エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸

第167話

「ようこそいらっしゃった! リカルド殿」


「久し振りですな。ハイメ殿」


 握手を交わす2人。
 ヴァーリャ王国の王都バルニドにたどり着いたケイたちは、この国の王城へと向かって行った。
 リカルドが先に手紙で報告していたのもあって、登城したらすんなりと玉座の間へ案内された。
 カンタルボス王国とヴァーリャ王国は、隣国とはいえ王都同士が結構離れている。
 馬を飛ばしても数日かかる距離のため、国内の仕事に手を付けていると、なかなか頻繁に会うということはできない。
 しかし、現在の獣人大陸はどの国も安定しており、関係は良好な状態だ。


「ハイメ殿、彼が以前話したケイ殿、そして奥方の美花殿だ」


「ホ~、あなたが……」


 リカルドの紹介により、この国の王であるハイメの目がケイと美花に移る。
 特にケイへは、見定めるような視線を送っている。 
 牛人のハイメの姿は、他の牛人と同様の姿をしている。
 頭に2本の角と、臀部付近に尻尾がある以外、普通の人間と変わりがない容姿だ。
 ただ、人族と違うのは、牛人族の特徴である上半身の筋肉が発達していることだろう。


「ケイと言います。よろしくお願いします」


「こちらこそ!」


 ケイはハイメの視線に気付いてはいるが、初めて見るエルフだからだろうということにして、挨拶と共に握手を求めた。
 出された方のハイメも、にこやかにそれに応える。
 ケイには、まるで先程の視線を誤魔化している様にも見える。


「ケイの妻の美花です。お見知りおきを」


「よろしく!」


 ハイメは美花とも握手をする。
 人族である美花に何か思う所があったらと思ったが、特に何とも思っていないようで、普通に対応している。
 さっきの視線のことを考えると、美花よりケイの方に関心があるのかもしれない。


「今日は一泊して、このまま北北西へ向かうつもりですか?」


「えぇ」


 目的地は、ここから北北西にある港町から向かうドワーフ王国。
 ここまで走ってきた馬を休ませるのと長旅の休憩のために1泊し、明日からまた馬による移動を開始する予定だ。
 そのため、質問をされたケイは、短い答えと共に頷いた。


「では、時間はありますね?」


「えぇ、大丈夫ですが……」


 先程の質問の答えを聞いて、ハイメの目が少し変わったように思えた。
 その目は以前、どこかで見たような気がする。
 そして、それはあまりいい予感がしない。 
 言葉を返しながらも、ケイはその時のことを思いだそうとした。


「ケイ殿とティラーでもしてみたくなりましてな……」


「……ティラー?」


 聞いたことない単語が出てきた。
 しかし、先程の感覚からして、何故かあまりいい響きに聞こえない。


「この国の格闘技です」


「……えっ?」


 その単語が分からなかったケイに、隣にいたリカルドが意味を教えてくれた。
 だが、それを聞いてまたかと思う。
 嫌な予感の正体が、リカルドの時のことだと思い出したからだ。
 獣人の者たちは、どうしていちいち相手の実力が知りたくなるのだろうか。


「時間はそれほどかからないし、大怪我も滅多にするような競技ではないですから、訓練場へ向かいましょう!」


「えっ? ちょ……」


 ケイはその申し出を断るつもりでいたのだが、そんな間を与えないような感じでハイメに手を引かれ、連れていかれた。
 そして、渡された専用の道着のを渡され、着替えるように言われたケイは、諦めてそのティラーを行なうことにした。


「ティラーは投げ技の戦いです」


 女性用レスリングユニフォームを緩めにしたような道着に身を包み、ケイは連れて来られた競技場でティラーの説明をハイメから受けた。
 ハイメも同じような道着に着替えてきている。
 しかし、筋肉が発達しているからか、ケイとは違いちょっとピッチリしているように見える。


「打撃による攻撃は駄目です」


『相撲と柔道を合わせたみたいなものか?』


 ティラーの説明を受けたケイの感想はこれだった。
 この競技は、魔法と急所への攻撃、それに打撃が禁止。
 あくまでも相手を投げ、膝から上を先に地面につけた方が負けといったルールだそうだ。


「面白そうね!」


 観客席のようなところにいる美花は、ルールを聞いただけで何だか興奮しているように見える。
 日本に似た文化である日向にも、相撲や柔道があるらしいが、大陸で生まれた美花は見たことはない。
 しかし、日向生まれではないとは言っても、体に流れる血が反応しているのか、美花はこの競技に興味津々なようだ。


「ルールはよろしいかな?」


「えぇ……」


 何故だかちゃっかりと審判役を務めるリカルドにルールの理解を問われ、ケイは頷きを返す。
 ここが特等席だと言わんばかりに、リカルドは目が輝いている。


「それでは、よーい!」


 一辺が15mほどの正方形をした競技場で、地面は砂地。
 裸足の足が軽く沈む程度で、動き回るのにはたいして気にはならない。
 お互い競技場の中央から一定距離をとり、軽く構えを取って動きを止める。


「始め!」


“バッ!!”


「っ!?」


 リカルドの開始合図を受け、ハイメは地を蹴り一気にケイとの距離を詰める。
 ルールに不慣れな相手に先手必勝なんて、容赦ないように思える。


“フッ!!”


「っ!?」


 しかし、ケイは慌てない。
 ハイメの突進に対し、地を蹴り競技場の広さを生かして横へと移動する。


「速いですな……」


 消えるような速度で移動したケイに、ハイメは感心したように呟く。
 因みに、ケイは魔闘術を発動している。
 魔法は駄目だが、魔力による身体強化は良しとされたからだ。
 それがなければ、恐らくケイは今の突進でつかまっていたことだろう。


「……だが」


 突進を回避されても慌てていない所から、何か考えがあるのかもしれない。
 ハイメは先程と同じように突進を開始した。


“フッ!!”


“グッ!!”


「っ!?」


 先程と同じように躱して様子を見ようとしていたケイだが、ハイメはその動きに合わせて手を伸ばしてきた。
 そして、道着の端を僅かに摘まんだハイメは、それだけでケイの動きを止めることに成功した。
 体格は違くても、身長は5cmほどしか違わない。
 そんなケイを3本の指で摘まんだだけで止めてしまうなんて、どんな握力をしているんだと、ケイはツッコミたくなる。


「ヌンッ!」


「おわっ!」


 動きを止めたらすぐに掴みなおし、ハイメは片手で力任せの投げを放つ。
 握力だけでなく腕力もとんでもないらしく、ケイは空中に放り投げられた。


「とっ……」


 しかし、その投げはハイメにとっては手抜き。
 明らかに余裕の表れだと、ケイにもそれが分かる。
 体が地面に着いたら負けなのだから、叩きつけるように投げれば勝利できたはずなのだから。


『舐めてんな……』


 前世が日本人のケイは、相撲や柔道の経験はなくても、目にする機会は幾度もあった。
 なので、技のいくつかは頭にある。
 幼少期から格闘技を訓練しているので、ある程度の型や体の使い方は分かっているつもりだ。
 しかし、ぶっつけ本番となると、まともにやって上手くできるか分からない。
 だが、隙さえ作ればなんとかなるはず。


“バッ!!”


「っ!?」


 考えが決まり、今度はケイの方がハイメに接近する。
 そして、ハイメの顔面めがけて右手を突きだす。
 打撃攻撃は禁止と言っていたにもかかわらず、ケイが違反してきたと思ったハイメは、意外そうに思いながらもその手を躱そうとしない。
 その手が当たれば、ケイはその程度の男だと思うし、当てなければ何か策があってのことだろうと判断したのだろう。
 それこそがケイの狙い。
 ケイの手はハイメの顔の横を抜け、首の後ろ辺りの布を掴むことに成功する。
 柔道で言う所の奥襟を掴んだ。


「ハッ!!」


 ハイメの奥襟と右手を掴んだケイは、そのまま技をかけに入る。
 自身の左足で、ハイメの右足の裏を引っ掛けて投げようとする。
 柔道の大外刈りだ。


「ムッ!?」


 このティラーという競技にどんな投げ技があるか分からないが、ケイの大外刈りにハイメは反応する。
 引っ掛けようとしているケイの右足を躱し、体勢を整えようとする。
 しかし、ケイの狙いはここからだ。


「だっ!!」


「なっ!?」


 大外刈りを躱して僅かにバランスを崩したハイメに、そのまま内股を仕掛ける。
 大外刈りから内股。
 それぞれ単発で仕掛けたら通用しないかもしれないが、この連続技ならもしかしたらと思ったのだ。
 案の定、上手く内股が入り、ケイはそのままハイメを地面へと投げようとした。


「ヌアッ!!」


「っ!?」


 体勢的にはケイが有利。
 このまま勝てると思ったケイに対し、ハイメが咄嗟に抵抗をする。
 たまたま片手がケイの道着を掴んでおり、その手に思いっきり力を込める。
 そして、投げられながら力づくでケイを投げようとする。


“ドサッ!!”


 地面に着いた音は一つ。
 つまり、2人は同時に地面に着いたということになる。
 しかし、どちらかが先に地面に着いていたかが勝敗だ。
 どっちが勝ったか分からない2人は、審判のリカルドに同時に目を向け、勝者がどっちなのかの判定を待ったのだった。





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