に俺達誰でも助けてくれただろう? だけど清香ちゃんが巻き込まれた時とかは、他と比較して相手への報復措置が激烈だったんだ。最初は清香ちゃんのせいかとも思ってたんだけど、俺達と一緒の時、清香ちゃんはいつも真澄さんにくっついていただろう? 《お姉ちゃん》は真澄さんだけだったから」
「……そうですね」
「だから、明良や玲二が真澄さんに絡んだ時の容赦無い対応を思い返して、当たりが厳しいのはひょっとしたら真澄さんが理由かな、とね」
 友之が肩を竦めながら言った台詞に、周りから次々考え深げな声が上がる。


「言われてみれば……、いつもトラブルの発端は姉さんで、それに清香ちゃんが巻き込まれてた様な気が……」
「えっと……、屋台の商品に『ぼったくりだ』と叫んだり、スリを捕まえようと跳びかかって将棋倒しになったり、乱闘してるヤクザに向かって花火を纏めて点火して投げつけたり、とか?」
「確かに、俺達が問題を起こした時は、後でみっちり説教されたけど、真澄さんには『大丈夫ですか?』の一言で済ませてたかな……」
「そうだよな……、俺達が地元の不良に絡まれた時とかは、俺達が一発ずつ殴られるまでは、隠れて様子見てたし……」
「ああ、後から連中を殲滅してから、爽やかに言ってたよな。『先にお前達が殴られてるから、立派に正当防衛が成り立つぞ?』って……」
(え? 何? それじゃあ、皆と一緒に遊んでた時のあれこれって、私の為だけじゃなくて、真澄さんを守る為に頑張ってたって事?)
(なんか清香さんが、微妙にショックを受けてる気がする……)
 皆が互いの顔を見合わせて何となく納得しつつある空気の中、基本ブラコンの清香は複雑な想いを抱え、聡はそんな彼女を心配そうに見やった。そこで友之が話を纏めにかかる。


「その他にも色々な行動パターンを見て、気が付いた細かい事が幾つも有って。要するに清人さんは基本的に女性には優しい、気配りを絶やさないタイプではあるけど、真澄さんに関する事や彼女に対してだけ、微妙に感情を露わにする所があるなと感じてね。ひょっとしたら彼女の事が好きなのかと」
 そう言って口を閉ざし、グラスを取り上げた友之に、清香がまだ幾分疑わし気な表情で確認を入れる。
「……本当に?」
「だと思うよ? ねえ、川島さん? ところで、あなたは何を知っているんですか?」
 清香の複雑な心境を容易に把握できた友之は、グラスの中身を一口飲み落してから苦笑して答えた。そしてこの間静観していた女性に、視線を向ける。
 その途端、その場全員の視線を集めてしまった恭子は、小さく溜息を吐いた。 


「お断りしておきますが、大した事は知っていませんよ? 先生の気持ちを直接聞いたとかでもありませんし」
「それでも! 恭子さんから見てそう思う事実があるって事よね?」
「ええ、まあ……」
「だったら教えて! 私、恭子さんはつまらない噂話を鵜呑みにしたり吹聴する様なタイプじゃない事は良く知ってるし、観察力と判断力も凄いってこれまでの付き合いで分かってるもの!」
 気合いの籠った清香の訴えを聞いて、恭子はちょっとだけ困った様に、しかし幾分楽しそうに小さく笑った。



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品